二人のリボンは姉妹の印~騙されてアイドル活動~   作:霞身

10 / 14
リアルで何があったかは後書きに。


第九話:二人のリボンは姉妹の印~騙されてアイドル活動~

 ライブの決定からさらにあっという間に時は流れ、今は二月の中旬、今日にはついに俺のデビューミニライブの日だ。

 メチャクチャしごかれた鬼教官その1(ボイストレーナー)鬼教官その2(千早さん)のレッスンの甲斐あって、かなり上達したと思う。

 ダンスについては、そもそもそんなにきつくなかったし、何よりダンストレーナーは、事情を察してくれた、女神だ。

 ひとまず、心配事は特にないだろうか。

 既に一度大きなステージを経験しているから、今更チケットを売るわけでもない、座り見立ち見ご自由にのミニライブくらいでは、さして緊張もない。

 何より今回のライブは俺ひとりのステージ、俺が失敗しても、せいぜい俺ひとりがこける程度の軽微な損害にしかならない。

 今更この程度で緊張しろという方が無茶というものだ。

 

「今日は随分と落ち着いてるわね」

「そりゃ、規模も小さいですし、この前のヒーローショーの司会の方がずっと緊張しますよ」

 

 律子さんも、一応ついては来たが、それほど心配している様子もない。

 信用してもらえているというのは、とても嬉しいものだ。

 ステージの裏手でゆっくりストレッチをして体をほぐしつつ、開演の時間を待つ。

 今日の予定は、まずステージ登って簡単な自己紹介、続いて俺の歌を歌い、そしてそのままCDの即売会兼握手会に移行する。

 果たして、こんなデビューまもなくの新人のCDを買うもの好きはいるのかとか、同じく新人と握手をしようとするもの好きがいるのかとか、いろいろと疑問はあるが、俺はこの業界の経営は何も知らない、意味があるからこうしてやっているのだろう。

 そもそも、前世に比べてアイドルという存在の地位が非常に高いこの世界、もしかすると世の中にはそんなアイドルの卵たちの中から、自らの気に入った子がトップアイドルになる姿を、はじめから応援していきたいという人がいるのかもしれない。

 もちろん、すべてのアイドルがそのはるかな高みに上り詰めることができるわけではない、しかし、期待されれば、頑張りたくなるのが人というものか。

 もしかしたら、今日のステージを見た人の中には、俺にそんな期待を持つ人がいるかもしれない。

 そう思うと、幾分やる気が湧いてくる。

 もちろん、今までやる気がなかったわけではないのだが。

 

「準備お願いします」

 

 ちょうど入念なストレッチを終えたところで、会場の設営をしていたスタッフさんがやってきた。

 設営は完了、体調よし、ほどよい緊張よし、集中力もよし。

 

「了解です!」

 

 着ていた上着を脱いで、律子さんに渡す。

 多少暖房が効いているとはいえ、やっぱり真冬は寒いが、ちょうどよく身が引き締まるってものだ。

 

「行ってくる!」

「一発かましてきなさい!」

 

 律子さんとハイタッチを交わして、ステージへと駆け上ると、左右におかれていたライトが光を放ち、ホールを色とりどりの光で彩る。

 会場を見てみると、どうやら設置されているベンチにも、何人か座ってくれているようだ。

 ちょっとした休憩のつもりかもしれないけど、俺にとっては大事な観客、ぜったいに楽しませようと気合いが入る。

 あと、なんでか知らないが、クラスメイト達がかなりの人数来ている。

 いや、来てるのはいいんだが、なんだその手作りらしき団扇は、なんで当然のように俺のグラビア載った雑誌買ってるんだよ、マー君に関してはなんでケミカルライトまで用意してんだよ、しかも全員分。

 ちらっと見れば、奥の方には姉さんも来ていた、本当に心配性というかなんというか。

 でもまあ、あれだな。

 悪い気は全然しないな。

 

「えー、皆さん初めまして、(わたくし)天海夏美と言います……って、固っ苦しい挨拶はいいか」

 

 挨拶をすれば、主にクラスメイトから笑いが溢れる、知らない人たちも、ちょっとだけ笑顔になる。

 

「今日は、俺のデビューライブに足を止めてくれてありがとう、見たことを後悔なんてさせないから、楽しんでいってくれ!」

 

 設置されたスピーカーから、ギターのイントロが流れてくる。

 遂に始まる、俺の『本当の』アイドルとしてのデビュー。

 

「聞いてくれ、俺のデビューソング……『I Kill Your Heart』!」

 

 

 

 

「すげぇ……」

 

 そう呟いたのは、果たして俺か、それとも他のクラスメイトだったか……いや、もしかすると全員同じような事を呟いてたかもしれない。

 でもとにかく、今口にできる感想はそれしかなかった。

 夏美がアイドルデビューしたことは知っていたし、雑誌に掲載されていたグラビアも見せてもらった。

 なんだかんだ夏美は、クラスの男子で集まって好みの女子の話になれば、一人二人から名前をあげられるくらいかわいいし、グラビアも綺麗だしかっこよかったと思う。

 でも、こうしてライブステージを見てみるまで、それほど現実感があったわけじゃない。

 確かに夏見は体育とか得意で運動神経がいいから、ダンスはうまいんだろうなと思っていた、でもそれだけではなかった。

 歌だって、ときどきテレビで見るような、まだDランクくらいのアイドルにもひけを取らないくらい上手かった。

 心底楽しそうに歌って、踊る夏美の姿は、学校で隣にいる『いつもの天海夏美』以上に輝いているように見えた。

 まあ、つまり何が言いたいのかというと。

 俺はこのステージですっかり、『アイドル天海夏美』のファンになっていた、と言うことだ。

 

 

 

 

 初めての、自分だけのステージ。

 俺のために用意されたステージで、俺を照らすライトに彩られて、俺を見るために止まってくれた観客に笑顔を溢す。

 見てる人は、クラスメイトを除けば、それほど多くはない。

 でも確かに、俺のステージを見て笑い、手拍子を打ってくれている人達がそこにいた。

 ふと、吹き抜けになっているショッピングモールの二階を見てみれば、小さな女の子が、こっちをキラキラとした目で見ていた。

 俺が躍りながら手を振ると、その女の子はさらに笑顔になって、手を振り返してくれた。

 今この瞬間だけは、俺は間違いなくこの歌のとおりの心境だった。

 

I Kill Your Heart(あなたを惚れさせて魅せるわ)!』

 

 今ここに来てくれている人達を魅了する、俺のファンになってもらう。

 最初こそ乗り気じゃなかったアイドル、でも俺は今、これ以上ないほど、この前のバックダンサーをやったとき以上に、気持ちが昂っている。

 この前まで愚痴っていたこの振り付けも、今は恥ずかしさなんてまるで感じない。

 右手の人差し指と親指だけを立てて銃に見立て、観客にそれを向け、そして。

 

『Bang!』

 

 ウィンクと一緒に、見えない弾丸を今の俺に出来る限りの魅力を乗せて打ち出す。

 そうすると、観客から少しだけ歓声が上がる。

 正直、本当に楽しんでもらえているかなんてわからない、でも今はそれ以上に、俺が楽しみたい。

 俺が楽しそうにしてなきゃ、きっと観客だって楽しめるはずがないから。

 でも、とにかく楽しい時間というのは速く流れるもので、気付けば曲は終わり、俺のステージはついに終幕を迎えた。

 

「ふぅ……みんなありがとう!また機会があったらどこかで会おうぜー!」

 

 演奏が終わると、いつの間にやら最初より増えていた観客から拍手が送られ、今日のライブをやって、アイドルになって本当に良かったと思う。

 このあとはまた挨拶してCDの販売と、あと握手会と……

 

『アンコール!アンコール!』

「は……?」

 

 観客席から聞こえてくる、満場一致のアンコールの掛け声。

 まさか、初めてのライブでアンコールをもらえるなんて思ってなかった。

 ちらりとステージ脇を見てみると、律子さんは満足そうに頷いていた。

 つまりGOサインってことか、曲は……READY!!か。

 うちのアイドルは全員が練習をして、歌って踊れる曲だ。

 

「アンコールありがとう、それじゃあ期待に応えてアンコール!こっからも飛ばしていくぜ!」

 

 再び観客から上がる歓声。

 一曲程度で疲れるほど俺の体はやわじゃない、そして期待に応えたい、たったそれだけでどんどん力と気合がみなぎる。

 歌が始まる、用意はできてるか?俺はばっちり覚悟を決めた。

 そう、ここから始まる。

 最初こそやる気はなかったが、やってみればなんとかなるもんだってことがわかった。

 流石に自分が一番だ、なんて言える程の自信はないが、目指してみるくらいはいいかもしれない。

 トップアイドルという、アイドルの目標ってやつを。

 スターとしての階段を駆け上り、スポットライトに照らされる自分の姿を想像する。

 今と変わっていないだろうか、それともまるで想像できないが、ちょっとは女らしくなっているだろうか。

 未来の俺は、うまくやっているだろうか、それともやっぱりダメなのだろうか。

 笑ってるだろうか、泣いてるだろうか。

 そんな、未来に期待と不安を抱いて、デビューするには、ぴったりな曲か。

 でもひとつだけわかる、きっとそんな未来の俺は、今の俺よりずっと綺麗で、かっこよくて、素晴らしいアイドルなはずだ。

 自分の思いの丈すべてを詰め込んで歌ったアンコールは、自分でも上出来すぎるくらい、大成功だったと思う。

 観客たちから惜しみなく送られる拍手は、この前のバックダンサーの時よりずっと小さいはずなのに、あの時以上に胸に響いた。

 俺は、これだけの人の心を動かせるのか。

 

「くぅ~!みんなありがとう!俺、今日のライブ絶対忘れないぜ!」

 

 今まで、前世も含めた記憶の中でも、今日のライブという記憶は、きっと最後まで色褪せずに残り続けるだろう。

 今まで見てきたどんな美しい景色や、映画、ドラマ、それらとは比べ物にならないほどの感動と一緒に、俺の心に刻み込まれていた。

 

「よし、俺も本当はもっとこうして歌っていたいけど、この後まだスケジュールあるから今日はこれまで!これから、よければ俺の事応援してくれると嬉しい、またこうやって、どこかでこんな楽しいステージが出来るって信じてる!今日は本当にありがとう!」

 

 再びの拍手を受けて俺はステージを後にする。

 疲れたけど、こんな疲れ方なら何度でもしたいな。

 

「お疲れ様、夏美」

「律子さんもお疲れ様」

 

 律子さんからスポーツドリンクとタオルを受け取って椅子に腰掛ける。

 このあとはスタッフさんの準備が済んだら、CDの販売と握手会が始まる。

 そこそこの手応えはあったし、ある程度は売れるんじゃないかと、多少のポジティブシンキングはゆるされるか。

 そして、数分も待つとスタッフの準備も整い、CDの即売会兼握手会が始まる。

 

「ありがとうございます!これからも応援お願いします!」

 

 ぶっちゃけ始まってみれば予想外としか言いようがなかった。

 同級生達はどうせ買うだろうと思っていたが、まさか一般のお客さん達も、短いとはいえ行列を作ってくれた事が、大きな驚きと同時に喜びだった。

 CDのジャケットにサインを書き、お礼と一緒に握手をする。

 なんというか、何度目だかわからないが、また『俺は本当にアイドルになったんだ』という実感がわいてくる。

 中には歴戦の猛者であろうと思われる、いわゆる秋葉ファッションの人達も居て、そういった目の肥えた人達にも認められたのかと思うと、自信がついてくる。

 あと同級生供は何で当然のように複数枚買いなんだよ、え?来られないやつに頼まれた?なんでそんな物好きばっかりなんだ……

 あとマー君、当然のように視聴用、布教用、保存用と三枚買うんだな、将来有名になったときのため?気がはええよ……わかってるわかってる、サインと握手な……Tシャツにも?俺はスポーツ選手か!

 

「別に姉さんの分くらい用意するのに、買わなくてもよくないか?」

「何言ってるの夏美、夏美も私のCD買ってくれたんだから、当然私も夏美のCD買うよ!あ、サインと握手もお願いね」

「まったく律儀だなぁ……おう、これからも応援するから、応援よろしくな」

「うん、一緒に頑張ろうね!」

 

 ひとまず、こうして俺の初めての単独ステージは、大成功で幕を閉じた。

 これからきっと、俺は本格的にアイドルとして過ごしていくことになるだろう。

 だが後悔はない、むしろ期待で胸が一杯だ。

 今までみたことがない景色、味わったことがない敗北感、喜び、多くの物を知っていくはずだ。

 姉さんに騙されてアイドルを始めたなんて、姉さんみたいで何とも抜けてるが、俺も姉さんと同じ血が流れているのだから当然と言えば当然か。

 そう、俺の、俺達姉妹の物語は、今この瞬間始まる。

 

 

 

 

 

THE IDOLM@STER 二人のリボンは姉妹の印~騙されてアイドル活動~

 

             本編始動――!




長らくお待たせさせてしまい申し訳ありません。
簡単に説明しますと、我が家のPC様が御臨終なさいまして、PC上で保管していた最新話、およびチマチマ書いてた短編が消しとんでふて寝しておりました。
ひとまず、私のすっからかんの脳ミソを振り絞って、スマホで消滅前の文章に出来るだけ近づけた上で、急ぎ皆様にお届けするため、いつもの半分程度の文章量となっていますのを、改めて謝罪いたします。
次話以降はハーメルンで執筆しよう、そう心に固く誓いました。
なお、本編始動――!とかかっこつけてますが、その前にいくらか日常生活のような小話を挟ませていただこうと思います。
それでは、またいつかお会いしましょう、アデュー!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。