ダンジョンに飯を求めるのは、間違っているだろうか?   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
リリのベルに対する恋愛感情は生まれていません。ただの大切な仲間です。


剣姫

 ベルの初10階層、彼はかすり傷程度は受けたが好調に終わる。ライオスにとっての成果はオークの頭とバットパットの丸ごとだ。

 

「これがドロップアイテムですか? こんな現象、リリは初めてみました」

「オークの手足だったら、豚足みたいに料理できたんだろうか?」

「そうだとしたら、コラーゲンたっぷりだね」

 

 不気味なオークの生首にリリは恐怖を隠さずに、引く。それを淡々と袋に詰め、食す事を前提に考えているライオスとベルの会話には、更にドン引きである。

 

「そうだ、リリ。言い忘れてたけど、僕とライオスはこれまで魔物を食べてきたんだ。ギルドのセンシさんってドワーフが見事に料理してくれてね。君にも、いずれ食べてもらうから楽しみにしててね」

 

 無邪気な笑顔で言い放つベルのお誘いに、リリの思考が一瞬、停止した。

 

「はあ!? 魔物を食べる!! ベル様、正気ですか!? ライオスの偏愛についてはリリも存じておりますが、まさかベル様も感化されてしまったんですか!? もしかして、これも食べるんですか? こんな生首、リリはお断りです!」

 

 早口で捲くし立てるリリはベルの腕を乱暴に揺さぶり、顔が取れんばかりに横へ激しく首を振る。

 

「大丈夫、センシの腕前は俺が保証する」

「ライオスの保証なんて知りません!」

 

 自信満々に言い放つライオスへリリは容赦のない怒声を浴びせた。

 

「しかし、今日の狩りを見ていて思ったが、ベルは目の前の魔物に意識を持って行かれやすいな。もう少し視界を広げないと、あっという間に追い詰められるぞ」

「……そうか……。ナイフだから僕の攻撃範囲は目の前に集中しちゃうし……」

「でしたら、ベル様もライオス同様に片手剣へ変えてはどうですか? ナイフはリリが売りさばいて上げますよ」

 

 階段を上がりながら、ライオスが真面目にベルの戦闘を分析する。魔物を食べたくないリリは、げっそりした気分だったがベルへそれなりのアドバイスを送る。

 

「見つけた」

 

 凛とした声が3人の耳に入る。

 振り返るとそこには誰もが知る【剣姫】アイズが独りでいた。麗しき彼女の姿を目にし、ベルは様々な感情のままに叫んだ。

 

「あああああああああああああ!!」

 

 アイズとは反対方向である出口に向かって駆け出そうとしたベルの足をライオスはひっかける。そのせいで、ベルはキレイな1回転を見せて立ち止まった。

 

「ベル様、今のは悲鳴ですか? だとしてもリリの耳が本気で痛いです」

 

 人差し指で両耳を塞いだリリは溜息を吐く。

 

「どうしたんだ、ベル。アイズとは顔見知りだろう? ベルがマインドダウンした時に膝枕してもらったじゃないか」

「え!? どうして、ライオス、僕、その」

 

 しどろもどろで話すベルに、ライオスはリリと顔を見合せて疑問する。

 

「アイズ。あの時、ベルが起きるまでついていたんだろう?」

「うん。でも、話す前に逃げられた」

 

 微かに眉が寄るアイズは、滅多に見せぬ困り顔になる。ライオスとリリは僅かな批難の目をベルに向けた。

 またベルが逃げぬようにライオスは肩へ担ぎ、アイズと共にギルドへ到着する。

 

「では、リリは魔石を換金して参ります」

「俺はセンシと話してくるからな。ベル、逃げずにアイズとちゃんと話せよ」

 

 まだ緊張で硬直しているベルをアイズに任せ、ライオスとリリはそれぞれの役目を果たす。

 

「おお、これは見事なコウモリだのう。しかも、傷ひとつなく丸々とは、これはドロップアイテムの域を超えておるわい。ちょうど、ヴェルフが新しい包丁を作ってくれたのでな」

 

 浮き浮きとセンシは今日の獲物を品定めする。

 

「前々から思っていたが、ヴェルフは鍛冶師なんだよな。調理具専門なのか?」

「いいや、立派な武器や武具も作るぞ」

 

 ヴェルフは見た目からしてもまだ若い。つまり、鍛冶師として駆け出しの身なのだ。それなのに専門外の包丁やらを作るなど、余程の自信か生活に困っているのではと心配になってきた。

 

「……ベルの武器を打ってもらうのも、考えておくか」

「それはいい考えだ。ヴェルフの作る武器はなかなかにおもしろくて……、なんなら、おまえも作ってもらってはどうかのう? ……まあ、おまえにはケン助と名付けた愛剣があったな。無理は言わん」

 

 確かにライオスには、ケン助がある。中層にて、動く鎧からドロップアイテムした剣だ。レアアイテム故にとても頼りがいのある。今は自室で保管している。

 

「手入れぐらいはしているが、そろそろ狩りに出そうか……。ずっと、留守番なんてケン助のストレスも半端ないだろうし」

 

 愛剣を想うライオスは、ヴェルフにベルの剣を打ってもらうという提案を忘れた。

 

「今日もなかなかの稼ぎでしたね。上層にしてはおそらく一番、稼いでいると言っても過言ではありません」

 

 配当を終えたリリは、ひたすら上機嫌に尻尾を振るう。彼女はもうソーマ・ファミリアに戻らない決心を持った。変身の魔法にて、パルゥムの姿を隠して冒険者を続けていくという。それをヘスティアに報告する為、ベルと廃教会へ帰って行く。何故か、彼は心ここにあらずといった状態で呆然としていた。

 

●○

 本拠(ホーム)に帰ってきたライオスをアスフィは仏頂面で出迎えた。

 

「貴方を何をやらかしたんですか?」

「なんだい、藪から棒に。俺は普段通りだぜ」

 

 ライオスの回答に、更にアスフィの眉間に皺が寄る。人の気も知らぬ態度に溜息すら出ない。

 

「昨晩、アイズ・ヴァレンシュタインが貴方を訪ねてきたんです。貴方がいないと知るや、要件も言わずにお帰りになられましたが……」

 

 無断外泊を咎める視線を気にせず、ライオスは先ほどのアイズの様子を思い返す。

 

(きっと、ベルに用事があったんだろう。俺と組んでいる話はしてあったしな)

 

 勝手に納得したライオスは、話題をケン助に変えた。

 

「あの剣を使う? 駄目に決まっているでしょう。魔物の剣なんてレアアイテムを上層で使うなんて、勿体ない」

「俺が持ち主なのに……。中層に下りたりしないから、いいだろう?」

 

 魔物の爪、角、牙、これらは武器として打たれ、皮は鎧として加工される。だが、剣そのものをドロップした例は、実はケン助しかないのだ。

 両手を合わせて懇願するライオスをアスフィは一蹴する。

 

「迷宮……、とくに上層で危険なのは魔物ではなく、他の冒険者の所持品を狙う盗人ども。ケン助の事は公にはしていませんが、目利きの鍛冶師などには確実にバレます。そうなれば、ケン助欲しさに余計な諍いを抱えるのですよ。貴方は対処できても、……パーティメンバーを巻きこんでいいのですか?」

 

 語尾だけ、出来る限り優しく諭す。

 実際、ベルの持つナイフのせいで先日までの騒動が起こったという経緯を2人は知らない。

 

「……確かにアスフィの言うとおりだ。君は本当に視野が広い。いつも助けられる」

「なんですか、急に。褒めても何も出しませんよ」

 

 ライオスの穏やかな表情から、彼が本心から感謝を述べているとは気づいている。特に今日は機嫌が良いのか、普段以上に雰囲気が良い。それ以上にその顔をするのはズルイ。アスフィの中で、気の迷いが起きてしまいそうだ。

 

「ロキ・ファミリアでは近々、遠征があるという情報を得ました。念の為に聞きますが、随従しませんよね?」

「謹んでご辞退申し上げる」

 

 ライオスが同行したいと言えば、ロキ・ファミリアの幹部連中は喜んで迎え入れてくれるというのに勿体ない。美味しい稼ぎを逃す阿呆に疲れたアスフィは、今日のドロップ率を聞かずに彼を下がらせた。

 

●○

 アイズのLV.6。ロキ・ファミリアでは既に知らぬ者はおらず、マルシルも我が事のように仲間と喜びあった。当の本人である【剣姫】は仲間から受ける賛辞の言葉に生返事だ。激しい喜びを見せず、普段通りの波紋も知らぬ水面のように静かだ。

 きっと、自分達では量れぬ想いを抱いているのだろう。

 

「マルシル、ちょうど良かった」

 

 声をかけてきたのは団長フィン・ディムナ。少年の外見だが、パルゥム故に団長としての経験を踏まえた年齢だ。それでも、エルフのマルシルにしてみればまだ子供。何故にリヴェリアが団長ではないのか、彼女には理解しがたい。

 

「ミアハ・ファミリアのファリンとは交流があったね。次の遠征では彼女の助力を願いたいから、正式に要請したいんだ。君に橋渡しを頼みたい」

「!? はい! ファリンも喜ぶと思います! 私に任せて下さい!」

 

 勢いよく橋渡しを引き受けたマルシルは早速、ファリンのいるミアハ・ファミリアの本拠を目指す。

 

「ほな、行くで!」

 

 何故か、セクハラ神ロキも一緒だ。一気にマルシルのテンションが下がった。

 

「なんや、マルシル。うちと一緒に歩けるんがそんなに嬉しんかいな。かわええこと言うてくれるやん♪」

 

 目の死んだマルシルは何も言ってない。構わず、ロキは彼女の頭を撫でて頬を擦りよせる。

 必要以上のスキンシップを受けながら、マルシルとロキは神ミアハへの要請を済ませた。残念ながら、ファリンは迷宮に潜って居なかったが、確実に彼女とは遠征を共に出来る。

 

「ファリンはんに会いたかったわ。兄貴に似ず、めっちゃええ子らしいやん。ミアハに取られんかったら、うちのところに引き入れたで」

 

 愚痴愚痴と煩いロキを無視し、マルシルは通行人の中に顔見知りはいないか探す。偶然にも何度もパーティーを組んだナマリを見つけた。彼女も気づいて手を振る。

 

「ナマリ、久しぶり! 元気してた?」

「こっちは順調だ。マルシルは何も変わっていないね」

「うん? なんや、ドワーフの女の子かいな。ふーん、こういう子もええなあ」

 

 ロキの不審な品定めは無視して、マルシルはナマリと挨拶を交わす。ナマリは礼儀上、ロキを神として敬いの礼をする。

 

(あー、アイズの事をナマリにも教えてやりたいな♪)

 

 しかし、ギルドから正式に発表されるまでオフレコなのだ。

 

「ねえ、次の遠征にナマリは一緒に来るの?」

「ああ、メンバーには入っている。ということは、おまえも行くんだな」

 

 まるで遊びに行くような口ぶりだが、迷宮には命がけの遠征に行くのだ。

 

「この子、遠征に行くいうことはヘファイストスとこの子?」

「はい、戦士としてもそうですが、武器具に関して彼女以上の目利きはいないと思います」

「おいおい、そんなハードルを上げた紹介を神様にするなって……。ロキ様、こいつはちょっとおおげさなんです。本気にしないで下さい」

 

 満面の笑顔で紹介するマルシルに、ナマリは慌てて否定する。しかし、ロキは言葉をほとんど聞き流していた。

 

「あいつのおるところが辛なったら、うちのところおいでな。歓迎するさかい」

 

 ナマリの手に両手を添え、本気モードでロキは口説く。貧乳でわかりくいが、ロキは女神だ。そんな彼女に口説かれても、嬉しくない。

 

「こらこら、勝手に改宗を勧めないで」

 

 『ジャガ丸くん』を頬張るのは、神ヘファイストス。燃えるような真っ赤な髪にスラリとした体形だが、出る部分はしっかりと出ており、右眼の眼帯もちょっとしたポイントに見えてしまう麗人だ。

 ロキも同じ赤髪なのだが、魅力の違いが激しすぎる。

 

「なんや、ヘファイストス。買い食いなんぞ、みっともない。夕飯食べれんなるで」

「あんたは私のおかんか。ほら、ナマリから手を離しなさいよ」

 

 ナマリを競って争う神2人。貴重な場面にマルシルは呆れを通り越して見入る。ナマリは神に無礼を働けないので、対応に困って右往左往した。

 微妙な争いを終え、ナマリは解放される。マルシルが言葉を失った彼女を慰めている間、へファイストスは『ジャガ丸くん』の残りをロキに渡す。

 ロキは平然と受け取って食べた。

 

「あんた、次の遠征で行く子らを把握しているの?」

「大体やけど詳しい事はフィンに聞いてや、もしくはリヴェリア。んで、何が知りたいん?」

 

 ロキに質問を返され、ヘファイストスは探らずに直接聞き出す。

 

「遠征のメンバーにヘルメス・ファミリアのライオスはいるかしら?」

「それは……おらへんなあ。それだけは確かや」

「奴の名を俺の前で口にするな!」

 

 無骨な叫びに振り返ると、顔の上半分を象の仮面で覆った神ガネーシャがいた。露出の多い衣装に見合うガタイの持ち主に今の今まで気付かなかった。その腕には『ジャガ丸くん』全種類を抱えている。

 

「なんでや!? 食べすぎや、栄養偏んで!」

「俺は民衆の主にして、ガネーシャだ! 子供達の作った飯で栄養が偏るはずはない!」

「あ、売り切れてた小豆クリーム味。ひとつ頂戴」

 

 色々とツッコミたいロキは『ジャガ丸くん』だけに焦点を絞り、ガネーシャは自信満々に答える。ヘファイストスは堂々と『ジャガ丸くん』をパクる。代わりに代金を彼の懐に入れた。

 

「あんた、『ジャガ丸くん』目当てでこの辺をうろついていたわけ?」

「否、俺のファミリアにいたファリンがこのオラリオに舞い戻ったと聞いたのでな。ミアハの下で生活できているのか、様子を見に来たのだ。元気に迷宮へ行ったそうだ。どこぞの不愉快な兄貴に気を遣って、改宗してしまった心優しき乙女よ。いつでも俺のファミリアへ帰って来い!!」

 

 本人のいない場所で、空に向って手を上げて叫ぶガネーシャに周囲はドン引きである。

 神の集いでもない日に神が3人も揃っているのに、神々しさも何もない。会話の内容は眷族の取り合いだ。

 

(ナマリといい、ファリンといい。こんなに神様に必要とされて、ちょっとだけ羨ましいなあ)

 

 マルシルは他人事として呟く。彼女の胸中を読んだナマリはジト目で睨む。

 

「なんなら、代わってやろうか?」

「それって貴女よりも優れた目利きになれってこと? 無理無理」

 

 手を振って断るマルシルとナマリの様子を人混みの向こうから、ファリンは見ていた。ガネーシャが現われた辺りからいた。しかし、色んな意味で避けたい状況だ。

 

「……ちょっと出にくいなあ」

 

 馴染みのある2人には悪いが、ファリンはこっそりと鉢合せない道へと進む。そこには木箱を抱えたヴェルフがいた。

 

「こんにちは、ヴェルフ。それ何が入っているか聞いてもいい?」

「こんにちは……ファリンさん。これは……その俺が打った剣です。武器屋に置いて貰ってたんですけど、期限が来たので回収に……」

 

 歯切れの悪い言い方から、ヴェルフは売れ残った商品を見られ恥じている。

 

「オラリオには武器屋が多いんだもの。私のファミリアも薬とか売っているけど、人数が少ないから大手のファミリアと比べ物にならない程、稼ぎがないよ」

「へえ、意外ですね。ファリンさんなら引く手数多じゃないんですか……。さっきのアレみたいに」

 

 ガネーシャの事だと察し、ファリンは恥ずかしくなる。

 

「……私をすごいって言ってくれる人はいるけど、それと命を預けられるかは別だし、……私が一緒にいたいのは「ありがとう」が言える場所なの……、ガネーシャ様だとずっと「ごめんなさい」しか言えない気がする」

 

 ファリンの要領を得ない言葉には、深い意味がある。それを感じ取ったヴェルフは共感して胸の奥が熱くなった。熱さは彼の目尻に涙を浮かべさせる。

 

「俺にも、わかります」

「本当、ヴェルフっていい子だね。センシが好きになるのもわかるわ」

 

 ファリンの優しい笑顔にヴェルフは涙を拭って笑い返した。

 

「俺もセンシさんが好きです。勿論、ファリンさんも」

「わあ、嬉しいなあ。ありがとう、私も好きだよ」

 

 言葉だけなら愛の囁きに聞こえなくもない。しかし、2人の雰囲気から少しもロマンは生まれなかった。

 

●○

 ロマンが生まれないのは、ベルも同じだ。

 昨日、ずっと焦がれていたアイズとマトモに話せた。それだけでなく、ベルの憂いを考慮して稽古をつけてくれるという。

 男女が2人っきりで接しているのに、ベルは遠慮なく(それでも加減してもらい)ボコボコにされた。

 

「……今日、君を見てわかった。ライオスとは動きの基本が違う。彼は盾使いでもあるから、素早さを優先する君に戦い方を教えられなかったんだ」

「盾……? そういえば、前に……ライオスの今の装備は上層用だって言ってた」

 

 眉ひとつ動かさず分析するアイズにベルは心当たりがある。

 

「君はライオス以外とパーティーを組んだ事はないんだよね?」

「はい……。全然、僕と組んでくれる人はいなくて……、……ミノタウロスの後にお互い意気投合したんです」

 

 それ以前にゴブリンを解体していたライオスに遭遇してしまい、解体男として恐れていたのは内緒だ。

 

「最初にライオスと組めたのは、幸運だよ。彼の強さは仲間を護る為にある。見習いたいけど、私の求める強さとは違うから……そこは残念」

 

 微笑を浮かべるアイズはこの場にいないライオスへ賛辞を送る。そこに恋愛感情は見えないし、剣を持つ者としての評価だろう。しかし、【剣姫】に褒められる彼をベルは素直に羨ましく思う。

 

 明日はリリの下宿先の都合で休みになる。その分を稼ぎたい為、10階層以下に下りると決めた。

 

「リリに気を遣わなくても、お2人で潜ってもいいんですよ」

「ううん、僕もやりたい事があるから、明日は休みでいいんだ」

「ベルがそう決めたなら、俺も異存ないよ」

 

 予定が決まり、3人は迷宮に潜る。

 アイズの稽古がすぐに実を結んで、ベルはかすり傷ひとつなく終えれた。ナイフを振るう最中もライオスの動きを見る。

 初めて組んだ日から、ライオスは手練だとわかっていた。しかし、アイズの言葉を受けて改めて彼を見れば、確かに後衛のリリや中衛のベルに余分な魔物が行かないように配慮している。

 もっと動きを変えれば、ベルへ魔物が行かぬように防ぎきる事など造作もないのだろう。

 

(仲間を護る強さ……)

 

 ベルも求めた強さだ。大切な人を失わない為に強さがいる。

 その為にも、アイズ・ヴァレンシュタインに追いつきたい。憧れる感情は益々強くなった。

 

 魔石やドロップアイテムをギルドで換金し、報酬の配分を終える。解散を告げても、ベルはライオスに視線を向けてしまう。

 否が応でも、ライオスは気づく。

 

「今日は随分、良い戦い方をしたな。どうしたんだ。誰かに稽古でもつけて貰ったのか?」

「……えっと、わかる?」

 

 褒めて貰った事より、バレたほうに焦る。

 

「そりゃあね。神の加護で能力を上げても、技とか駆け引きとかは実戦や稽古で身に着くもんだ」

 

 偶々なのか、早朝の特訓でアイズに指摘された言葉だ。

 

「怒らないの? ライオスに相談もせず、他の人から手解きを受けて……」

「まさか! 俺とベルとじゃ得物はおろか、戦闘における立ち位置も違う。ベルが自分で教官を見つけられたなら、俺としても嬉しいよ」

 

 その教官はアイズだと言いかけてやめた。何故だが、彼女との2人きりだと知られたくなかった。また『年上キラー』とからかわれる可能性もあるし、無関心な反応をされたらそれはそれで胸が痛い。

 

「……その人ね。ライオスの事を褒めていたよ。最初に君と組めたのは幸運だって」

「……へえ、そう言われたのは初めてだな。素直に嬉しいから、俺に代わって礼を言ってくれ」

 

 もやもやとした気分は晴れ、ベルはライオスと別れた。

 

●○

 思わぬ休みとなった本日、ライオスは鎧も着ずに愛剣ケン助と共に外出する。目指すのはギルドで、センシを訪問する為だ。

 いつも魔物を料理して貰っているので、礼も兼ねて食事を奢ろうと思ったのだ。

 でも、いなかった。偶然にもセンシは非番だった。

 仕方なく、センシの自宅を訪ねるとヴェルフまでいた。この2人が揃っているのはライオスの中で定番になりつつあった。

 

「今、コボルトの足を調理しておるところじゃ。昼飯までには出来るので待っておれ」

 

 鼻歌を歌いながら、センシは丁寧かつテキパキとコボルトの足から身を削ぎ骨を露にさせる。その隣でヴェルフまでエプロンをして、自前の包丁らしきモノで人参や玉ねぎなどの野菜を切っていた。

 

「ヴェルフは料理も出来るのか?」

「はい。稼ぎが少ないもんで、出来るだけ自炊しているんです。ライオスさんは……失礼ながら、しなさそうですね」

 

 見事に言い当てられ、てへっと舌を出す。全く出来ないのではない。雑炊くらいの鍋物なら作れる。ただ、センシのように調味料や切り分け方で様々な料理を振る舞えないだけだ。

 名誉の為に言うなら、ライオスが特別なのではない。大概の冒険者はこんなモノである。

 

 センシの言うとおり、昼飯はコボルトの足を出汁にした麺料理だ。遠慮なく、ライオスも頂戴した。

 

「出汁が……麺と野菜に沁み込んで食欲をそそる!」

「おお。この味、豚足に似ておるな。次は毛を全部毟って、豚足ならぬコボルト足の煮込みでも作ってみるか」

「狼のくせに豚と味が似ているってどうよ……」

 

 3人はそれぞれの感想を述べ、お代わりまでした。

 

「「「ご馳走様でした」」」

 

 3人で片付けをしながら、食後の一息を吐く。そこに来て、ヴェルフがライオスの剣に気づく。

 

「それって普段の剣と拵えが違いますね。買い換えたんですか?」

「いや、俺の愛剣。ケン助って呼んでいる。普段は部屋に置きっぱなしなんだ。外に出してやらないとストレスになると思って、散歩がてらにね」

 

 まるでペットのような言い草だが、ライオスの愛が伝わったのかヴェルフは納得した。

 

「刃物も湿気で傷んだりしますからね」

「ヴェルフ、おまえさんは本当に良い奴じゃな」

 

 ツッコミどころのわからないセンシは、ただそれだけ呟いた。

 ライオスの剣という事で興味を持ったヴェルフに渡してみる。鍛冶で打たれた剣とは違うと気づかれるか知りたかった。

 

「これ……素材に見当もつかなければ……、どんな奴が打ったのかもわからない。すみません、俺には業物だってことしかわかりません」

「まあ、俺も素材も打った奴も知らないよ。ただ良い剣だって事は知ってる」

 

 ケン助を返して貰い、ライオスは嘘は言わなかった。ヴェルフが欲に眩むなどとは思わない。ただ鍛冶師故に熔かしてみたいと言われたら、怖い。

 

「夕飯の話になるけど、久しぶりに『豊穣の女主人』に行かないか? 2人にはいつも世話になっているからお礼も兼ねて奢らせてくれ」

「ごちになります!」

 

 頭まで下げるヴェルフは本当に良い奴である。

 

「そうじゃな、あそこの料理なら良い案が浮かぶかもしれん」

 

 夕食の時間帯になるまで3人は魔物の部位のドロップ率とどの調理具が刃を通したか話し合った。ライオスとセンシはそれぞれが所属する上司には逐一、報告しているが、直接関わる3人で話す機会は滅多にない。

 

「コボルトの足にはコレがちょうどよい切れ味でした。しかし、コレでバトルボアを切りこんだ時はすぐに刃毀れを起こしました。オークの頭への切れ味次第では鉄の質をもう1段階、上げないといけません」

「もしくは鉄でも限界があるか」

「迷宮で角とか手に入れられたら、ヴェルフに回すよ。今度はそれで試して欲しい」

 

 そんな話を延々と続けている内に時間はあっという間に過ぎた。

 

●○

 太陽は沈み、商店も閉じれば夜の顔が目立ちだす。

 ヴェルフはライオスとセンシにつれられ、『豊穣の女主人』を目指す。今日は既に実りのある話が出来た。誰かと同じ目的を持って話し合う。

 嬉しさでヴェルフの胸は高鳴っていた。

 

「おや、ライオス。何処をほっつき歩いていたんですか?」

 

 冷徹な声は3人に向かってきた。眼鏡の似合う女性は上品にそれでも麗しく、ライオスだけを見ていた。

 

「アスフィも外食かい? 商談でもないのに珍しい」

「商談を終えたところです。そちらは……パーティメンバーではないようですが、所属をお聞きしても? 私はヘルメス・ファミリアのアスフィと申します」

 

 物腰は丁寧だが、上から目線で2人へと挨拶する。アイテムメーカーとして名高い【万能者】アスフィだ。こんなに若い女性とは思わなかった。

 

「わしはギルド職員のセンシ。ライオスからはとても頼りになるお方だと伺っております」

「……俺……自分はヘファイストス・ファミリアのヴェルフです。鍛冶師を営んでおります。ライオスさんとセンシさんにはいつも御贔屓に」

 

 不意にアスフィの目つきが鋭くなった。

 

「違っていればご無礼を……貴方はヴェルフ・クロッゾではありませんか?」

 

 ヴェルフの心臓を鷲掴みにされたような緊張が走る。自分の口から言いたかった。わざと黙っていたが、知られたくなかった。葛藤や懺悔に眩暈が起こる。

 

「へえ、ヴェルフ・クロッゾか」

「語呂の良い名前じゃのう」

 

 呑気な声がヴェルフにかかる。軽蔑も余計な期待もない。さっきまでと同じ態度だ。

 

「はあ!? 何をそんな大した事ないみたいに……。クロッゾですよ! 呪われた鍛冶一族の! 噂が確かなら、彼は魔剣を打てる力を持っているとか!」

「アスフィ。俺でもクロッゾの家名くらい知っている。今まで言う機会なかったから言うけど、魔剣に興味ないんだ」

「高い割にすぐ壊れるから、火熾しにも使えん」

 

 センシの魔剣の使い方にツッコミを入れず、ヴェルフは心の底から安心した。この2人は魔剣を求めてこないし、作らない自分を責めたりしない。

 湧き起る感謝の気持ちを述べようとしたが、ヴェルフはアスフィの憤怒の表情にビビった。

 

「……貴方って人は、貴方って人は!!」

 

 ここまで激怒したアスフィをライオスは見た事ない。彼女は護身用に持ったフラスコを振り上げる。危機を感じたセンシとヴェルフはバラバラに物陰へと逃げ込んだ。

 ライオスも危機を察していたが、それだけアスフィを怒らせたのだと理解した。そして、間違ってもここで死ぬ事はないと信じていた。

 その晩、オラリオの街に雷が落ちた。比喩的な意味ではなく、物理的な意味でだ。

 

●○

 バベルの最上階は神フレイヤの住まう。美の女神の趣味故、壁が本に埋め尽くされている。

 

「……輝きのない石ころ……、石炭のように燃え尽きて……あの子にどんな影響があるか見ていたけど、……そろそろ引っ込んでて貰いたいわ」

 

 気だるげに地上を見下ろし、フレイヤは傍に控えたオッタルに語りかける。遠まわしにライオスの排除を命じているのだ。

 

「ライオスはお気に召しませんか?」

「……あら、珍しいわね。オッタルが他人を庇うなんて……。ひょっとして、気に入っているの?」

 

 からかう口調で言われても、オッタルの表情は動かない。

 沈黙は肯定である。

 

「……ふうん、そう。……少し興味が湧いたわ。あの子が冒険する間……構ってあげる」

 

 不敵に微笑むフレイヤは掲げたグラスを傾け、その中身を零した。




閲覧ありがとうございました。
神様も露店とか見回るんだろうなあと勝手に外を歩かせました。

やっと、フレイヤが書けました。

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