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第1章 01 再会と契約(ゼロの使い魔)
薄闇。 静寂。 停滞。
ここにあるのは、半ば忘れ去られた物達。
錆びた大剣、鞘の朽ちた小剣、折れたレイピア、汚れた鎧、埃の被った家具、あとなぜかフネの錨と鎖、朽ちた縄梯子。
認識できる範囲にはこれだけしかない。
本来なら他にまともなやつもいろいろとあるんだろうが、動けない俺にとっちゃどうでもいいことだ。 興味もない。
だいぶ前にここに来なくなった少女をのぞけば。
すでにすべてに興味をなくし、停滞していた俺の心をふたたび動かしてくれた。
軋み、消えかけの俺の歌を聞き取り、いっしょに歌ってくれた。
埃と赤錆と蜘蛛の巣にまみれた俺をそのちいさな体で一生懸命に掃除し、真っ黒に汚れた彼女は迎えに来た男性に怒られていた。
くるたびに向日葵のような笑みでその日にあったことをはなし、俺に昔話や歌をせがんできた。
この停滞した世界に訪れる彼女は、まるで太陽だった。
となれば、俺はさながら月か。
この世界にきてから、長い年月停滞にさらされ擦り切れた心は彼女なしでは動かず。 彼女が訪れるたびに満月に、彼女が去るたびに新月へと変わる。
そして彼女が最後にここを去ってから、もうだいぶ時間がたつ。
外では幾度の季節が過ぎ去ったやら。 少なくとも五回は過ぎたはずだ。
そうして今日もまたなにも変化はなく、停滞した空間に精神を磨り減らされる……はずだった。
『ィィイ……ン』
まるで鈴の音を反響させたような音とともに、銀に輝く鏡が俺の目の前に出現する。
まるで停滞を終わらせるように。 こちらにおいでと誘うように。
扉のように。
『ギ…ギギギギギィイイ』
いこう。
なぜかは知らないけど、だれかが向こうで待っている。 それがわかる。
扉は開いたのに、何も出てこなくて困ってる。
その困り顔がどこかで見たような気がして、おもしろかったけど。
まずは向こうにいってあげなくちゃね。
だからまずは軋む全身を動かして。
数百年ぶりに、立ち上がった。
------ 刃鎖と月歌 ------
彼女……クルトは困っていた。
二年生に進級するための試験でもある、春の使い魔召喚の
儀式。
クルトに回ってきた順番に皆の中心へと進み出た彼女は、サモン・サーヴァントを使い。
しかし、鈴の音のような音がしたあとは、なにもおこらなかった。
盲目であり瞳を閉ざした彼女には、周囲のざわめきとすでに召喚されていた使い魔達のさわぐ音しか聞こえない。
「ミスタ・コルベール。 成功しましたか?」
「いや、召喚の門は開いているよ。 しかし、まだ使い魔はこちらにきていないようだ。」
変わらない状況に不安になり隣にいるはずの教師にきいてみるも、告げられた内容にますます困ってしまう。
(もしかして、わたしの使い魔になりたくないのかな?)
いろいろと考えが迷走し、とうとう自分でもどうかと思う考えに行き着いたとき。
『……ィ…ギ……ギギィィ……』
かすかに、なにかが擦れるような音が。 どこか懐かしい音がした。
* * * * *
教師であるコルベールも、困惑していた。
これまでの生徒達は、一・二回サモン・サーヴァントを失敗することはあっても、ここまでの長時間召喚の門を開いても何も出てこないというのはなかったからだ。
さすがにこれ以上召喚の門を開き続けるのも危険だと判断した彼が、一度召喚の門を閉じるようクルトに指示しようとしたとき。
『ギギギ…ィィ』
「なっ!?」
召喚の門から突き出たそれに、動きを止めた。
それには指があった。 手のひらがあった。 手首があった。
しかし、肌はなかった。
赤錆と埃と蜘蛛の巣にまみれたそれは、鎧の篭手のようだ。
しかし。
『ギギギギギィィイイ』
大小無数の鎖によって覆われたそれは、まるでなにかを封印しているようでもあった。
ふたたび動き出した時間に、杖を構えたコルベールは万が一のためにクルトを自分の後ろに下がらせ、他の生徒にも下がるように指示を出す。
生徒達の輪はひろがっていくが、数名はその場にたちどまったままだ。
『ガリガリガギギギィ』
だんだんとこちらへと現すその姿は、圧巻の一言に尽きた。
全身を鎖と赤錆に覆われ、もはや朽ちて崩れていないのが不思議なほどのその全身鎧は、関節の隙間から赤錆を血のようにこぼれ落としながらこちらへと歩みを進める。
やがてその全身がこちらへと現れる。 まっすぐに立ち上がればその身長はゆうに2メイルを軽く超え、周囲へと圧迫感を振りまいた。
「……ミス・クルト。 ゆっくりと前へ。」
「はい。」
そのまま鎧が動きを止めたのを確認すると、コルベールはクルトの手を引き、慎重に近づいていく。
途中、鎧がその頭部をクルトへむけた際にたちどまるが、そのまま動きを止めたのを確認するとふたたび近づいていく。
やがて至近まで近づくと、コルベールは立ち止まりクルトだけが鎧の目の前へと進み出た。
* * * * *
クルトは手で触れられる距離まで近づくとそっと手を伸ばし、その腹部に触れる。
それだけでボロボロと朽ちた鎖が崩れ落ちるが、その際に響いた音もやはりどこか、懐かしい感じがする。
「もしかして……アリア?」
首をかしげながら聞くのは、幼い頃にわかれた、友人の名前。
先祖代々うけついできた屋敷の、宝物庫とは名ばかりのガラクタ置場に鎮座していた、大きな鎧。
赤錆と埃、蜘蛛の巣まみれで、いつも寂しそうにしていた。
不思議な歌を沢山知っていて、いつも歌ってくれた。
面白い話も沢山してくれた。
どうしようもない事情で引っ越しをしたときに、おいていくしかなかった。 おわかれするしかなかった。
それなのに、きてくれた。
わたしのところにきてくれた!
だが、のばした手は冷たい感触からはなれ、軋む音がはなれていく。
どうして? もしかして、アリアじゃないの?
心のどこかで、かつての友人であることを期待をしていた自分に気づく。 が、一度抱いてしまった希望は勝手にふくらみ、感情を支配していた。
はなれないで、お願いそばにいて!
おもわず声にでかかる程に焦燥した心は、しかし。
「ミス・クルト? 契約を。」
「っ!? ……はい。」
焦れたように促すコルベールの声に、急速に現実へとひきもどされた。
そうだ。
まずは契約が先。 アリアかどうかは、それから確かめればいい。
「我が名はクルト・ベルトラム・ヴォン・フューエル。 五つの力を司るペンタゴン。 この者に祝福を与え、我の使い魔となせ。」
どこか焦燥感にかられながらも、呪文をとなえ。
ふと、根本的な問題に気がついた。
* * * * *
「……ミスタ・コルベール。」
「なんですかな? ミス・クルト。 なにか問題でも?」
クルトの使い魔(候補)が暴れだした際にすぐに対処できるよう、傍目からは悠然と立ったまま身構えていたコルベールは、クルトの呼び掛けにたいして質問をかえす。
クルトはしばし逡巡していたが、やがておずおずと声をだした。
「えっと。 キスが……できません。」
「ふむ? ……そういえば見えないのでしたな。」
たしかに、目の見えないクルトでは相手の口の位置もわからないだろうし、そもそも鎧に口はあるのだろうか? いやいや、その前にマジックアイテムだろうとはいえ鎧は使い魔のうちにはいるのか?
どんどんと脇道にそれていく思考をふりはらってみれば、クルトは恥ずかしそうにうつむいていた。
無言のクルトに、コルベールはさすがに失言だったかと焦る。
とにかくなにか言わなくてはと口をひらき、
「直接使い魔にお願いしてみてはどうでしょう。 契約前とはいえ、召喚の門をくぐってここに現れたのです。 言う事を聞いてくれるでしょう。」
「……はい。 やってみます。」
でてきた言葉は失言にたいするフォローではなく、さきほどの質問に答えるものだった。
クルトが使い魔に話かけるのを見ながら、コルベールは不甲斐ない自分にため息をつく。
だが、今は生徒の使い魔のほうが優先だと意識をそちらにむけたとき。
『グシャアッ!!』
その使い魔が左の拳をふりあげ、みずからの頭部を左の拳とともに粉々に破壊するというありえない光景を見た。
『ビシッ、バキバキバキッ!』
周囲の皆が唖然とするなか、使い魔は右手をのばすと、残る兜だったものをはぎとる。
誰もが、鎧を着ているモノはなんなのかと注目し。
「ひっ!?」
「なんだありゃ、からっぽじゃないか!」
「生き物ですらないのかよ……。」
その一種異様な光景に、ある者は驚き。 またある者は嫌悪感をあらわにする。
本来人がはいるスペースには細い鎖がまるで蜘蛛の巣のようにはりめぐらされているだけで、鎧の内部は空洞になっていたのだ。
はぎとった兜の残骸をその場に落とすと今度はその空洞に右手をつっこみ、なにかを掴むとそのままひきずりだす。
繊維質の物をひきちぎるような音とともに空洞からひきだされたのは、若干ひらたく見えるが細い鎖がまるで神経や血管のようにからみつく脊椎のような鉄製の帯だった。
見ようによっては剣にも見える全長60サントほどのそれを完全に抜き取った使い魔は、頭上からゆっくりと下ろしつつ破壊音に混乱し、状況をつかめていないクルトへと向き直る。
さらに数歩分ほど離れていたクルトへとふたたび歩き出し。
「いったいなにがどうなって……?」
「ッ!? さがりなさい、ミス・クルト!」
「えっ?」
詠唱しつつ飛び出すコルベールよりもはやく。
すでに詠唱を終了し、あとは解き放つだけになっていた二人の少女に対して嘲笑うかのように。
その大きな身体を持って。
クルトの目の前に、片膝を立てて跪いた。
「「……っ!?」」
「むぉっとっと!?」
あまりにも予想外の展開に、少女二人は慌てて魔法の標的を真横へと変更し(その際に魔法同士が干渉しあって対消滅を起こし、生じた爆風になぜか薔薇の花びらが混ざっていた)。
飛び出した勢いのままにクルトの前を通り過ぎたコルベールはたたらを踏み、さらにマントの端を踏んでコケていた。
さらには魔法による爆発の近くにいた臆病な使い魔達がパニックをおこし、混乱が混乱を呼び。
『ギシッ』
「うわ!?」
自分のわからないところで次々と起こる出来事に置いていかれ、放心状態になっていたクルトを呼び戻したのは鎖の軋むような音と。
唐突に頬に触れた冷たい感触だった。
「ぁ……。」
同時に気づく……思い出すのは、幼いころの記憶。
引越しの前日、お別れの日。
ただ泣きはらす自分に鎧の友人は初めてその身体を動かし、涙をぬぐい。 宝物庫の外へと、背中をおしてくれた。
あの時と同じ、冷たいのにどこか暖かい。 そんな感触。
「アリ…ア。」
『キィィ……。』
聞いたことのある……いや、忘れようもない音(声)。
そして、再び伸ばしたその両の手はしかし、逆にやわらかく捕らえられた。
疑問に思うクルトの手に、重みが加わる。
それは金属の冷たさと、暖かさを持つ金属の帯。
ちょうど左の手に触れる位置に、金属ではない鉱石のような感触がある。
その部分からはわずかな振動と、暖かさが伝わってくる。 まるで、鼓動のように。
「……我が名はクルト・ベルトラム・ヴォン・フューエル。 五つの力を司るペンタゴン。 この者に祝福を与え、我の使い魔となせ。」
クルトの口は自然とコントラクト・サーヴァントを唱え、鉱石へと口付ける。
その前方では役目を終えた鎧が完全に朽ち果て、赤錆と鉄くず、土くれへと崩れていく。
サラサラという崩れ落ちる音に包まれながら、クルトは同時に急速に元の姿を取り戻す手のなかの金属の帯……連結刃とのあいだに確かな繋がりが構築されていくのを感じ、微笑みをうかべた。
「ただいま、アリア。」
……しかし、周囲の喧騒はいまだおさまらず。
いまもまた、主人とその使い魔である鳥が一羽。 彼女の上空を逃亡劇を繰り広げながら飛び去っていくのであった。