書き殴り短編倉庫   作:餓龍

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第1章 09 盗賊と課題

 

巨大なふたつの月明かりに青白く照らされた本塔の壁面。 そこにひとつの影があった。

ちょうど五階の宝物庫の外側にあたるその壁面に垂直にたつのは、青い長髪と黒色のローブを夜風になびかせる人影……『土くれ』のフーケだ。

怪盗である彼女の次の目標は、ここ魔法学院の宝物庫に所蔵されたマジックアイテムである『破壊の杖』だ。 そのために侵入経路の下見にきているのだが。

 

「物理衝撃が弱点? ふざけんじゃないわよ、なによこの壁の厚さは? でかい破城鎚でももってこいってこと!?」

 

軽く足を踏み鳴らして壁の厚さをはかっていたフーケはおもわず声をあげ、あわてて口をおさえる。

しばらく身じろぎもせずに息を殺していたが、屋上にいるはずの主従を監視させているゴーレムが反応していないところをみるとどうやら気づかれてはいないようだ。

 

(まったく、主従そろって妙なやつらだよ。 気配や音を消して近づいてもバレちまうし、隠れて歌っていたり、体型も隠している。 なにがそんなに怖いんだか。)

 

鼻をならして息をつくが、フーケには原因についてある程度の予想がついていた。

『それ』が自身と、その『家族』にも多大な影響をおよぼしているゆえに。

 

(まったく。 なに考えてんだい、あの娘は『あいつら』とおなじ貴族だっていうのにさ。)

 

頭をふり、余計な考えをおいはらう。

冷静になってみれば、『破壊の杖』さえ手にいれればこんな場所からはおさらばできるのだ。

正直こんな場所、長くいたくはない。

 

(そうだ、とにかくこの壁をどうにかしないことには始まらない。 でも私のゴーレムじゃあ時間がかかるし、壁を壊しているあいだに教師達にみつかったらおしまい。 どうしたもんかねぇ……。)

 

考えこむフーケだったが、近づいてくる気配に気づくとすぐに自身にかけていた『レビテーション』をカット。

そのまま音もなく下の茂みへ落下し姿を消した。

 

 

  * * * * *

 

 

月光降り注ぐ本塔屋上の中心付近。 そこで俺は新しい身体の調整をしていた。

ただし、クルトの鍛練の相手をしながらだが。

 

「ふっ!」

『シャリリリ……。』

 

みぞおちへとくりだされた棍による突きの一撃を半身でかわすと、今度は瞬時に摺り足で踏み込み。 棍をひきもどさずに手元でまわし、速度ののった一撃を側頭部へと叩きつけてきた。

即座に肩をはねあげて一撃を受け、カウンター気味に繰り出した掌底はしかし。 いややはりというべきか、紙一重で躱される。

身体を動かすには知識だけでは意味がない。 経験が必要だ。

 

「ひゅっ!」

『キシッ。』

 

今のこの身体は、昨夜の実験で生成したハリボテ(至高の少女 Ver 29923)に『錬金』で創った骨格を仕込んだものだ。

本当は全身鎧が欲しかった(外見的な意味で)のだが、この世界では戦闘に耐えうる防具……特に全身鎧は需要の低さから数が少なく高価だ。

まぁメイジの魔法に耐えうる防具となればおのずと高価になるというものだが、さすがに某シュペー卿の名剣よりも高いとは思わなかった。

飾っておく美術品としての防具は数も多いのだが、こちらは実用性皆無の物がほとんど。 関節がほとんど動かないならまだしも、ひどい物ではそもそも全体が一体成型でできてて着れないってどうよ。

 

「はっ!」

『キュリリ。』

 

まぁそんなこんなで『錬金』で骨格のパーツを創ってもらうことになったが、ここで思わぬ収穫があった。

『錬金』に必要な完成のイメージを俺が伝えることで補助し、高精度の加工ができるようになったのだ。

元々魔法の行使にはどれだけ詳細に、かつ強くイメージできるかが大きく関わっている。 おそらく俺の伝えたイメージが補助になり、より精度の高いイメージが可能になったのだろう。

今のところ補助できるのは『錬金』だけだが、うまく応用できれば他の魔法を補助することもできるかもしれない。

 

「しっ!」

『キリリリリ。』

 

ちなみに骨格そのものは薄いカーボン製で、従来と同じオオヤマネコの姿……『リンクス』の骨格も創ってもらった。

人の姿である『擬人』から『リンクス』に身体を変える際は、『擬人』の骨格や外装をはずし、腹部に詰めていた『リンクス』の骨格と外装を装備しなければならないのが難点だ。

もっと『リンクス』の身体を大きくするか、骨格や外装をコンパクトにできれば余剰なしで姿を変えられるのだが。

 

(それにしても……。 眼が見えないのにここまで強くなれるなんて。)

 

こうやって相手をしているからわかるが、すでにクルトの近接戦闘能力は護身術の領域をとおりすぎてしまっている。

音と地面を伝わる振動を頼りに繰り出されるのは、杖術と薙刀術と剣術その他多数の要素をもつ、我流であるだろう技の数々だ。 柔軟に次々と繰り出される攻撃は的確で隙もほとんどない。

 

(でもこれじゃあなぁ。 一対一ならともかく乱戦は無理だろ。)

 

しかしそれらの技は、対多数との戦いにはむかないものばかり。

そのうえクルトは音や地面を伝わる振動によって相手を捕捉しているため、複数の音や振動が混ざるだけで捕捉は困難となってしまう。

それに今まで実戦どころか人間を相手にしたこともないのだろう。 その攻撃の軌跡は舞踏のようではあったが、他者を傷つけるだけの『意志』や『覚悟』は感じられなかった。

 

(まぁ、そういうのを持つ必要がないってのが一番だしな。 平和に暮らすぶんには必要ない『覚悟』だし。)

 

これから先に遭遇するであろう『覚悟が必要な状況』を思うと憂鬱になる。 が、今は。

 

(そろそろルイズ達が剣のことでくるはずだし、『リンクス』に戻っ…て……。)

 

じきにくるであろうルイズ達にそなえるため、ひとまず周囲に集中させていた感知範囲をひろげたさいにみつけた姿。

それは今にも屋上にあがってこようとしているシルフィードと、その背にのるタバサとサイトの姿だった。

 

 

  * * * * *

 

 

 

「君はたしかルイズの使い魔の……。」

「才人っす。 えぇっと、なんて呼べば?」

「あ、ごめんね。 私はアルビオン貴族のクルト・ベルトラム・ヴォン・フューエル。 クルトでいいよ。」

 

屋上の一角にてシルフィードの背に乗ったタバサは二人の自己紹介を聞きながしつつ杖をふると、サイトの身体に縄をまきつけていく。 最後にしっかり縛れているか確認し、

 

「ちょ、これきついってぇぁぁあああ!?」

「あれ? 急に声が下に……。 サイト君ー?」

 

無言で屋上の外へとおしだした。

 

「タバサ、サイト君は? なんか下からの絶叫しか聞こえないけど……。」

「もうぶらさげた。」

 

いちおう『レビテーション』で壁にぶつからないようにしつつクルトに簡潔に返すと、シルフィードに縄を左右にゆらすように指示。 やがて悲鳴が左右に揺れはじめる。

しかし、タバサの思考は別のことを考えていた。

 

(おかしい。)

 

今屋上にいるのはタバサとクルト、それに使い魔達だけだ。 しかし、タバサは屋上に到着した際に一瞬だが人影を見ている。

一瞬だけとはいえクルトのすぐそばに確認したその姿はしかし、今は影も形も見あたらない。

運動をしていたらしくうっすらと汗をかいていたクルトに聞いても、知らないという話だった。

 

(隠れる場所はない。 クルトが気づかないのも考えられない。 ……見間違い? それとも……。)

 

やがて思考がいきづまったその時。 唐突に響き渡った爆音に、思考はすべてふきとばされた。

 

「これは……ルイズ?」

「ん。 縄も切れてない。」

 

びっくりしたらしくマントを握ってくるクルトに喜びを感じながらも、身をのりだして確認してみれば今度はキュルケが詠唱をはじめている。

思考に集中しすぎた事を反省しつつも自分も詠唱を開始し。

 

「『レビテーション』。」

 

キュルケの『ファイヤーボール』で縄が切れ、落下をはじめたサイトの降下速度を落とす。

サイトの落下がゆっくりになったのを確認し、集中しなおす。 が、やはりあの人影が気になる。

あとでもう一度クルトに確認しようと決め、

 

『ギャリリリリ!』

『クォルルル!』

 

使い魔達のあげた警戒音に一瞬で思考を切りかえた。

瞬時に警戒体制にはいったタバサの視界に飛び込んできたもの。 それは急激に膨張し巨大な人形へと変化する地面と、その足元で騒いでいるルイズ達の姿だった。

 

「シルフィード!」

「キュイ!」

 

タバサの声に反応したシルフィードは即座に屋上から飛びおりると、全力飛行を開始。 またたくまにルイズ達へと接近し、サイトとルイズを両足に掴んで離脱した。

直後に寸前までいた場所に巨大な足が踏み降ろされ、地面にめりこむ。

 

「な、なんなんだよあれ!」

「たぶん土ゴーレムね。 ……でもあれだけ巨大な土ゴーレムを操れるなんて、きっとトライアングルクラスのメイジだわ。 なにをする気かしら。」

 

縄でぐるぐる巻きのうえシルフィードに逆さまに掴まれたサイトは、真剣に考えはじめたルイズを見て先ほどの光景を思い出した。

迫る巨大な足裏を無視し、必死に自分の縄を解こうとしていた。 キュルケのようにすぐに逃げれば確実に助かるだけの時間があったにもかかわらず、だ。

 

「……なぁ。 なんで逃げなかったんだよ。」

 

サイトの質問にルイズはきょとんとした顔になると、

 

「使い魔を見捨てるメイジはメイジじゃないわ。」

 

まるでそれが当然であることのように答えた。

 

「……おまえ、すげぇよ。」

「?」

 

こちらをまぶしそうにみるサイトに、ルイズは首をかしげるのだった。

 

 

  * * * * *

 

 

タバサとクルトが『レビテーション』でルイズ達をシルフィードの上にひきあげている姿を横目に、俺は巨大な土ゴーレムの様子をさぐっていた。

 

(やはり『広域探査』とは別に視覚が欲しいな。 このままじゃ遠くの様子をさぐれない。)

 

そう。 今の俺の視覚がわりになっている『広域探査』とは名ばかりの能力は、精神力を消費するうえに有効半径は約50メイル。

有効半径内なら不必要なほど詳細な情報が得られるとはいえ、普段の生活や今のような状況には不便極まりないものだ。

当然十分な距離をとって周囲を旋回している現状ではゴーレムは有効半径外。 音でおおよその現在位置をつかむのがやっと。

 

「あいつ、壁壊してなにするつもりだ? あ、でてきた。」

「あそこは宝物庫。 盗賊。」

「この学院の宝物庫を狙うなんて……。 あ、逃げだしたわ!」

 

どうやら原作どおり『破壊の杖』は盗まれてしまったらしい。

本塔の屋上にいたのはフーケにたいする牽制の意味もあったんだが、やはり意味はなかったようだ。

フーケとゴーレムをおいかけてシルフィードが加速をはじめるが、無駄だろう。

 

「なっコケた、いや崩れた!?」

「盗賊は? どこにいったの?」

「周囲に人はいない。 逃げられた。」

「あぁもう取り逃がしたー!」

 

ほらね。

しかし、逃げられた事よりもこれからのほうが大変だ。

クルトのことだ、対フーケ戦には参加することになるだろう。

対フーケ戦に、視覚の確保。 これからの課題を思い、深いため息をつくのだった。

……肺はないので、内心だけだが。

 


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