「ほら、ついたわよ。」
「ありがとう、キュルケ。 フレイムもまたね。」
教室の教壇側の入口まで手をひいてきてくれたキュルケとその使い魔のフレイムに声をかけると、クルトは教室の中にはいる。 危なげない足取りで最前列の指定席にすわると、足元で金属製のなにかが……おそらくアリアが身をまるめ、足の甲に前脚をのせた。
それだけの事にも喜びを感じながら耳をすませてみれば、教室はいつもとは違い実に雑多な、そしてにぎやかな音に満ちていた。
地を這う音。 翼のはばたき。 大小さまざまな足音。 人ではない鳴き声。 そして、友人同士ではなす声。 不思議な足音。
(あれ? 今のって人だよ……ね。)
身長170サントほどの男性の歩幅と歩調の足音によくにているが、どこか違和感が拭えない。 が、よく聴こうとした時にはすでにたちどまったかどうかしたらしく、その足音は消えてしまっていた。
(もしかして靴底が違うのかな。 コツッコツッじゃなくてキュッキュッだったし。 それにザリッじゃなくてジャリッ?)
聞いた事の無いその足音がどうにも気になり、考えこむ。 が、一度聞いただけではそう簡単にわかるはずもなく。
結局、教師が到着するまで考えこむ事になるのだった。
* * * * *
そして、彼女の足元にて身をまるめる使い魔……アリアもまた、考えこんでいた。
(接触することで話ができるはず、なんだが。 気づいていないみたいだなぁ。)
前任者達の記憶の中から得た知識によれば、身体の一部を接触させることで意思の疎通が可能なはず。 なのだが。
参考にした記憶はどうやら相当昔の前任者の記憶らしく、かなり曖昧になっていたので成功しなくても当然ではある。 しかし、話をしたかったのも事実で。
(ただでさえ珍しい連結刃のインテリジェンスソードを使い魔にしたうえ、あんな登場のしかたをしちゃったし、そのうえ翌朝にはなぜかネコ科の動物っぽい姿になってるナニカが、さらに喋るとなったら収拾つかないだろうしなぁ。)
実は、喋れたりする。 喉のあたりにある金属製の薄板を振動させることで、声や音をだせるのだ。
……ぶっちゃけ、スピーカーとおなじ原理なわけだが。
ついでに補足するなら、契約の際にコルベールの指示によってほとんどの生徒は離れた場所にいたり、契約後にはすぐに自室へ帰っていた(タバサ同伴)こともあり。
ほとんどの人間はクルトの使い魔はネコ科の動物っぽいナニカだという認識だったりする。
(にしてもなんだろうな、このもやもや。 なんか大切な事でも忘れてるみたいな……。)
だんだんと強くなる焦燥感に、もしや原作での出来事が関係あるのではと仮定。 記憶群に答えを探して検索をかけてみる。
結果。
(えーと、召喚翌日の最初の授業だからー……ってルイズテロ? のタイミングじゃないか!)
最高にやばい感じの単語が検索にひっかかった。
慌てて意識を現実に戻してみれば。
「ルイズ。 やめて。」
「やります。」
褐色の肌のはずのキュルケが顔を蒼白にし、ルイズとおもわれるピンクブロンドの少女が教壇へと歩いていくところだった。
(やばいここ最前列! マスター爆発がくる、撤退っ撤退ー!!)
「? どうしたの、アリア。 爆発ってなに?」
(マスターも聞いてなかったうえにイメージだけ伝わってるー!?)
どうやらクルトも考え事をしていたようで、現在の状況がわかっていない模様。
クルトの足を前足で叩いて呼びかけてみれば、伝わったのは脳裏に浮かんでいた爆発するイメージのみのようだ。 やっと成功した事を喜べばいいのか、『意思の疎通』というのがイメージのみを相手にみせるだけだという事に嘆けばいいのか。
混乱の中周囲をみれば他の生徒は退避をすませており、教壇を見てみればちょうどルイズが杖を降り下ろす瞬間だった。
(っ、やってやる!)
今からではクルトを退避させる事も、ルイズをとめる事もできない。 ならば。
『ジャラララララララッ!!』
その身の全てをもって、爆発の方向をそらすのみ。
アリアの今の身体は連結刃を脊椎に、骨格がわりに棒状の鎖を使い、体表を絹織物のような手触りと目の細かさを持つ丈夫な鎖帷子で覆っている。
そして、筋肉のかわりに絹糸のごときしなやかさと金属の強靭さをあわせもつ鎖の束を。 内臓のかわりに体表とおなじ鎖帷子をつめこんでいるのだ。
まずは教壇の上へと跳びあがり同時に身体を構成する鎖帷子をひろげ、そこで自分の身体を構成する鎖帷子では、至近距離の爆発に耐えられない事を理解する。
いまさらな理解を元に計画を変更。
唐突にあらわれたように見える自分に驚くルイズと、おそらくシュヴルーズ先生とおもわれる女性の前にひとつ。 次にクルトの前にひとつ、何重にも重ねた鎖帷子を置き、それぞれが爆発を中心に対角線上にあることを幸いに鎖群で繋ぎまくった。
まぁ、結局予定の半分ほどの数しか鎖を繋げず、まさに爆心地にいる自分は無防備そのものだったが。
* * * * *
『ドッガァアアン!!』
盛大に鳴り響く、爆発音。 一瞬にして教室を駆け抜ける、爆風という名の衝撃波。
盾として置かれた鎖帷子のおかげで爆発をもろにくらう事はなかったものの、それでも吹き飛ばされて後頭部を黒板にぶつけたシュヴルーズ先生は目をまわして気絶。 おなじく吹き飛んだルイズはシュヴルーズ先生にぶつかったが、ともにたいした怪我はないようだ。
爆発に驚いた使い魔達が暴れだす。 阿鼻叫喚の大騒ぎのなか、生徒の一人がルイズを非難するために口をひらき。
それを見た。
『キャリリリリ……。』
「鎖の獣……?」
それは、黒鋼色をしていた。
連結刃を背骨に、棒状の鎖で構成した骨格標本のようなその姿は、しかし。 その背より多数の繊細な鎖を翼のようにのばし、教壇の残骸とその周囲をまるで抱えこむようにひろげている。
そして事実、爆発が直接もたらした破壊力による被害は教壇だけであり。 その翼のようにひろげた鎖群でもって、爆発から皆を守ろうとしたことは明白だった。
が、さすがに爆心地での破壊力にさらされたその身体は右前足とひろげた鎖群の一部が損失し、全体的に煤けている。
しかし、その姿は堂々としたもの。 主人を護る事に全力をだし、護りぬいた誇りに満ちているように見えた。
* * * * *
(正直、また死ぬかと思った……。)
ひろげていた鎖群を回収しながら、アリアは内心でため息をつく。
いちおう爆発の衝撃から身を守るため、自分の身体を構成する鎖を固定して防御力の底上げはした。 が、おそらく虚無の爆発であるうえにルイズを驚かせて精神集中を乱したせいか思ったよりも威力は高かった。
よくもまぁ右前足と少々の鎖群だけですんだもんだと自身の頑丈さに少し呆れ、ひとまずひろげていた鎖群をひき戻して元の姿に戻っていく。
教壇(だった物)からおりつつ主人を見てみれば、クルトはルイズ達ほどの至近距離にいたわけではないので、爆発で発生した粉塵に咳き込んでいるだけのようで安心する。
『キャリリリリ。』
「アリア、大丈夫だった?」
足元についたところでクルトに声をかけられ、驚く。
見上げてみれば、心配するような表情を浮かべ、こちらへと顔を向けるクルトの姿。 どうやらさきほどの爆音や現在の周囲の会話等から、現状把握はすんでいるようだ。
答えのかわりに足首のあたりにひき戻した鎖で代用した右前足をおしあててやれば、ようやく安心したようで表情がやわらかくなる。
そして我らがルイズはといえば。
「ルイズ、クルトの使い魔に感謝しろよ! 成功の確率ほぼゼロのおまえが、教壇ひとつですんだんだからな!」
「そうだ! それに主人の失敗を使い魔じゃなくて他人の使い魔がフォローするなんて、聞いたこともないぞ!」
なにやら原作以上に責められ、軽くうつむき。
(もしかして、いやもしかしなくてもさっそく干渉しちまった……。)
そして、みずからの使い魔……原作通りならサイトのいる方向とこちらとを行き来する色々なモノを含んだ視線。 そして色々なモノで満ちていそうなため息。
どうやら自分の行為の所為で悪化したらしいという現実に、疑似セラミック製の頭が痛みを訴えるのだった。