二人のリボンは姉妹の印~騙されてアイドル活動~   作:霞身

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だいたい二週間くらいぶりでございます、作者です。
なんとか前回より短い期間で書けました。
以前の週一ペースの方が頭おかしかったんや……
そしてDeNAセ・リーグ3位ですよっ!3位っ!
これ書いてるの昼間だから、今日の試合どうなってるかわからんけど……
SSRよしのんもお迎えできたしでいいことづくめです。
ひとまず、本編をお楽しみください。


第六話:張り切ってオーディション。

「復ッ活ッ!」

「「おお~」」

 

 俺の復活の報を受けて、そして両の足でしっかりと立つ俺を見て真さんと響さんの二人がパチパチと拍手をしてくれる。

 ケガからそろそろ十日が経とうかという頃になってやっと、俺の足からは包帯が外され、運動制限も解除となった。

 というわけで今日は復帰後の初レッスン、とりあえず今日はまだ二人と同じメニューではないだろうが、今日から本格的なレッスンを再開できるというわけだ。

 

「どう、足に違和感とかある?」

「痛みはないけど、しばらく使ってなかったから、違和感はちょっとあるかな」

 

 やはり、適度なトレーニングはしていたとは言え、二週間近くも右足だけ使っていなかったとなると、どうしても微妙な違和感が残るな。

 オーバーワークにならないようにランニングもするようにして、早めにこの違和感も消してしまうとしよう。

 

「とりあえず今日から復帰するから、また二人とも宜しくな」

「うん、頑張ろうね夏美!」

「あと一週間でオーディションだから、気合入れていくさー!」

 

 そう、あと一週間しかないのだ。

 自業自得とは言え、自分のせいでこれだけ時間を無駄にしてしまったのだ、トレーナーさんと相談しながらできる限り遅れを取り戻さなければならないだろう。

 もうそろそろレッスン開始まで20分になるし、ひとまず柔軟から始めていよう、もう二度と怪我などしないようにできるだけ入念に。

 そうやって3人で柔軟をしていると、トレーナーさんがやってきた。

 

「お、夏美ちゃん準備万端ね」

「はい、柔軟も終わってすぐに始められますよ」

「それじゃあ、いきなりできついかもしれないけど、一回3人で通してみましょうか」

「え、マジですか?」

 

 ちょっと待てや、こっちは二週間トレーナーさんと決めた、体を鈍らせないためのトレーニングしかしてこなかったというのに、いきなり通しはきついだろう。

 ステップについては、ちゃんとレッスンの様子を見ていたり、イメージトレーニングもしていたから、忘れたり抜けてるところはないはずだが、それをいきなりできるかと言われれば、そうもいかない。

 

「マジよ、今どの程度できるのかの確認も含めてね」

「まあ、そういうことなら……」

 

 そう言われてしまえば、納得するしかあるまい。

 現状の体力とか、苦手な部分を把握しなければメニューを組むこともできないから、なるほど確かにその通りだ。

 それじゃあまあ、やってみましょうかね。

 

 

 

 

「しんど……」

 

 とまあやってみたわけだが、やはりイメージより全然動くのは難しい。

 動きはやってできないわけではないのだが、なにせ俺はちゃんと合わせたレッスンはほとんどやっていない、一人ならともかく3人で綺麗に見えるダンスというのは、まだまだ難しいようだ。

 ただ、逆に言えばダンス自体はまだしっかりと踊れていたのは僥倖だろうか。

 

「体力は以前のままを維持できてるわね、ただ、右足を意識しすぎて動きがちょっとぎこちないから、そこは数練習して克服しましょう」

「はい」

 

 まあ、最近まで怪我をしていた右足を無意識にかばってしまうのは、仕方ないだろう。

 体力的な厳しさもさほどは感じなかった、あとはとにかく練習するのみ、といった感じか。

 だが、やはり感じるのは二人との間にある、高い壁だ。

 そもそもスタートラインに立った時からあった基礎という段差が、二週間で随分と高い壁になってしまったと感じる。

 果たしてこの壁をあと一週間と少しでどこまで登れるか……あるいはこれが二人でもできる内容なら、俺の辞退も視野に入れたほうがいいだろうか。

 

「自分驚いたぞ夏美!」

「は、何が?」

 

 なんて一人で悩んでいると笑顔で響さんと真さんが寄ってきた。

 驚いたって何がだろう、別段上手くなってるどころか、以前のレベルを維持するので精一杯だと思ったんだが。

 

「うん、実は夏美には言ってなかったんだけどさ、夏美が辛そうだったら辞退しようかって響と相談してたんだけど……」

「いやいや、むしろ俺が辞退して二人だけでもって思ってんだけど……」

「それこそありえないぞ!それに、確かに上手くはなってないけど、でも前と遜色なくて、これなら全然大丈夫だって自分は思ったぞ!」

 

 時々思うけど、響さんって言葉を選ぶのが下手だよな、と思ったのは場違いだろう。

 ただ、言いたいことは伝わってくる、つまるところ響さんがよく言ってる「なんくるないさ」ってやつだ。

 うん、そうだな、諦めるにはまだまだ早い、まだ俺には俺のできることがある。

 

「それじゃあ、まだ3人で頑張るってことで」

「当然!」

「無理せず全力で突っ走るさー!」

 

 

 それから本番までの間、俺はひたすらにレッスンに打ち込んだ。

 遅れを取り戻すために以前のように週数日ではなく、毎日トレーニングを行った。

 ありがたいことに真さんと響さんも付き合ってもらえたおかげで、俺にとっての課題だった3人で合わせた時のズレも、トレーナーさんが太鼓判を押すほどに修正され、俺たちに出来る限りのことは完全にやり尽くした。

 やるだけのことは、やった、あとは人事を尽くして天命を待つとまでは言わないが、とにかくオーディションで全力を尽くすのみだ。

 それに、秘密兵器って訳じゃないが、ちょっとした技も仕込んだから、結構自信があったりする。

 そして、そのオーディションの当日、俺はいつものように日がまだ地平線から顔を出したばかりの頃に目を覚まし、身支度を整える。

 オーディション自体はジャージでやるから服装はともかくとして、ひとまずシャワーを浴びて体をさっぱりさせ、髪を乾かしたら姉さんにもらったリボンで一本にまとめる。

 朝食を食べようとリビングに行けば、いつの間に目を覚ましたのか姉さんがキッチンで料理を作って待っていた。

 

「あ、夏美おはよう!」

「おはよう姉さん、今日休みじゃなかったっけ?」

「そうなんだけど、緊張しちゃって……」

「なんで姉さんが緊張してんだよ」

 

 まったく姉さんらしいというかなんというか。

 こっちはもはや追い込まれすぎて緊張とかはない、やれることを、ただやるだけ。

 まあ、多少の心配くらいはするが。

 

「だ、だって夏美のオーディションなんだよ?私だって心配だよ」

 

 本当に姉さんは心配性だなぁ、まだオーディションだというのに、しかも初めての。

 

「765のアイドルしか、ちゃんと見たことないからわからないけどさ、真さんも響さんもすごいんだ」

「夏美?」

「二人とも、多分どこのどんなアイドルより凄い、努力も実力も、だから俺は二人を全力で追いかけるだけだよ」

 

 そう、二人ともめちゃくちゃ努力している。

 レッスンがある日は毎日汗だくになるまでレッスンして、レッスンのない日もトレーニングは欠かさない。

 二人とも非常に高い実力を持った上で、慢心などせずより一層自分を磨く努力を続けている。

 だったら俺にできるのはその二人に追いついて、そして追い越すための努力。

 今は追い越すなんてとてもじゃないけど口が裂けても言えないから、今日できるのは、二人の足を引っ張らずに、少しでも長くユニットとして活動して、二人の技術を盗むことだ。

 そしてなにより、俺を信じてくれた二人に俺の全力を見せる。

 俺は追われる身じゃなく追う身だからこそ、無駄な緊張はない。

 

「そっか、頑張ってね夏美!」

「応よ!」

 

 

 

 

 二時間の通勤時間を経て事務所に着くと真さんも響さんも準備万端で待っていた。

 二人とも今日はいつにも増して輝いているような気がするのは、多分気のせいじゃない。

 

「夏美も来たわね、朝の連絡が終わったら出発するから、準備しておいて」

「はい」

 

 こりゃ期待に応えないといけませんな。

 と言ってもまあ、今から気合を入れていたってどうしようもない、ジャージをバッグに詰めて準備が完了したらあとは時間を待つだけだ。

 

「おはよう夏美」

「夏美!はいさーい!」

「二人ともおはよう、気合十分だな」

「当然だぞ!なにせ今日はついにオーディションだからな!」

「うん、夏美の初仕事になるかもだしね!」

 

 本当に二人とも気合十分って感じだな。

 さてさて、初仕事獲得に行くとしましょうかね。

 数分も待っていれば今日レッスンや仕事がある人たちが出社して来て、今日一日の予定の確認が始まる。

 とは言っても、結局俺たち以外はみんなレッスンだった、まあプロデューサーが律子さん一人では、一日にできることは限られてしまうから、仕方ないといえば仕方ない。

 

「ゆくのだなっちー!勝利の報告を待っておるぞ!」

「おう、任せときな!」

「真、もし負けたりしたら承知しないんだからね!」

「へへっ、もちろん勝ってくるよ!」

「響も、全力を尽くしてきてください」

「任せるさー!自分たち完璧だから必ず勝ってくるぞ!」

 

 事務所のみんなからの激励を背中に受けて事務所を出た俺たちは、残念ながらまだ律子さんが自動車の免許を持ってないので、電車を使ってオーディションを行うビルへと向かった。

 オーディション会場が事務所からわりかし近い位置にあったため、時間にはまだまだ余裕があるから、俺たちは近くにあった公園で軽い運動をして体を温めていた。

 と言っても、出来ることはせいぜいが立ったままできる柔軟と軽いステップ確認くらいなのだが。

 

「それにしても、夏美は随分堂々としてるよね、緊張とかないの?」

「いや、流石に初めてのオーディションだし多少はしてるよ」

 

 確かにそんなガチガチに固まるほど緊張しているわけじゃないが、別に一切緊張してないわけじゃない。

 初めて身内以外にこのダンスを見せるわけだし、それにこれは仕事につながる本物のオーディションなのだ、しかも俺だけじゃなく真さんと響さんも一緒に。

 負けたら死ぬわけじゃないにしても、個人的には負けられない戦いと言っても過言ではないだろう、だからこそ多少の緊張こそしても、やる気がそれを上回っている。

 別に大げさに言ってるわけじゃなく、本気ではなくてもお遊びでこの仕事をしているわけではないのだから、まずは一勝して自信をつけるというのは大事だ。

 

「夏美はすごいなー、自分なんか最初のオーディションは緊張で大変だったぞ」

「えー、響さんが緊張?」

「えーって、自分だって緊張くらいするぞ!」

 

 まあ、そら緊張しないなんて人はいないだろう。

 だが俺が緊張してないのにはさっき思ったもの以外にもちゃんと理由はある。

 

「まあ、俺には強い味方が二人もいるんだから、負けるなんざ思っちゃいないよ」

 

 真さんと響さん、俺より上手い人が二人も一緒にユニットを組んで受けるんだから、まさか負けるわけがないだろう。

 楽観のようだと思うかもしれないが、他のアイドルたちのライブ映像を見たりしていてわかったのだが、この二人、ダンスにだけ限って言ってしまえば、そこらのアイドルなんかよりよっぽどうまい。

 そんな二人が共にいて負けると思うなんか、それはもはや失礼だろう。

 

「そこまで期待されてるなら頑張らないとね!」

「うん、自分たちの本気を見せつけてやるさー!」

 

 全員改めて気合を入れたところで、そろそろ時間だ。

 

「よし、行くか」

「そうだね」

「圧倒的なパフォーマンスで驚嘆させてやるさー」

 

 

 

 

 控え室に入れば、本当に肌に刺さっているんじゃないかと感じるほど、空気がピリピリと張り詰めていた。

 それだけ、ここに居るやつらは本気ということなのだろう。

 

「いやー、怖い怖い」

「そう言うんだったらせめてもう少しらしい態度とったらどうなのよ」

「ここまで堂々としてるとむしろ心強いね」

「うんうん、自分達よりよっぽど慣れてるみたいに見えるぞ」

 

 実際、俺よりずっと経験のある人間の方が多いだろうから、怖いもんは怖いんだぞ。

 さっき言ったことと矛盾するようだが、俺は負けて当然な腕前なのだから、なにも気負うものはない。

 むしろ周りの方がプレッシャーは強いだろう、今日デビューする新人程度に負けられないのだから。

 俺はのびのび楽しめる、周りは負けられない、俺が強気なら強気なだけ、プレッシャーをかけられるってものだ。

 

「その通りだけど、本当にあなたって中学生らしくないわよね……」

「夏美って時々えげつないよね」

「夏美が仲間でよかったって、今本気で思ったぞ……」

 

 はっはっは、勝てばよかろうなのだァァ。

 

 

 

 

「次765プロさん、準備お願いします」

 

 控え室で数十分待っていると、スタッフさんが部屋に来て、ついに俺たちの出番となった。

 

「ちゃーんと見守ってるから、いつも通りやって来なさい」

「「「はいっ」」」

 

 それほど長くない廊下を通って、普段使っているレッスンルーム程の広さの部屋にいくと、長テーブルの向こうに三人の審査員が座っていた。

 

「それじゃあ始める前に……そこの一番高い子!一言ビシッと頼むよ」

 

 いきなりの無茶振り来たか。

 えっと……こういう時はどうすればいいんだろう。

 ちらっと律子さんの方を向くと口を動かして何かを伝えようとしている……なになに。

 

『が・ん・ば・る』

 

 頑張る、頑張りますってことか。

 

「やれる限りのことはやって来ました、全力で頑張ります!」

「いいねぇ、そういうの好きだよ」

 

 手応えは上々って感じか、ひとまず悪くはない。

 さて、いった通り全力を出すとしようか。

 

「それじゃ、オーディションを始めます」

 

 審査員の一人がプレイヤーのスイッチを押して曲の再生を始める。

 それに会わせて三人でステップを踏んでいく。

 あくまでも俺達三人はメインのユニットを引き立てるためのものだから、動きは控え目に、しかしきびきびと動く。

 ダンスを続けいる間にだんだんと響さんと真さん以外が視界から消えていく。

 集中力がどんどん上がっていき、ついには一切視線を送らずとも動きを理解できる程だ。

 どんどん最高潮に近づきながら、曲のAメロを通ってBメロ、サビへと移っていく。

 その中で、俺達はとあることを決めて、さらにトレーナーさんの許可ももらって練習していたことがあった。

 それはサビ前、一瞬曲が静かになり、サビへの期待が最高に高まるタイミング。

 真さんと響さんにアイコンタクトを送ってタイミングを合わせる。

 そして本来は別のステップであったところを、あえて、俺達は変えていた。

 三人同時に膝を曲げて勢いをつけて飛び上がり、空中で膝を抱えてバック宙を決めて着地し、次のステップへと繋げる。

 結構勘違いされ気味だが、バク転よりバック宙の方が簡単だったりする。

 ある程度運動神経があって、しっかり練習さえすれば脚のバネだけでいけるのだ。

 逆にバク転はしっかり手をついたりと、技術的なことが多いから、練習期間が少なかった俺にはバック宙の方がやりやすかったのだ。

 これは、別に自分達が目立つための振りではなく、更にメインのユニットを目立たせるためのパフォーマンスだ。

 メインのユニット達が動き出す、そのタイミングで着地できるように、最後はひたすらにここの練習をしていた。

 そのお陰で、オーディションとは言え本番で失敗することなくほぼ完璧にこなせたと言っていいだろう。

 ちらっと審査員さんの方を見てみれば、度肝を抜かれたような顔をしていた、まあそのなかで最初に声をかけてきた、全体的に青い服を着た人だけはなにやら興奮している感じだったが。

 そりゃそうだ、まさかアレンジを加えて、さらにはバック宙をしてくるだなんて思わないだろう。

 ついでに言えば、なぜか律子さんも驚いてる、そういえば、少なくとも俺はやることを律子さんに言ってなかった気がする。

 まあ、やっちゃったものは仕方ないだろう。

 それ以降はしっかりと指定された通りの振り付けで踊っていく。

 幾度も幾度も練習したものだけに失敗はなかった。

 最高のデキとは言えないが、それでも上々のデキだっただろう、確かな手応えがある。

 終わってみれば、思ったより緊張していたのか、普段のレッスン以上に疲れていたように感じる。

 

「いやー、よかったよ!とりあえず控え室に戻って結果発表を待っててくれ」

 

 うん、審査員の反応もいい感じだ。

 タオルで汗を拭きつつ言われた通り、控え室へと移動する。

 

「うまく行ったな!夏美!」

「バッチリだぜ!」

「足は大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、レッスンでも散々やったしな」

 

 最初は確かにやるつもりはなかったけど、俺がどれだけ万全の状態に回復したかバック宙見せたら、二人もバック宙やり始めて、それをたまたま見ていたトレーナーさんに組み込んでみようか、と言われたのだ。

 お陰で、かなりレッスンはきつくなったが……やった価値は十分すぎるほどあっただろう。

 さて、あとはのんびり待つとしようか。

 

 

 

 

 あ、あの子等は何やってんのよ!

 最初は、まだデビューしていない子達だというのに、既にEランクや、下手するとDランクにも匹敵するかもと思って、この勝負はもらったと安心してみていたら……

 いきなりバック宙するなんて聞いてないわよ?!

 ただでさえ夏美は足のケガから復帰したばっかりだというのに、なんであんな無茶なパフォーマンスをして……

 それだけ勝ちたかったのか、あるいは実力を試してみたかったのか……いや、あの三人的には後者かしらね。

 あんなパフォーマンスは、女子を使ったバックダンサーではなかなかできない上、ちゃんと主役の方を引き立てられるタイミングで繰り出していただけに、これでいい勝負どころかもはや勝利は確定になっただろうが、それでも危険すぎる。

 せめて一言くらい言って欲しかったけど……

 まあ、あの子らがあれだけいい顔してるし、怒るのは帰ってからにしてあげましょうか。

 もちろん、帰ったらみっちり怒らせてもらうけど。

 でも今は、結果が出るまではそっとしておいてあげましょうか。

 

 

 

 

 俺たちの出番が終わってからさらに十分以上が経って、ようやく審査員達が控え室にやってきた。

 随分とくたびれているように見えるが、そりゃあ一時間以上も同じダンスを見続ければ疲れるわな。

 

「それじゃあ合格者発表だぜ」

 

 控え室に待つ全員が固唾を飲んで審査員たちを見ている。

 あの人が持った紙に書かれている、たったひと組だけが、ステージの上で踊ることができる切符を手に入れられるのだ、誰しもが緊張しているだろう。

 自分たち以外の内容を見れていないのだから、なおのことだ。

 だが、俺たちは奇妙なほど確信していた。

 この勝負はもらった、と。

 

「合格者は765プロダクションさんです、おめでとう!」

「よっしゃあ!」

「やーりぃ!」

「ま、当然の結果だぞ、自分たちは完璧だからな!」

「ふぅ……一安心ね」

 

 俺たちはそれぞれ喜びの声や安堵の息を吐いて合格したという事実を受け止める。

 これで俺も、ついに本格的なデビューが決まったわけか。

 レッスンも忙しくなるだろうけど、やっぱり楽しみなものは楽しみだぜ。

 

「それじゃあ765プロの人たちは少し残ってください……あ、それ以外の人たちは帰っていいですよ」

 

 わかってはいたけど、厳しい世界だな。

 オーディションが終わって、合格していなければもう、そこにはいらない。

 俺たちも下手すりゃこうやってただ疲れるだけだったわけか……

 ほかの事務所のアイドルやマネージャーだったりプロデューサーが涙を抑えて帰っていく中、俺はその姿を見て、強い責任を感じていた。

 これだけの人を蹴落として、ステージに上がるのだから、下手なパフォーマンスはできないな。

 

「それじゃ、かるーくスケジュール合わせようか」

「はい」

 

 スケジュールとかは律子さんに任せておこう、どうせ俺らは毎日暇なわけだし。

 その間に真さんたちと軽い反省会をしていよう。

 

「俺は結構うまくいったと思うけど、どっか気になるところあった?」

「うーん、ボクは特になかったかな、主役の方と合わせてみないとこれ以上は特にないかも」

「自分も、今日はかなり良かったと思うぞ」

 

 うむ、よきかなよきかな。

 

 

 

 

「で、勝って帰って来たのになんであんた達は正座させられてるのよ」

「それがさっぱり」

 

 うむ、伊織が一言で説明してくれたが、なぜか俺たちは事務所に帰ってきてすぐに、律子さんの命令で事務所の床に正座していた。

 勝ったのに、もしかしてどこか失敗とかあったのかな、あるいはスケジュール調整中になにか指摘されたとか。

 

「あのねえ、あなたたち本当に理解してないわけじゃないでしょ?私は、私に相談もせずにダンスの中にバック宙を入れたことを怒ってるの」

「あれ、それって夏美が相談してくれたんじゃ?」

「いや、俺は何も言われてないぞ」

「自分はてっきりトレーナーさんが説明してくれたとばっかり」

 

 見事に誰も報告してなかったわけだ。

 というか普通はそういうのはトレーナーさんが相談してくれるものな気がするが……

 

「言い訳無用、今度から変更とかあったらちゃんと報告するようにするのよ、うまくいったからいいし、トレーナーさんもGoサイン出したのかもしれないけど、あなたは怪我から復帰したばかりなんだからね」

「「「はーい……」」」

 

 その後はちゃんと合格したことへの祝福の言葉ももらって、反省会は終了となった。

 まあ、俺は正座大丈夫な方だし、辛くはないんだがな、二人も結構大丈夫そうだ。

 

「なっちー合格オメデトー、でも真美たちより先にステージに上がるなんてずるいぞ!」

「そう言うなって、バックダンサーなら俺の方が得意なんだしさ」

「うあうあー、亜美たちだっていっぱい練習してすぐに追いついちゃうもんね!」

「はっはっは、ダンスだけなら負けるつもりはないぞ」

 

 怒られはしたが、何はともあれ、無事オーディションで勝ててよかった。

 あぁ、そういえば姉さんにちゃんと勝利の報告をしておかないとな。

 めっちゃ心配してたし、帰るまで焦らす必要もないだろ。

 

『件名:勝利!

 内容

 オーディション、無事勝利したぜ

 姉さんも頑張れよ』

 

 とまあ、こんなもんでいいか、送信っと。

 

 

 

 

 

 うぅ、もうオーディション終わったかな?

 夏美、ダンスは私よりすごい上手だし大丈夫だと思うけど、それでもやっぱり心配だよ。

 勝ったらご馳走用意してあげたいなぁ……でも私一人だとあまり凝ったものは作れないし、お母さんに協力してもらおうかな。

 もし負けてたら……うーん、でも夏美って意外と引きずらない性格だし、慰めとかは大丈夫かな。

 って、夏美からメールだ……件名は『勝利!』?

 ということは、夏美受かったのか、よかったぁ……

 でも、いつ見ても夏美のメールって男の子みたいだよね、顔文字とか絵文字とか全然使わないし、短くて伝えたいことしか書かないし。

 というか、頑張れって言われても私まだレッスンだけだし、オーディションの話ももらったことないよぉ。

 このままだと夏美においていかれちゃうかな……

 ダメダメ、お姉ちゃんとして負けられないし、ダンスでは無理でも歌なら……多分勝てるし私も早くお仕事もらえるように頑張ろう!

 とりあえず、食材買いに行って、お母さんにお願いして料理手伝ってもらおう。

 夏美、嫌いな食べ物がないのはいいんだけど、好きな食べ物もあんまりないし、こういう時どうしようか迷っちゃうんだよね。

 まあ、何を作っても美味しい美味しいって食べてくれるから、それは嬉しいんだけど……

 いいか、とりあえず買い物しながらメニューを考えよう。

 あ、お母さんに報告して今のうちに手伝ってもらう約束しておこうかな。

 

 

 

 夏美好きなものはあるんだけど……

 流石に砂肝とか軟骨の唐揚げとか……お祝いって感じじゃないよね。




読んでいただきありがとうございました。
ここまでレッスンのほとんどをDaに振ってきた夏美ちゃん、身体能力ゴリ押しでバック宙をするの巻でした。
よしのんは獲得できたけど、ブライダルみくにゃんを手に入れられなかったむしゃくしゃで↓こんなことしていたら投稿が遅くなりました。

【挿絵表示】


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やってみると意外と楽しくて仕方ないです。
春香さんのサイン書くのむずすぎる。
それはさて置き次回予告。
ようやっとオーディションを済ませた夏美たち、次はついにステージに立つ。
それではまた二週間後くらいにお会いしましょう。

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