本塔の最上階にある、学院長室。 その入り口の正面に位置する重厚な職務机で鼻毛をひきぬいているのは、ここトリステイン魔法学院の学院長を務めるオスマン氏だ。
しばらくぼんやりとしていたが、ふと思いたったように席をたつ。 そのまま窓際まであゆみよると、窓際の戸棚から水ギセルをとりだし。
「放して欲しいんじゃがな、ミス……。」
「外で水ギセルを吸うのは感心いたしますが、あなたの健康管理もわたくしの仕事ですので。」
窓際から身をのりだしたオスマンは、そのマントを理知的な顔立ちが凛々しいミス・ロングビルに捕まえられ中途半端な格好で停止していた。
そのままの体勢でため息をつくと、オスマンはゆっくりと首を左右にふる。
「まったく、平和が一番ではあるが過ぎるのも考え物じゃのう。」
「だからといってマントの止め金をはずそうとしないでください、オールド・オスマン。」
そろそろと止め金へ動かしていた手を諦めたように戻すと、オスマンは室内に戻る。 そのまま戸棚の上に水ギセルを置くと、ふぃっと窓の外へと視線を向けた。
「そもそも平和とはなんなんじゃろうなぁ……。」
「すくなくとも覗きは平和の真逆だと思いますわ。 それと隙をみはからって窓から飛びだした場合、撃墜いたしますので。」
なにごともなかったかのようにオスマンはひきだしの中に水ギセルを片付けると、足元に駆けよってきた小さなハツカネズミをひろいあげる。
ポケットからナッツをとりだすと、ネズミの顔の前で軽くふった。
「気をゆるせる友達はおまえだけじゃ、モートソグニル。」
ナッツをもらったネズミは嬉しそうに一鳴きすると、すぐさま齧りはじめる。 やがて齧り終わると、催促するように鳴いた。
「そうかそうか、もっと欲しいか。 じゃが、まずは報告じゃ。」
ちゅうちゅう。
「そうか、清楚な純白か。 しかし、ミス・ロングベルには蠱惑的な黒がにあうとは思わんか? モートソグニル。」
さすがに忍耐の限界だったらしく、ロングビルはオスマンに素晴らしい笑顔を見せる。
後ろ手に杖を持ちながら。
「オールド・オスマン、ロングビルです。 それと、今度やったら王室に報告します。」
「カーッ、王室が怖くて魔法学院学院長が務まるかぁっ!!」
一喝。 声量、威厳ともに素晴らしいといえるが、使い所をあきらかに間違っている。
指摘するのも疲れたロングビルは、ひとつため息をつくのだった。
「まったく下着を覗かれたくらいでそうカッカしなさんな! そんな風だから婚期を逃がすのz」
「オールド・オスマン……。」
言いながらロングビルのお尻へとのばされていた腕は、途中で掴まれることで停止する。
そのままぎりぎりと腕を苛む握力に、オスマンの額に一筋の汗が流れた。
「な、なんじゃ? ミス・ロングビル。」
「いっぺん……っ!」
ふりかぶられる、杖を握りこんだ拳(錬金魔法によりナックル作成済み)。
片足をかるくひき、身体を半身に。 呼吸を整え、オスマンとは吸い、吐くのを逆にする。
さらに、握る手をかるくおしだして。
「逝ってこいっ!!」
「ちょっとまぷろばぁっ!?」
相手が抵抗しようとした瞬間、息を吐いた瞬間を狙い、握る手をひく。 おされるのに抵抗しようとしていた身体は、急に変化した力に対応しきれずにひかれるままに前方へと倒れ始める。
そして全身のバネと震脚、合気でもって鋭い排気とともに射出された拳。 それは息を吐ききり、吸いはじめたオスマンのみぞおちへとすいこまれ。
そのまま窓の外へと吹き飛ばした。
そしてさらに。
「そしてぇっ!」
「ぎゅっ!?」
吹き飛び、窓の外へと飛びだしたオスマンのマントを掴み、急停止。
勢いを全身で殺しながらもわざと窓際ぎりぎりまで前進、さらに重心を落として。
「墜ちろぉ!!」
「っ……ーーっ!!」
肩越しにひき、窓枠の外にいるオスマンの首を絞めた。
声もだせず、だんだんと抵抗が弱くなっていく感覚に勝利の予感を感じ。
「オールド・オスマン!!」
「オホン! なんじゃね?」
唐突に勢いよく開いたドアとともに、コンベールが飛びこんできた。
その闖入者をミス・ロングビルは何事もなかったかのように席について、オスマンは威厳たっぷりな態度でむかえる。 早業であった。
……オスマンのマントの止め金が歪んでいたり、机のひきだしにはナックルが隠してあったりもしたが。
「こここれを、これをご覧ください!」
「これは『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか。 またこのような古臭い文献なんぞを漁りおって。 そんな暇があるのなら、たるんだ貴族達から学費を徴収するうまい手をもっと考えるんじゃよ、ミスタ……、なんじゃっけ?」
「コルベールです! いい加減覚えてください!」
どうやら今まで何度も名前を聞かれたらしく、若干うんざりとした様子のコルベールだったが、首をふって気をもちなおすと、懐からメモ帳をとりだしてオスマンにさしだす。
「これもご覧ください。」
「ふむ? ……うむ。」
そのひらかれたページを見た瞬間、オスマンの表情が変わった。 眼光が鋭くなり、視線が険しくなる。
「ミス・ロンドベル。」
「ロングビルです。 わかりました。 書庫の目録ですね?」
「うむ。 できるだけ詳細な物を頼むぞ。」
オスマンに一礼すると、ロングビルは学院長室から退出する。 実にデキる秘書の鏡のような姿だった。
彼女の退室を見届け、オスマンは口を開く。
「詳しい説明を、ミスタ・コルベット。」
「コルベールです。」
* * * * *
アルヴィーズの食堂、そのクルトの席の足元でまるまったアリアは小さなため息をついた。
教室でのルイズテロのその後は、原作では特になにもおこらなかった。
まぁ、描写するような事はなにもおこらなかったというのが正解か。 ただし、俺にとっては色々と大変だった。 本当に。
どうやら俺が爆発にたいして咄嗟にとった行動が好印象だったらしく。 頭を撫でられたり、使い魔のおやつらしい干し肉を貰ったり(物を食べられないと伝えるのが大変だった)、抱き上げようとされたり(こちとら全身金属製なもんで、重すぎて断念していた)。
実に、大変だった。 ……まぁ、嬉しかったのは事実で。 それに、少しづつ『貰った』おかげで右前足等の欠損部位を再構成できたし。
しかし、おもわず返した反応がもろにネコだったのには愕然としたが。 自分の生前(?)がネコなんじゃないかと悩んだのは秘密だ。
「なにやってるの? あれ。 ギーシュと……?」
「ルイズの使い魔。」
「あれ? この足音って……。」
そして、その際に色々試した結果。 簡単な単語なら問題なく伝えられる事が判明しました。
さっそく活用してクルトに散歩してくると伝え、周囲を散策してみれば。
「ヴェストリの広場で待っている。 覚悟ができたらきたまえ。」
「そっちこそ逃げんなよ、キザ野郎!」
薔薇をくわえ、優雅に去っていく少年と。 実に元気に啖呵をきる少年を意外に近くでみつけるのだった。
あらためてその危機感のなさとか無知さ加減とかに呆れるが、チートの差があるだけで自分も人の事はいえない事に気づき、少し反省。
そしてギーシュの友人とおもわれる少年達が席をたつなか、ふとふりかえれば。
「ちょっと見にいきましょ。 おもしろそう!」
「無謀。」
「そうだよね。 忠告ぐらいはしたほうがいいのかな?」
わくわくしているキュルケに、呆れているタバサ。 そして、ルイズとわかれて歩き去っていくサイトをなぜか妙に気にしている主人の姿を見るのだった。