二人のリボンは姉妹の印~騙されてアイドル活動~   作:霞身

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ついに一万文字突破。
今回若干オーディションについて触れていますが、そんなことねーよって部分があるかもしれません。
華麗にスルーしてください(丸投げ)
そして反り投げさんに素敵なイラストを書いていただけました!
改めてありがとうございます!
あらすじの方に貼らせていただきました。


第四話:三人寄ってユニットレッスン。

 九月もしばらくが過ぎて末頃の週末、俺がこの事務所に入ってから、そろそろひと月が経っただろうか。

 だというのに、残暑というのは過酷なもので、ここ数日30度には届かなくとも25度を超える夏日を連発して、いい加減うんざりしてきた。

 俺は夏生まれだし、そもそもスポーツが好きだから暑いのは大丈夫なのだが、なぜか事務所では響さんが伸びている。

 この人沖縄出身じゃないのか?

 

「うー……暑いぞ……」

「響さんって沖縄出身じゃなかったっけ?」

「沖縄出身でも暑いものは暑いぞ、それにこっちの夏はじめっとしてて、風もないから沖縄より堪えるぞ……」

 

 そんなもんなのだろうか。

 沖縄県民ってなんとなく暑さに強いイメージがあったんだが、そんなことはないのか。

 

「しゃきっとしなよ響、いくら今日が休みとは言えさ」

「休みだから元気が出ないんだ、これで仕事でも決まればやる気も出るんだけどなぁ」

 

 まあ、わからなくもない。

 俺も飽きただなんて生意気は言わないが、いい加減レッスン漬けの日々に少し退屈し始めていた。

 最近は真さんたちの練習にも最後まで気合ではなく付いていけるようになったし、そろそろなにかレッスン以外のことをしてみたいというのは、紛れもない本音だ。

 

「仕事かぁ、ボク達もずいぶんご無沙汰だよね」

「前はどんな仕事したんですか?」

「ボクはこの前、スポーツサイクルのポスターの写真撮影をやったよ、と言っても先月だけど……」

「自分は、新しくできたショッピングモールで、キャンペーンガールとして街頭で風船を配ったかなぁ……自分も先月だけど」

 

 二人とも、もうひと月仕事してないのか……それも仕方ないか、未だ零細事務所と言っても過言じゃないくらい、仕事がないのだから。

 しかし暇だ、今日は姉さんがレッスンあるからついてきたけど、やることが何もない。

 こうもやることがないとレッスンほどじゃなくても体を動かしたくなってくる。

 ちょっとランニングでも行ってこようかな、ここら辺の地理にもだいぶ詳しくなってきたし。

 

「あれ、夏美どっか行くの?」

「運動したい気分だし、ちょっとランニングでもしてこようかなと」

「あ、じゃあボクも一緒に行こうかな!響はどうする?」

「自分はパス、わざわざ暑いのに日の下に出たくないぞ」

 

 本当に暑いのが嫌なんだなこの人は、まあ嫌ならわざわざ引っ張っていく必要もないか。

 ロッカーに替えの下着があるのを確認してジャージに着替える。

 最近着てるのは自前のジャージじゃなく、765プロの全員に支給される色違いのジャージなのだが、俺のは前に着てたものと同じ、山吹色の物を用意してもらった。

 今まで俺が着てたのが安物だったとは言わないが、このジャージは着心地がいい、さすがちゃんとした事務所が用意してくれたものだと思う。

 

「うーん、それにしてもホント夏美の体ってしっかり鍛えられてるよね」

「小学校の頃から筋トレしてたしね、おかげで腹筋割れてますよ」

 

 着替え中の俺の体を見て真さんが俺のことを褒めてくれる、んっふっふ、そうじゃろうそうじゃろう、これでなかなか苦労したのだから。

 せっかく筋トレするんだからと、前世では鍛え始めが遅くて、少々時間がかかった割れた腹筋が早いうちから欲しく、いろいろトレーニングをやった末にどうにか割れた腹筋を真さんに見せる。

 最初はなかなか割れずに苦労したのだが、ネットで調べてみたらそもそも女性の腹筋は割れにくいということが分かって、その為にいろいろメニューをこなしたのだ。

 

「ボクも結構鍛えてると思うんだけどなぁ……」

「よかったらメニュー教えましょうか?ただその……アイドル向きじゃないこんな肉体にビルドアップされるけど」

 

 うむ、趣味で鍛えたから俺はいいのだが、どう見たって俺の肉体はアイドル向きじゃない、まだ女子ボクシングの選手とか言われた方がしっくりくると思う。

 なにせ、腹筋だけ鍛えて他と釣り合いが取れてないのも嫌だったから、他にも腕や脚まで鍛えてしまったから、肉体だけならアスリート選手もさながらの状態だ。

 さらに、真さんは女の子らしい格好とか、お姫様に憧れている節があるから、なおのことあまり体は鍛えないほうがいいんじゃないかと思う。

 というかそういうのに憧れているなら、もう少しおとなしくなったほうがいいとも思う

 

「あー、確かにきゃぴきゃぴな女の子って感じじゃなくなっちゃうよね」

「そうですよ、こうなってモテるのは女の子にだけですよ」

「あれ、もしかして夏美も女の子に告白されたことあるの?」

 

 ええ、不本意ながら女の子に告白されましたとも。

 女の子にモテるのは、そりゃ嬉しいさ、中身は男だもの。

 ただ、なんというか、ねぇ?

 同性にモテても内心すごい複雑なのだ。

 一応今までは断ってきた、非生産的だからね、だからといって、生産的に男と付き合えるかと聞かれればNOなのはどうしたらいいのやら。

 

「わかる、わかるよその気持ち、ボクだってホントはもっと可愛らしい格好して女の子らしくしたいのに!」

 

 真さんは父親の方針で子供の頃から女の子らしいことをさせてもらえず、格好も男っぽい服装で、空手などを習わされていたらしい。

 だからどうしても男っぽい服ばかり持っていたり、一人称がボクになってしまっているらしい。

 ある意味俺と同じ被害者だ、加害者が肉親かファッ○ン神野郎かの違いはあるが。

 いや、実際神様か何かの手違いなのかなんてことはわからないが、休暇取ってベガス行ってる間にこんなことになったのだとしたら、本来の夏美にも申し訳ないし、俺にも申し訳ないしで是非謝りに来て欲しいものだ。

 

「はぁ……ランニング行きましょうか」

「うん……運動して忘れることにするよ……」

 

 二人して若干しょんぼりしながら玄関から外に出ようとすると、そこへちょうど営業に行っていた律子さんが戻ってきた。

 

「あら、二人ともちょうど良かった……なんでそんなテンション低そうなのよ」

「人生ってうまくいかないんだなって……」

「いや、あなたまだ13歳でしょ、ところであと響はいるかしら」

「響なら休憩所で伸びてるよ」

「そう、じゃあちょっと響を呼んできてくれるかしら」

 

 三人も集めてなんだろう、仕事でも決まったのかね。

 とりあえず言われた通り響さんも連れて律子さんの机へ移動する。

 

「早速本題に入らせてもらうわね、あなたたち3人にオーディションに出てもらおうと思ってるの」

「「「オーディション?」」」

 

 オーディションか……ついに宣材写真以来のアイドルらしいことが始まるなぁ。

 でも3人も参加させて身内同士で食い合うことになると思うんだけどいいんかな。

 

「オーディションってことは自分たち3人で競うことになるのか?」

「それはそれで燃えるけど、ちょっと申し訳ないような気も……」

 

 ほかの二人も同じように思ったのか若干困惑している。

 というか一番不利なの俺やん、確かに最近はある程度ついていけてるとは言え全体的なスペックは圧倒的に二人の方が高いんだから。

 

「あぁ違う違う、確かに3人とも同じオーディションを受けてもらうけど、受けるのは3人で一時的なユニットを組んで参加してもらうつもりでいるわ」

「「「ユ、ユニット?!」」」

 

 ということは本格的なデビューということか……

 うちでちゃんと持ち歌を持ってデビューしてるのは、まだ千早さんとあずささんくらいだから、全体の中ではずいぶん早いことになるな。

 まーた亜美真美からのお小言が増えるのか、それもスキンシップだからいいのだが。

 

「ということは自分たちの持ち歌なんかももう出来てるのか!?」

「このメンバーってことは結構ダンサブルな感じの曲ってことだよね、うわぁ楽しみだなぁ」

 

 この二人は随分乗り気だな、俺はむしろ心配なくらいなんだが……

 なにせまだレッスンを初めて1ヶ月、ダンスだけならこの二人に付いていけるが、それ以外、歌やビジュアル面については二人に全然及ばない。

 というかこの二人ダンスが一番得意な上に歌までうまい、ずるいぞおい。

 

「あー、これも説明不足だったわね、ユニットを組むといっても受けてもらうオーディションはこれなの」

 

 そう言って俺たちはそれぞれ一部ずつ書類を渡された。

 えーっと、なになに……

 

「あ、他のアイドルのバックダンサーの募集だったんすね」

「流石夏美、読むの早いね」

「自分まだほとんど読んでないぞ」

 

 まあ、こういう書類読むのは慣れてるからな、ざっと斜め読みだけして、募集内容にバックダンサーと書かれていることがわかれば、あとの細かいことは後で読めばいいし。

 しかし、バックダンサーか、それなら確かに俺が選ばれたのも納得できる。

 色々な面でまだ先輩たちに劣っている俺だが、ダンスだけなら既に真さんたちと並ぶまであと少しといったところまで近付いている、と思っている。

 当然真さんたちも日々レッスンしているのだから追いつくにはまだまだ時間が必要だろうけれども。

 

「今夏美が言ったように、あなたたちには三人ひと組でこのバックダンサーのオーディションに参加してもらうわ」

「それでこのメンバーってことか」

「自分、ダンスなら誰にも負けないさー!」

「俺も、二人に置いて行かれないように全力でやります!」

 

 そうとわかれば行くならランニングよりダンスレッスンの方がいいかな。

 

「三人ともやる気があるのは結構、これが課題のダンスの内容だからしっかりやるのよ、夏美はこれが初の仕事になるかもしれないから、真と響の二人はしっかりフォローしてあげてね」

 

 そう言って律子さんはバッグから四枚のディスクを取り出して真さんに二枚、俺と響さんに一枚ずつ渡した。

 多分真さんに渡したやつの一枚はトレーナーさん用かな。

 

「任せてよ律子、僕も俄然燃えてきたしね!」

「よーし、早速レッスン行くぞ!」

「レッスンするなら雪歩たちの方にも連絡入れておくから、午後から合流して頂戴」

「わかりました」

 

 時間もあるし、ひとまず事務所のパソコンを借りてDVDの内容を見ておいた方がいいか。

 パソコンにディスクをセットして、映像を流し始める。

 特別速い曲ってわけじゃないけど、なかなかに難しそうなダンスだ。

 

「律子さん、この映像って反転処理とかしてないんですよね」

「え?ええ、特にはしてないわね」

「ありがとうございます」

 

 だとしたら、自宅で練習するなら反転処理と減速させたほうがいいな……まだ正面から見たものをトレースしようとすると、口で説明してもらわないと難しいし。

 まあ自主レッスンをするのはある程度できるようになってからの方がいいか。

 その頃にはステップなんかも覚えてるだろうし。

 

「結構難しそうだな」

「うん、でも結構かっこいいね、くぅーっ、合格したらボク達もライブステージに立てるんだね!」

 

 真さんたちもまだステージは立った事無かったのか。

 こりゃ足引っ張れないな、頑張りますか!

 

 

 

 

 真さんと響さんと三人で食事を取り終えた俺たちは、レッスンスタジオに到着していた。

 ロッカールームに荷物をしまって、水の入ったペットボトルとタオルだけ持ってスタジオに入る。

 

「「「おはようございます」」」

「あ、真ちゃん、響ちゃん、夏美ちゃん、おはよう」

 

 ちょうど今日レッスンのあった雪歩さんと美希、伊織の三人もこれからレッスンを再開するところだったらしく柔軟運動をしていた。

 

「真くん響……あと夏美ちゃんもおはよう」

「おい、なんで若干引いてるんだおのれは」

 

 美希にはあのお姫様抱っこの一件からこっちしばらく逃げられている。

 いいじゃない、女の子同士なんだからもう少しスキンシップ取っても。

 

「あんたたち、今度オーディション受けるんだって?」

「うん、バシッと決めてくるから応援よろしく!」

「う、うん、みんな頑張ってね」

「私たちを代表していくんだから負けたりしたら承知しないんだからね」

「自分完璧だからそんな心配は無用さー!」

 

 二人ともやる気満々だなぁ……よーし、俺も負けてられないな!

 ひとまず柔軟運動やって体温めとかないとな、オーディション前に怪我なんかシャレにならんし。

 ただ、俺の体の柔らかさは765でもトップクラスだと思ってる、最近ついに180度開脚から上半身をぺたっと床につけられるようになった。

 

「夏美ちゃんホント体柔らかいよね」

「そりゃ、毎日家でも柔軟やってるからな、怪我の予防だ怪我の予防」

 

 体が柔らかければそれだけ怪我はしにくくなるし、ある程度動きの制限されるコスチュームでも踊れるようになるからな。

 あとはバランスを鍛えて大リーグボールとか投げてみたい。

 

「体鍛えればこんなこともできるぞー」

 

 柔軟を終えた俺は立ち上がり倒立をするとそこからブリッジをする。

 これが慣れると結構楽しかったりする、学校じゃ体育の時くらいしかやらないが、やると歓声が上がったりするのだ……主に女子から。

 

「おおー、夏美ちゃんすごいの!」

「これだけじゃ終わらないぞ、しかもそのまま歩くことができる!」

 

 そのまま手足を使ってわさわさと移動する。

 みんな子供の頃とかやったんじゃなかろうか、映画のエクソシストとかに影響されて。

 

「き、キモイ!流石にそれは夏美ちゃんがやってもキモイの!というか夏美ちゃん手足長いから余計にキモいのー!」

「フハハハ、怖かろう!」

「なにやってんのよあいつは……」

「自分、時々夏美のああいうところがよくわからないぞ」

「でもあれも結構練習しないとあそこまで俊敏に動けないと思うよ……無駄な努力な気もするけど」

「あの、そろそろトレーナーさんが……」

 

 どこぞの鉄仮面よろしく上機嫌になって調子に乗って美希を追い掛け回していたのが運の尽き。

 そう、運の尽きだった……

 

「ほう、確かに恐ろしいな」

「フハハ……おはようございます」

 

 いつの間にかレッスンルームに来ていたトレーナーさんに見下ろされる形になる俺。

 うん、やっちったな。

 ブリッジの状態から立ち上がりそのまま正座の姿勢へ移る。

 

「体は十分温まってるみたいだな、うん?」

「ええ、はい、そりゃもうバッチリ」

「体力も有り余ってるみたいだな?」

「ええ、はい、午前は休みでしたし」

「よーし、夏美には特別メニューを用意してあげよう」

 

 ニッコリと笑うトレーナーさんの顔がめっちゃ怖い、後ろに炎を背負った修羅像が見える。

 願わくば……

 願わくば終わったあとの俺が生きていますように……

 

 

 

 

「おーい夏美、生きてるかー?」

「俺の遺骨は灰にして海に捨ててくれ……」

「そんな環境汚染やめなさいよ……」

 

 環境汚染だなんてあんまりだ、普通に自然葬なのに。

 しかし、しかし本当に今日のメニューは厳しかった……

 自業自得とは言え、レッスンが終わって立つこともままならないのなんて、いつ以来だっただろう、少なくともここ一週間はレッスン後もある程度余裕を残していた。

 

「わ、私ならきっと途中で脱落しちゃってたような気がするよ……」

「ボクも、流石にあのメニューだったら終わったあと立ってられる気がしないなぁ」

「そういうところは夏美ってすごいガッツがあるって思うな、見習いたいとは思わないけど」

 

 くそぅ……自分が悪いとは言え、これはやばい、久々に明日は特大の筋肉痛かなぁ……

 というか既に体のあちこちが痛いし体中が熱を持っている。

 辛いけどちゃんとクールダウンしないと……明日以降に響く……

 

「はい夏美ちゃん、お水」

「ありがとうございます、雪歩さん……」

 

 もうとっくにぬるくなっているはずのペットボトルの水が、異常に美味しい、ちゃんと脱水症状にはならないようにこまめに水分はとっていたが、それでもかなり汗かいたしな。

 ある程度心臓が落ち着いてきたら、ゆっくり体中の筋肉を伸ばしてほぐしていく。

 家で寝る前と風呂でもやるが、ここでも軽くマッサージをしておく、というかしておかないと家まで帰り着ける気がしない。

 あれだけのレッスンの面倒を見ておいて平気なんだからトレーナさんもとんでもないな、素直に感心する。

 

「あんたよくあれだけ動けるわよね」

「鍛えてなかったら途中で倒れてたかもな……まあトレーナーも俺の体力バッチリ把握してギリギリまで詰め込んできたし、体力がなかったらもう少し楽なメニューだったかも」

 

 ひとまず、クールダウンも一通り済んだところで、タオルを手にロッカーへ向かってさっさと着替えてもう帰ろう、姉さんのレッスンが終わったんか知らないけど、もう帰ってさっさと寝てしまいたい。

 ジャージの中に着ていたTシャツを脱ぐと随分体が軽くなる、どんだけ汗吸ってんだこのTシャツ。

 気分はさながら鉛が入った特性胴着を脱いだ悟空だ。

 

「夏美汗すごいね、絞れるんじゃない?」

「ちょっと片付ける前にシャワー浴びるついでに絞ってきますわ……流石にこれをバッグに詰めるのはちょっと」

 

 ちょっと握っただけで汗が滴り落ちそうになってる、こんなに汗かいたのかと思うと、本当に今日の運動量にゾッとするわ、これで午後だけとか……

 Tシャツを手にシャワー室へ向かうと既に先客がいたらしく、水の流れる音が聞こえてくる。

 正直申し訳ないような気もするが、今の肉体は女なのだから仕方ない。

 

「げえっ、夏美ちゃん!」

「その関羽を見つけたような反応はやめるんだ」

 

 どこからかジャーンジャーンジャーン!という銅鑼の音が聞こえてきそうな反応である。

 シャワー室は一箇所ずつ磨ガラスのような壁で仕切られているのだが、その壁が微妙に低くてある程度身長があれば、お互いの顔を確認できる。

 当然美希ほども身長があれば十分なわけだが、やたらと見られている、なぜなの?

 

「うーん、でもやっぱりこうして見ればちゃんと女の子なの」

「なんだそりゃ」

「だって、夏美ちゃん普段の様子みてたら女の子には見えないんだもん」

「余計なお世話じゃ」

 

 Tシャツを洗って絞りつつ、自分もシャワーを浴びて体と髪を洗う。

 正直長い髪は鬱陶しいとも思うが、こればかりは憧れなのだから、諦めずにしばらくはこの長さを保とうと思っている。

 

「やっぱり夏美ちゃん素材はすごくいいの、だからもっとおしゃれするべきだって思うな、そうすればもっと可愛くなれるのに」

「いや、いいよ、あんまり興味ないし」

「えー、もったいないの、そうすれば男の子にもモテモテになると思うのに、というかミキのためにもっと女の子っぽくなるべきだと思うな」

「なんだそりゃ」

 

 また変なことを言うな美希は。

 美希のために女の子っぽくなるべきってのはどう言う意味だ……

 

「まさか美希、女の子のことが好きなのか」

「違うよ!」

 

 一体何だというのか、年頃の女の子ってよくわからないな、俺もそうなんだけどさ。

 とりあえずシャワーでさっぱりしたしTシャツも綺麗になったことだし戻るとしよう。

 

「先に戻ってるぞ、それと同性愛はいかんぞ、非生産的な」

「なんなのなのー!」

 

 

 

 

 最初の三人で合わせたレッスンから一週間が経った。

 全員がそれぞれ、ある程度踊ることができるようにはなったが、全員で合わせるとどうしても少しずつずれてしまう。

 

「1、2、3、4、5、6、7、8……ストップストップ!またズレてるわよ」

 

 トレーナーさんがリズムをとっていた手を止めて静止させる。

 くそ……一人でやる分には問題ないのに、合わせるのってこんなに難しいのかよ。

 

「うがー、全っ然合わないぞ!」

「響が突っ走りすぎなんだよ、それにそもそも夏美がついていけてないんだからもっとペースを落とすべきだよ」

 

 やっぱりネックは俺か……ダメだ、もっと自主練習増やさないと二人に迷惑かけちまう。

 どうしても自主練だと質はレッスンに及ばないから、その分は量でカバーしないといけないか、学校の屋上って昼休み人いるかな。

 

「俺は大丈夫ですから、続けましょう、響さんもそのままのペースでお願いします……俺が合わせられるようになれば、大丈夫ですよね」

「それはそうだけど……」

「じゃあ、大丈夫です、必ず追いつきます」

「そうは言っても今日はこれ以上ダメよ、もう一時間も居残りでレッスンしてるんだから、これ以上はトレーナーとしてやらせられないわ」

 

 もうそんなレッスンしてたのか……ダメだ、全然手応えが感じられなかった。

 

「あの、このあと」

「なんと言おうとダメよ、明日も絶対に休養するようにね、あと無理な自主トレなんかは絶対にしないように」

「……わかりました」

 

 そう釘を刺されちゃ仕方ないか、ここはおとなしく引き下がるとしよう。

 というか、正直今はこれ以上やっても無駄か、体力が無いからあまり意味はなさそうだ。

 だが俺には休んでる時間なんてないしな、休めと言われたが明日は自主練習させてもらおう、幸いにも日曜日でやることは何もない。

 そうと決まれば今日はさっさと帰って寝てしまおうか。

 

 

 

 

 

「もうあの子達も出て行ったかしらね……」

 

 まったく、まだ一週間しか経ってないのだから、全員の動きが合わないのなんて当然、そんなに慌てる必要はないというのに。

 とにかく全員、特に最近明らかに焦りが見えてきてる夏美ちゃんが無理をしないように先に手を打っておくとしましょうか。

 

「あ、もしもし春香ちゃん?」

『トレーナーさんこんばんは、どうしたんですか?』

「春香ちゃん明日はなにか予定入ってるかな」

『いえ、何もないですけど……もしかして補習ですか?!』

「あぁ、違うのよ、予定がないなら一日夏美ちゃんを連れ回して欲しいの」

『夏美をですか?』

「ええ、あの子最近ちょっと焦ってるみたいだから、こっちも出来る限り質のいいメニューを用意するようにはしてるけど、その分体力がいるから、本人の自覚以上に疲れが溜まってると思うの」

『そうなんですか』

「その上で無理な自主トレまでされたら、オーディション前に故障しちゃうかもしれない、だからそれを阻止して欲しいのよ」

『……わかりました、練習させなければいいんですね!』

「ええ、お願いね」

 

 これで夏美ちゃんも無理に練習はしないでしょう、基本的に人の言うことにはちゃんと従う子だし。

 うーん、根性ある上に負けず嫌いみたいだし、なかなか手綱を握るのが大変な子よねぇ。

 あんまり無茶して故障癖とかつかないといいんだけど……

 

 

 

 

 どうしてこうなった。

 

「夏美、どうしたの?」

 

 なぜ俺は姉さんの友達達に囲まれてショッピングモールにいるんだ。

 せっかく昼から自主練習しようと思ってたのに。

 

「いや、買い物に付き合うのはいいんだがな」

 

 まあ、最近お互い、特に俺がレッスンに忙しくてあまりコミュニケーション取れてなかったから、一緒に出かけるのは、いいとしよう。

 そこに姉さんの友達がついてくるのも、俺はあまり気にしない。

 

「なんで俺がこんな格好しなきゃならないんだ?!」

 

 だが女物のワンピースを着せられるのはまた別の話だろう?!

 買い物に付き合うのはいいさ、行き先が服屋だというのも、姉さんも友達も女子高生なのだから、わかる。

 なんで試着してるのが俺だけで、姉さんもその友達も俺に着せる服を選んできてるんだ、おいィ?

 

「いやー、春香の妹さん素材がいいからついつい」

「うんうん、似合うんだからいいじゃん」

 

 しかもこいつらノリノリである。

 一応は年上だから強く出られないし、おのれ姉さん、謀りおったな。

 

「だって、夏美にももっとおしゃれとかして欲しいし」

「別に興味がないわけじゃないんだが、どうしてもこういう服は苦手なんだって」

 

 ヒラヒラしてて動きにくいし、どうしてもスカートというのは恥ずかしくてしょうがない。

 日常生活では極力着たくないんだがなぁ……

 

「いいからいいから、次はこれね」

「まだ着るのかよ……」

 

 こりゃ、今日の自主練は諦めたほうがいいか。

 

 

 

 

 正直、予期してなかったわけじゃないんだが、若いとは言っても肉体に無理させるもんじゃないな。

 

「ぎっ……?!」

 

 あれからさらに数日が経った再びのダンスレッスンの時だった。

 ここ数日、やたら姉さんに付きまとわれていたが、流石に学校が違うから放課後までは付いてこないのをいいことに、自主練していたツケが回ってきたのだと思う。

 ステップの一つを踏んだ瞬間膨ら脛に異常なまでの痛みが走った。

 たまらず俺はバランスを崩して床に倒れてしまった。

 

「夏美?!」

「大丈夫か?!」

 

 すぐに一緒にトレーニングしていた真さんと響さんが駆け寄ってくる。

 正直今まで経験したことがないほどの痛み、そしてステップを踏んだ瞬間のバチン、という音からある程度予想はできるが、たぶん肉離れだ。

 この大事な時期にまさかこんなケガとは。

 

「夏美ちゃん大丈夫?どこが痛むの?」

「右ふくらはぎが……多分、肉離れだと思います」

「肉離れって、一大事じゃないか!すぐ病院に行かないと!」

「そうね、私が車出すから、二人はそのまま自主レッスンをしていて頂戴」

「わかったぞ……」

 

 く……情けないな、まさか肉離れになるなんて。

 痛む足を引きずりつつトレーナーさんについて行って車に乗せてもらい、病院へと向かう。

 

「まったく、あれほどダメだって言ったのに、自主レッスンしてたわね?」

「すいません……」

「まだオーディションまで1ヶ月あったからいいものを、もっとあとだったらあの二人にも迷惑がかかるのよ?」

 

 本当に、色々と軽率すぎた。

 たとえ力不足だったとしても参加すれば勝てる可能性は常に0%ではないというのに、もし怪我で出場すらできなければ勝てる可能性は0%になってしまう。

 それじゃあ、本末転倒だ、頑張ってきた真さんたちの足を引っ張るなんてものじゃない。

 正直、俺自身自分の体を過信しすぎていたらしい。

 ちゃんとマッサージしてゆっくり寝れば翌日にはほとんど疲れが取れていたから、大丈夫だと思っていた。

 ただ、それとは別で俺の体は随分とぼろぼろだったらしい。

 

「すいません、ちょっと、焦りすぎたみたいです」

「そうね、こう言っちゃなんだけど、あなたはまだアイドルとしてのスタートラインに立ったばかりなんだから、完全無欠の常勝無敗なんて当然無理、ゆっくり力をつければいいのよ」

 

 別に俺は完璧を目指していたわけじゃないが、言いたいことはわかる。

 俺はまだまだ素人だ、だから先輩である二人の役に立ちたかったが……それがそもそも間違いだったのだろう。

 

「それに、正直に言えば、私のミスでもあるの」

「いや、俺が勝手に自主練してたんですから、トレーナーさんは悪くないっすよ」

「自主トレしてたのは、今のあなたじゃ二人の足を引っ張ってしまうと思ったからなんでしょ?」

「まあ、そうですね」

「私の見立てが正しければね、あとは本当に三人の動きを合わせるだけで十分合格できると私は踏んでいたの」

「えっ、マジですか?」

「マジもマジよ、正直あなたたち、ダンスだけなら本物のアイドルに匹敵するところまで来てるのよ?バックダンサーのオーディションくらい楽勝よ楽勝」

 

 まさか、トレーナーさんがそこまで評価してくれてるとは思わなかった。

 たぶん、トレーナーさんとしては、それを聞いて油断したりしないように言っていなかったのだと思うが、今初めてトレーナーさんからこうした評価を聞いたような気がする。

 だが俺がプロレベルか……考えたこともなかったな、いつかは到達するだろうと思ってたけど、まさかそこまで買ってもらってたとは。

 

「すいません、俺の無茶のせいで」

「大丈夫よ、軽度の肉離れなら一週間で日常生活に、二週間もあれば元通りになるから、それからやっても十分間に合うわ」

「間に合い、ますかね?」

「間に合わせてみせるわ、それが私の仕事だもの、だからあなたの仕事はしっかり栄養取って一日でも早く肉離れを治すこと、いいわね」

「……はい!」

 

 その後、病院ではトレーナーさんの見立て通り一週間の激しい運動厳禁が言い渡され、ダンス復帰は一週間後の診察の時に改めて決めるらしい。

 それまで俺にできることは全部やろう。

 まずはステップの暗記、あとは二人の動きをしっかり頭に叩き込むことか。

 運動できないならできないなりに二人をサポートしよう。

 

 

 

 

 自主練してろって言われたけど、やっぱり心配で全然身が入らないぞ……

 

「やっぱり、自分がいけなかったのかな……」

「響だけが悪いわけじゃないよ、ボクももっとちゃんと夏美を説得してればペースも落とせたのに……」

 

 夏美って変なところで子供っぽいっていうか、負けず嫌いだから、もしかしたらすごい無茶させちゃってたのかな。

 うー、確かに夏美より自分の方がダンスは上手いけど、自分の方が先に始めてるんだからうまいのは当たり前なんだ、やっぱり自分のペースで練習させたのが間違いだったのかな?

 

「なんというか、夏美にはもうちょっと信頼して欲しいぞ」

「そう?今でもいい感じだと思うけど」

「いいや、確かに仲はいいと思うけど、でもやっぱり夏美はどこか遠慮してる感じがするんだ」

「あー、確かに亜美とか美希とかと話してる時はフランクだけどボクたちと話すときは結構カッチリしてるもんね」

「今回だって、きっと自分たちに遠慮して自分で自分を追い込んでたんだぞ」

「うん、春香も夏美が見つからないって連絡してきたし、遠いんだからこっちまでわざわざ自主練するために来る訳ないのに」

「だから、まずはその先輩後輩みたいな感じをやめにしようと思うんだ!」

「うん、そのほうがいいかもね、ボクも夏美とはもっと仲良くなりたいし」

 

 よーし、そうと決まれば次来た時からもっと積極的に話しかけることにするぞ!

 あとはどうすればいいかな、うーん、まあきっとなんくるないさー!

 

 

 

 

 

「じゃあまずはあの響さんって呼び方やめてもらおう、なんか夏美にさん付けで呼ばれるとむずむずするぞ」

「あー、わかる、学校とかで先輩に真さんって呼ばれてるような感じ?」

「そうそうそんな感じ」




夏美、怪我をするの巻きでした。
実際一ヶ月以上前から募集ってあるものなんでしょうか、私そういうのに詳しくないので適当ですが許してください。
肉離れって実はイメージほど痛くないこともあるんですよね、どうにも痛みが引かない変な筋肉痛だなと思って病院行って、肉離れですねって言われたときは驚きました。
ひとまず夏美が若い肉体を持て余してハッスルして怪我をするというのはいつかやりたかったことなので、原作が始まる前に消化しちゃいました。
原作始まったら怪我してる暇なんてないしね。
次回はオーディション本番編、もうちっとだけ続くんじゃ。
ただ、まーた次の話を書くのに苦労しています、来週に間に合わなかったら「あぁ、コイツもこの程度か」と笑ってやってください。
それではまた次週、お会い出来ましたら。

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