(ちくしょう、この感覚はなんだ、なにがおきてるっ!?)
クルト達の拘束をとくためにゴーレムの拳に鎖をまきつけてしがみついていたアリアはしかし、未知の感覚に翻弄されて具体的な行動にでれないでいた。
サイトの切り裂いた手首の断面に鎖帷子をかぶせることで修復を遅らせてはいたが、修復にともなう圧力ですでにボロボロだ。 いつ破られ、完全に修復されてもおかしくない。
いますぐにでも行動にうつらなければ手遅れになる状況だというのに、具体的な行動どころか解決策すらまともに考えられていない理由。 それはいまもアリアを襲っている強烈な感覚のせいだった。
まるで全身を真綿で縛りあげられているようなその感覚はしかし、肉体的なものではないようにも思える。 第一とうの昔に肉体を失ったアリアにとって肉体的な苦痛はありえない。
つまり。
(これは精神的なもの……恐怖、か!?)
おもいあたると同時に気づくのは、この感覚……いや感情は自分のものではなく、外部から流れこんできているということ。
そしてそんな事がおこる相手は一人しかいない。
(ちくしょう、主人にこんな思いをさせておいてなにが『使い魔』だっ! 動け、動けよっ!!)
恐怖という枷は感知範囲を大幅に狭め、鎖の操作を鈍くしている。 さらに普段の倍以上の精神力を消費してしまう現状では、とれる手段はほとんどない。
それでも思考をとめず、考え続ける。 まだできることはあるからだ。
(なんでもいいから利用し、できることをする!)
杜撰でノイズだらけの感知範囲にひっかかった声を信じ、今だせる全力でクルト達を守ること。
だいぶ減ってしまっている精神力をかきあつめ、大量の鎖を生成。 それらを複雑によりあわせ、緻密に編み上げて。
(これでぇっ、どうだ!!)
展開し、『衝撃』をうけとめた。
* * * * *
「まずは『偏在』について。 その効果と特徴について教授してやろう。」
(いらないよ、さっさとおちろっ!)
息を殺し、気配を隠しているフーケにとって、この状況は不本意なものだった。
その苛立ちをこめてゴーレムに拳をふりまわさせるが、四人に増えたギトーはそれをたやすくかわし、至近距離をまとわりつくようにして飛んでいる。
「『偏在』とは、つまるところ一時的に自分の複製を作成する魔法だ。 それぞれの個体はオリジナルと同じ能力、知性、外見を保有し、実体を持っている。 そして当然、魔法を使用することも可能だ。」
(ええい、捕まえてるガキが邪魔だ! それにあの使い魔のせいで再生もできやしない!)
時折腕の先端をちぎって豪雨のごとき礫弾群を飛ばしてはいるが、投射の直前に射線から逃げられ、一発もあたっていない。
両腕が使えれば途切れない弾幕をはることもできるのだが、右手は人質を確保しており、損傷を修復しきれていないため使用できなかった。
かといって人質を解放すれば即座に撤退され、本来の目的ははたせないだろう。
「いわば『偏在』とは、一人で複数人分の戦力を創りだす魔法だ。 だが、当然ながら『偏在』一体ができることは一人でできることとたいしてかわらん。」
(くっ、ちくしょう!)
フーケは歯を噛みしめ、より強く杖を握りこむ。
四人のギトーのうち三人が飛行中にもかかわらず魔法を詠唱し、礫弾群を真正面から叩き落としたのだ。
「作成された個体はすべて自己判断が可能だ。 よってこのように一体に『レビテーション』を使わせ、全員を飛行させることで他の個体は飛びながら魔法を使用することが可能になる。 さて、次は『複合魔法』だが……これは直接見たほうが早いだろう。」
(っ!? やばいやばいやばいっ!!)
フーケの脳裏を、過去に見た『複合魔法』の光景が駆け抜ける。
その光景を再現させてたまるかとばかりにゴーレムの攻撃を激しくさせるが、またもやすべて避けられてしまった。
ギトー達は迫る礫弾群を避けつつゴーレムの真上に舞い上がると、三体が三角形の布陣を組み、真下のゴーレムへと杖をむけて魔法の詠唱を始める。
瞬時に布陣の中心に竜巻が発生し、さらにそれを覆うように逆回転の竜巻が発生。 二重の竜巻はその境界で紫電を迸らせ、中心にいくつかの蒼い氷針を内包していた。
「多少強引にいく。 皆は下がり、使い魔は主人達を守れ!!」
(そう簡単にやられてたまるかぁっ!!)
フーケの意思をうけ、ゴーレムは左腕そのものを鋼の大盾へ、全身の主要箇所を鋼へと変えて防御態勢をとる。
大盾を真上にかざし、腰を落とし、脚を大地と一体化させ。
「俺をわすれんなよっ!」
「おもいっきりいけ、相棒!」
相対的に下がった右手に、銀線が疾った。
* * * * *
そうとう慌てていたのだろう。 人質を使わず、むしろかばうようにして自身の影へと隠したゴーレムの鋼の右腕。
その半分以上を走る裂け目を繋げるようにして振り下ろされた刃は。 根元から折れ、刺さったままになっていた大剣ごと右腕を断ち切った。
「よっしゃあっておもっ!?」
「サイト君、そこにいるの?」
「レレレディにたいしてそれはないんじゃない!?」
「今はんなこといってる場合じゃねぇだろ!!」
サイトはそのまま落下するルイズ達を抱えて離脱しようとするが、いまだにルイズ達を拘束する鋼の手の重量に、拘束ごと抱えての離脱を断念する。
大慌てで拘束に斬りつけるべくデルフリンガーをふりあげ、
『ギャリリリリッ!!』
「きゃあっ!?」
「うおお鎖がぁー!?」
「今度はなによーっ!?」
急激に膨張した鎖群により形成された大盾にぶつかってきた衝撃により、まとめてふきとばされた。
同時にタバサによりかけられた『レビテーション』で地面への激突をまぬがれると、そのまままとめてひとまずの安全域まではこばれる。
ゆっくりと地面へとおろされると、『錬金』で鋼を土に戻すことでようやくルイズ達は拘束から解放された。
「ありがとうアリア、タバサ。 あとキュルケとサイト君もありがとう。」
『キャリリ』
「いいって。 無事でよかったよ。」
「まったく、心配かけるんじゃないの。」
「それよりも離脱。」
ほっとした表情のクルト達をうながすと、タバサはよびよせていたシルフィードにのる。
サイトは次にクルトの手をとったキュルケがのりこむのを見ていたが、ふとルイズがいないことに気づく。 あたりをみてみれば、ちょうど死角になる位置でうつむいてしゃがんでいた。
「どうしたんだ? はやくいこうぜ。 ギトー先生がゴーレムをおさえてるうちにってうわぁ……。」
戦闘音が響くほうを見たサイトは、なんともいえない表情になる。
なにしろ自分達が全力で攻撃してもろくなダメージをあたえられなかったはずのゴーレムが、ギトーたった一人(?)に翻弄されているのだから。
二重反転の竜巻にのみこまれたゴーレムは紫電に焼かれ、気圧差の鎚と刃に潰されたうえに裂かれ、さらに蒼い氷針が刺さった箇所が爆発している。
破損は即座に修復されているが、一瞬自分が受けた姿を想像してしまい、すぐに頭をふってふりはらった。
「……よく生きてたな、俺達。」
「……ぅ…ょぅ……。」
「ん? どうしたルイズって、あっちゃあ。」
しゃがんでいるルイズの手元を覗く。 その土に汚れた小さな手が握っていたのはおなじく土に汚れ、しかし半ばから折れてしまっている杖だった。
よほど強い圧力をかけられたのだろう。 その折れ方はむしろ、砕けるといったほうが適切だ。
そしてその杖だったものに、ぽつりと落ちる水滴がひとつ。
「あー、あれだ! 今は逃げようぜ? ほら、皆まってるし……」
「だめ。」
次第に弱まる竜巻を見つつ肩に手をかけてよびかけるサイトに、しかしルイズはうつむいたまましっかりと首を横にふった。
「なんでだよ? はやくいかないと……」
「貴族は敵に背中をむけることはないわ。 魔法が使えるから貴族なのではないの。」
また、一滴。
「……でも今の、失敗魔法も使えないこの私じゃ挑んでもなにもできない。 また捕まってしまうかもしれないし、今度は殺されてしまうかもしれない。」
ぽつり、ぽたり。
「……どうしよう……?」
身体を小さく縮め、涙とともに杖を力なく握りしめたルイズ。 その姿にサイトは頭をかきむしり、ひとしきりうめき。
「あぁもうっ!」
「っ!?」
ルイズを横抱きに抱きかかえた。
そのままシルフィードへとあるきだす。
「なっなにするのよ、はなしなさいよっ! 貴族は、」
「『貴族は敵に背中をむけない』だったよな? ようするにおまえの使い魔である俺があのゴーレムふっとばせば万事解決だよな!?」
「なにいってんの、そんなことできるわけ……っきゃあ!?」
騒ぐルイズをシルフィードの上に投げると、脇からさしだされた『破壊の杖』をうけとる。
安全ピンを抜き、リアカバーを引き出し、インナーチューブをスライドさせる。
なぜ使い方がわかるのか一瞬気になったが、とりあえず放置しておく。
「タバサ、ルイズを頼む。 ちょっとゴーレムふっとばしてくるわ。」
「……わかった。」
「あっまちなさいよ! おろして、サイトー!!」
舞い上がるシルフィードに背中をむけてふりむくと、ちょうど竜巻が消えさるところだった。
ゴーレムは全身のいたるところが破損していたが、みるみるうちに修復されておりすぐにでも行動可能のようだ。
「ギトー先生、さがってください!」
「む、『破壊の杖』? 使えるのか!?」
「いいからさがって!」
上空へと退避するギトーを確認しつつ片膝をついて『破壊の杖』を肩に構え、照尺をたてる。
有効射程距離内なのを確認し、安全装置を解除。 トリガーをひいた。
* * * * *
「命中っ!!」
上半身が消失したゴーレムがゆっくりと崩れおち、そのまま土へと還っていく。
原作とは違い、鋼の装甲を纏っていたぶん破壊力が内部に集中したのだろう。 じつに盛大な花火でした。
そのまま皆がサイトにむかっていくなか、俺ははやる心をおさえつつ一人(?)森へとむかっていた。
『キリリリ』
「っ!? ……アリアでしたか。 私をむか……え?」
ちょうどよく森からロングビルもといフーケが顔をだしたのを確認すると、目の前で姿を変えてみせる。
口をあけっぱなしでぽかーんとしているフーケに、にっこりと笑いかけてあげた。
「え? いや、そんな……え?」
猫みたいなやつがいきなり自分そっくりの、しかも『耳がとがり全身刺青だらけで素っ裸な姿』になればそりゃ驚くだろう。
じつにかわいらしく動揺しているが、そんなことは関係ない。
ゆっくりとあゆみより、
「笑顔とは、本来は威嚇行為なんですよ?」
「? っ、しまっ!?」
咄嗟に掲げようとしたらしい杖ごとその身体を抱きしめ、首筋へと牙を突きたてて『喰らった』。
崩れ落ちる身体を抱きかかえ、ため息をひとつ。
「これで原作解離は決定的だ、な。」
原作では、クルトやギトーはフーケ戦に登場しない。 もはや原作はあてにならないということをあらためて気づかされた気分だった。
ちなみに驚かせたのはただのやつあたりだ。 すっきりした。
もう一度ため息をつき、とりあえずフーケを寝かせようとし。
「杖を捨て、ゆっくりとこちらをむきたまえ、フーケ。 いや……『エルフ』、か?」
真後ろに悠然と立つギトーに気づいた。
………。
どうしよう……。