「とまれ。 作戦を確認するぞ。」
フーケの隠れ家と思われる小屋の様子をうかがえる程度の距離まで近づいた一行は、ギトーの声でたちどまると灌木の陰にすわりこむ。
タバサに周囲の監視をまかせ、ギトーは瓶詰めの砂を懐からとりだすと『念動』で砂をあやつり、周囲の地形の見取り図を形成させていく。
「すげー、魔法みたいだ。」
「あたりまえだろう、なにをいっているのかね。 ……まぁいい。 作戦についてだが……。」
素直に驚くサイトに悪い気はしないらしく、若干機嫌のよさそうなギトーが作戦の説明をはじめる。
多少の反論はあったものの皆が納得したのを確認し、作戦は開始された。
* * * * *
「……デルフ、大丈夫か……?」
「おうよ、ひとっこひとりいねぇ。 静かなもんだ。」
斥候として小屋に忍びよったサイトは扉のわきにはりつくと、壁に耳をあてて誰かいないかをさぐっていた。
扉の反対側にはりついていたギトーと視線をあわせ、鞘ごと背負ったデルフリンガーの帯をしめなおすと、シュペー卿のピカピカした剣を握りなおし。
「どおりゃぁあああって誰もいねぇ!」
「聞いたのに無視!? ひでぇや相棒……。」
扉を蹴りあけると同時に室内に突入し、誰もいないがらんとした光景に声をあげた。
「まったく、少しは声をおとせ。 賊が小屋の近くにいたらどうするのだ?」
「りょうかーい。 ……ちぇ、いいとこみせたかったのにな……。」
あきれたような声のギトーは部屋に悠々とはいってくると室内をみわたし、古びた机の上に無造作におかれていた木箱に眼をとめた。
周囲の寂れ具合とはあきらかに違う高級感を放つその木箱に近づくとディテクトマジックで罠を確認し、蓋をあける。
「ふむ、間違いなく『破壊の杖』だ。 ……それにしても無用心にすぎる。 罠か?」
「みつかったんですか? ……ってこれってまさか!?」
ギトーが木箱からとりだした『破壊の杖』を見たサイトが驚きの声をあげるのと、ほぼ同時。
少し離れた場所にクルトとミス・ロングビルとともに待機させていたはずのルイズの悲鳴が聞こえ、一拍遅れて戦闘音と少女達の悲鳴が聞こえてきた。
「っ……!? ルイズ!!」
「まて貴様一人っ、はやい!?」
ルイズの悲鳴が聞こえるのと同時に高速で飛び出したサイトをおい、ギトーも『破壊の杖』を持ったまま小屋から飛び出す。
ひらけた視界一杯にとびこんできた光景。 それは、天を突くように巨大な土ゴーレムとそれに捕らえられたルイズとクルト。 たちむかう生徒達。 そして後方の森へと墜落していくミス・ロングビルの姿だった。
* * * * *
「大丈夫かな、サイト君……。」
「スクウェアのギトー教師もついていますし、大丈夫でしょう。」
「あのバカ犬のことだから殺されても死なないでしょ。」
サイト達斥候組が姿勢を低くして小屋へとかけよる姿をみつつ、ルイズは機嫌悪く鼻を鳴らす。
ちらりと横を見てみればクルトが心配そうな表情をうかべており、ミス・ロングビルは対象的におちついているようだ。
(なぁにが俺にまかせておけ、よ。 あんたのご主人様は私でしょうに!)
思い出されるのは、つい先ほどの作戦会議。
当初斥候兼囮役は使い魔であるサイトとアリアだけの予定だったのだが、それでは危険すぎるとクルトが反対したのだ。
相談の結果、斥候兼囮役はサイトとギトーに変更。 作戦は斥候兼囮役がおびきだしたフーケを左右に少し離れた灌木に待機するタバサとキュルケではさみうちにし、ルイズ達は後詰めとして森の中に待機することになった。
なったのだが。
(だいたいなによ、あの態度の違いは! ご主人様である私をないがしろにしたあげく、ちょっと心配されたぐらいででれでれしちゃって!)
ルイズは、配置につく直前にクルトに声をかけられたサイトがやけにはりきってかけだしていったのが気になっていた。
少し距離があったためにききとれなかったが、なにをいっていたのか。
(あぁもうっ、考えてもわからないんだし、聞いたほうがはやいわよね。 キュルケじゃあるまいしひとめ惚れなんてありえなっ!?)
「ルイズ、ずっと静かだけどそこにいるの?」
突然の声に驚き、思わずでそうになる叫び声を両手で口をふさいでなんとかおしとどめる。
ふりかえってみれば、クルトが心配そうな表情でこちらに顔をむけていた。
跳ね上がった動悸をおちつけつつ、自分が目の前にいるのにわからないクルトの姿に、いまさらながら目が見えないということの不便さを理解する。
「ここにいるわよ。 ……ねぇ、さっきサイトとなにをはなしてたの?」
ルイズは答えるとクルトへとむきなおりつつ、意を決したように質問する。
クルトはほっとしたように安心した表情になると、くすりと小さく微笑んだ。
「……なによ。」
「ううん、なんでもない。 サイト君に、あとで靴を……。」
不機嫌そうな声をあげるルイズに優しく微笑みかけながらかるく首をふると、質問に答えようと口をひらき。
「っ……!? 逃げて!」
「え、なにを……きゃぁああああ!?」
急に焦ったような表情で叫んだ。
わけもわからず困惑するルイズは一歩をふみだし、直後に盛り上がる地面にクルトもろとも首から下の全身を拘束される。
束縛された身体、遠ざかる地面。 襲いかかる浮遊感と上昇する視界。
次々と変化する状況と増大する恐怖感のなか、視界にうつったもの。
「ルイズー!!」
「サイ…ト……。」
ゴーレムの肩にしがみついていたミス・ロングビルが森へと叩き落とされ、慌ててこちらへと構えるキュルケ達や、なんとか主達の拘束を解こうと奮闘するアリアよりも先に視界へ飛び込んできたもの。 それは、小屋の中からこちらへと凄まじい速度で駆け寄る自分の使い魔の姿。
自分の名前を叫びながら全力で駆け寄るその姿を見るだけで、ルイズはなぜか安心感を感じていた。
そして、叫ぶ。 悲鳴ではなく、信頼感に満ちた声で。 自分の使い魔……サイトにむけて、全力で。
「はやく助けなさいよ、バカサイトー!!」
* * * * *
「ルイズー!!」
全力で駆ける。 まるで羽のように軽い身体はたった一歩で数メイルの距離をとびこえ、すさまじい速さで前進している。
五感が冴えわたる。 周囲の時間はゆっくりと流れ、鋭敏になった聴覚は様々な雑音のなかから特定の音を鮮明に拾いあげる。
「はやく助けなさいよ、バカサイトー!!」
(この状況でバカつきかよ!? あぁもう、まったくっ!)
魔法を放つべく詠唱をしていたキュルケ達のあいだをすりぬけ、まだ完全にはたちあがっていない巨大なゴーレムの膝を踏み台にして。
「この状況でバカはないだろバカルイズッ!!」
『ザグンッ!!』
ルイズ達を掴んでいるゴーレムの右手へと全力で振り上げるように斬りつけた。
理想的な角度で手首へと斬りつけられた刃はその二抱えはありそうな土柱を半ばまで斬り裂き、衝撃は腕全体をゆさぶる。
違和感のある手ごたえに疑問を抱きながらも、今度こそ完全に断ち切るために全体重をかけて剣を振りおろし。
「さっさとはな『ザ…ギンッ!!』せぇぇええええ!?」
「折れた!?」
鋼へと変化していた土柱に中途半端に食い込み、あっさりと根元から折れた刃にバランスを崩し。 完全にたちあがったゴーレムの上からころげ落ちた。
受身をとり、たちあがりながらとびすさるサイトをおうようにして振りおろされたゴーレムの足が地響きをたてる。 いれかわるようにして前にでたキュルケ達が魔法を叩きこむが、盾としてかざされた左手の表面の土を吹き飛ばす程度しかダメージをあたえられなかった。
「ちくしょう、もうすこしだったのに!」
「タバサ、おもいっきりいくわ。 ルイズ達を……。」
「その必要はない。」
柄だけになった元・名剣をゴーレムへと投げつけた自分にポンと『破壊の杖』を持たせ、ふたたび詠唱を開始する二人の前へとでる背中。
風を纏うその背中はとても頼もしく見え、そして。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……。 ……さて、ゴーレムとそれを操るフーケよ。 ひとつ教授してやろう。」」」」
姿を揺らがせ、その身をわけた。
四体に増えたギトー達は杖を重ね、その先端をゴーレムへと向ける。
「「「「『風』の最強たる所以を。 『偏在』とその集大成にして真髄たる『複合魔法』の絶大なる威力を。 そして我が風によって……。」」」」
静かに、しかし暴風のように荒れ狂う感情を籠めた声を唱和させて。
「「「「吹き飛びたまえ。」」」」