二人のリボンは姉妹の印~騙されてアイドル活動~   作:霞身

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本話は、演出の都合上少々特殊な視点の部分があります。
せっかくだからあのドキュメンタリー番組風にしたかったので……
いつも通り、視点変更、時間の経過、場面転換で @ を挟んでいるため、分かりにくいことはないと思います。


第十話:そういう運命。

 『アイドル』

 

 それは女の子達の永遠の憧れ。

 だが、その頂点に立てるのは、ほんの一握り……

 

 そんなサバイバルな世界に、

 13人の女の子達が足を踏み入れていた。

 

 

 

 

 まだ夜も明けきらない早朝、駅で待つカメラの前に、二人の少女がやって来た。

 二人は改札を潜るとカメラに気づき、こちらへと駆け寄ってくる。

 

「あ、おはようござい……ってきゃあ!」

「おはようございます」

 

 二人のうち、小柄で頭に二つのリボンを付けた方の少女が、自分の足につまずいて転んでしまっていた。

 ある意味器用なことだ。

 

『だ、大丈夫ですか?』

「あ、あはは……慌てちゃって……」

 

 彼女は765プロ所属アイドル、天海春香、優しく明るい、ちょっとおっちょこちょいなアイドルだ、イメージカラーは赤。

 

「大丈夫ですよ、いつもの事だし」

『……慣れてらっしゃるんですね』

 

 もう一人、身長が170cm程、同世代からするとかなり高い身長の、栗色の長い髪をこちらもリボンでポニーテールに纏めた少女が、同じく765プロ所属アイドルで、ダンスを得意とする天海夏美、イメージカラーは山吹色。

 

「電車も来ますし、行きましょう」

『そうですね』

「あ、二人とも待ってー!」

 

 彼女達の自宅は事務所から遠いため、こうして朝早くの電車で通勤している。

 ホームで待っていると、東京行きの電車がやって来る。

 通勤電車としても早いこの時間、席はがらがらで、二人とも余裕をもって座ることができた。

 二人とも鞄からそれぞれの愛用品を取り出す。

 通勤にかかせないもの―音楽、タブレット。

 姉である春香はイヤホンを耳にはめて音楽を聴き、妹である夏美はタブレットで様々な記事などを読んでいる。

 いくらかの駅を通りすぎると段々と高いビルが増えて行き、車内にも人が増えていく。

 春香はおばあさんに席を譲り、妹の夏美は、いつの間にやら、器用にもどちらにも傾かずに眠っていた。

 この後、さらに一本電車を乗り継いで、続いては徒歩で事務所を目指す。

 

『事務所まで、どれくらいかかるんですか?』

「えっと……二時間くらいですね」

『通うの大変じゃないですか?』

「最初はきつかったけど、もうなれたよな」

「うん、それに電車の中で音楽を聴いたり、オーディションの資料とか見てたら、あっという間ですから、気になりません」

 

 そう笑顔で答える春香、きっと彼女は、今この仕事が楽しくて仕方がないのだろう。

 

『ということは、夏美さんが見ていたのは、その資料ですか?』

「あー、いや、あれはニュースとか新聞を見てたんですよ」

『新聞ですか』

「色々知っといて、損はないですからね」

『なるほど』

 

 確かに、様々な仕事をするアイドル、世の中の出来事を知っておいて損はないだろう。

 しかし、改めて言うならば、彼女は春香の『妹』であり、まだ『中学二年生』だ。

 そのようにいくつか質疑応答をしながら歩き、途中のコンビニへ立ち寄る、飲み物や軽食を買っていくようだ。

 

「あ、真おはよう!」

「真、おはようさん」

「あ、おはよう春香、夏美……って、うわわわっ!」

 

 コンビニに立ち寄ると、雑誌コーナーで一人の少女が雑誌を読んでいた。

 彼女は菊地真、春香達と同じく、765プロ所属のアイドルであり、特に響や夏美と共にバックダンサーなどを勤める、ダンスが得意なアイドルだ、イメージカラーは黒。

 

『何を読まれてたんですか?』

「あぁ……これです……らしくないですか?」

 

 我々に気付いて咄嗟に隠していた雑誌を見せてもらうと、それは『LaLaLa』という少女マンガの雑誌だった。

 ファン達からは、真王子とも呼ばれることもある彼女としては、やはり好きだとしても知られるのは恥ずかしかったのだろうか。

 

「ボク、内緒ですけど、結構こういうの好きなんです」

 

 それを見る人たちに夢を与える偶像、そのイメージを守るというのも、彼女達の立派な仕事のひとつだ。

 

「俺は少女マンガより、少年漫画派だな、ドラ◯ンボールとか」

「わかってないなぁ、確かに燃える少年漫画もいいけど、ボクはこういうお姫様になりたいの!」

 

 その点、周りのイメージが素のままである夏美は、仕事が楽でもあるのだろうか。

 

『菊地さんは、女の子のファンが多いと聞きましたが……』

「ああ、はい、それはそれで嫌ではないんですけど、やっぱり普通に男子にも関心もって貰いたいです」

 

 夢を見せる少女達、それでもやはり、彼女達も一人の女の子なのだ。

 買い物を終えてさらに移動をすると、ビルとビルの合間に建つ、一階が食堂となっている少し古いビル、そこが彼女達の事務所、『芸能プロダクション765プロダクション』だ。

 

「いつになったら直るのかな、エレベーター」

「ま、いい運動になっていいんじゃない?」

「いや、物運ぶのに不便だし、いい加減直そうぜ?」

 

 どうやら老朽化の結果、このビルのエレベーターは壊れて動かなくなっているらしい。

 それでも流石は現役の女子高生達、苦もなくすいすいと上っていく。

 

「大丈夫ですか?」

『だ、大丈夫です』

 

 三階にある事務所まで階段を上れば、遂に到着する、そこが彼女達の活動拠点、765プロダクション。

 

「えっと、ここが私達の事務所です」

「「「せーっの……765プロへようこそ!」」」

 

 アイドル3人に見送られ、我々は事務所へと入っていく……

 

 

 

 

「姉さんはなんであんな緊張に弱いんだか」

 

 姉さんは撮影中こそ、その緊張を隠してたけど……まあいつも通り転びもしたが、本当に姉さんはまだ馴れないよなぁ。

 俺達の最寄り駅で待っていたカメラマンを、事務所まで案内して、今は律子さんを撮影するそうで、俺は休憩室と言う名のあまり使われない会議室で休んでいた、ちなみに先客である美希は既にソファーで眠っているし、あずささんと貴音さんは何やら雑誌の占いで盛り上がっているので、俺は諦めて美希が寝てるソファーの肘掛けに腰かけている、姉さんは千早さんと一緒に事務スペースだと思う。

 ところで、カメラマンは男だったけど、律子さんと小鳥さんにお茶を持っていった雪歩さんは無事だろうか、主にカメラが。

 

『男の人~?!』

 

 あーあ……やっぱりダメだったか……あの感じは湯飲みも割れたか。

 雪歩さんの男性恐怖症もまるで改善されないな、社長がそろそろもう一人プロデューサーを雇うって言ってたけど、男だったら雪歩さんは平気なのか?

 

「まあ、メイク占いですって」

 

 メイク占いっていったい何を基準に占ってるんだ、それは……

 あといつの間にかカメラ来てるし。

 

「あら、今月の仕事運は星ひとつ……でも恋愛運は星みっつですって、よかったわ」

 

 それでいいのか、アイドル。

 まああずささんは運命の人を探して、なんていう、ちょっとポンコツな理由でアイドルになったわけだし、いいか。

 

「まこと不思議な占いですね……本当に当たるのでしょうか」

 

 まったく同感だよ貴音さん。

 まあ、俺はそもそも占いはほとんど信じないタイプなんだが。

 

『占い、信じてるんですか?』

「はい、いいことが書いてあったら信じますね、貴音ちゃんと夏美ちゃんの占いは、どうだったの?」

「んー、俺はそもそもほとんどメイクしてないし、あんまり信じてないからなぁ」

(わたくし)ですか?(わたくし)は、人生とは己で運命を切り開くものだと信じております」

「運命は切り開くもの、うふふ、そうかもしれないわね、貴音ちゃん」

 

 切り開くものかぁ、俺はどちらかと言うと、振り回されるものって感じがするな、前世の記憶とか、今世の姉さん、美希に振り回される感じが。

 

「ハム蔵~!どこだ~?!」

「そっち入ってったよ!」

「大人しくお縄につきやがれ~!」

 

 まーた騒がしいのが来たなおい。

 この感じはまた響がハム蔵のひまわりの種でも食べたか?

 そんなことを考えているうちに、休憩室にハム蔵、響、亜美真美、が入ってきた。

 隠れやすいとは言え、なぜハム蔵も美希の胸元に入っていったし。

 

「あっ、居た!」

「うわぁ、ミキミキのここんとこ入っちゃってるよ」

「ぬふっふっふ、ハム蔵も男よのう」

「コラハム蔵のエッチ!」

「ん……?」

 

 流石にこれだけ騒がしければ、美希も起きるか。

 美希の胸元から顔を出したハム蔵を響が捕まえる。

 すごいどうでもいいけど、姉さんハム蔵の物真似めっちゃ似てるんだよな。

 

「どうしたの?」

「ミキミキ、カメラだよ、なんか喋ろうよ~」

 

 そう言われてやっと美希はソファーにしっかり座り直した、相変わらず超眠そうだけど。

 ひとまず、俺もそのとなりに座る、こうすりゃ寝れんだろ。

 

『自己紹介お願いします』

「ふぁ……あふぅ、星井美希、中三なの……終わり」

 

 それだけ言うと、美希は俺の膝の上に頭を乗せて寝始めた、結局寝るのな。

 それでいいのか美希……一応テレビの取材なんだが。

 

「えぇ、それだけ?」

「早いよぉ」

「あぁ、あと胸おっきいよぉ……あふぅ」

「もう、ミキミキ~」

「寝る子は育つって事なのかしら……」

 

 いや、美希の場合は体質だろ。

 歌もダンスも本気を出せばとんでもない才能の塊で、ビジュアル面もご覧の通り、本当にアイドルになるために居るような奴だよなぁ。

 なんて思ってたら、また響の手からハム蔵が逃げ出して一騒ぎ……そろそろ律子さんがキレるぞ……

 

「もう!皆いい加減にしなさーい!!」

「「「はーい……」」」

 

 言わんこっちゃない……

 

 

 

 

 取材二日目の日曜日、俺の今日の予定は、実を言うと特にない。

 昨日仕事……と言ってもCDの手売りなのだが、とにかく仕事を終えたため、今日はオフ日だ。

 でもせっかく出社したし、午後からならレッスン場も空いているらしく、トレーナーは居ないが自主レッスンすることにした。

 今日は確か、あずささんのオーディションにカメラはついていっていたはず。

 ところで、まだほとんど有名じゃない弱小プロダクションの密着取材って、数字とれるんだろうか。

 トレーニング用のジャージに着替えて、レッスン場で適度に汗をかいていると、ケータイが鳴り出した。

 

「もしもし、夏美です」

『あ、夏美?今大丈夫かしら』

 

 電話の相手は律子さんだった、どうしたんだろう、今日のスケジュールだと特にブッキングとかなかったと思うけど。

 

『あずささんがカメラマンさんと一緒に迷子みたいなの、迎えにいってもらえる?』

「ああ、そういうことですか、いいですよ」

『ごめんなさいね、今頼める子他に居なくて』

「はーい、それじゃあ切りますね」

 

 あずささん、本当にこの方向音痴さえ無ければ完璧なんだが……いや、それも含めてあずささんの魅力か。

 しかし、カメラマンさんとはぐれなかっただけよかったとして、探しに行くか。

 

「あ、もしもしあずささん?今どこ……と言うか近くになに見えますか?」

 

 

 

 

 あずささんとカメラマンさんを事務所まで送り届けてから、もう一度レッスンしようと移動をすると、レッスン風景を撮影したいらしく、カメラマンさんが付いてきた。

 まあ、見られて恥ずかしいものでもないし、別にいいか。

 

『今日はオフだと伺いましたが?』

 

 一度冷えてしまった体を、もう一度温め直すように丁寧に柔軟をしていると、カメラマンさんが質問してきた。

 

「ん?そうですよ」

『オフでもレッスンを欠かさないんですね』

「レッスンを欠かさないと言うより、暇ですからね、運動は趣味ですし、ダンスは俺の武器ですから」

 

 受け答えをしながら、ステップの確認など、一人でも出来るレッスンを進めていく。

 ちなみに筋トレは迎えに行く前に規定のメニューを済ませてある。

 

『小鳥さんから、筋肉がとても綺麗だと伺いましたが、ご自分ではどうでしょう?』

 

 お、なかなかいい質問をしてくれたな。

 皆筋肉がすごいとは言うけど、特に踏み込んだことは聞いてこないからなぁ。

 

「結構自慢なんですよ、事務所に入る前は、自分で決めたメニューで筋トレして、脂肪を落として腹筋が見えるようにしたり」

『それも趣味のひとつですか?』

「そうですね、女の子らしくないとは思っても、割れた腹筋ってかっこいいじゃないですか」

『女の子のファンが多いというのはどう思いますか?』

「誰も彼も大事なファンですよ、素直に嬉しいです」

 

 まあ、デビューしてから、女子から告白されてはないけどな、いや、それが普通なんだが。

 なんて話しているうちに大分日が傾いてきた、カメラマンさんも、あと亜美真美を撮影したいらしく一緒に事務所に戻ることにした。

 ……話したいように話しすぎたか?また女子のファンが増えそうだなぁ……嬉しいことなんだけどさ。

 

 

 

 

『質問です』

 

『あなたにとって『アイドル』とは?』

 

 

 

「なかなか、難しい質問ですね……」

 

「でもまあ、一言で言うなら……そういう運命、ですかね」

 

「姉さんにだま……誘われて、765プロの皆と出会って、こうして仕事をして……」

 

「全部、運命だと思います、最後まで全力疾走して、この先の運命、全部見てみたいです」

 

 

 

 

 変わらなく流れていた日常が、

 

 少しずつ変わり始めている。

 

 少女たちの想いをのせて……

 

 この広く険しいアイドルという世界、多くの少女が笑い、泣いているだろう。

 

 そんな中、彼女達は、765プロの仲間という、共に笑いながら進んでいく友がいる。

 

 ひとりでは出来ないこともあるかもしれない。

 

 それも、仲間となら出来ることかもしれない。

 

 仲間と手を繋ぎ、彼女達は進んでいく。

 

 そして、もう一人……

 

 

 

 

「君たち、ちょっと聞いてくれるか」

 

 テレビ取材開始一週間、全員を集めて社長から重大発表があるらしい。

 発表の内容について、毒にも薬にもならない話をしていると、社長が遂に口を開いた。

 

「言ってあったと思うが今日は、君たちに素晴らしいニュースがある、遂に我が765プロに、待望のプロデューサーが誕生する、きっと我が765プロの救世主となってくれるだろう」

 

 新しいプロデューサーか……今までは律子さんと、時々小鳥さんの二人だけでプロデュースしていたし、小鳥さんはほとんど事務作業しか……と言うか小鳥さん事務員だし、これから二倍仕事が出来るようになるってことか。

 これは忙しくなりそうだな。

 律子さんも、これで人手不足から解放されるって言ってるし、ちょっとは休んで貰いたいな、今まで一人で13人も担当してくれてた訳だし。

 

「あーそれと、765プロの密着取材をしていたカメラマンなんだがね、何を隠そう、彼が765プロの新人プロデューサーなんだよ」

『えぇ~?!』

「はっはっは、驚いたかね、彼には事前に君達の事を知っておいてもらおうと思ってドキュメンタリーの……」

 

 なんだと……それは流石に予想してなかったな。

 確かに、重い機材を運んだりするにしては、線が細いとは思ってたけど、本業はこっちだったのか。

 皆も予想外だったのか、カメラに詰め寄っている。

 ……という、この前の映像を全員でテレビの前で見ていた。

 てっきり、実は放送されないのかと思ってたわ、この映像。

 

「あの時はビックリしたなぁ」

「ほんとほんと、なんで黙ってたのよ」

「いやぁ、社長に内緒にするように言われてて」

「騙すなんてずるいなぁ」

「う、すまん……」

 

 新人プロデューサーは、黒髪に眼鏡、ぱっとしないし、あまり頼り甲斐の無さそうな見た目だけれど、でもやる気だけはしっかり伝わってくる表情をしていた。

 

「はいはい、皆静かに、それじゃあ改めてプロデューサーに、所信表明をしてもらおうかしら?」

「えっ?」

 

 律子さんがそう言うと、プロデューサーは困ったような顔をしたが、知ったことじゃない、俺達のプロデューサーになるんだから、ここでガツンと決めて欲しいな。

 皆も同じように、期待の眼差しをプロデューサーに向ける。

 

「あー……えっと、あの……プロデューサーとしてまだ日は浅いけど、とにかく一生懸命頑張ります!夢は皆まとめてトップアイドル!どうかよろしくお願いします!」

『おぉ~』

 

 皆まとめてトップアイドル……か、大きく出たけど男ならそれくらい言ってもらわなきゃな!

 皆も感心したように拍手を送る。

 さてさて、社長直々に鍛えたらしいP(プロデューサー)の実力やいかに。

 

 

 

 

「プロデューサー!」

「なんだ夏美?!」

「あずささんの捜索依頼だ!」

「またか?!」

 

 

「兄ちゃ~ん!」

「はぁ……はぁ……亜美か、どうした?」

「雪ぴょんがまた埋まろうとしてるから止めてよ~」

「どこでだ?!と言うか俺が行くと悪化しないか?」

 

 

「お疲れさま、プロデューサー」

「お、おう……プロデューサーって思ってたよりきついんだな……」

「いや、この事務所だけだと思うぞ」

 

 今日一日動き回ってたプロデューサーに、俺が淹れたコーヒーを差し出す。

 ちなみにこれは俺が拘って豆から選んだブレンドだったりする。

 地味に前世からの趣味だ……本来はお金がかかるから学生が手を出す趣味じゃないが、何せ無趣味な就労学生だからな。

 なぜコーヒーに手を出したのかというと、仕事中どうにも眠くなって仕方なかったから、よく缶コーヒーを飲んでいて興味を持ったからという建前と、よく行くカフェのウェイトレスさんとの話題を作りたかったという本音がある、まあそのウェイトレスさんは実は既婚者だったという悲しい結末だった訳だが。

 

「砂糖とミルクは?」

「砂糖だけ少し頼む」

「はいよ」

 

 言われた通り砂糖を匙一杯だけ入れる。

 

「美味しいな……これどこのメーカーのなんだ?」

「気に入ってもらえてよかったよ、美味しいだろ?天海夏美ブレンド」

「夏美が一から作ったのか?凄いな……」

「ああ、まあ豆買って来るだけだから、それほどの手間じゃないけどな」

 

 実際、ブレンドを考えたの自体は前世だから、前世程の苦労してない。

 正直一番苦労したのは、豆の専門店を探すことだし、それ自体も東京だけあってすぐ見つかった。

 

「ま、最初はどんな仕事だってきついものだし、がんばれ」

「そうだな……女子中学生に言われるとなると、なんともアンバランスな言葉だが」

「深くは気にするな」

 

 懐かしいな、前世で後輩や部下を持ったときもこんなこと言ってたっけか。

 確かに女子中学生が言うには、重すぎて軽く感じるかもしれないけど、ある意味俺は人生の先輩で、そしてほんの少しとは言え、この業界の先輩だ、ちょっと頼り無さそうだし、俺に出来る限りはサポートしていきたいな。

 そうじゃなくとも、精神的性別も、精神年齢も比較的年が近い同僚だから、仕事抜きにも仲良くしていきたい。

 

「よし、もう少し頑張って書類片付けるか」

「おう、頑張れ、俺もそろそろ帰るから、マグカップは洗っといてくれ」

「わかった、また今度淹れてくれるか?」

「また頑張ってたら考えとく」

「ははは……じゃあ頑張らなきゃな」

 

 荷物を纏めて持つと、事務所を出て帰路につく。

 姉さんもさっき駅に向かったって言ってたし、ちょうどいいタイミングかな。

 

 

 

 

 書類仕事を片付けながら、アイドルの事、これからの事を考えていく。

 全員個性的で、魅力的な少女達だ。

 これから、俺はこの子達をプロデュースしていく……社長は全員がトップアイドルになりうる資質を持っていると言っていたが、それはあながち嘘ではないと感じた。

 皆が皆、それぞれの夢、目標、未来、そういったものへの希望を持ってアイドルという仕事に取り組んでいる、その才能だって、素人に毛が生えた程度の俺でも、短い時間だが共に過ごしてその片鱗を感じていた。

 それを生かすも殺すも俺次第、俺も皆に負けてられないな!

 

「えっと……真は身体能力が全体的に高く、ダンスが得意で、よく響や夏美とバックダンサーをしていた……」

 

 敵を知り己を知れば百戦危うからず、という言葉の通り、自分達の武器を改めて確認するというのは、とても大事なことだ。

 そう言うわけで、真達の初ステージとなったバックダンサーの映像を見ていたのだが……

 

「しかし、体格、身体能力、趣味、精神の成熟振りと、夏美って本当に中学生なのか?」

 

 初のステージであるというのに、堂々と踊りきった胆力、激しい振り付けを踊っても切れないスタミナ、普段からニュースのチェックに、趣味は筋トレとオリジナルコーヒー……さらにさっきの言葉と、まるで俺よりずっと年上にすら感じる。

 それでも、亜美達中学生組といるときは、年相応の態度や振る舞いをしている。

 なんとなくだが、どっちも作っているという感じはなく、きっとあれが、どちらも彼女の素なのだろう。

 だとしたら、なんとも面白い子だ、日常生活の中にもギャップがあり、それはきっと飾らない彼女の大きな魅力のひとつとなる。

 あえて普段は大人組と一緒の仕事を振って、時々亜美達と仕事をさせれば、彼女の新たなはじけている面を見てファンになる人が居るかもしれない。

 それに、夏美は周囲に気を配れるし、しっかりマナーや読むべき空気も読める、だからふざけるときはふざけられる。

 そうなると、夏美はダンス以外にもバラエティー番組も任せられるな、雛壇に置いておいてもうまく切り抜けてくれそうだ。

 それにスタイルがいいし、モデルも出来そうだ。

 最初は突然社長に事務所まで連れていかれて、就活中だった勢いで受けてしまったこの仕事だったが、こうしてプロデュースの企画を立てるというのがとても楽しくて、改めて社長の才能や適性を見抜く慧眼は素晴らしいものだと感じる。

 

「よーし、もう一頑張りするか!」

 

 夏美に淹れて貰ったコーヒーを一口飲んで、眠気を追い出す。

 ああ、コーヒーと言えば、カフェを巡る番組や雑誌コラムの仕事が出来るか、自分でオリジナルコーヒーを淹れられるなら、かなりのコメントが期待できそうだ。

 本当に万能だな、夏美は。

 まあしばらくは、夏美ブレンドのオリジナルコーヒーは俺達だけの独り占めだな。


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