「どうした、不知火?」
「……いえ、何でもございませぬ。 おそらく聞き間違いにございましょう……」
その始まりは、小さな違和感から始まった。
「最近、霧が多いよねー。 服がびしょびしょ!」
「だよねぇ。 あ、そういえば霧の中を突っ切ろうとした艦隊が迷子になったんだってー」
「えぇー? 新人さん?」
「うぅん、ベテランの偵察艦隊だって。 レーダーが使えなくなって、羅針盤もぐるぐる回ってたんだってさー」
違和感はやがて実害をもたらす異変へと至り、調査が行われ。
「今のところ霧の発生する海域に共通点はみられませんね。 ただ、本来であれば霧の発生しづらい海域にも発生していることから、やはり通常の霧とは違うものと思われます」
「霧内部では磁場の乱れを観測しました。 周波数や強度が大きく変動しており発信源が特定できず、なおかつ通常の電磁シールド等が効果を発揮しないことからやはり自然現象ではないと思われます」
「霧そのものを構成しているのは自然現象の場合と同じ水分である事が判明しています。 しかし同種の霧と遭遇した艦隊群の一部が、霧内部に突入したにも関わらず湿気を感じず、制服が濡れていないという報告をあげています」
それは深淵へと刺激を与え、そして。
《メーデー、メーデー、メーデー!! こちら第6偵察艦隊! 現在正体不明の怪物に襲撃を受けている! すでに主力艦隊は旗艦大破、他轟沈の壊滅状態……! 前衛艦隊との連絡も途絶、直前の無線内容から主力艦隊と同じく『出所不明の航空爆撃と雷撃』にやられたと思われる! 我々の航空偵察及びレーダーは霧によって、くそっ敵機直じょ》
《なんなのこいつ、いきなり海中から飛び出してくるなんてっ! 放しなさいっその腕はわたしのなのよ、タベないで、かえしなさいよ、それはタイセツなのよ、アイツからもらった、たいせつな……》
《あああぁあぁあああぁあぁぁぁぁあああああ!! おねぇちゃんをっ、返せぇぇえええ!!!!》
《バカじゃないのか!? こいつら腕吹き飛ばそうが下半身なくなろうがおかまいなしとか、B級ホラーじゃないんだよ、沈めぇっ!》
《これは荒御霊かっ!? これほどのものがなぜ、おのれ拙者は祈祷の業は不得手なのだぞ!》
《多すぎるキリがないっ! もう弾薬ないぞ!?》
溢れた。
ソレは本来この世界には存在しない、できないモノだった。
しかし闘争を、その果てを求める者達によって観測され、招かれて。
この世界へと訪れてしまった。
認識されてしまった。
現れてしまった。
彼等は。
彼等は深海に棲まいしモノ。
母なる生命の海に沈み、澱となりて淀みし『生命だったもの』。
その負の側面。
無念、諦観、憎悪、嫌悪、敵愾心、軽蔑、復讐心。
負の情念を糧とし、生ある者を羨望するモノ。
深海に棲まう艦。
深海棲艦。
「なんで、なんでこんなことに……!?」
暗い部屋の中、彼は頭を抱えて椅子に座り込んでいた。
彼は俗に言う転生者。 深海棲艦が敵として登場するブラウザゲーム『艦隊これくしょん』の存在する世界から、神などの存在を介さずにこのソーシャルゲーム『アズールレーン』の世界へと転生している。
しかし彼は『指揮官』としての才能を持てず、戦場での生死をかけた戦いに身を投じる勇気を持つこともできず。
ただの一般人として、銃後にて生活をしていたはずだったが。
ずるり、ごつん。 ずるり、ごつん。
大きく、長大なモノが這いずり。 堅く、重い蹄が床に叩きつけられる音が響く。
彼はその音に顔を上げ。 怯え、絶望に満ちた表情を浮かべる。
その音は、彼の死に神の足音そのもの。
まがりなりにも手にした平穏を奪い、この場所へ、『
『たダいま、テイトク』
太く、長大な尾の先端に強力な砲塔を備えた鋼の顎。
血の気が感じられないほど青白く、海棲哺乳類のような質感の肌。
黒い革のようなビキニとレインコートを身に纏い、その背に雑嚢を背負い。
灼けた骨のような灰白色の頭髪。
その下から覗く、凝固した血塊のような朱い瞳と、左目を覆う蒼白の焔のような燐光。
彼の知る中で一番の『最凶』。
『最強の量産型』、『最悪の道中敵』。
「戦艦っ、レ級……!!」
こちらを覗くその表情が歪み、口元が裂けるようにつり上がり。
『絶望』がワラッタ。