「諸君、決闘だ!」
ヴェストリの広場、噂を聞きつけてあつまった生徒達の集団によって形成された闘技場(コロッセオ)の中心。
当事者の一人であるギーシュの薔薇の造花を掲げながらの宣言に、観客達の歓声があがる。 もう一方の当事者であるサイトはといえば、耳をおさえ、うるさそうにあたりを見渡していた。
彼は観客はいても数人程度だと考えていたようで、一様に興奮状態の大量の観客達に少し気おくれをしているようだ。
「うるっせぇなぁ。 さっさとはじめようぜ。」
「ふん、そう急ぐな。 すぐにでも叩き潰してやるさ。」
いらいらとした声のサイトの挑発に、ギーシュは悠然と振り向いてみせる。
さらに造花の薔薇を胸ポケットへと差し込むと、気障な笑みをうかべた。
「まずは、逃げなかった事を褒めてやろう。 そして、すぐにその選択を後k……。」
「はいはいワロスワロス。 いちいちカッコつけなきゃなんにもできないのか? 二股野郎。 いや、女の敵か。」
大仰につづけようとした台詞を遮りながらのサイトの痛烈な皮肉に、ギーシュは表情をひきつらせる。 そしてそれに追い討ちをかけるような、周囲の観客に少数混ざっていた女生徒による非難の声。
もはや色々な感情を封じた表情は笑顔のまま凍りつき、その眼には混沌とした光を宿して。
「いいだろう……。 さぁ、はじめようか!」
ギーシュは薔薇の造花を剣のように眼前に掲げ、決闘の開始を宣言した。
そしてその宣言と同時。
「先手っ必勝ぉおお!」
軽く前傾姿勢をとっていたサイトは全力で大地を蹴りつけ、一気にギーシュへと接近をはじめる。
対するギーシュはあくまでも優雅に薔薇の造花を振り、一枚の花弁を落とす。 花弁は地面に触れた瞬間に膨張し、姿を変え。
「ワルキューレ!」
「うおぉっ! なんだこりゃ!?」
甲冑を着た女戦士の姿を象った、人形へと変化した。
人間とおなじ程の身長を持つ人形に前をふさがれ、サイトはたたらをふみ、足を止めてしまう。 そのあいだに少し距離をあけたギーシュは、誇らしげに薔薇の造花を掲げた。
「僕はメイジであり、魔法は僕の持つ力だ。 よもや文句はあるまいね?」
「てんめぇっ!」
嘲るように笑いながら言うギーシュに、サイトは人形の横をすり抜けるようにしてふたたび突撃を開始する。
しかし、それは。
「言い忘れていたが、僕の二つ名は『青銅』。 青銅のギーシュだ。 よって君の相手は青銅のゴーレム『ワルキューレ』がする。 まぁ……。」
「なっ!?」
横から伸びた青銅製の腕に遮られ、肩口を掴まれる。
さらに強引にひきよせられ、
「楽しんでくれたまえ。」
「げぼっ!?」
腹へと強烈な拳を打ち込まれた。
* * * * *
もろに青銅製の拳を腹にもらい、うずくまるサイト。 それを見下ろすワルキューレに、絶対的有利に高笑いをはじめるギーシュ。
さきほどルイズが横を駆け抜けていったので、いまごろは心配されたサイトが無茶をしている頃だろう。
そして自分はといえば。
「あら。 根性はあるみたいだけど、凄く弱いみたい。 ワルキューレにぼこぼこにやられてるわね。」
「根性があるのはいいけど、力の差がわかっているのにまだ正面から挑んでいるの? ほかにやりかたがあるのに……。」
「死んでも自業自得。」
近くの木に登り、えらく酷評なクルト達に決闘(一方的)のようすをイメージだけで伝えていた。
どうやら主人以外にも有効らしいこの力だが、接触が絶対条件なので肩甲骨のあたりから伸ばした鎖を握ってもらっている。
ただしキュルケ、たまに引っ張るのはやめてくれ。 頭上から鋼の塊が落ちてきてもいいのなら話は別だが。
「アリア。」
『キリリリリ。』
どうやら正解に伝わったらしく引っ張るのをやめたキュルケに満足していると、クルトに呼ばれたので返事を返しておく。
なんですか、マスター。
「止められる?」
『キュリリ……。』
そればっかりはやめたほうがよろしいかと。
いちおう否定の意思は伝えたが、納得してもらえただろうか。
なにせこれでも魔剣・インテリジェンスソード……つまり武器なもので、ガンダールヴの力は問題なく発動するだろう。
しかし、色々と特異な俺が武器になってやったところで勝ったのは俺のおかげだって話になるだろうし、直接止めるにしても今後原作の物語から大きくはずれてしまう可能性が高い。
それに、ほら。
「下げたくない頭は、下げられねえんだっ!」
ガンダールヴ無双がはじまるよ。
* * * * *
一方その頃。 学院長室では、コルベールの口角泡を飛ばす勢いでの説明が続いていた。
春の使い魔召喚の際に、ルイズが平民の少年を。 クルトが特殊な能力を持つインテリジェンスソードと思われる剣を召喚してしまった事。
ルイズがその少年と『契約』した証明として現れたルーン文字が、気になった事。
そして、それを調べていたら……。
「始祖ブリミルの使い魔『ガンダールヴ』にいきついたということじゃね?」
オスマン長老は、コルベールが描いたスケッチをじっと見つめる。 妙に上手いそのスケッチの下には、これまた綺麗な字体で対応すると思われるルーン文字が書かれていた。
「そうです! あの少年の左手に刻まれたルーンは、伝説の使い魔『ガンダールヴ』の物とまったく同一の物であります!」
「で、剣のほうは?」
「そ、それはまだ調べ中でして……。 とにかく! あの少年は『ガンダールヴ』です! 一大事ですよ、オールド・オスマン!!」
冷静な指摘に一瞬たじろぐも、すぐにまた勢いよくつめよるコルベール。
髭をさわっていたオスマンは、とりあえず一歩下がっておいた。
「確かに、ルーンは同じじゃ。 ルーンが同じということは、その少年は『ガンダールヴ』になったという事になるのじゃろうな。 ……しかし、それだけで決めつけるのは早計すぎる。」
「それもそうですな。 第一、伝説の使い魔にしては頼りなく見えますし。」
コルベールが若干ひどい事を言うのと、ドアがノックされるのはほぼ同時だった。
オスマンが誰何の声をかける。
「誰じゃ?」
「ロングビルです。 ヴェストリの広場にて決闘騒ぎをしている生徒がいるようです。 大騒ぎになっているため教師が止めに入りましたが、生徒達の数が多すぎて収拾がつかないようです。」
「まったく、暇をもてあました貴族ほど性質の悪い生き物はおらんわい。 で、誰が暴れておるんだね?」
「一人は、ギーシュ・ド・グラモン。」
返答にオスマン氏はため息をつき、眉間を揉みほぐす。
「あのグラモンのとこのバカ息子か。 オヤジも色の道では剛の者じゃったが、息子も輪をかけて女好きじゃ。 おおかた女の子の取り合いじゃろうて。 相手は誰じゃ?」
「……それが、メイジではありません。 ミス・ヴァリエールの使い魔の少年のようです。」
顔をみあわせ、硬直する男二人。
「教師達は騒動の収拾の為、『眠りの鐘』の使用許可を求めております。」
「必要ない。 ただの喧嘩に秘宝は使えん。 教師ならば自力で収拾をつけてみせろと伝えてくれんかの。」
「わかりました、そのように伝えます。」
ミス・ロングビルの足音が消え、雑音の減った空間に自分の唾を飲みこむ音がやけに大きく聞こえるなか。 コルベールはオスマン氏をうながす。
「オールド・オスマン。」
「うむ。」
うなずいたオスマン氏は壁に掛けられた大きな鏡にむきなおると懐から杖を抜き、軽く振る。
鏡は答えるように燐光を鏡面から漏らすと、ヴェストリの広場の様子を写しだした。
* * * * *
直前まで嬲られていたはずの者が、急に強くなり相手を逆に圧倒する。 少年誌等ではお馴染みの光景ではあるが、実際に見てみればこれほど違和感だらけで気持ちの悪い光景はあまりないだろう。
なにしろ全身打撲に骨折の種類をほぼ全て制覇。 さらに擦過傷に切り傷に裂傷にとただ動く事にも支障がでる身体で、健康な成人男性にもなかなかできない動きをするのだ。
異常であり、異端だ。
しかし、この場にそのような感想を持つ者はほとんどいない。
相手の身体の損傷具合を把握でき、なおかつどの程度の損傷でどの程度までの動きができるかを理解していなければ、異常である事に気づけない為だ。
逆にいえば、気づいている者もまた、そのような平和とはほど遠い戦う為の知識を持つ異端だといえる。
そして、その数少ない内の一人である彼女は自分の使い魔とともに歩きながら、ついさきほど終了した決闘においての異常について考えを巡らせていた。
(最初は明らかに素人のバタバタした足音だったのに、剣を取ってからの動きには技術が使われていた。 まぁ、動きの繋ぎには無駄が多かったけれど。)
彼女……クルトの家であるフューエル家は軍人家系であり、『他者を護る者はまず自らを護ることができなければならない』を家訓としていた。 自身の妥協を許さない性格もあり、盲目にもかかわらずその戦闘能力は護身術の域を若干はみでていたりする。
その彼女をしての異端と言わせる程の異常を発揮した少年、サイト。
しかし、今は。
「ミス・ヴァリエール。 手伝いましょうか?」
「クルト? えぇと、大丈夫。 一人で運べるわ。」
大怪我をしているサイトを運ぶのが先だ。
生徒達のあいだをすりぬけて近くまできてみれば、ルイズはどうやら自分よりも大きいサイトを抱えようとして失敗しているようだ。
大丈夫と言いながらも途方に暮れている姿に、多少強引だが手を貸してしまうことにする。
「アリア、お願い。」
『キリリリリ。』
「きゃっ!? ちょっとまって、おろしてー!」
アリアが鎖から編みだした即席の担架にルイズごとサイトをのせたらしく、ゆすられる鎖群の音と悲鳴が聞こえる。
が、まぁ運搬には問題ないので。
「いくよ、アリア。」
『キリリリリ。』
「わかったから、運んでくれてありがとう! だからおーろーしーてー!」
教師に掴まる前にせめてサイトを医務室へ届けるべく、移動を開始するのだった。
* * * * *
オスマン氏とコルベールは『遠見の鏡』で一部始終を見終えると、互いに顔を見合わせた。
「オールド・オスマン。 ……勝ってしまいました。」
「うむ。」
「ギーシュはもっともレベルの低い『ドット』メイジですが、それでもただの平民に後れをとるとは思えません。 それにあの動き、スピード! やはり彼はガンダールヴ!」
「むぅ。」
「これはもう、さっそく王室に報告して、指示を仰がないことには……。」
「それには及ばん。」
だんだん興奮してきたコルベールはそのままの勢いで進言したが、オスマン氏の重々しい一言で遮られる。
「なぜですか? 現代に甦った『ガンダールヴ』! 世紀の大発見ではありませんか!」
「ふむ。 どういう存在かは知っておるじゃろう?」
「それはもちろん。 始祖ブリミルの使い魔である『ガンダールヴ』。 その姿形は記述がありませんが、主人の呪文詠唱の時間を守るために特化した存在であり。 そのため『神の盾』とも呼ばれ、その力は千の軍勢をたった一人で壊滅させ、並のメイジではまったく歯がたたなかったとか!」
「うむ。 して、あの少年はどうじゃ。 伝説の存在に見えるかの?」
「それは……。」
オスマン氏にきかれ、冷静になったコルベールはようやくオスマン氏が何を言おうとし、何を危惧しているのかを理解した。
「……つまり、オールド・オスマン。 『ガンダールヴ』の存在は戦争の引き金になると?」
「そうは言っておらん。 じゃが、なぜただの平民が召喚され、契約をしただけで『ガンダールヴ』となったのか。 よくわかっておらぬうえ、王室の馬鹿共は戦争の強力な駒としてしか見ないじゃろう。 そんな者共に『ガンダールヴ』とその主人をまかせてはやれんのじゃよ。」
オスマン氏は重く、静謐な貫禄と共にそう言うと、窓際へと歩みよる。
窓から外を見やるその姿は、幾多の嵐を耐えぬき、木陰に子供達を遊ばせる大樹のようだ。
「他言無用じゃぞ、ミスタ・コルレル。」
「コルベールです。」
……しまらなかった。