転校先はアンツィオです!   作:ベランス

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 仕事が終わって面倒だし今日は外で食べて帰ろうと思いつつペペロンチーノを作ることを週三、四回繰り返せば毎週映画を見つつDVDを買う貯金も出来る
これがアンツィオ流倹約術です!

あとがきは本編とあんまり関係ないので見なくていいです


05

 草地がまばらに散らばる殺風景な荒野。身体を震わす荒々しいエンジン音が肌寒い風に乗って雲ひとつない空に溶けていく。みほはCVの車上に身を乗り出して、今か今かと号令を待ちながら唸り声を挙げる4輌の戦車たちを見渡した。

 

 

『命令を、コンシリエーレ! うちらいつでも行けますよ!』

 

『みほ姉さん! 私たちの力をドゥーチェに見せ付けましょう!』

 

「みほ姉さん、みんなやる気満々ですね。あたいも今日は全力でかっ飛ばしますよぉ!」

 

 

 車載の通信機から、周囲の戦車に搭乗する隊員たちの気合に満ちた声がみほの耳に届く。みほと同じくその気勢を聞き取ったCVの操縦手も、また興奮した声を自身の車長であり隊長のみほにかけた。

 

 みほはそんな隊員たちの上げる気炎に包まれてスッと前を向いた。その瞳に宿るのは確固たる決意、というよりも諦念で、口から発せられたのは部隊を鼓舞する号令ではなくため息だった。

 

 

「なんでこうなったんだろう……」

 

 

 

 

 18輌のCVを使った試合形式の訓練が行われたコロッセオ。参加していた車両もすでに移動が済んだ競技場内は、戦車が走り回っていたときと同じくらいの喧騒に包まれていた。

 

 競技場内には白いクロスが敷かれたテーブルが置かれ、それを囲うように移動式の簡易キッチンがいくつも並んでいる。アンツィオ戦車道部の面々は熟練の域に達した淀みない動きで釜をかき回し、食材を刻み、火に掛け、食卓を盛り付けていく。ペパロニもその中に加わり、一人残されたみほは調理と生徒の熱気を前に呆然と突っ立つだけだった。

 

 

「みほー! こっち上がったからテーブルに持ってってくれー!」

 

「あっはい!」

 

「みほさん、それが終わったらお皿を並べてください。そっちのトレイラーに積んでありますから」

 

「わ、わかりました!」

 

 

 だが、アンツィオの人間が何もせず料理の出来上がりを待つのみなど許されるはずもなく、ペパロニたちの指示を受けてみほもその輪の中に加わった。次々に仕上がる料理の数々に目を回しそうになりながらも、みほは皿を並べ料理を運んでいく。

 

 

「いいかお前たち、ピッツァの出来は焼成の温度と時間で決まる。基本にして極意だ。この加減を肌と目で覚えろ」

 

「はい姉さん!」

 

「ぼさっとするなよ、ここからが勝負だ。生地を崩さないようにそぉっと、そして素早く窯の中へ。よし、次だ! 先に入れた生地の焼き加減を確認しながら……よし次!」

 

「めっちゃ良い匂いっす姉さん!」

 

「うむ、焼き上がったのは試食していいぞ。次はお前たちに焼いてもらうからな」

 

 

みほも人並みに料理は出来るが、それでも彼女たちに向かって調理の手伝いを申し出ようとは思えなかった。一際大きな重牽引車が引いてきた石窯の前で後輩たちに熱の篭った指導をするアンチョビに一度視線を向け、みほは黙々と食卓を盛り付ける。

 

 

 

 

「諸君、今日も練習ご苦労だった。誰も怪我がなくて何よりだ。まだまだ鍛えるべき点も多いが、お前たちは着実に腕を上げている。この調子で決して驕ることなく技術の向上に努めて欲しい。と、まぁ堅い話はこのくらいにして」

 

 

 宴会の準備が終わり、隊員たちはアンチョビの前に集まっていた。皆牽引車の車上に立つアンチョビの言葉を整列して、しかしうずうずとした様子で聞いている。そんな隊員たちの様子をぐるりと見渡したアンチョビは、最後にその中の一人に視線を合わせた。

 

 目が合ったその一人、みほは緊張と不安に身を縮こませる。この宴会の趣旨は自分の転入記念だという。なぜクラスどころか学年すら違う転入生を祝わなければならないのか、と戦車道部の殆どの隊員は思っていることだろう。もし自分が彼女たちの立場だったら困惑を隠す自信がない。

 

 笑いながら背を押してくるペパロニと集中する視線に促され、重い足取りでみほはアンチョビの元に向かっていった。

 

 

「諸君! 早速この宴の主役を紹介しよう。先日ペパロニのクラスに転入したみほだ! 新しいアンツィオの仲間を歓迎しようではないか! ほら、笑って笑って」

 

「ご、ご紹介に預かりました、西住みほです。ペパロニさんのクラスメートで、本日は皆さんの練習を見学させていただいて。えっと……よ、よろしくお願いします」

 

 

 牽引車の元までやってきたみほの隣に飛び降りたアンチョビは、みほの肩に腕を回して隊員たちに紹介する。ぎこちない笑みを何とか作ってみせたみほは、上手い言葉も思いつかずたどたどしい挨拶をするので精一杯だった。

 晒し者にされるような羞恥心で目を回すみほ。そして支離滅裂な自分の言葉を誤魔化すように頭を下げたみほの耳に響いたのは大きな歓声だった。

 

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

「ペパロニ姉さんのクラスメートってことは」

 

「じゃあうちらにとっちゃ姉さんってことだ」

 

「みほ姉さん!」

 

「よろしくお願いしますみほ姉さん!」

 

 

 想像とは全く違った好意的な反応にみほは驚く。顔を上げたみほの前に並ぶ隊員たちは皆心から、部外者と言っていいみほのアンツィオへの転入を歓迎していた。アンツィオの人たちはみんなこんな人たちなんだ、とみほは納得し、ぎこちない笑みは嬉しさと照れ臭さの混じった柔らかなものに自然と変わっていた。

 

 

「そして、みほは戦車道に関して深い造詣を持っている。それはこのアンチョビが認めるほどのものだ。お前たちも何かわからないことがあったら私や副隊長だけでなく、みほにも相談してみるといい。きっと素晴らしい助言を授けてくれるだろう」

 

 

 アンチョビが続けてそう言うと、そのやたら持ち上げた内容に驚いたみほが訂正する間もなく、また隊員たちの間で歓声が沸きあがった。彼女たちは顔を寄せ合ってアンチョビの言ったことを話し合う。

 

 

「ドゥーチェが認めたって!」

 

「アンチョビ姉さんより頭良いってこと? すげー!」

 

「みほ姉さんぱねぇっす!」

 

「アンツィオのコンシリエーレだ!」

 

「コンシリエーレ!」

 

「コンシリエーレみほ!」

 

 

アンツィオ戦車道部のトップであるドゥーチェが認めた助言者ならば、すなわちあの先輩はアンツィオのコンシリエーレなのだとショートヘアの隊員が声を上げた。ノリで例えられたその称号は勢いのままに広がり、コンシリエーレみほを称える唱和が競技場に響いた。ペパロニは一年生たちと同じ勢いで腕を突き上げながら、カルパッチョも笑いながら声を揃えていた。

 

 

「コンシリエーレ! コンシリエーレみほ!」

 

「ちょ、ちょっとアンチョビさん!」

 

「うん?」

 

「うん、じゃないです! どうするんですかこれ。私、大したことは言えないって言ったじゃないですか」

 

 

 同じく隊員たちに混じって楽しそうに腕を振るアンチョビは、みほの抗議を気にした風もなく笑って返す。

 

 

「まぁまぁ、紹介なんて大げさなくらいで丁度良いんだ。なぁに、そうそう大した相談なんてないさ。だからほら、みほも声上げて。ほらほら、腕も振ってぇ」

 

 

 アンチョビはそう言いながら腕を回したままのみほの肩を揉み解す。その状態で腕を振るアンチョビのせいで身体がガクガク揺れ、みほはやけっぱちになって宣言するように叫んだ。

 

 

「もー! コンシリエーレみほー!」

 

「はははは! よぉしお前たち、みほの歓迎会に加えてコンシリエーレの就任記念だ。盛大に食べて飲んで歌って踊れー! せーの!」

 

 

 みほのやけくそなノリに一際大きな笑い声を上げたアンチョビが号令をかける。隊員たちはいただきますと合唱し、待ってましたとばかりにテーブルに向かって駆け出した。騒ぐときは何も考えず騒ぐのが一番だぞ、とアンチョビはみほの肩を叩きながら言い、石窯に向かって小走りで向かっていった。彼女は焼きたてのピザを用意して、特製アンチョビの素晴らしさを教える使命があるのだ。

 

 

「ぼさっとすんなよコンシリエーレ、さっさと食べようぜ」

 

「見事な就任宣言でしたよ、コンシリエーレみほ」

 

「もう、二人まで。ひどいです」

 

 

 戦車道の知恵を貸す、と言っても助言役といった大層なものになったつもりはみほにはなく、外からしか見えないような考えを伝えてただペパロニたちの一助になればといいと思っていただけだ。それが勝手に大事にされてしまってむくれるみほを煽るような軽口を叩きながら、ペパロニとカルパッチョが迎えにやってきた。

 

 そんな二人をみほは不満を隠さず睨み付けるが、全く迫力のない様に二人は笑って受け流した。

 

 

 

 

 二人に連れられてテーブルに向かったみほは早速一年生たちに囲まれてしまう。深刻な悩みや相談事を持ちかけられるのでは、と身構えたみほだったが、彼女たちが口にするのは戦車道と関係ない話題やどうでもいい質問ばかりだった。

 

 どこから来たのか、という質問に黒森峰女学園と答えると、偏差値がすげー高いとこだ、と戦車道部としては少しズレた感想が返ってくる。そんな彼女たちに、いつしかみほも自然と打ち解け始めていた。

 

 

「やあみほ、楽しんでくれているようだな」

 

 

 人懐っこい隊員たちとの会食を楽しむみほは背後から呼びかけられる。その声に振り返った先には白い簡易エプロンを着けたアンチョビが、大きな皿を持って立っている。

 

 

「はい。最初はどうなるかと思いましたけど」

 

「それは悪かったよ。お詫びでもないが、この私が手ずから焼いた特製ピッツァはいかが?」

 

 

 みほは余計な紹介のせいで不安だったことをジト目と共に伝えたが、アンチョビは軽く受け流して手に持つ皿をみほのテーブルに差し出した。トマトとアンチョビをトッピングしたシンプルなピザだ。湯気立つチーズと小麦の香りが鼻腔をくすぐり、もう随分と料理を楽しんだはずのみほの食欲をそそってくる。ありがとうございます、と言うみほの表情に満足げに頷くアンチョビは手際よく生地をカットしていく。

 

みほはチーズが溶け落ちないように注意しながら、アンチョビが見守る中一切れを口に運んだ。モチモチした生地ととろとろのチーズが合わさる食感を楽しむみほの口腔に、アンチョビの風味とトマトのほのかな酸味が広がっていく。アンチョビの独特な味が、控えめな塩分のために主張しすぎることもなくトマトの甘みやチーズの香ばしさと調和している。喉を通り過ぎた後にはバジルの爽やかな風味が微かに残り、いくらでも食べられそうな飽きの来ない味だった。

 

 名残を惜しむようにピザのみみを齧るみほに、アンチョビはうずうずした様子で問いかける。

 

 

「な、どうだった?」

 

「はい、生地がすっごくもちもちしてて小麦の香りが香ばしくって。こんな美味しいピザ初めて食べました」

 

「そうだろうそうだろう! 我が校が地元農家と共同開発した国産デュラム小麦は本場のものにも、じゃなかった。具は、具はどうだった?」

 

「とろとろのチーズの香りが口中に広がって、それがトマトの甘さと絡み合って」

 

「じゃなくて! アンチョビは? な、アンチョビはどうだった?」

 

「ふふ、とっても美味しかったです。塩気が抑えられている分他の食材と上手く調和してるんですね。もっと癖のある味だと思ってたんですけどそんなことなくて、いくらでも食べられそうです」

 

「だよなぁ! うんうん、そうなんだよ。私のアンチョビは身体に優しいだけじゃない、独特の癖を柔らかくしてあるから食べやすいんだ。アンチョビって結構好き嫌い激しいからな。うちでもしょっちゅうアンチョビ缶は売れ残ってたりしてて、見るに忍びないから研究してみたんだが」

 

 

 うちの子たちはどうも癖の強い食材のほうが好きみたいなんだよなぁ、とアンチョビは練習前の隊員たちの反応を思い出し肩を落とした。さっきの軽い意趣返しのつもりでちょっとからかってみたみほだったが、落ち込むアンチョビに慌てて宥めようとする。幸いにしてその材料には事欠かなかった。

 

 

「アンチョビさん、ほら」

 

「ん?」

 

 

 アンチョビの肩を叩き、みほが指差す先にはアンチョビが持ってきたピザを思い思いに頬張る一年生たちの姿があった。味の感想など聞くまでもなく、みんな頬を緩ませている。

 

 

「やっぱドゥーチェのピッツァうめーよな」

 

「うんうん、クラスの子とピッツェリア行ってもなーんか物足りないもん」

 

「あちち、はー。とろっとろのチーズが幸せー」

 

「お、お前たち」

 

 

 自分が自信を持って持ち出した食材が不評だったことに落ち込むアンチョビは、目の前で幸せそうに自作のピザを食べる一年生たちに微かに瞳を潤ませた。思わずこぼれたアンチョビの声に気づいた彼女たちは、満面の笑みで思い思いに声をかける。

 

 

「あ、ドゥーチェおかわりいいっすか!」

 

「私ボスカイオラいいですか?」

 

「あ、じゃあわたしチーズマシマシで! クアットロで!」

 

「ならうちはガーリックとバジル効かせたやつお願いします!」

 

「よーし! 何でも好きなだけ焼いてきてやる! お前たち、少しだけ待っていろ!」

 

 

 ちょっぴり自信を失いそうだったアンチョビは、顔を輝かせて腰を上げた。立食を楽しむ隊員たちの間をすり抜けながら、アンツィオ自慢の石窯のところへ駆けていった。その後ろ姿を歓声で見送る一年たちは自分の気持ちに素直なだけで、問題のイワシの塩漬けに関して何の言及もなかったことに他意なんかないのだ。

 

 

「みほ姉さん、少しいいですか?」

 

 

 アンチョビと隊員たちのやり取りを笑って眺めていたみほに声がかかる。アンチョビと入れ替わるようにやってきたのは黒髪にメガネをかけた、アンツィオには珍しく知的な雰囲気を持つ少女だった。その後ろには数人の一年生たちも続いていて、皆真面目な表情を浮かべている。

 

 バカ騒ぎする周囲とは少し浮いたその様子から今度は本当に真面目な相談なのかも、と察してみほは身を引き締めて答える。

 

 

「大丈夫ですよ。どうかしましたか?」

 

「はい。姉さんはさっきの試合見てたらしいですけど。私、ヴェルドゥーレ隊のリーダーをやってたカンネリーニです」

 

「ああ、あのチームの」

 

 

 ヴェルドゥーレ、と聞いてみほは試合の様子を思い出していた。他のチームが遮二無二前進する中、競技場を回りながら機を窺い奇襲を仕掛けたチームの名前だ。他とは毛色の違った頭を使った戦いぶりだったが、カンネリーニと名乗った少女の雰囲気からみほは何となく納得した。

 

 

「あの襲撃のタイミングはとても良かったですね。両チームともまともに対応出来てませんでした」

 

「ありがとうございます。でもその後フラッグ車を上手く撃破できず、混戦になってしまいました。混戦になるのが嫌で最初は様子見したのに。みほ姉さん、一体何が悪かったんでしょう?」

 

 

 カンネリーニの相談を受け、みほは顎に手を添えて考え込む。頭の中にはさっきの試合の内容が思い描かれていく。

 

 ヴェルドゥーレはカンネリーニ車を中央に置いた凸型陣形で攻勢に入ったが、その並びは横に広がって横隊に近い形だった。あれでは固定式銃座の火力を集中させるのは難しいだろう。また、隊長車が先頭を走る形だったのでカンネリーニは後続車両の把握が出来ていなかった。射線がバラバラだったのは彼女が的確な指示を出せなかったのも原因かも知れない。そのことが初撃の失敗した後の混乱にも繋がっているように思える。

 

 みほは小さく頷き、不安そうな表情のカンネリーニとヴェルドゥーレ隊の一年生たちに顔を向けた。

 

 

「そうですね。突入するときの隊形が横に広がりすぎて、そのせいで火線が集中できてなかった。いくら装甲の判定が甘くなってても散発的な射撃では撃破は難しいと思います」

 

「確かに。あ、でもCVの機銃は非旋廻式です。隊形を狭められても射線を集中させるのは難しいです」

 

 

 指摘を受けて顔を俯かせるカンネリーニに、みほは安心させるように微笑む。

 

 

「普通はそうですね。でもあなた達の得意な、速度を殺さず車体を旋廻させる技術」

 

「ナポリ・ターンですか?」

 

「そ、そんな名前なんだ。まぁそのターンで、縦列で相手チームの車列に突入して目標とするフラッグ車を前後から挟み込むとか。そうすれば射線も集中させられるんじゃないでしょうか」

 

「なるほど!」

 

 

 みほの話した案にカンネリーニは顔を上げて瞳を輝かせる。彼女の後ろのメンバーたちも顔を見合わせて感嘆の声を上げている。そんな態度を取られるほどのことを言ったつもりはないんだけどなとみほは苦笑を浮かべ、続く改善案を口にする。

 

 

「それとその後の動きですね。カンネリーニさんはフラッグ車の撃破に失敗した後、チームをどう動かそうと思いましたか?」

 

「えっと、確か……すいません、ただ車両をかわすことしか考えてませんでした」

 

 

 みほの質問に答えられず、叱られた子供のようにしゅんとするカンネリーニ。みほは少し慌てながら大丈夫だよ、と笑みを浮かべたまま優しく語りかけた。

 

 

「切迫した状況で適切な指示を出すことは難しいから、仕方ないよ。だから指示を出す人間にはもっと余裕が必要なの。三人乗り砲塔が主流になったのも同じ理由だね。CVの場合は隊長車は一歩下がった位置にいるようにしてみたらどうかな。状況が混乱してもそれに呑まれず全体の指揮が出来るように」

 

「はい」

 

「さっきの状況ならそれで、攻撃を仕掛ける前にチームの標的が統一されていないことに気づけたと思う。撃破に失敗した後も、自車両が相手チームの車列に突入するまで猶予があれば体勢を立て直す指示も出せたかも知れないね」

 

 

 CVは二人乗りの戦車であり、操縦と射撃を同時に行う場合車内で得られる視界は狭い覗き窓のものしかない。さっきの混戦も、車長が身を乗り出して指示を出していた隊長車以外のメンバーが状況を全く把握出来ていなかったせいだろう。だから隊長車からの指示は他の戦車に乗るときよりも重要なものになってくる。

 

 一度練習を見ただけで、まだアンツィオの戦車道を理解しているわけではないみほにはそのくらいしか言えることはない。せっかく相談に来てもらったのに申し訳ないなとみほは思ったが、しかし対面するカンネリーニとそのチームメイトたちのみほを見る目には深い尊敬の色があった。

 

 

「すごいわかりやすいです! さすがコンシリエーレ!」

 

「え、いやそんな大したことは」

 

「みんな! みほ姉さんから授かった知恵で次は絶対勝とう!」

 

 

 さっきまでの様子とは打って変わってアンツィオ生らしくはしゃぎ出すカンネリーニ。彼女の勝利宣言に他の隊員たちも同様に高いテンションで同意の声を上げる。そのテンションの落差にみほはすっかり置いてけぼりにされてしまっていた。アンツィオの生徒はドゥーチェとかコンシリエーレとか、そういう何となく凄そうな響きの肩書きに弱いのだ。

 

 

「おお、早速やってくれてるのか」

 

「ア、アンチョビさん」

 

 

 途方に暮れるみほの元へ、ピザを焼きに行っていたアンチョビが戻ってきた。彼女の運ぶワゴンからピザの良い匂いが漂ってくるが、みほはそれ所ではない。何とか収拾をつけてくれと目で促すがアンチョビはそれに気づかず、次々に群がってくる隊員たちに手際よくピザを配給していた。

 

 みほは呼び止めようかと思ったが、嬉しそうにピザを配るアンチョビと幸せそうにそれを受け取る隊員たちの様子を見て邪魔することは憚られてしまう。結局、ピザの配給が終わるまでみほは待つことにした。

 

 

「待たせたな、これが私とみほの分。特製アンチョビソースのペスカトーレだ!」

 

「わぁ、ありがとうございます!」

 

 

 ピザはあっという間になくなってしまい、アンチョビはホクホク顔で戻ってきた。自分が作った料理を皆が喜んで食べてくれる、それが嬉しくて仕方がないのだ。だがアンツィオのドゥーチェともなれば抜け目などなく、しっかりと自分たちで食べる分は確保してある。

 

 食卓の上に置かれたのは所謂シーフードピザだ。アンチョビとガーリック、海産物の香ばしい香りがみほの鼻腔に広がっていく。ソースから仄かに混じる甘いミルクの香りが刺激を柔らかくしていて、いっそう食欲を引き立てる。

 

 沸々と揺れる白っぽいソースの中、生地の中央に殻ごと乗った黒いムール貝のコントラストが見た目にも楽しい。目と鼻から伝わる情報が舌の上で踊り、予感させる濃厚なその味にみほは思わずつばを飲んだ。

 

 無意識に伸びそうになった自分の手を見てみほはハッと我に返り、首を振って意識を取り戻す。そしてみほの隣ですでにピザを口に運んでいるアンチョビに顔を向けて声をかけた。

 

 

「……じゃなくってアンチョビさん、何とかしてくださいよ」

 

「ん? 何とかするって、何を?」

 

「あの子たちのことです。私、アンツィオの戦車道のことまだ全然知らないのに調子の良いこと言っちゃって。あんなに喜ばれちゃったら、申し訳なくて」

 

「あー」

 

 

 みほの言葉にアンチョビは、ピザを口にしまいながら件の一年生たちに目を向ける。彼女たちはピザを片手に血気盛んな様子で語らっている。隊員の士気が上がるのは良いことだが、それでみほのやる気が下がるようでは仕方がない。せっかく戦車道に前向きになってくれつつあるのに、この調子で戦車道部から距離を取るようになってはアンチョビにとってもアンツィオにとっても大きな痛手だ。

 

 ふむ、とアンチョビは顎をさする。俯きながらピザを口に運ぶみほとますます盛り上がるカンネリーニたちとの間で視線を何度か往復させ、ポンと手を叩いた。

 

 

「うん、そうだな。そうしよう」

 

 

 晴れやかな笑みを浮かべてそう言うアンチョビ。何事か納得したようなその言動にみほは続けられるだろう言葉を待ったが、アンチョビはみほではなく副隊長のカルパッチョを呼んだ。さほど大きな声でもなく、まして喧騒の只中でその呼び声が届くはずもなかったが、ドゥーチェがカルパッチョの姉御を呼んでるぞと近くの隊員が隣の隊員へ、その隊員がまた隣の隊員へ、と伝わっていき、程なくしてアンチョビの元へカルパッチョがやってきた。

 

 

「おおカルパッチョ、ちょっと話があるんだが」

 

「いいえドゥーチェ、余興とは言っても今からセモヴェンテを持ってくるのは無茶が過ぎますよ。時間的にも燃料的にも」

 

「何の話だ!」

 

 

 何がどう捻じ曲がったのか頓珍漢なことを言うカルパッチョに突っ込みを入れ、アンチョビは隣に座るように促した。アンツィオの伝言ゲームで、またアンチョビがアホなことを言い出したと伝え聞いたカルパッチョは一言戒めにやってきたのだが、即座に返されたツッコミに要領を得ないまま席に着く。

 

 カルパッチョと、彼女と同じくアンチョビが何をしたいのかわからず首を傾げるみほとの間に挟まれたアンチョビは、オホンと咳払いをして話を始めた。

 

 

「カルパッチョ、明後日の我々の予定は?」

 

「はぁ、校外の演習場で訓練ですが」

 

「うむ、いつも通りセモヴェンテの砲撃訓練が主なものだな」

 

「はい。……ドゥーチェ?」

 

 

 さすがのペパロニでも忘れないようなことを改めて聞いてくるアンチョビに訝しげな表情をするカルパッチョ。そんな副隊長の様子を見てにやりと笑ったアンチョビは続けて言う。

 

 

「予定は変更だ。明日はセモヴェンテとCVを使った模擬戦とする。チーム分けは私、ペパロニ。そしてカルパッチョ、みほのチームだ」

 

「はい?」

 

 

 アンチョビとカルパッチョのやり取りをわけもわからず黙って聞いていたみほだったが、会話の中に突然出てきた自分の名前に思わず聞き返してしまった。それに構わずアンチョビは続けてカルパッチョへ隊員たちに連絡を回しておくよう指示し、ようやくみほの方へ向き直った。

 

 

「というわけだ」

 

「どういうわけですか!?」

 

 

 困惑するみほにわかっているよ、と言うように二度三度頷いてアンチョビは表情を真剣なものに変えた。

 

 

「みほの言うことはよくわかる。確かに助言をしようにも我々のことをよく知らなければ難しいだろうな。一度練習を見させただけであんな紹介をしたことは、些か早急すぎたと反省している。すまなかった」

 

 

 急に真面目な口調で話し始めた上に、頭を下げて謝罪してくるアンチョビにみほは大いに慌てた。確かにあの大げさな紹介は肝を冷やしたし、その後の隊員たちの持ち上げぶりにも閉口したものだが、それでもみほにはアンチョビへの感謝の気持ちの方が遥かに強い。知り合ったばかりの自分のために色々と気を遣ってもらったし、今日の宴会も楽しいものだった。それに目上の人間に頭を下げさせる、ということはみほには受け入れがたいものだった。

 

 

「アンチョビさん、頭を上げて下さい! 私全然気にしてませんから」

 

「そういうわけにもいかん。皆を指導する立場だからこそけじめは大事だ。そう、だから私は考えた。この失態を挽回するにはどうしたらいいのかを。すなわち、みほが一度アンツィオ戦車隊を指揮してみればいいんじゃないか、と」

 

「話が飛躍しすぎです!」

 

 

 アンツィオに来てから振り回されっぱなしのみほだったが、その中でもアンチョビの言う言葉は超ド級である。理論の超信地旋廻を見事に決めたアンチョビは、そういうわけだから、とみほに告げて席を立つ。

 

 まだ話を理解できずに呆然とするみほに、アンチョビは優しげな微笑を向けた。

 

 

「安心しろ。どうなっても文句なんて言わないし、そのまま勢いで試合に出そうなんてことも思わない。まぁ交流を深めると思って気楽にやってくれ。あ、メンバー表が出来たらペパロニに渡すから、明日受け取ってくれ」

 

 そう言ってアンチョビはみほの元を去っていく。そろそろ撤収の準備をするよう指示しなければならない、今日は平日で明日も学校なのだ。まだ遊び足りないとブー垂れる隊員たちを宥めすかしながら指示を出していくアンチョビの声を遠くに聞きながら、みほは呆気に取られたまま残ったピザを頬張った。多少冷めても美味しいピザだった。

 

 

 

 

 翌日、みほはメンバー表を受け取り、ペパロニに頼んで全員に連絡を取って貰っていた。放課後に集まるようにお願いし、カルパッチョを含めメンバー全員が急な召集に応じてくれた。カルパッチョはともかく、一年生たちはみんなアンチョビが認めたコンシリエーレの力に期待と信頼を寄せているのだ。

 

 アンチョビは気楽にやってくれと言ったが、みほにはそれは不可能だった。アンチョビのせいとは言え、こうも無垢な信頼を受けてそれをあえて裏切ることなど出来ない。

 

 みほは昨日調べたCVとセモヴェンテの特性から必死に考えた作戦をメンバーに告げる。一年生たちは興奮し、カルパッチョは驚きながらも明日の試合を考え不敵に笑う。みほはアンチョビたちとの試合に全力で臨むつもりだった。

 

 

 

 

ふぅ、と大きく息を吐きみほは気持ちを切り替える。なんでも何も、こうして戦車に乗っている以上やるしかないのだ。アンチョビに恨みの一つでも言いたいところだったが、それは試合の後のドルチェに取っておこう。

 

 

「……皆さん、まだ開始時刻まで時間があります。いったん落ち着いてください。作戦は昨日説明したとおりですが、性質上皆さんの臨機応変な対応も求められます。カルパッチョさん」

 

「大丈夫、作戦は頭に叩き込んであります」

 

「カンネリーニさん」

 

「任せてくださいみほ姉さん、私もばっちりです!」

 

 

 各分隊のリーダーからの頼もしい返事にみほは小さく頷いた。携帯電話で時刻を確認し、自分が乗るCVの操縦手に視線を向ける。視線を合わせた操縦手はにやりと笑い、雄々しい表情で覗き窓から正面を見据える。みほは携帯電話をしまい、今度こそ決意の篭る視線で前を向き、隊員を鼓舞するように号令をかける。

 

 

「パンツァー・フォー!」

 

 

 その合図で各車が一斉に動き出す。カルパッチョのセモヴェンテ、カンネリーニが指揮するCV隊がみほたちから離れ、所定の指示通りに展開していく。

 

 

「あ」

 

 

 それらを車体から身を乗り出して確認したみほは、ふと自分が以前の癖でドイツ風の号令をかけたことに気が付いた。一瞬羞恥心が湧き上がるが、こうして問題なく各車前進していることから問題ないかと思い直した。有名な言葉だし、戦車道を嗜む人間なら聞いたことがあって当たり前か。

 

 

「ところで姉さん」

 

「どうかしました?」

 

「ぱんつあほーって、何すか? 勢いでアクセル吹かしちゃいましたけど、よかったんすかね?」

 

「……あはは」

 

 

 言語の壁はノリと勢いでどうにでもなるのだなぁ、とみほは思いながら、もし次の機会があったら絶対にイタリア風で言おうと誓った。

 

 

 




番外編02+おまけ


ようやく世のお父様方が会社に出かけようとする時間帯、体育館と校舎をつなぐ渡り廊下の片隅で4人のバレー部員が顔を寄せ合い会議を行っている。いや、元バレー部員だ。部員不足から廃部を告知された日から、他の部が朝錬を始める前を見計らって体育館で練習を行い、こうして人目を憚るように会議をして授業までの時間を潰すのが習慣となっていた。議題はバレーのフォーメーションや練習法など様々だが、最終的にはいつもいかにしてバレー部復活を果たすかに収束する。

「みんな、聞いてくれ」

一年生たちがあーでもないこーでもないと部員集めの方法を話し合う中、一人黙してそれを聞いていたキャプテンが重い口調で口を開き注目を集める。

「どうしたんですかキャプテン」
「ああ、実はバレー部復活のための逆転ホームランがある」
「逆転、ほうむらん?」
「キャプテン、それは野球用語なのでは!?」
「どうしちゃったんですかキャプテン!?」

元バレー部キャプテン、磯部典子の発言に部員たちに衝撃が走った。佐々木あけびは聞きなれない用語に首を傾げ、川西忍と近藤妙子はバレー命のキャプテンが別のスポーツの用語を口にしたことに慄く。その驚愕に肝心の内容は誰の耳にも入らなかった。

「そう、一般的にも使われるが本来は野球用語だ。バレー部キャプテンである私が使うべき言葉じゃない。いわば邪道。私が話すバレー部復活の手段は、正攻法とは言えない方法だ」

典子は構わず話を続け、衝撃に慄く一年生たちの頭にようやくその内容が入り込む。バレー部復活、彼女たちの悲願であるそれを頼れるキャプテンが口にしたことであけびと忍は期待に目を輝かせる。一方妙子は煮え切らないキャプテンの態度を訝しんでいた。

「キャプテン、その方法って」
「ああ。昨日私は生徒会室に直談判に行って来た。もちろんバレー部の廃部を取り消してもらうためだ。そして私は、生徒会長直々にバレー部復活のための条件を聞かされた」

キャプテンの行動力と、生徒会長直々に応じたという内容から益々期待を深めるあけびと忍。それとは対照的な真剣な表情で典子は事の顛末を語り始めた。


典子はその日、いつものようにバレー部復活を嘆願しようと生徒会室の扉を叩いた。いつもはすぐに入室を許可する声が返ってくるのだが、その日は一向に返事が返ってこない。もう一度強めにノックしても同じで、典子はおかしいなと思いつつ静かに生徒会室の扉を開けた。
典子の違和感は一気に強まった。広い生徒会室にはいつも業務に勤しむ生徒会執行部員たちがいるはずなのに、典子の視界には人っ子一人映らない。さらに窓は全てカーテンで覆われており、日中にも関わらず夜中のように薄暗い。呆然と立ち尽くす典子の耳が、キィッと金属が軋む音を捉えた。生徒会室の最奥、生徒会長室に続く扉が開いたのだ。典子は扉の奥から漏れる光に誘われるように、ふらふらと生徒会長室に歩いていった。

「やあやあ、待っていたよ。磯部典子くん?」
「生徒、会長」

生徒会長室の前までやってきた典子に声がかけられる。典子が顔を向けた先には、何かを食べながら高そうな椅子にふんぞり返る偉そうな少女がいた。卓上ライトのかすかな明かりに照らされて、にやりと口を歪めるその少女を典子は知っている。この部屋の主で、大洗女子学園を統括する生徒会長だ。
いつもは背が高い広報の人にすげなく追い返されてしまう典子は、思わぬ大物の登場に驚いていた。部屋の異様な雰囲気も相まって、典子はすっかり空気に呑まれてしまっていた。

「そう、生徒会長だよ。早速だけど本題に入ろっか、磯部ちゃん。君、バレー部を復活させたいんだって?」
「はい! 生徒会長、お願いします! どうかもう一度私たちにチャンスを下さい! 正式な部として認めて貰えれば必ず部員を集め、試合で優勝してみせます!」

生徒会長の一言に、典子は火が付いたようにここに来た目的を捲くし立てた。この場の異様の理由はわからないが、ここに生徒会長がいるというのはまたとない機会だった。息を荒げ、生徒会長に詰め寄ろうとする典子をいつの間にかそこにいた広報の人が腕を伸ばして遮った。

「まぁまぁ、落ち着きなって。磯部ちゃん、部員が足りないから廃部になったのに、復活させてくれれば部員を集めるってのは。ちぃっと虫がいいんじゃないかな」
「それは……」

正式な部活でなくなったバレー部は体育館の使用も出来ず、その活動をアピールすることが出来ないため部員の勧誘も難航している。それゆえの嘆願だったが、生徒会長は紛れもない正論で、典子の口を封じてしまう。
確かに生徒会長の言う事はもっともだ。しかし典子は諦めるわけにはいかなかった。キャプテンである彼女の肩には、こんな状況になっても付いてきてくれる大事な後輩たちの未来がかかっているのだ。

「それでも。それでもどうかお願いします。私はバレーがしたいんです。皆と一緒に東京体育館に立ちたいんです!」
「ほー、そりゃまた大きく出たねぇ。部員も実績もないっていうのにさ」
「そのためなら何だってする覚悟はあります!」
「ほぅほぅ、覚悟ねぇ」

典子の覚悟を聞いて、生徒会長はにやりと笑った。典子にはそれが悪魔の微笑みに見えた。

「よろしい。私たちも鬼じゃない、そこまで言うなら機会をあげようじゃないの」
「ほ、本当ですか! じゃあバレー部の」
「紹介しよう! 君たちの願いをサポートするアドバイザー、ナカジマ博士だ!」
「ナカジマだよ、よろしくね磯辺さん」
「え? あ、はい。よろしくお願いします」

バレー部廃部を取り消してくれるのかと喜ぶ典子の言葉を遮る生徒会長の声に、パッとスポットライトが照らされた。その光の中に浮かぶのは、オレンジのつなぎに白衣を纏った少女だった。柔和な笑みで自己紹介する見慣れぬ少女に、典子は困惑しながらお辞儀を返した。

「そしてそして! 小山!」

続いて生徒会長が副会長の名を呼ぶと、小さなモーター音とともにスクリーンが下りて来た。そしてそこに映像が投射される。映し出されたのは、アヒルのようなフォルムをした無骨な戦車だった。

「これが君たちの乗る戦車、八九式中戦車だ」


典子の語った内容に、一年生たちは言葉もなかった。具体的には唐突に戦車が登場したことに対してどんな反応を示せばいいのかわからなかった。

「会長は私にこう言った。この戦車に乗って成績を挙げればバレー部の廃部取り消しも検討する、と」
「それは、つまり戦車道の試合で勝つってことですか?」
「違う。戦車に乗るのは私たちだけだそうだ。戦車道の公式戦には出られない。私たちが出場するのはタンカスロンという競技だ」
「たん?」
「かす?」
「ろん?」

バレーと縁の遠い戦車道をやるのかと妙子が問い、典子はそれを訂正した。全く聞いた覚えのない戦車競技に一年生三人は首を傾げた。それに対して典子は生徒会から説明された競技規定を説明する。大雑把に言えば、小さな戦車なら一輌からでも出場できる、何でもありの競技である。

「もちろんこの活動は授業に含まれない。私たちは少ない練習時間をさらに削ってこれに挑まなければならない。会長の提案に乗るかどうか、皆の意見を今日の放課後までに聞かせて欲しい」

典子は顔を俯かせてそう言葉を結んだ。バレー部復活はここにいる全員の悲願であるが、この方法はリスクも大きい。典子の胸にはそんな賭けに後輩を巻き込もうとしているという自責の念が渦巻いていた。

「またとないチャンスじゃないですか! やりましょうよ、キャプテン!」
「佐々木」
「確かに大変かもしれない。でもバレー部復活のためならそんな苦労どうってことありません!」
「川西」
「それに戦車に乗るのって結構きついって聞きますし、きっとその経験もバレーに活かせるはずです! 一石二鳥ですキャプテン!」
「近藤」

そんな典子の心情とは裏腹に、一年生たちは乗り気だった。バレー部復活のための道筋は全く立っていないのが現状である。正式な部活じゃないから体育館が使えない、バレーの魅力を伝えられないから部員が増えない、部員が増えないから正式な部活になれない。典子の持ってきた賭けは袋小路に差し込んだ希望の光だった。
その光の先に続くのが例え困難な道であっても、心にバレーがある限り迷いはしない。そんな後輩たちの覚悟を典子は呆然と聞き、そして立ち上がった。その瞳には炎がともっている。

「みんな、ありがとう。みんなの気持ちはわかった。やろう! 戦車に乗ってバレー部を復活させるんだ。そしていつかみんなで全国の舞台に立とう!」

バレー部ファイト! 毎朝恒例となっているバレー部の唱和が登校する生徒で賑わい始めた学園に、その日は一際大きく響いた。












おまけ

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