淡く優しい光を振り撒く双月の下。
寮塔の真下、森と壁面とのあいだにできた狭い広場のような場所では。
「う…うぅ……。」
「……けふっ。」
「いっつつ……。 みんな、大丈夫か?」
焼けて粉々になった窓だった残骸と、おなじく身体から煙をたちのぼらせ、全身が煤けた男子生徒達がちらばっていた。
そのなかの一人である一際体格のよい男子生徒……ギムリは、地面にうちつけ痛む身体をかばいながら周囲に倒れている者達によびかける。
だが返事はなく、時折うめき声が聞こえてくるのみだ。
苦労して上半身をおこし周りを見てみれば、他の者達は木にひっかかっていたり丈の高い下草から足だけが見えていたりと、悲惨な状況になっている。
再度よびかけても反応が無いところから、皆気絶してしまっているようだ。
「まったく、彼女の性格をわかった上でふりむかせるつもりだったんだが……。」
一人つぶやきながら仰向けに寝転がってみれば、遥か頭上の窓のない部屋から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
どうやら平民という風変わりな使い魔の主である、『ゼロ』がいるようだ。
「……そういえばあれはたしか『ゼロ』の使い魔をやっている平民じゃなかったか?」
ならば、おそらく『ゼロ』は自分の使い魔を回収にきたのだろう。
そしてそれが事実ならば。
「ふりむかせるどころか、眼中にもない、か……。 しかもギーシュを倒したとはいえ平民の、それも『ゼロ』の使い魔に負けたのか。」
激しい脱力感に襲われ、ギムリは大きな自嘲のため息をつく。
そのまま目を閉じようとした時、ふと森から視線を感じた。 億劫に思いながらも森へと目をむけ。
自分とおなじように墜落させられた他の者かと思っていた彼は、視界にひろがる予想外の光景に息をとめた。
そこにいたのは男子生徒ではなく、騒ぎを聞きつけた教師でもない。
「な……。」
闇に浮かぶ双月のような瞳をもつ少女だった。
森の木々によってできた闇から淡い月光のなかへと踏みだしたその華奢な身体を覆うのは、薄絹のような透明感をもつ銀青色の羽衣のみ。
華奢とはいえ女性らしさをもつ身体はしかし、全身にほどこされた呪術的で緻密な刺青によって覆われ、元は清廉な純白であったであろう裸身を鋼のような黒色にしてしまっている。
そしてその微笑みは美しく、まるで幻想の存在そのもののようだった。
(きれい、だ……。)
単純な感想しかでないほど、その姿は美しかった。 しかし、同時に強い違和感も感じさせた。
(なんでこんな場所であんな格好なんだ? それにこんな人、噂でも聞いたことがない!)
そう今は春先の、それも夜だ。 この寒さのなか薄絹のような羽衣だけで過ごせば、風邪ではすまないだろう。
さらには、顔にまでほどこされた特徴的で緻密な刺青をもつ少女など、噂にならぬほうがおかしい。
違和感のままにひとまず声をかけようと身体をおこし、
「うぁっ……!?」
強い目眩に襲われ、ふたたび倒れこんだ。
後頭部を地面にぶつけた痛みと同時に感じるのは、脱力感と虚無感。 薄れる意識のなか最後に見たものは、変わらず優しげな微笑みをうかべる少女の姿だった。
* * * * *
(どうしよう、これ……。)
ため息をつきたくなる気持ちを抱え、俺は途方にくれる。
はやめに寝たクルトに内緒で、寮塔脇の森で実験をしていたのだが。
(曜日の確認してなかったから気づかなかったが、今日だったのか……。)
生徒達がいれかわりたちかわりに『フライ』でひとつの部屋へむかい、爆発音とともに降ってきたのだった。
最初の生徒……確かペリッソンだったか。 彼が現れた時点で森に隠れていたのだが、次々に玉砕していくさまを見ているうちに滑稽さよりも哀れさを感じてしまった。
どうやら皆大きな怪我もしていないようだが一様に気絶していたため、せめて男子寮まで届けてやるかと森からでたのが運の尽き。
(完全に変態か変質者だろこれ。 ……どちらもおなじか。)
実験で調子にのって、前任者の記憶にあった『至高の少女(Ver 29923)』に再構成した自身の姿を見られてしまったのだった。
最後の三人組のうち、一番体格がよい一人だったのでおそらくギムリだと思われる。 が、まぁこんな少女モドキな姿を目撃された以上、放置すれば大変な事になるのは目に見えている。
気づかれないように伸ばした細鎖で触れ、急速に『貰う』ことで迅速に気絶して貰った。
(それにしても、やっぱりこの身体じゃ効率悪いなぁ。)
今のこの身体はもちろん鎖でできている。
外見は限りなく人間の身体に近づけているが、実際は皮膚には絹織物にみえるほど目の細かい鎖帷子を使い(色はどうしようもないので刺青模様でごまかし)、内部に骨格がわりの太い鎖をとおしただけのいわばハリボテである。
本来このような使用をすることが目的ではないこの身体では、これが限界だった。
なにせ今判明している能力は死者の精神を集めて知識を蓄える『知識蓄積』と金属製の鎖を生成する『鎖生成』、本体と接続されている鎖をあやつる『鎖操作』。
これにディテクト・マジックの応用だと思う『広域探査』にいまいちうまく伝わらない『意思伝達』、一番肝心な『精神力吸収』だ。
そしてこれらの能力は『知識蓄積』以外のすべてが、他者から手にいれた『精神力』を消費しなければ行使できない。
おまけに『鎖生成』が一番精神力を食う上に鎖の輪ひとつの最大サイズが手のひら大。 現実には難しいほど目の細かい鎖帷子やチェーンソーの刃鎖などは生成できるが球体関節人形のような大きなパーツは生成できず、おまけに材質は金属オンリー。
『鎖操作』にいたっては操作する稼働部位の数(鎖全体を操作するなら、鎖の輪同士が接続している数)と発揮する力(ちなみに速度では消費かわらず)に精神力消費が比例するなど、とにかく効率が悪いのだ。
(やっぱり全身鎧を外骨格にするのが一番だな。 だめならせめて骨格だけでも欲しい。)
おそらく原作にまきこまれるであろうクルトを直接的に守るなら、やはり戦う事のできる身体が必要だ。 できればクルトを完全に内部に収納したまま撤退できるだけの身体の大きさも。
しかし、現状では『広域探査』と『意思伝達』による感覚補助、刃鎖や鎖帷子などによる近接戦闘ぐらいしかできないだろう。
第一、それらを実行するのに必要な精神力はどこから手にいれるのか。
(問題だらけだな。 ……まぁ、なんとかなるさ。)
当面の課題を決めつつ四方へと鎖を伸ばし、そこかしこでうめき声をあげはじめた玉砕者達を回収する。
最後に足下のギムリと一緒にひとつにまとめ、運搬中におきてこないようにそれぞれから精神力を『貰って』おく。
(ううむ、普段から撫でてくる皆からほんの少しずつ貰うか? 結構溜まりそうだ。)
実験で消費した以上の精神力を回収できた事に喜びつつ、俺は機嫌よく歌を小声で歌いながら自身の脇に持ち上げた玉砕者達とともに男子寮塔へとむかうのだった。
* * * * *
彼らには目的が、目標があった。
「これで全員か?」
「ああ。 だが、協力者はほかにもまだいる。」
知らない者達からは一笑にふされ、馬鹿にされようとも達成するために一致団結するだけの目標が。
「いまだにおまえ達の話は信じられないよ。 なぜそこまでして探そうとする?」
「別に信じて欲しいわけではない。 俺達も半信半疑だ。 だがな……。」
彼らのいる場所は、女子寮塔のそばにある森のなか。
大半が男子生徒で構成された十数人の集団のなかには、女子生徒の姿もみられる。
皆が皆半信半疑の表情をうかべながらも、おなじ経験をした者がこれだけ集まっていることで気のせいや見間違いだという事にもできずに戸惑っている。
そのなかの一人の男子生徒……ギムリは、拳を握りしめて宣言する。
「俺達は『彼女』に助けられた。 気絶している俺達を男子寮塔まで運び、寮長の先生にしらせてくれたおかげで迅速に治療をうけられた。」
周囲にいた数人の生徒達がうなずく。
誰もなぜ女子寮塔の真下で気絶していたのかについては聞かない。 ……まぁ、本人達の名誉のためだろう。
「だが、礼をしようにも誰も『彼女』の事を知らない。 先生達もだ!」
すでに生徒達だけではなく先生達にも聞きまわっていたが、有力な情報は得られなかった。
それに昨夜目撃されたのが最初であり、似たような噂はあれどあそこまで特徴的な姿をしたものはない。
しかし目撃者の20人近い数、実際に助けられた自分達の存在は『彼女』が実在していることをしめしている。
「俺達は『彼女』が実在することを確かめたい。 礼をいいたい。 話をしたい。 ぶっちゃけもう一度あの姿を見たい! 理由はそれだけで十分だ!!」
声をはりあげ、ギムリは宣言する。
高らかに。 誇り高く。 自信を持って。
その日。 唯一至近距離で遭遇したギムリを筆頭に、『彼女』を捜索する集団が形成された。
後に『月歌』とおなじ歌を歌っていた(声は別人のようだった)という目撃証言がでた事から、集団はいつしか『月探し』と呼ばれるようになる。
ちなみに。
彼ら『月探し』が解散するのは、僅か数日後の話だった。