書き殴り短編倉庫   作:餓龍

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第1章 06 月歌と月夜

廻(まわ)る、廻(めぐ)る。

 

双月の淡い光の下、他に動く者のいない塔の屋上にて。

 

歌う、謡う。

 

生命の歓喜の歌を。 死と再生の月光の謡を。

 

舞い、踊る。

 

屋上の縁を種子を運ぶ綿毛のように舞い、暖かな春風のように踊る。

 

時折跳ねる足元はまるで夢見るように。 しかし危なげなく。

優しく空を撫でる手は全てを慈しむように。 しかしひとつのみにすがり。

薄く開かれた双眸は全てを受け入れるように。 しかしその瞳はなにも写さない。

 

その光景はどこか矛盾していて。

しかし、たしかに調和していた。

そして。 万物がそうであるようにその光景もまた、永遠ではない。

 

「あっ。」

 

縁に寄り過ぎた足をすべらせ、彼女の身体は虚空へゆっくりと傾いでいく。

しかし、その表情には焦る色はなく。 ただ己の失敗を恥じる赤面と、絶対の信頼しかなかった。

 

『シャララララ……。』

 

そして、彼女の使い魔は当然のようにその信頼に答える。

彼女の袖口からすべりだした微細な鎖の糸がその身を伸ばし、すぐ側に座る鋼の獣の脱け殻へと絡みつく。

そのままゆっくりとひきよせると、主の身体をまっすぐに立たせた。

 

「……ありがとう、アリア。」

『キリリリ。』

 

主……クルトの声に、その背に剣の姿で背負われていたアリアは鎖の擦れる澄んだ音で答える。

同時に伝えられた心配するようなイメージに、クルトは微苦笑をうかべた。

 

「ごめんね。 嬉しかったからつい。 今度は広い場所でやるから、もう一回だけ。 ね?」

『キュリリリ……。』

 

まったく懲りていない様子の主人に、あきれたようなイメージとともに伝えられた感覚。 その感覚に、クルトの心はふたたび歓喜に包まれる。

まるで周囲の地形をそのまま頭に流し込まれるようなその感覚は、その知覚範囲全体が自分の身体になったかのような錯覚をおこさせた。

 

「……ゥ…。」

『キャリリリ!?』

 

聞こえないように小さく口の中でルーンを唱える。 それでも聞こえたのか慌てたようにアリアが声(?)をあげるが、もう遅い。

短いルーンの詠唱が終わり、杖を軽く振る。 それだけでクルトの身体は文字通り浮きあがった。

風を踏み台に一気に空へと駆け上がり、『広い場所』へと踊りでる。

 

「ね、広いでしょう?」

『キリリリ……。』

 

呼びかけるが、返事として伝えられたのはまるで観念したかのようなイメージだった事にクルトはくすりと笑い。

身体を風にのせて舞わせ、ふたたび歌を歌いはじめた。

 

 

  * * * * *

 

 

 

(まったく、新しい玩具を手にいれた子供みたいだな。 ……あ、子供か。)

 

クルトに伝える情報を処理しつつ、俺はため息をつく。

魔剣であるこの身には聴覚と嗅覚以外の五感はなく、かわりに周囲の一定範囲のありとあらゆる情報を手にいれる『ディテクトマジック』の応用のようなモノがある。

視覚を持たず、故に空間把握能力の高いクルトならば理解して扱えるかと考えてやってみたが、成功のようだ。 練習さえすれば常人にはありえない感覚を手にいれることができるだろう。

まぁ、この感覚は周囲の温度分布、大気や物質の組成に密度、力の大きさとベクトルその他様々な情報も同時に手にいれてしまうため、伝える前にできるだけ理解しやすくかつ簡素にしなければただの頭痛生産にしかならない。

というか前任者の人間のほとんどがこの感覚をもてあまして発狂しているあたり、人間には過ぎた感覚なのだろう。

俺はなんとか対応できたが、クルトにおなじ苦しみを与えるつもりはない。 空間把握に関係のある情報だけを抜粋して伝えている。

 

(……仮説はあたり、かな?)

 

そこまで思考してから、自分の変化に少し怖くなる。

ガンダールヴのサイトか虚無のルイズか、あるいはその両方か。 彼らを運搬する際に触れてから、自分の記憶と、前任者達の記憶の差がほとんどなくなってきている。

さっきのように、検索することなく自然に自分の物ではない記憶をおもいだし。 自分らしくない思考をする。

まるで今までの前任者達と混ざりあい、統合されていくように。

最後にそこに残るのは俺か、前任者達の中で最も優れた者か。

それとも、

 

(俺達を材料に新しく生まれるナニカ、か。 ……消えたくねぇなぁ。)

 

急速に薄れていく境界に、既にいくらか混ざった影響か、消えたくないという感情まで希薄になっている事実に背筋を冷やす。 背筋ないけど。

 

(まぁ、今は考えてもどうしようもない、か。 やりたいことはやっとくかな。)

 

まずは、歌おう。

俺がこの世界にしがみつく理由である少女とともに、俺だけの知識である歌を。

 

『tuKiアカリのモto、謳おう生命の歌を……。」

「アリア!? ……うん、歌うよ。 生命の讃歌を、月光の歌を。 いっしょに!」

 

驚くクルトも、すぐに喜びとともに声を重ねて歌い始める。

俺達の出逢いの原因となった歌を。 別れの後、俺をささえた歌を。

柔らかで優しい、月光の下で。

 

 

  * * * * *

 

 

 

「この声、『月歌』かしら。 もう一人いるみたいだけど、聞いたことない声ね……。」

 

窓の外からかすかに聞こえてきた歌に、私はため息をつく。

月の綺麗な夜にたまに聞こえてくるこの歌声は、皆のあいだで『月歌』とよばれている。

けれど、歌っているのが誰かはわかっていない。 生徒の誰かだという事まではわかってるんだけど……。

そこまで考えてからふと自分のベッドを見てみれば、そこには自分で寝かせた使い魔が寝ている。

 

「まったく、この馬鹿……。」

 

われながら下手だと思う巻き方の包帯で、ぐるぐる巻きの自分の使い魔。 平民の癖に貴族に勝った、少年。

正直、召喚した時には落胆した。 ゼロの自分には、召喚もまともにできないのかと絶望もした。

自分の使い魔であるサイトではなく、盲目の転校生の使い魔が自分の失敗魔法から私を守ってくれて。 そのくせ私の使い魔であるはずのサイトが私をからかってきた時には、本気で使い魔の再契約方法を考えた。

それでも、我慢した。 こんなのでも、使い魔だ。

主である私が召喚した使い魔だ。

なにかひとつでもいいところが、使い道があるはずだ。 そう信じてきた。

 

「アンタ、メイジ殺しだったんなら先に言いなさいよ。 そうしてたら……。」

 

そうしていたら、どうしていただろうか。

考えてみれば、ずいぶんとひどい境遇である。

故郷からいきなり見知らぬ土地へ召喚され、使い魔にされて。 ……サイトの話を信じるなら、メイジや貴族のいない異世界からきたらしいけど。

とにかく召喚されて、それなりに裕福な暮らしをしていたのにいきなり使い魔扱い。

 

「……すこしくらい、改善してあげようかしら。」

 

寝床にベッドのマットレスぐらいはあげよう。 食事も厨房に頼んで賄い食ぐらいは用意させてあげて……。

 

「……ぅぁ…ぁ……。」

「サイト!?」

 

うめき声をあげたサイトに、もう目がさめたのかと驚く。

二、三日は目がさめないだろうと言われていただけに驚きは大きく、おもわず身をのりだし。

 

「……勝ったからって抱きつくなよぉ、ルイズゥ……。」

「……待遇改善はなしね。」

 

大きな寝言に、色々なものを含んだため息をもらした。

 

 

  * * * * *

 

 

 

「あいかわらず上手いわねぇ。」

「ん。」

 

本塔の風下に位置する塔の、屋上。 屋内へ続く階段の影にわたし達はならんですわっていた。

わたしの『サイレント』とタバサの『集音』で作りだしたこの環境は、普段恥ずかしがって人前では歌わないクルトの歌声を聞くためだけに練習し、習得したものだ。

特にタバサの『集音』は盗み聞き等に使えるからか資料がろくにないうえに制御が難しく、狙った音だけを集めるのは大変だ。

だからわたしが『サイレント』で無音の空間を作りだして補助し、そこにタバサが『集音』でクルトの歌を満たすことでようやくまるで至近距離で歌を聞いているような気分になれる程になる。

でも、やっぱり。

 

「やっぱり近くで聞いたほうがいいわねぇ。」

「……ん。」

 

普段無表情なタバサが僅かに残念そうな表情になるのを見て、うなずいて見せる。

極々たまに、それこそわたし達の誕生日ぐらいにしか歌を聞かせてくれないクルトに、不満に思う時もある。

でも、この時だけは。 歌い手を知らない皆が『月歌』とよぶこの歌を聞いている時だけは、僅かな優越感と多大なやすらぎを感じることができる。

 

「タバサー、子守唄だからって寝ちゃだめよー?」

「っ……!? ぅん。」

 

いつのまにか子守唄に変わっていた歌に、こっくりこっくりとしていたタバサをつついてやる。 タバサが軽く頭を振って集中すると、いままでかかっていたノイズが消えてふたたび綺麗な歌声が響きはじめた。

いつも氷河のように凍りついているタバサの心も、この歌声には簡単に油断させられてしまうようだ。 ふたたび混じりだしたノイズとともにとろんと瞼が閉じかけているタバサに、少し笑う。

こてんと自分の肩にのった頭に聞こえないように、そっとつぶやく。

 

「ほんと、なんで貴女は貴女なのかしらね……。」

 

滅びゆく国の貴族であり盲目である彼女に、ここ最近みていなかったやすらかなタバサの寝顔を見せられない事を残念に思いながら。 わたしは毛布を手にとり双月をみあげた。

 

 

 

 


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