初月の情愛   作:零ミア.exe

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初月の情愛

 今回の出撃も無事に全員帰投という形に終わり、僕はひとつ安堵の息を漏らした。鎮守府に戻ってきた安心感というものは他の人達も持つようで、出撃していた各々が僕と同じような事をしていた。

 僕はあらかじめ用意されていた報告書に、今回あったことを手早く簡易的に纏めていく。

 敵艦隊の編成はどうだったか。こちらの陣形はその艦隊に対して効果的だったか。今回こちらが受けた被害はどのくらいのものだったか。その出撃で資源をどのくらい消費したか。等など。

 それを数分で形にした僕は、そばにいた秋月姉さんに声を掛けた。

 

「秋月姉さん。僕はこれを出してくるよ」

「分かりました。では、先に部屋へ戻ってますね」

「分かった」

 

 その会話を機に、僕はその場から離れた。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 提督に報告書を出し、部屋に戻ろうと渡り廊下を歩いていると、窓の外にあるものを見つけた。窓越しにそれを注意深く観察する。

 植木の影で力なく倒れているそれは、どうやら四足歩行の生き物のようだ。僕はその正体をきちんと確認する為、今いる場所から一番近い勝手口へと向かう。

 勝手口であるドアのノブを捻り、押し開ける。普段このドアを開ける人がいないからか、それを開ける際に金属が擦れた際の耳が痛くなる音を発した。

 結構大きい音で、野生の生き物なら驚いて逃げ出すだろう。

 しかし、ドアの向こうにいるであろう生き物は反応を示さなかった。

 僕はその生き物に近づき、状態を確認する。

 

「これは……」

 

 その状態は酷いものだった。

 そこにあったのは全身が砂に塗れ(まみれ)、さらには息が弱々しくなっている、生後間もないであろう子猫の姿だった。

 ご丁寧に蝿まで集り(たかり)始め、いかにも「飢えて死にます」を体現しているようだった。

 

「取り敢えず、こいつの身の保全が最優先だな」

 

 僕はその子を優しく抱え込む。自分の制服が汚れようと構わない。戦闘で破ける事があるため、同じ服は何着もある。

 抱え込んだその体はまだ脈を打っており、息もしていた。まだ間に合うだろう。

 

「まだ死ぬな! 今手当してやるからな!」

 

 僕は腕の中の子猫にそう声を掛けると、開けたままの勝手口から廊下へと戻り、来た道を引き返した。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「──これで安静にしておけば、もう安心ですよ」

「本当か!? 良かった……」

 

 検診を終えた白衣の男性が聴診器を耳から取り、肩にかけた。猫は毛布を敷いた執務机の上で横になっている。

 その白衣の男の言葉に、僕は安堵した。

 提督は安堵した僕を見ると、帽子を弄りながら声を掛けた。

 

「しかしまあ、びっくりしたぞ初月。いきなり執務室に飛び込んでくるなり獣医を呼べって。俺の知り合いに獣医がいなかったら大変なことになってたぞ、主に俺が」

「そ、それは……すまないと思っている」

「まあまあ、結果オーライでしょう? こうして子猫も助かったんですし」

「……まあ、そうだな」

 

 しかし、本当に良かった。

 こうして僕の手があったから一つの命が救われたのだと思うと、この手に誇りを感じる。

 

「そういえば初月、この子どうするんだ?」

「どうする……とは?」

「この子の今後をどうするか……つまり、お前が飼うのか、新しく親を探して引き取ってもらうのか、ってことだ」

 

 そうか。ここで命を引きとめたからといって、はいそこで終わり、というわけにはいかない。

 この子が生きていく為には、誰かが引きとらなければならない。

 

「親か……」

 

 ふと、その子猫を見る。

 見つけた時には砂で薄汚れていて毛の色など分からなかったが、この子は白猫なのか。目は覚めており、僕が見ている事に気付くと一つ鳴いた。

 ……なんだ、この可愛い生き物は。防空駆逐艦だからか、こういうか弱そうな生き物を見ると、つい守りたくなってくる。

 決めた。この子は僕が守る。もとい飼う。

 

「なら、僕が飼おう」

「マジかよ」

 

 提督は意外なものでも見たように、こちらに目をやる。

 

「なんだ? お前が飼うかって選択肢を挙げたのは提督じゃないか」

「いやまあ、確かに挙げたのは俺だし、艦娘寮もペット不可ってわけじゃないけどさあ……」

 

 提督は何か渋っているようだ。ペット不可でないなら、別に渋る必要などないはず。

 となれば、それ以外で何か問題があるのだろう。

 

「何か問題があるのか?」

「いやほら、日頃節約生活をしている秋月が、出費が激しくなるものを許可するか?」

「…………」

 

 そうか。秋月姉さんのことを忘れていた。

 照月姉さんに関しては秋月姉さんに合わせているだけなので大丈夫だろう。

 

「なんとか、説得する」

「そこまでするのか……」

 

 提督は何やら顎に手を当てて唸り始めた。

 急に唸り始めたが、僕の為に何か策を練っているのだろうか。

 

「初月がそこまで言うなら、俺が通しておこう」

「提督が?」

「ああ。流石に提督の命令に背く艦娘はあまりいないだろ」

 

 そこまでするのか。

 確かに、提督の命令に背く艦娘は珍しいが。

 

「決まりましたか?」

「ああ。うちで飼うことにするよ」

「そうですか。では、また後日検診に来ます。それまでは安静にしてあげてくださいね」

「わかった。話を通しておくから、門の前まで来たら俺のスマホに連絡してくれ」

「はい。それでは、また」

 

 白衣の男性はそう言って、執務室から出ていった。男性の肩に妖精が乗っていたが、あの人も妖精が見えるのだろうか。だとしたらあの妖精は案内役ということになるが……まあいいだろう。

 提督は机の中から紙を取り出すと、万年筆を取りだした。

 

「なあ、提督」

「なんだ?」

「その、本当に良いのか?」

「別に構わない。ただ、その辺のルールもきちんと考えないといけないからな」

「そ、そうか」

 

 少しして提督は万年筆を仕舞った。先程から書いていた紙を三つ折りにして封筒に仕舞う。

 流れるようにその動作をこなすと、その封筒を此方に差し出してきた。

 

「これを秋月に渡してくれ。それと、道具が揃うまでこの子猫はここで監視しておくから、それだけは納得してくれ」

「分かった。ありがとう、提督」

「なに、日頃ここを守っているからな。これくらいどうってことない」

「それでもだ。ありがとう」

「……どういたしまして」

 

 提督は帽子で目元を隠した。正面からお礼を言われることに慣れていないのだろう。

 僕は封筒を受け取ると、すぐに部屋を出た。一刻も早く姉さん達に報告しなければ。

 

 

「……珍しいもんだな。初月が自ら何かを欲するなんて」

 

 提督の呟きに、白猫は鳴いて返した。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 あの子猫を僕が保護してから約三カ月が経った。

 初めは渋っていた秋月姉さんも、子猫を見るとすぐに受け入れてくれた。やはり、子猫の可愛さには勝てなかったらしい。

 

白月(はくづき)~、こっちおいで~」

 

 子猫を迎え入れてからまず考えたのは名前だった。

 由来は白の毛並みと僕達の名前にある月だ。安直といえばそうだが、名前というものはシンプルなものがベストだと思う。

 

「白月~、おやつもありますよ~」

「…………」

 

 白月を釣ろうとしている姉さん達をよそに、僕は膝の上に居座っている白月の頭を軽く撫でる。すると白月は嬉しそうに目を細める。気持ちが良いのだろう。

 ふと顔を挙げて姉さん達の方を見る。そこには猫のおやつらしきものを持った秋月姉さんと、照月姉さん。何故か悔しそうな表情を浮かべている。

 

「うぅ……初月ばかりずるい!」

「そうですよ! 秋月達にも触れさせてください!」

「そんなこと言われたってな……」

 

 この三ヶ月間変わらない事と言えば。

 白月が僕の傍から一時も離れないことだろう。流石に出撃や遠征の時は離れているが、それ以外は殆ど僕の傍にいる。

 白衣の男性曰く、僕を親だと思い込んでるらしい。確かに危険な状態の白月を助けたのは僕だ。だけど、そんな僕を親だと思い込むだろうか。

 

「なら、こっちに来て撫でればいいじゃないか」

「秋月達だって、たまには白月を独占したいんです」

「そうそう」

「でも、どうするかは白月の自由だぞ? なあ、白月?」

 

 そう言って僕は白月の顎のあたりを撫でる。白月は再び目を細め、遂には僕に擦り寄ってきた。

 その姿に感化されたのか、僕は自然と笑みを零していたらしい。姉さん達から妬みの視線が飛んできた。

 

「全く……仕方ないですね。あ、もうこんな時間ですか。私はお昼を作ってきますね」

「あ、じゃあ照月も手伝うよ!」

「僕は白月を見てるよ。ここから退きそうもないし」

 

 姉さん達は白月を一旦諦めたのか、昼食を作りに行った。それを軽く見送ってから、白月に視線を戻す。

 白月は比較的大人しい。だからこうして僕の膝の上にいるのだが。

 ふと、白月が僕の指に噛みつく。が、噛みつくといっても痛みを感じないので、所謂甘噛みというやつだろう。白月からしてみれば、僕の手とじゃれているだけだ。

 

「……ふふっ、お前は可愛いな」

 

 小さかった頃と変わらず、白月は僕の膝の上でゴロゴロしている。そんな白月を見て、僕は安心感を覚えるようになった。

 僕の手で助けた命が、ここで生を全うしている。そう思うだけで、僕は頑張れる。

 だからこれからも、きちんとこの手で守らなければならない。守る理由があるから、僕はさらに頑張れる。

 

「お前は、僕が最後まで守ってやるからな」

 

 ──だから、これからも僕に頑張れる理由を与えてくれ、白月。

 

 そう心で言い、僕は白月の頭を優しく撫でた。


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