書き殴り短編倉庫   作:餓龍

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第1章 07 日常と遭遇

 

俺の1日は、朝日とともに始まる。

睡眠を必要としない俺にとっては、誰もが寝静まる夜は孤独そのものだ。 待ちに待った朝日を確認すると、記憶の海から現実に戻り行動を開始する。

またもや昨夜遅くまで歌っていたために熟睡中のクルトの腕のなかから床へと降りると、まずは全身の動作確認。 次に暖炉に『肺』の中身を捨て、部屋の隅に片付けてある水汲みバケツ(鎖で補強したアリア仕様)の取っ手をくわえた。

カーテンをひらいて部屋に朝日を呼びこみ、窓の縁にひっかけた鎖の具合を確かめると窓から外へとでていく。 そのまま水汲み場まで歩いていき、おなじく水汲みにきたメイド達と挨拶(額を足にかるくあてるだけ。 なぜか皆喜ぶ)。

撫でようとするメイド達をかわしつつ、水で満たされたバケツをくわえて窓から部屋に戻ればクルトがおきているので、準備ができるまで待機。

 

「クルトー、もういい?」

「いまいく。 アリア。」

『キュリリ。』

 

大抵はタバサなのだが、今日はキュルケのようだ。

迎えがきたら、一緒に食堂へ。 他愛もない話をするクルト達のあとについて移動し、席についたら足元の指定席でくつろぐ。

その後朝食が始まったら食事中に一旦離れ、厨房へ。

 

「なぁ、『我らの剣』! 俺はおまえの額に接吻するぞ!」

「苦しい、あと接吻はやめてくれよ。」

 

そこで毎度のように繰り返される寸劇をこれまたいつものように無視すると、シエスタの足をかるくたたいて注意をひく。

 

「あ、いつものですね。 ちょっと待っててくださいねー。」

「あれ? 使い魔の餌も用意してるんすか?」

「ああ、あいつらときたら注文するだけしてあとは俺達にまかせっきりで放置だ。 マシなのはここまで取りにきて自分でやっているようだがな。」

 

しばらくすわって(メイドやコック達の視線を無視しつつ)待てば、シエスタが練炭と火のついた炭を持ってきてくれる。

礼がわりにシエスタの足に頭を擦りつけ(勝者と敗者のため息を無視して)、さっそく練炭にかぶりつく。

 

「もしかして、あれがあいつの飯……?」

「いや、違うと思うぞ。 寒い日にしかこねぇし、たぶんクルト嬢ちゃんの暖房がわりなんじゃねぇかな。」

 

一番最初に練炭をもらいにきた時に、そう伝えたはずなんですが。

いまいち確実性に欠ける伝達能力に不安をおぼえつつも練炭を均一に砕き、飲み込んで燃料袋にためておく。

最後に『肺』に適量の練炭と飲み込んだ炭火をおくりこみ、ゆっくりと燃焼させれば準備完了だ。

 

「昼食の時も用意しておきますか?」

『キリリリ。』

「賢い猫だなぁ。 ……鎖でできてるし、でかいけど。」

 

前脚で触れつつシエスタに肯定を伝える。 あとはとくに用事もないので、なにやらこっちを見ている視線を無視しつつ厨房からでていった。

 

クルトのいる教室にむかって廊下を歩いていく。

途中、ミス・ロングビルの愚痴(ほとんどがオールド・オスマンのセクハラについて)につきあったり、撫でてくる人達をかわしたりしつつも到着。

すでに授業は始まっていたが、授業の妨害にならなければ使い魔は自由に行動してよいので遠慮なく入室。

クルトの足元までいき、『肺』の温度をあげつつ足によりそうようにまるまった。

 

 

  * * * * *

 

 

足元からつたわってくる熱でアリアが戻ってきたことを知り、私は安心からひとつため息をつく。

そして、たった数日で自分がいかにアリアに依存してしまっているかに気づいた。

 

(もう皆とも馴染んでいるみたいだし……。 本当、不思議。)

 

盲目の自分が補助なしで空を飛ぶことができるなんて考えもしなかったし、誰も知らない綺麗な歌をたくさん教えてもくれた。

なにより、本当の『家族』のように傍にいてくれる。

本当につらい時、悲しい時。 助けて欲しい時によりそい、助けてくれる。

まるで、私の欠けた部分をおぎなうように。 ふたつでひとつの双月のように。

だけど。

 

(今の私はもう小さな子供なんかじゃない。 自分で考え、行動できるから。)

 

だから、アリアにばかり頼るのはいけない。

第一、私達は『主人と使い魔』の前に、『家族』だ。 私からもなにかしてあげなくちゃ。

そこまで考えたところで、ふとアリアのやりたいこと、望みを知らないことに気づいた。

 

(アリアの欲しい物ってなんだろう? ずっと宝物庫にいたんだし……。 旅行、かな?)

 

考えてみるが、どれもいまいちピンとこない。

多少どころではない能力を持っているせいで忘れがちだが、あらためて考えてみれば、アリアは『インテリジェンスソード』なのだ。

まぁ、剣なのに鎖を操る能力があったり、自立行動ができたり。 そもそもの本体が連結刃の片手剣だったりと、製作者の目的がさっぱりわからないのはどうしようもないのでおいておくとしても。

元々武器なんだから戦いや争いを好むかといえば、そうでもなく。 以前ルイズの使い魔……たしかサイトだったか。 彼とギーシュが決闘騒ぎをしたときも、じっと静かに見ているだけだった。

だが、戦う事自体を否定するつもりはないようで。 周囲の状況を伝えてくれるあの感覚……『眼』を鍛練に取り入れるのは、むしろ率先してうながしてくれている。

 

……思考がそれた。

 

とにかく、私はアリアになにかをしてあげたい。

だけどなにをしてあげればいいのかわからない。

と、そこまで考えたところでようやく気づいた。

わからないなら、本人に聞けばいいのだ。

 

「アリア、なにかして欲しいことはある?」

『キュリリリリ……。』

 

方法がわかったならさっそく行動。 授業中なので抑えた声でたずねれば、困惑したようなイメージが伝わってくる。

だけど、アリアは少し待つだけですぐに答えを返してくれた。

伝えられたイメージは『月』と『歌』に『平穏』。 そして『共に』、『永遠』。

一瞬プロポーズかと思うくらいにそれは真剣で。

それもいいかな、と嬉しく思う私がいて。

すぐにその考えをふりはらう。

 

(そう、そんなわけない。 きっと『月』の下で『共に』『歌』って過ごす、『平穏』な日常が『永遠』に続けばいいって事なんだ。 うん、そうだ、そうなんだよ? だってそうじゃなきゃだめなんだし、そもそも愛ってなに? おいしいの!?)

 

結局ふりはらえずに動揺する私に、アリアから不思議そうに心配する感覚が伝わってくる。

その感覚は、最初の考えがはやとちりで、後者のほうが正解だと教えてくれた。 でも、一度そんな考えをしてしまったから。

 

(そもそも私にはまだ好きな人なんていないし、アリアは家族……そう家族! だから別に家族に初恋をしても……いまのなし! なしだよ!?)

 

結局、その日の授業の内容はほとんど頭にはいってこなかった。

でも、アリアは少なくとも共に過ごす日々を嬉しく感じてくれているということがわかって、私も嬉しい。

……ただ、授業中に挙動不審気味になってしまい、後でキュルケ達に色々と心配されたのはとても恥ずかしかった。

それに私は恋なんてしていないし、するつもりもない。

 

絶対に。

 

 

  * * * * *

 

 

 

「クルト、おかしかった。」

「またいつもの『発作』かしらねぇ。 ……最近は見なかったから大丈夫かと思ってたけど、これは重症ね。」

 

昼食後の休み時間。 中庭にしつらえられたテラスの丸テーブルで紅茶を飲んでいた二人は、先ほどまで一緒にいた共通の友人を思いため息をつく。

その友人はといえば、自身の使い魔とともに厨房へいっておりここにはいない。

 

「あの子、他人に頼らず全部溜めこんじゃうタイプだから……。」

 

言いながらあらためて思いだす。 彼女の強さを。 そして弱さを。

彼女の祖国アルビオンでは、いまだに内紛が続いている。 そして彼女の家族が属する『王党派』は、数に勝る『貴族派』に徐々においつめられているのだ。

それにもかかわらず、クルトはとりみだすこともアルビオンの家族のもとへ駆けつけようともしていない。

ただ、時折届く戦況を集めているだけだ。

以前、そのことについて怒ってしまったことがある。 なぜなにもしないのか、と。

 

『私は、父様と兄様に望まれてここにいる。 ……それに、父様達は約束を破ったことはないもの。 絶対に大丈夫だよ。』

 

そして、その答えで気づいてしまった。

盲目の彼女は、戦争においてはただそばにいるだけで周囲の足枷になってしまう。 それがわかっているからこそ彼女はなにもしないのだと。

家族への絶対の信頼をのせたその微笑みに、私は彼女の強さを見た。

盲目というハンディキャップにもかかわらず成績は上位で、普段の生活においてもほとんどを一人でこなしてしまう。

 

でも。

 

やはり耐えきれなくなる事もあるのだろう。

クルトが『月歌』の正体だという事に気づけたのも、朝から様子がおかしかったのを不審に思った私達が後をつけたからだ。

普段なら気づく距離にいた私達にも気づくことなく彼女は歌い、涙を流していた。

まるで悲しみを、苦しみを洗い流すように。

 

「……でも、いつものとも違った。」

「そういえばそうね。 どちらかといえば誰かを意識してしまっている……ような。」

 

そういえば妙に周囲を気にしていたし、注意力が散漫になっているのか何度か段差に足をひっかけかけていた。

普段からおちついて物事に対処するクルトがこんな状態になる原因。

 

「恋ね! とうとうあの子も愛を知ってしまったのね!」

「あい……?」

「そう! 愛よ!! 相手は誰かしら、あぁもう相談してくれればいいのに!」

 

若干不機嫌に見えるタバサをおいてけぼりにしてキュルケの想像(妄想)の翼は遥か彼方まで飛んでいく。

タバサはしまいにはくねくねしながらトリップしてしまったキュルケを無表情に見ていたが、しばらくしてなにかしらの結論がでたらしく唐突にたちあがるキュルケを見上げる。

 

「今夜に決行よ! じゃあね、タバサ! まっててねダーリン♪」

「………。 ?」

 

いったいなにがどうなればその結論がでるのか。 慌ただしくかけだしたキュルケを見送ったタバサは首をかしげて数秒考え。

 

「………。(ふるふる)」

 

自分にはわからないと首をふり、思考を放棄。

夕食にでるはずのはしばみ草料理に思考をきりかえるのだった。

 


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