少々リアルがごたついておりまして、これからこれくらいか、月一投稿にペースが落ちるかもしれません。
ひとまず完結までは持っていこうと思いますので、気長にお付き合いください。
肉離れと診断されてから三日後、怪我の影響でレッスンは出来ないが、俺は765プロダクションへと向かっていた。
レッスンができないからといって出社しないというのは個人的にありえない、見学だけでも学べることがあるはずだからな。
「うーむ……」
しかし困ったことがひとつ。
「三階まで左足一本で登らなくてはならんか」
ちくしょう、今まで気にしてなかったけどここに来てエレベーター故障が痛い、物理的にも。
幸いサポーターを巻いているから、決して右足が一切使えないわけじゃないが、使うと痛いし、早く治すなら出来るだけ使わないほうが好ましい。
まあ、手すりもあることだし登れなくもないか。
松葉杖で体を支えつつ一段ずつ階段を上る……なんだこれ意外と疲れるな。
一段ずつ階段をゆっくり登っていると後ろから軽めの足音がトントンと登ってくるのが聞こえてきた。
「あっ、夏美、足は大丈夫なのか?」
「響さんおはようございます、はは、心配お掛けしますけど、オーディションには間に合わせますよ」
「そうか、安心したぞ……」
やっぱりそうは言っても心配だよなぁ、なんか響さん黙っちゃったし。
階段で立ち止まってると誰か来た時に邪魔になるしさっさと登っちゃったほうがいいよな。
そう思って階段を登ろうとすると響さんに腕を掴まれて止められた。
「その足じゃ階段のぼるの大変だろ?自分がおぶってってやるぞ!」
「いやいや、俺重いですよ?」
「なんくるないさー!」
なんくるないって「なるようになるさ」って意味だから決して重くないよって言われてるわけじゃないんだぜ。
最近はちょっとずつ用法が変わってきてるらしいけどな。
なんて思ってるあいだに響さんは俺を担いで階段を駆け上がっていく。
「重くないですか?」
「これくらいじゃへこたれないさー!」
重くないとは言ってくれないんだね、わかってたけど。
それでも軽快に階段を上っていく響さん。
程なくして3階765プロダクションへと到着したが、その頃には響さんはバテバテだった、そりゃそうだ、俺プロフィール見たけどあずささんより重いんだもん。
「大丈夫ですか、響さん」
「こ、これくらいなんくるないさー……」
響さんは事務所についてすぐに休憩所に行って倒れこんだ音がした、地味にショックだ。
それはともかくとして、事務所に行くと律子さんがお冠のご様子、それも当然、俺の勝手な行動で怪我をしたのだから、怒るだろう。
「なんで私が怒ってるかわかるわよね、夏美」
「勝手な自主練習が原因で怪我したこと、ですよね」
「それもあるけど、それ以外にもあるのよ」
それ以外?
何か他に律子さんを怒らせるようなことしただろうか……
正直言って亜美真美のいたずらに助言したくらいしか思いつかない。
「言っておくけど、真美たちのいたずらに関することはあとで別口だから、そうじゃなくて、社長が事務所に貼ってる文字、あなたも何度も見てるでしょ?」
なぜバレたし。
ひとまずそれは置いておいて、事務所に貼ってある文字というと、やたら達筆なあれか?
「友情、努力、勝利のジャンプ三原則でしたっけ」
「ジャンプはともかくとして、その通りよ」
確かにそれらの文字は事務所の目に付きやすい場所に貼ってあるから、毎回見ているが、それと今回怒られたのは何の関係があるのだろう。
「あれは、社長が定めたうちの方針なの、そして私もそれらはとても大事な、素晴らしいものだと思っているわ」
「はい」
「あなたは確かに勝利のための努力を怠らなかったわ、でもね、そうやって自分を追い込む前に、まずは誰にでも相談しなさい、トレーナーでも、今回ユニットを組む真たちでも、もちろん小鳥さんや社長だって構わないわ、私たちは同じ目標を目指す仲間なんだから、ひとりで全部抱え込まないで相談すること、いいわね?」
なるほど、それで律子さんは怒っていたわけか。
俺だって、決してみんなのことを信頼していなかったわけじゃないし、ただどうにか足を引っ張らないようにしようと思っていただけだった。
ただ、それを相談しなかったから、まだ信頼関係が築けていないと思われたのか。
「はい、すいません、俺もついに初の仕事で、意外と焦ってたのかもしれないです」
「わかってもらえればいいのよ、中学生のあなたに分かれって言っても酷かもしれないけど、社会の基本は─」
「
「あー……ええ、合ってるわ、それと、さっき真が探してたから、多分響と一緒に休憩所にいるんじゃないかしら」
「わかりました、行ってきます」
うん、今度からちゃんと気を付けよう。
自己管理もできずにアイドルとは言えないし、仲間を頼ることもできなければ765プロのアイドルじゃない、両方やらなきゃいけないな。
真さん達にもしっかり謝らないといけないし、決して走らず急いで歩いて休憩所に行って謝ろう。
まあそれほど距離があるわけじゃないんだが、慣れない松葉杖だと、どうしても移動がゆっくりになって妙に遠く感じるな。
「響、随分疲れてるみたいだけど本当に大丈夫?」
「これくらいなんでもないぞ、自分完璧だからな、ちょっとだけ疲れただけさー」
休憩所に行くとソファーに響さんが倒れてて、その向かいには真さんが座っていた。
流石というかなんというか、あれだけバテてたのにこのほんの少しの時間で響さんは呼吸を整え終えてぐったりしているだけだった。
「真さん、おはようございます」
「あ、夏美おはよう、足の調子はどう?」
「こんな仰々しく松葉杖なんてついてますけど、全然歩けますよ、早く治すために負担かけてないだけなんで」
「そうなんだ、最初はホントに驚いたよ、いきなり倒れるんだもん」
「いや、ご心配お掛けしました」
「うん、まあ大丈夫そうならいいんだ」
なんというか、ちょっと気まずい雰囲気。
お互いに言いたいことはあるんだけど、どうにも言い出しにくいこの雰囲気、やっぱりいくつになっても慣れるものじゃない。
こういう時はやっぱり、年上……と言っていいのかわからないけど、人生経験というもので先輩の俺が先に言うべきだろう。
二人にしっかりと向き直って、頭を下げる。
「すいません、ご迷惑をおかけしました!」
「いや、夏美は謝る必要はないよ」
「そうだぞ、自分たちのために無茶してくれたんだろ?」
「それでも、謝らせてください、本来ならあと一ヶ月あったはずなのに、俺のせいで少なくとも一週間、最悪通しで練習できなくなって辞退しなきゃいけなくなったんですから」
謝らなくてもいいと言われても、そうはいかないだろう。
悪いことをしたら謝るというのは、子供でも知ってる常識なのだから、最悪この程度の筋は通さないといけないと思う。
二人も思うことあってこう言ってくれてるのだとは思うが、それでも、だ。
「ボクたちの方こそ謝らなきゃいけないんだ、まだ一ヶ月の夏美に無茶させて、ごめん!」
「自分も、周りのこと見ないで突っ走って悪かった!」
やっぱり、ここの人たちはいい人ばかりだ。
俺は、俺が十割悪いと思っていたが、このふたりはそのうちいくらかは自分たちのせいだと思ってくれている。
いい人過ぎてそのうち悪い人とか詐欺に引っかからないか心配になるくらいだ、特に響さんとか何か言われたらころっと騙されそう、真さんは可愛いって褒められたら乗せられそう。
「それでさ、ボク達から提案があるんだけど」
「提案、ですか?」
提案、なんだろう、これから自主練習するときは連絡とって一緒にやるとかかな。
俺めっちゃ家とか遠いんだけど。
「うん、夏美って自分たちには丁寧語でしゃべるでしょ?それをやめにしようって」
「えっ、でも響さんたち先輩じゃ……ないですか」
なんというか、予想外過ぎて普通に素に戻りそうだったじゃん。
いいのかな、一応年上だし、事務所でも先輩に当たるんだけど。
「先輩って言ってもボクらだって夏美よりちょっと早く入っただけだし、ボクら四つしか違わないでしょ?」
「いや、四つしかって、四つ違えば中学一年の俺からしたら高校2年生なんですけど」
「でも正直、夏美に丁寧に喋られるとなんかムズムズするからやめてほしいだけなんだけどな」
「えー、なんですかそれ」
つまりあれか、俺の敬語は違和感バリバリだからやめてほしいと。
まあこの事務所においても、上から数える程の高身長に、この体つきで敬語で話されると違和感があるのかね。
「ほら、夏美ってやよいとか伊織には砕けた喋り方するでしょ?」
「まあ歳も近いですしね」
「自分たちはもう765プロの家族なんだから年齢なんて気にする必要はないぞ!」
家族か、確かにここの人たちの温かい雰囲気は仲間とか友人というよりは家族の絆に近いような気もする。
二人がいいと言っているのなら、というかそのほうがいいと言うのなら、敬語は抜きにしようか。
よく考えると美希も伊織も亜美真美も敬語使ってないしな、ゆるい事務所だなおい。
「うーん、わかった、これから改めてよろしくな」
「うん、やっぱり夏美はそうじゃなくっちゃね!」
「これから宜しくな、夏美!」
「ただし、呼び方は今まで通り真さん響さんだからな、最低限それくらいはしっかりしとかないとな」
「えー、それこそ呼び捨てにして欲しいんだけどなぁ」
ダメダメ、俺に譲歩できるのはここまでだ、ただでさえ迷惑かけてるのだから、最低限の礼節をちゃんと持たないと。
まあ、あんな砕けた喋り方してる時点で、お前は何を言っているんだって話だが。
「まあ、呼び捨てにするかどうかはまたおいおい前向きに善処しておくとしてだ」
「なんか、それ、最終的になんやかんやのまま呼び捨てにならない気がするぞ」
何を言う、世の政治家や偉い人達がよく口にしているのだから嘘の訳ないじゃない。
まあ、俺の場合難しいことでもないし、多分そのうち呼び捨てにするかもしれないが。
今はそれは置いておいて、とにかく今の俺にできることを考えよう。
ひとまずレッスンについて行ってもできることなんか限られているが、行かないよりはずっといいだろう。
あとはトレーナーさんがいるのだから、俺にできることなんかたかが知れてるかもしれないが、改善できそうな点、グレードアップできそうな点を見つけるとかだろうか。
うむ、やはり脳内で順序立てて整理するとわかりやすいな。
となると今日のレッスンにはノートとペンでも持っていったほうがいいか、それに足に負担をかけずにできるトレーニングを考えないとな……
やはり足上げ腹筋なら、足に負荷もかからずに鍛えられるだろうか、あとはやや変則的だが足上げ腕立てもやれるか、なんだ、意外とできること多いな。
「夏美、なんかトレーニングについて考えてない?」
「あれ、わかった?」
「そのケガでもまだトレーニングするつもりなのか……」
なぜ呆れられたし。
一日休めば取り戻すのに三日かかるというのだから、三日休んだ今取り返すには九日かかるのだからのんびりはしていられない。
休んでいる暇はないぞ俺!さあ、トレーニングだ!
「夏美って、とことん体育会系だよね」
「時々鬱陶しいくらい暑苦しいぞ」
「えー」
この二人ならわかってくれると思ったのに、残念だ。
@
「夏美ちゃーん?」
「はーい?」
あの後本日の連絡も終わった俺たちはダンスレッスンをするためにレッスンスタジオへ場所を移していた。
そしてレッスンが始まったのだが、足の怪我をしている俺にできることはないため、最初のうちは二人のレッスンを見て、改善点をノートにまとめたりしていたのだが……早い話が飽きた。
だって、二人とも楽しそうに踊ってるのに自分だけ何もできないなんて飽きもするだろう。
その結果始めたのが、事務所で考えていたトレーニングメニューだったのだが、何故かトレーナーさんにストップをかけられた。
なんでや、足には負担のかからないメニューを組んだから、問題はないはずだ。
「あのね、あなたが運動したいのはよーくわかったわ、だからまずあなたは休む癖をつけなさい」
「休む癖ですか?」
休む癖ってなんだ、ちゃんとトレーニングとトレーニングの間にも休息を入れてるはずだが、それじゃあ足りないということだろうか。
だが正直それほど疲れもしていないのだが……
「あなたが思ってる休むと、私が言ってる休むは多分意味が違うけど、言い方を変えればオフ日をちゃんと作りなさいって言ってるの」
「昨日と一昨日は何もやってないですよ?」
「それは怪我をしてるから当たり前なの、風邪をひいてるのに無理して学校に行ったりしないでしょ?」
あぁ、そういえば学生の頃はそうだったっけ、今も学生なのだが。
今世は風邪に負けるほどヤワな鍛え方はしていないし、前世の社会に出ていた頃はいちいち熱や咳程度で休んでられなかったから、完全に忘れていたわ。
何もしない日……というか昨日と一昨日は正直暇過ぎた、筋トレくらいしか趣味がない俺には厳しい日だった。
「止まったら死にそうなんですけど」
「そんなマグロじゃないんだから」
割と冗談じゃなく趣味がない人間に何もしない日というのは厳しいのだ。
筋トレ以外だとなんだろう、漫画を読むとかもあるが、一日持つとは思えないし、あとは野球とかどうだろうか……って駄目だ、足が使えないのにどうやれと、観戦も一日やってるわけじゃないし。
「よし夏美ちゃん、まず今日は事務所に戻りなさい」
「えっ?なんでですか」
なぜいきなり帰投命令が出されたのかさっぱりわからない。
確かにここにいる限りは隙を見て筋トレするとは思うが。
「理由は二つ、ひとつは筋トレ阻止、もう一つは今日事務所にいる人と話して何か趣味でも見つけてきなさい、小鳥さんに連絡しておくから、事務所に一日いること、いいわね」
「逃げ道無いじゃないですか」
うむむむ、そこまで言われれば仕方あるまい、どうせ出来るメニューもそれほどないし、撤退しよう。
しかし、趣味か……正直うちの事務所のメンバーの趣味って心配なんだが大丈夫なんだろうか。
まあ、趣味はまたおいおい見つければいいとして、撤収するならこれだけ渡しちゃおうか。
「真さん響さん、これ俺なりに今日のレッスンまとめたから、あとで暇あったら読んでみてくれ」
「うん、わかった、夏美も今日はゆっくりね」
「ああ、そうするよ」
さて、おとなしく事務所へ帰るとしますか。
@
事務所に帰るのはいい、さて何をしよう。
新聞は朝あらかた読んでしまったしなぁ。
「あれ、なっちーじゃん今日はどしたの」
「おお、亜美か、いやトレーナーさんに今日はかえっておとなしくしてろって言われてな」
「真美わかるよ、どーせ筋トレしてたんでしょ」
「真美もいたのか……いや確かに筋トレしてたけどさ」
俺ってそんなに行動パターン分かりやすいだろうか、今日はやけにすごいあっさり見抜かれてるな。
まあ確かに行動パターンは少ないと言えるが、食べるか寝てるか筋トレしてるかだし。
「そういえばなっちー足は大丈夫なの?」
「全然大丈夫、歩けないほどの痛みじゃないし、早く治すために使ってないだけだ」
「まあお父さんも大丈夫だって言ってたし」
「は?お父さんってどういうことだ?」
「あれ、なっちー知らなかったっけ?お父さん医者なんだよ」
「なっちー行った病院ってそこでしょ?ここら辺そこしか病院ないし」
「初めて知ったぞ、医者の子だったって」
なんだ、こいつら意外といいとこの子供なのか。
まあ、そりゃそうか、じゃなきゃこんな義務教育真っ只中の小学生を、勉強より仕事になるかもしれないアイドルなんかやらせないか。
俺か?俺はいいんだ、頭いいからな。
「ねえ、なんかなっちーシツレーなこと考えてない?」
「いや、そんなことはないぞ」
やたら勘が鋭いな、まあ別に真美たちが頭悪いと言ってるわけじゃない。
この前夏休みの宿題を手伝いもしたが、それだって普通の小学生に比べて、普段の予定が多いこの姉妹だからこそ間に合うかギリギリだったからであって、決して頭が悪かったからではないということは、彼女らの名誉のために言っておこう。
「あふぅ……おはようございますなの」
「おう、おはよう、美希は重役出勤か」
事務所の休憩所で休んでいると、寝ぼけ眼を擦りながら美希がやってきた。
いつも思うのだが休日なんか一日何時間寝てるのだろうコイツは、もしくは毎日何時まで起きてるのだろう。
「今日は午前中お休みだったからいいの、ところで夏美ちゃん足大丈夫なの?」
「大丈夫だ、問題ない、走れはしないけど、杖なしでも歩けるぞ」
「ふーん」
美希はそう言うといつもの如くソファーに座ってさっさと横になってしまった。
もう午後になるが、まさか午前中寝てさらに仕事前にも一眠りするつもりなのか。
「美希はいつもどれだけ寝てるんだ?」
「うーん、眠くなったら目が覚めるまでかな」
「ミキミキそれで一日中寝てるじゃん」
本気で病気を心配するくらい寝てるじゃねえか。
むしろどうやったらそんなに寝ることができるのか聞きたいくらいだぞ。
「ところでさ、なんで夏美ちゃんがいるの?」
「え、何それ傷つく」
何、俺そんなに美希に嫌われてるの?
やっぱり、いきなりお姫様だっこがそんなに嫌だったのだろうか。
「いや、だって夏美ちゃん足怪我してるんでしょ、ミキだったら怪我したら治るまで絶対に来ないと思うの」
「あぁ、そういうことか」
「まあ、なっちーは筋トレしてトレーナーさんに追い返されたけどね」
「それは言うない」
「夏美ちゃんは頑張りすぎなの、そんなに頑張らなくても夏美ちゃんなら問題ないの」
頑張らなくても大丈夫ねぇ、確かにトレーナーさんも既に練度は十分と言っていたし、自分で思っているよりも──少なくともダンスに限っては──アイドルという仕事は俺に向いているのかもしれない。
まあ、それとドレスみたいな衣装を抵抗なく着られるかと問われれば、なんとも答え難いのだが。
必要とあらば、着よう、心はともかく体は女なのだから、少なくとも見た目に問題はない、できることなら着たくないのは、紛れもない本心であるが。
「でも追い返されたなら帰らないの?今日春香は休みだよね」
「確かに姉さんは休みだな、俺はトレーナーさんに今日一日事務所にいるようにと言われてな……」
「それってトレーニングしないようにっしょ?どんだけトレーニング好きなのよなっちー」
「それもあるが、なんか趣味でも見つけろってさ」
「へー、ちなみになっちーのご趣味は?あ、筋トレ以外でね」
「あったら言われてねえよ」
「でっすよねー」
実際、新しく趣味を見つけるというのは、結構難しい。
こうしてお金がもらえる仕事─仕事が来始めれば、だが─をしているとはいえ、俺は中学生、月々の小遣いも決まっているからかあまりお金をかけることはできない。
現に、趣味と言っていいのかはわからないが、よく読んでいる漫画だってさほど多く持っているわけではない、わざわざ古本屋で安いのを買って揃えているのが現実だ。
「じゃあ──」
「却下」
美希が何かを言おうと口を開いたが即刻却下だ。
どうせ昼寝かおしゃれのどっちかだろう。
昼寝は、寝てしまえば問題ないだろうが、何もせずただダラダラしてるというのは、俺には苦痛なのだ。
おしゃれについては、俺が現状興味がないことと、服や化粧品を揃える予算を捻出するのは俺の懐事情的に厳しい。
「まだ何も言ってないの!」
「どうせ昼寝かおしゃれだろ?」
「そうだけど……なんでわかったの?」
「普段の様子見てりゃすぐわかるって」
「じゃあなっちー、真美たちとゲームしようよ」
ゲームか、確かに今世ではまだやったことなかったな。
前世ではファミコンとかメガドライブとかいろいろやったが、今世では兄弟は姉さんだけだし、両親もゲームをやるような人間じゃなかったから家に無く、そして買ってもらうほどやりたかったわけでもないから、今のゲームには非常に疎い。
ただ、一本のソフトで何度も遊んで時間をつぶせるゲームは、確かに暇つぶしと趣味にいいかもしれない。
「俺、全然ゲームやったことないぞ?」
「おっ、これはカモですな」
「まーまー、安心するがよいなっちーよ、初心者でも簡単なゲームあるしさ」
そう言って休憩室のテレビの下から据え置き機を取り出す真美、なぜそこにゲームがあるのかは深くは気にしないことにした。
それを手際よく準備して、コントローラーを渡された。
「とりあえずスマブラでいいっしょー」
「よくわからんから任せる」
……やっぱり俺が知ってるゲームとは全然違うな、スーファミだって全部で使うの10ボタンぐらいだったもんなぁ。
ま、今回はお試しにってことで、とりあえず遊ぶとしようか。
こうやって、なんともなしに事務所でグダグダ時間を過ごすっていうのも悪くない、かもな。
「ちょっと待て、それハメ技だろ!」
「限られたルールの中で勝利条件を満たしただけ」
「おいィ?!」
@
翌日もまた、俺は事務所に来ていた。
今日はオフなのだが、正直家にいてもやることはないし、暇を持て余すくらいなら、事務所で誰かと会話でもしようと思って来たのだが、どうやら今日は誰も来ていないらしい。
「あら、夏美ちゃん今日はお休みよね」
「いやー、家にいても暇なので」
「あー、筋トレ禁止令が出たんだって?」
「……うっかり渡したノートに治療中用の筋トレメニューを書いておいたら、一切禁止、と」
「それは……一体どれだけ鍛えてるの?」
「うーん、見てみます?」
俺の鍛えられた体を見た人の反応は大きく分けて二つある。
引くか、黄色い声援が上がるかの二択であり、前者の大半は男子であり、後者の大半は女子である。
「み、見てみたいような、幻想を壊さないでいて欲しいような……ううん、見てみるわ!」
「はい、それじゃあ……」
ここには普段女性しか出入りしないしいいよな、と言い訳をしつつジャージとTシャツを脱ぐ。
「ピ、ピヨッ?!」
そこにはシックスパックに分かれた腹筋と、しっかりラインの入った上腕が……って、やっぱこれ女の子の体じゃないって、小鳥さんも若干引いてるし。
「い、今までアニメや漫画でしか見たことなかったような肉体が……ちょ、ちょっと触ってみてもいいかしら」
「え?別にいいですけど」
「それでは失礼して……お、おぉ……」
腹筋とかの凹凸に指を這わす小鳥さん……ちょっとくすぐったいなこれ。
そのまま数分ほど経って、小鳥さんは満足したのかやたらツヤツヤした顔をしていた。
「ありがとう夏美ちゃん、参考になったわ」
「なんの参考かはわからないですけど、どういたしまして?」
まあ、満足してくれたのならば、それでいいか。
さて、やることはないけどどうしようか、勝手にゲームをやるというのも申し訳ないしなぁ。
なにか手伝える仕事とかないだろうか、あったら手伝って、時間でも潰すとしようか。
なんだろう、とりあえず仕事しようって、昔に戻ったような気分だ。
「小鳥さーん、なんか手伝える仕事あったら手伝いますよ」
「え、別に大丈夫よ?ゆっくり休んでて」
「なんか、何もしないって本当に落ち着かなくて……」
「その有り余る元気が羨ましいわ……」
そして、次回こそはオーディションだといったな、あれは嘘だ。
なんか、思ったよりここで文字数いってしまったので、オーディションはまた次回のお話に。
それにしても、梶谷が帰ってきてからのDeは調子いいですね。
あかん、優勝してまう!
ひとまず、出来るだけ早く次回を投稿するように致します。
それではまた次回お会いしましょう。