書き殴り短編倉庫   作:餓龍

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第1章 10 落胆と再認識

 

(なにをやってるんだろう、私……。)

 

巨大なゴーレムを使用した盗賊、フーケが宝物庫から『破壊の杖』を盗みだした翌日。 その現場にいたクルト達は、全員が目撃者として宝物庫へと召集されていた。

……まぁ、クルトとその使い魔のアリアは『目撃』してはいないのだが。

 

(互いに責任をおしつけあって……。 自分の責任にしたくないのかな。)

 

壁際にならんだクルト達の目の前で、責任逃れの醜い言い争いをはじめた教師達に落胆する。

彼女の祖国であるアルビオンでは、戦争で今この瞬間にも人が死んでいるかもしれないというのに。

その醜さはクルトが渇望してやまない平和が生み出したものだということを思えば、ますますやりきれない気持ちになる。

 

(こんな平和なんていらなかった。 一緒にいられればそれでよかったのに。)

 

クルトは望んでここトリステイン魔法学院に留学してきたわけではない。 盲目の学生であるという理由の下、肉親や家臣達におくりこまれたのだ。

留学や出国、トリステインへの入国手続きなどをすべて自分に隠して終わらせていたのには存分に怒ってやったが、それも全部自分のためを思ってしてくれているということはわかっている。

だが、それでも。

ぬるま湯のような平和をあたりまえのように享受し、ふるまう皆を意識するたびに。 クルトは一人だけおなじ平和のなかにいる自分を許せなくなるのだ。

 

「では捜索隊を編成する。 我と思う者は杖を掲げよ。」

 

どんどんと落ちこむ思考を中断して意識を戻す。 と、オスマンの声が聞こえた。

どうやら盗賊のフーケを捕らえるための捜索隊を編成するようだ。

 

「おらんのか? どうした! フーケを捕らえて名をあげようと思う貴族はおらんのか!」

 

オスマンが呼びかけても、皆ただざわめいているだけ。 誰も立候補していないらしい。

深まる落胆にため息をつき、

 

「ミス・ヴァリエール! 何をしているのです、あなたは生徒ではありませんか! ここは教師に任せて……。」

「誰も掲げないじゃないですか。」

 

驚いて変な風に息を吸い込んでしまい、おもいっきりむせた。

けほけほとせきこみ、同時になにを考えているのかと怒りすらわいてくる。

誰も掲げなかったから。 たったそれだけの理由で行動したのかと問いただすべく口を開き。

 

「ツェルプストー! 君も生徒じゃないか!」

「ふん。 ヴァリエールには負けられませんわ。」

 

そのままぽかんと口を開けたままにしてしまった。

同時に自身の勘違いにも気づく。

キュルケは少なくともクルトの知るかぎり、ルイズの事を気にかけている。 そうでなくてはわざわざちょっかいをかけたりもせず、他の女生徒達にするように無視しているはずだ。

ましてや『誰も掲げなかったから』などという理由で杖を掲げ、危険に突っ込んでいくような者をフォローするようなことはないだろう。

つまり。

 

(少なくともキュルケは、ルイズはきちんと考えた上で杖を掲げたと思っているということ。 ……私は勝手に勘違いして、検討違いのことで追及しようとしてたのか。)

 

自身もルイズの普段の努力や態度、信念を知っているにもかかわらず検討違いの誤解をしていたことに気づいて恥ずかしくなる。

そしてたとえ実際に行動してはいなくとも、勘違いな追及をしようとしてしまったのは事実。

 

(なら、私も。)

 

相手を侮蔑するような行為をしてしまったら、謝罪と誠意を示さなくてはならない。

どこか歪で不安定な思考のもと、そうとは気づかないクルトは床に下げていた杖を持ちなおし。 顔の前に掲げた。

 

 

  * * * * *

 

 

 

「それにしても驚いたわ、タバサがシュヴァリエの称号を持っているなんて!」

「……そうでもない。」

 

森の中を横切る農道にて。 がたごととゆれる馬車(屋根無し)には、数人の姿が見える。

二人が御者席にすわり、あとの者は荷台にて雑談をしているようだ。

キュルケが興奮したように褒めちぎるが、タバサはすぐそばにすわるクルトに視線をむける。

そこには、

 

「父をご存知なのですか?」

「ええ。 父君とは昔、一度手合わせいただいたこともあります。 ……当時は私も若輩者でした。 簡単にあしらわれてしまったものです。」

 

穏やかに微笑むクルトと、普段とはまったく態度の違うギトー教師がいた。

どうやら若い頃にクルトの父に世話になったことがあるらしく、クルト達だけでは危険だと同行することになったのだ。

そして、そのさいに判明した事実はタバサにとって相当に衝撃的なものだったらしい。 返答は上の空で、あいかわらずの無表情がキュルケにわかる程度に崩れていた。

 

「そんなにすごいの? 正直に言えば聞いたことな……。」

「なんだと!?」

 

首をかしげながらの疑問を途中でぶったぎられ、目を白黒させるキュルケにすさまじいまでの視線をむけるギトー。

御者席から振り向きながら叫ぶその口調は、完全に素の状態に戻っていた。

 

「風系統においての最高のメイジの一人とされる『蒼氷』殿を聞いたことがないだと!? いいか、彼は現アルビオン空軍最強の白兵戦力である強襲降下部隊『殲鎚』の隊長にして、『遍在』を利用した『複合魔法』の第一人者なのだぞ? それに『複合魔法』については進級時に配布された教科書にのっていたはずだが、予習をしていないのかね。 大体君は授業をおろそかにしすぎる! いくら『トライアングル』だといっても使い方を間違えば『ドット』にも劣るのだ。 第一、魔法は派手に使えばいいという物ではない。 その点風系統の魔法は優れているといえる。 たしかに竜巻等を発生させる攻撃魔法は派手で目立つが、本来攻撃の媒介とする風の視認性の低さは随一であり……。」

 

盛大に脱線したあげく、最終的にいかに戦闘において風系統が優れているかについての講釈をはじめたギトーに、キュルケはこれは長くなりそうだと内心ため息をつく。

ちらりと助けを求める視線を皆にむけてみるが。

 

(だれか助けてやれよ……俺はやだけど。)

(ふん、いい気味だわ!)

(自業自得。)

(父様、そこまで有名だったなんて。 知らなかった……。)

(なんで教師、よりによって『スクウェア』のやつがいるんだよ……。)

 

皆視線をそらすか、そもそもこちらを見ていなかった。

思ったよりも薄情な反応(特にタバサ)に憂鬱になりながらも、やはり釈然としない気持ちのままクルトのほうを見る。

たしかに盲目というハンデを持ちながらも座学は上位を維持し、実技もどうしようもない魔法以外は発動させて(実用に足るのは数えるほどだが)いるなど、優秀な成績なのは確かだ。

しかし、それはあくまでも『ハンデがあるにしては』優れているのであり。 実際の能力は人より多少優れている程度にすぎない。

むしろ劣っている点の方が多いようにも思えるクルトは、実力第一主義のゲルマニア出身であるキュルケにとって『実力や境遇にみあわないほど強い心を持つ、親しい友人』だ。

話を聞くかぎりではクルトの一族であるフューエル家の功績や地位、実力はすごいとは思う。 が、それらはクルト本人のものではない以上、キュルケにとってはあまり関係のない事だった。

 

(第一、いくら強豪揃いの部隊の隊長をしてるっていっても、強襲降下なんて結局は最前線で真っ先に消耗してしまうじゃ…ない……の。)

 

そこまで考えて、ようやくタバサの変化の原因を理解する。

そう、クルトの父親は『真っ先に消耗する部隊の隊長』なのだ。 それも、一度出撃したら勝利しないかぎり帰還が困難な、強襲降下を専門とする部隊の。

内戦が激化した今となっては手紙どころか、安否を確認することすら困難なはず。 それは、並大抵のものではないだろう。

にもかかわらずクルトは平静な態度をたもち、皆に微笑みすら向けている。

 

(まったく、かなわないわねぇ。 ……そうね、商人経由で調べられないかしら。 うちの領内の商人に、確かアルビオンに支店を持っているのがあったような……。)

 

ふぅとため息をつくと、実家の領内で商売をしている商人のリストを思い浮かべる。 が、やはり思いだせる数は少なかった。

……まぁ、少なくとも。

 

「……よって、大規模に及ぼす影響にも優れており。 この性質を利用した通信手段が……。」

 

延々と続く講義を聞き続けるよりはマシだろう。

 


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