ダンジョンに飯を求めるのは、間違っているだろうか? 作:珍明
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すっかり日の暮れたオラリオの街。
半年ぶりの光景は、ファリンに安心を与えた。
ここまでの道中に出くわした魔物は、迷宮の住人に比べれば全然強くない。同行させて貰ったキャラバンも、オラリオの冒険者と聞いて頼りしてくれた。
「ファリン、チルチャック。私は本拠(ホーム)に帰るから、ここで別れるわね」
浮足立ったマルシルは、ロキ・ファミリアの本拠へと向かう。彼女を見送り、ファリンは傍らで難しそうに顔をしかめたチルチャックを見やる。
「お腹空いたし、先にご飯食べようか?」
「ん? ああ、そうだな。久しぶりに『豊穣の女主人』にでも行くか」
そのまま会話もなく、目的の店に着く。千客万来、商売繁盛。今宵も酒場に客で賑わっている。
「あれ? ミアハ様じゃねえの?」
チルチャックの指摘で、店の外で樽を囲むミアハを見つける。穏やか風貌はまさしく、ファリンの所属するファミリアの神だ。
しかも、1人ではない。相手はファリンと歳の変わらぬ少女と同伴だ。幼い見かけから想像もできない勢いで、酒をガブ飲みして号泣だ。
「デートかしら? 声をかけないでおく?」
「いや、あれは失恋した女の愚痴を聞いているってところだ。ミアハ様を見ろ、お馬鹿な友達を憐れむ視線を送ってやがる。きっと、あの女は神だ」
「ベルくん、愛しているよ――!!」
チルチャックの推測を聞くと、不思議とその通りに見えてしまう。実際、幼き女神は愛を叫んでいた。
折角、見かけておいて声をかけないのは礼儀に反する。ファリンは決意し、ミアハに挨拶した。
「お久しぶりです。ミアハ様、ファリンです」
「ファリン! それにチルチャック! 帰ってきたんだね。おかえり」
我が子を出迎える優しい口調で、ミアハは2人の帰還を喜んでくれた。
「マルシルはどうしたんだい?」
「あいつは、とっとと本拠に帰りましたよ。そちらは神様ですよね?」
チルチャックが失礼のないように呆れた目つきで女神へ視線を送る。ミアハの笑顔は、何故か悪戯っぽくなった。
「ああ、そうだよ。神ヘスティア。彼女の眷族がライオスのパートナーをやっているんだ」
一瞬、ミアハの言葉が耳を素通りしてしまう。慌てて2人は言葉を拾った。
「え、兄さんにパートナー?」
「あのサイコパスと組むなんて、そいつも病んでるな」
「ベルくんの悪口を言うなあ!!」
吃驚したファリンを無視し、ヘスティアはチルチャックの呟きにブチ切れる。手に握った酒樽を投げつけたが、彼はすんなり避けた。
偶々、空き皿の回収に来ていたリューが物ともせずに受け取った。
無理やり同席し、ミアハからライオスの近況を聞きだした。
駆け出しの冒険者ベル・クラネル。
今のところ、ライオスとベルの関係は良好らしい。
「うう、ただでさえライオスくんとばっかり、迷宮に行っちゃってさ。しかも、あんな女まで……ヒィック」
「いや、冒険者が迷宮行かんでどうするよ?」
チルチャックのツッコミにも、ヘスティアは涙で返した。
「……良かった。兄さんが人と組める程、気持ちが戻ってくれて……」
安心したファリンは、杖を握り締める。
兄の悪評は自然と妹にも繋がる。最初はファリンもガネーシャ・ファミリアだったが、例の件でミアハ・ファミリアに改宗(コンバーション)した。
所属を分ける事で、ある程度はファリンを中傷から守れるとライオスは思っていた。しかし、彼の妹と知れば誰も組みたがらない。
だから、ファリンや親しいマルシル達としか組めなかった。
偏愛を拒絶されてもいい。しかし、ファリンの評判まで落とされるのは、ライオスは我慢ならなかった。
センシのパーティー脱退は、冒険者稼業を見つめ直す良い機会となった。
ファリンはそう考えている。そして、彼女は戻ってきたのだ。
「そうだね。ヘスティアの話じゃ、相当、打ち解けているらしいよ。私から見てもベルはとてもいい子だ。是非、会ってくれ」
「はい、ミアハ様」
花が咲く笑顔でファリンとミアハと微笑みあう。そして、彼はチルチャックに視線を移した。
「それでチルチャック、戻ってきたという事は冒険者を続けるんだね?」
優しさの中に真剣さを混ぜ、ミアハは確認する。チルチャックは一瞬、強張った表情を見せたが迷いなく肯定した。
「はい、ミアハ様。俺は貴方のファミリアに改宗します。貴方の下で冒険者を続けたい」
チルチャックは半年前にソーマ・ファミリアを脱退した。しかし、今だ神ソーマからの恩恵を受けている状態だ。
オラリオでは、恩恵を受けたままファミリアを抜けた引退者は珍しくない。神が死なぬ限り、受けた恩恵が消える事はない。そのまま街を去っても良かったが、チルチャックもまた「戻る」という選択をした。
ソーマ・ファミリアの連中から、妨害があろうとも構わない。
「いいとも、チルチャック。ようこそ、我がファミリアへ」
新たな眷族にミアハは神々しく、それでも親しみやすい穏やかで迎え入れる。チルチャックの決意に、ファリンは嬉しさで泣いた。
「ベルくううううん!」
この感動的な場面にヘスティアは空気も読まずに、愛するベルを呼んだ。
●○
装備を整えながら、ライオスは物思いに耽る。
今日もリリはやってくるに違いない。彼女はライオスにおべっかを使うのをやめたようだ。笑顔を振りまきながら、その丸く幼い瞳は冷たい。
パーティーメンバーを陥れる人間の目だ。ライオスはそういう考えを持つ者を何人も見てきた。
これがライオスのパーティーなら、すぐに追い出すのだが、ベルをリーダーとしているのでそうは行かない。
リリもライオスの目が光っている内は事を起こさないだろう。その内、飽きて彼女から去るのを待つしかないのだ。
支度を終えて本拠を出る。しかし、建物の外にいた客人に驚いて足を止めた。
「ファリン、帰ってきたのか?」
「うん、兄さん。ただいま」
里帰りしていたファリン、半年前と少しも変わらない優しくて大切な妹だ。無事でいれくれた現実と帰ってきてくれた現状に、ライオスは心底、安堵した。
「マルシルとチルチャックも一緒か?」
「うん、2人も一緒よ。チルチャック、ミアハ様の眷族になるんですって」
自分からチルチャックの名を出しておきながら、ライオスはリリの姿を脳裏に掠めた。
「ギルドに行っててくれるか? 俺も後から追いかける」
「うん、私もいっぱい話したい。良かったら、兄さんのパーティーメンバーも紹介してね」
ファリンの喜びを抑えた声にライオスは一瞬、考え込む。ベルの事を彼女が知っており、それを喜んでくれていると理解した。
「ああ、とても良い奴なんだ。紹介させてくれ」
微笑み頷くファリンを置いて、再会の喜びを胸に抱えてライオスは廃教会へ急いだ。
「ライオス、おはよう。来てくれて嬉しいよ。ちょうど良かった。今日、休みにしていいかな? 神様の具合が悪いから、看病してあげたいんだ」
「それは好都合だ。俺も今日は休みにしたくて、来たんだ。実は、ずっと里帰りしていた妹が帰ってきてな。お互いの近況を話したいんだ」
妹の帰還に、ベルは我が事のように喜んだ。
「確かミアハ様の眷族だよね? ミアハ様から聞いたよ」
「ベル、ミアハ様と知り合いだったのか。そっちにビックリしたぞ。リリには俺から言っておくから、ヘスティア様の看病に専念してくれ。もし、俺に用があったら、ギルドにいるからな」
若干、早口になりライオスはすぐに教会を後にする。
「ライオスの妹かあ、どんな人かなあ」
想像しようとしたが、ヘスティアの呻き声が耳に入ったのでベルは看病に戻った。
迷宮前の噴水にリリはいた。
今日の休みの言い訳として、ヘスティアの体調不良を使ったが、リリは愛嬌のある笑顔で承諾する。内心はあまり穏やかには思えない。この場でチルチャックの名を出して、反応を見たかったがやめておいた。
ギルドでセンシを捕まえ、彼の厚意で個室を無理やり借りた。
「ファリン、チルチャック、マルシル……久しいな。良く帰ってきてくれた……」
5人の集いに、センシは懐かしむ気持で目に涙を浮かべた。しかし、マルシルは違う涙を流していた。
「それで、マルシルは何を泣いているんだ?」
「リヴェリア様がいなかったの! アイズと一緒に迷宮行っちゃったんだって!」
憧憬するリヴェリアの不在、マルシルはかつての仲間との再会よりショックだったようだ。彼女らしいといえば彼女らしい。
ライオスの苦笑にマルシルは親しみのある凄味を効かせる。
「街に帰ってしまえば、ライオスとセンシにはいつだって会えるもの。でもねえ、ロキ・ファミリアは人数が多いせいで同じメンバーでも会えない事が多いのよ!」
「知らんがな」
「まあまあ、落ち着いてマルシル。ねえ兄さん、センシ。半年の間に変わった事とか教えて」
チルチャックの冷たいツッコミをマルシルが本気で睨み、ファリンが宥めた。
まず、ライオスはベルとの出会いを語る。そして、魔物の部位をドロップアイテムという形での発見だ。
それをセンシが補足した。
「魔物は食える! これは既に証明された! だが、流通させるには数が圧倒的に足りん。悲しいかな、これが現状だ」
センシが苦悩に眉を寄せ、話を締める。ファリンは驚いて口を手で塞ぎ、チルチャックは食べられそうな魔物を脳内で検索して考え込み、マルシルは驚愕のあまり口を開けて絶句した。
「……う~ん、元の姿を考えなければイケるか? 腹に入れば同じだし」
「……食すというのは、糧になるんですもの。兄さんの愛はともかく、迷宮での餓死を減らせられるわ」
「いやだあああああ!! 絶対、おかしい! 食べられるとかいう問題じゃない! 倫理的に無理よお!」
チルチャックは現実的な意見を述べ、ファリンは前向きな回答をしたが、マルシルは否定の絶叫を上げた。
「なんか、久しぶりに拒絶された気がするな」
「そうだな。皆、寛容だったからついつい忘れておった」
マルシルの絶叫に、ライオスとセンシは行動の意味を思い知らされる。魔物を食えた喜びで忘れていたが、ライオスの嗜好はガネーシャが追放したい程、異常なのだ。
「よし、手持ちの食材で料理を振舞ってやろう。今夜、わしの家に来てくれ。ライオス、ベルも連れておいで。わしもヴェルフを連れてくる。おっと、ヴェルフというのは鍛冶師でな。おもしろい腕を持っておる」
「勝手に決めないで! 魔物を食ったなんて、ファミリアの皆に知られたら、絶対、キモがられるわ!」
断固拒否するマルシルに、チルチャックは非常に面倒そうな顔つきで溜息をつく。
「知られたくないなら、黙っていればいいだろう? 折角、オフレコの情報をくれたセンシの気遣いを無駄にするなよな。それよりもさ、ライオスはしばらくの間、ベル・クラネルと組むんだろう?」
「ああ、そのつもりだ。俺の話を馬鹿にせず、受け入れてくれたベルの成長を見届けたい。良かったら、皆もパーティーに来ないか?」
純粋な勧誘をチルチャックは苦笑して断る。
「俺はすぐにでも中層に降りたいから遠慮するわ」
「私もファミリアの活動資金を稼ぎたいから、兄さんとは組めないわ」
「え! 2人とも断るの? えっと、私は……」
まさかのお断りにマルシルが動揺する。半分、パーティーの復活を期待していただけに、彼女はすぐに決められなかった。
「マルシル、気持ちだけ受け取っておく。ありがとう」
なんだかんだとライオスを心配してくれるマルシルに穏やかな苦笑を見せる。彼女は長い耳を垂れさせて、詫びた。
今夜の約束を取り付け、ライオスは再び廃教会へ赴く。その途中で屋台でベルとヘスティアの昼食を購入する。着いてみれば、ベルしかいない。
ヘスティアは夕方の6時・アモールの広場にて集合と言い放って出かけたらしい。
「今度は女神様とデートか、本当に年上……」
「違うったら! 僕は日頃の感謝を現わしたいだけですって!」
耳まで真っ赤になったベルは必死に否定し、ライオスは疑問に思う。
「よく考えたら、ヘスティア様の見た目はベルとあんまり変わらないな。むしろ、幼いのか? これはロリコンの部類に……」
「神様をロリータ呼ばわりなんて罰当たりだよ! ライオス、自重して!」
大慌てでベルはライオスの口を塞ぐ。本題である夕食にはヘスティアも連れてきてくれると約束してくれた。
「デートなのに、俺達と一緒で良いのか?」
「食事は皆でしたほうが楽しいし、ライオスの友達とも話したいから」
無垢な笑顔に、ライオスは少しだけヘスティアに同情する。夕方のアモールの広場は、恋人達の憩いの場として有名であり、そこで待ち合わせる事は好意を端的に示している。
(神様が人間に好意ねえ、……ま、エルフやドワーフが人間と恋仲になるようなもんか)
適当に納得したライオスは、折角買ってきた昼飯をベルと美味しく頂いた。
●○
センシから夕食に招かれ、ヴェルフは赤竜を倒した大物メンバーと出会えて身震いする。とくに【ただのライオス】は想像していたより、平凡な顔立ちだった。
二つ名【癒しの人】ファリンは、好みではないが可愛いらしい。雰囲気だけで彼女の優しさが十分伝わってくる。
チルチャック、二つ名を【鍵師】。一見、子供に見えるが百戦錬磨の冒険者の目つきをしている。
「ねえ、鍛冶師なのにどうして包丁を打ったの? 貴方も魔物を食いたかったとか?」
答える前からドン引きした視線を送るマルシル、二つ名を【デストロイヤーヴォイスガール】。
4人ともLV.3以上の冒険者だ。
「初めまして、ヴェルフ。君の話はセンシから聞いている。包丁をありがとう、料理の完成には君なしにはありえなかった」
「い、いえ。声をかけてもらって、俺も嬉しかったです。ライオスさん」
手を握って感謝をしてくるライオスに、ヴェルフは恐縮する以外何もできない。
「それでライオス。ベルはまだかの? もう7時になろうというのにちっとも来ないぞ」
「仕方ない。俺は迎えに行ってくるから、先に食べててくれ」
そう告げたライオスは行ってしまう。彼の言葉通り、ヴェルフ達は食事を始めた。
最後に残っていたバトルボアの肉を使い、キラーアントの脚を木端微塵にして精製された塩胡椒をかけたステーキだ。
「へえ、めっちゃ美味いじゃん」
「素材だけじゃなく、センシの料理の腕がいいのよ」
「……俺、多分、他の肉じゃ満足できないかも」
チルチャック、ファリン、ヴェルフとそれぞれ感想を述べ、センシは満足そうに笑う。
「うわ。ええ? これが魔物から出来ているの? 美味しい……」
最後まで抵抗していたマルシルが一番テンションを上げた反応を示した。
結局、食事を済ませてもライオスは戻って来なかった。
「遅くなってはなんじゃ、もう解散するか」
部屋主の意見で自然と皆、席を立つ。料理の感謝と別れの挨拶を告げる中、ヴェルフは迷っていた。
(俺をパーティーに入れてくれ)
この言葉を発するには、ヴェルフは弱すぎる。絶対、この人達の強さに依存してしまう。それは冒険者ではない。いくら、ヘファイストス・ファミリアで爪弾きにされ、迷宮にも碌に潜れないとしても、駄目だ。
不意にヴェルフの背をセンシは優しく叩いてくれた。
「いいのか?」
どうやら、葛藤を見抜かれていたらしい。文字通り、背を押してくれる優しきドワーフ。今は、彼の期待に応えていよう。
「いいんです。今日はすごく楽しかったです。皆さん、ありがとうございました」
晴れやかな気持ちで、ヴェルフは挨拶した。
工房兼自宅に帰る途中、ヴェルフはライオスを見つける。しかし、彼は1人ではなく豊満な女性に壁へ押し付けられていた。
ウエーブのかかった麗しい髪、僅かに滲み出る神々しさは女神だと感じ取れた。
「ヴェルフ、すまんが助けてくれ」
ライオスはヴェルフに気づき、軽い口調で助けを請うた。
「あら、お友達? 貴方も可愛い坊やね。私はデメテルよ。聞いたことあるでしょう?」
やはり、神デメテルであった。
「いえ、俺はこれで失礼します」
そっと逃げようとした時、別方向から大勢の女性がこの場に駆け込んできた。
「デメテル! ヘスティアを見失っちゃった! 何、その人間?」
どうやら、この女性達も全員、神だ。彼女達の目が血走り、ヴェルフは軽い恐怖を味わった。
「この子、ヘルメスのところのライオスよ。ヘスティアの眷族と組んでいるんですって、ねえ、いろいろと教えて頂戴」
細くて滑らかそうな人差し指がライオスの唇をなぞる。普通の男なら、女神の魅力に「イエス」と答えてしまうだろう。
「悪いが、神を愛してないんでね」
屈託のない笑顔で言い放ち、ライオスはデメテルを失礼のないように振り払う。彼は地面に手をついて回転し、ヴェルフの傍へと寄った。
「残って女神様の相手をするかい? それとも、俺と逃げるか?」
「逃げます」
女の相手は不得手だし、彼女らは恐すぎる。理解したライオスは、一瞬でヴェルフを持ち上げた。
抱え方は「お姫さま抱っこ」だ。
「何するんですか!?」
「このほうが運びやすいんだ、我慢しろ」
焦るヴェルフにあっさりと答え、ライオスは建物へと跳躍し、壁を走り抜けた。
「あー! また逃げるぞ! 待てー!」
おもしろそうに声を上げ、女神達は追いかけてきた。彼女らの気迫と落とされる恐怖に、ヴェルフは必死にライオスへしがみついた。
建物から建物へと移りながら、ようやく逃げ切った。
下ろされたヴェルフは安心のせいで気が抜けてしまう。一方、ライオスも流石に疲れて座り込んだ。
「ヴェルフ、大丈夫か? 神って違う意味で怖いな。暇なら、天に帰ればいいのに」
「俺は大丈夫です……。ていうか、意外と辛辣なんすね。神を愛してないとか、天に帰れとか」
地上に舞い降りた神々は多い。ヴェルフもヘファイストスなどの直接関わる神しか、認識していない。しかし、他の神々に対して「帰れ」などとは思わない。信仰ぶる気はないが、不敬な発言は慎んでいるつもりだ。
「そうだな、多分、俺は神があんまり好きじゃないんだよ。娯楽を求めて地上に降りてきたっていう部分がさ。そりゃあ、恩恵はありがたく使わせて貰っているが、好き嫌いは別だ」
「……魔物は好きだが、稼ぎの為に狩る。それと同じですか?」
口にしてから少々意地悪な質問だったと、ヴェルフは緊張する。しかし、ライオスは笑いのツボを押されたように笑った。
「今の俺が魔物を知るには、彼らを狩るしかないからな。俺にしてみれば、一石二鳥だよ」
独特の理論にヴェルフはゾッと心臓が震える。恐怖ではなく、畏怖だ。魔剣を打てる力を持ちながら、それを忌むべき力として拒絶している自分と正反対。
今、ライオスの思考を羨ましいと思ってしまった。
そこに行き着くまでにどれだけの葛藤や苦悩があったのか、興味深い。思えば、ヴェルフとライオスは似ている部分がある。
本人達の考えを他人に否定される。
もし、この場でクロッゾの家系だと話せば、見る目が変わるのではないかと怖い。センシにも、家名を名乗らないのはその為だ。
魔剣を打ってくれと依頼されたくない。
「飯はどうだった? マルシルはちゃんと食べてたか?」
「ええ、一番美味そうに食ってしました」
上々だとライオスは笑う。
「ヴェルフ、俺達は長い付き合いになる。よろしくな」
改めて握手を求められ、ヴェルフは心の底から来る喜びに打ち震えた。
自分を必要としてくれている手。この街に来てから、ずっと欲しかった手だ。ヘファイストスでさえ、ヴェルフの手を取ってくれた事はない。
「勿論です、ライオスさん」
自分よりも逞しい手を握り、ヴェルフは喜びのあまり目尻に涙が浮かぶのを感じた。
もう一度、自分の武具が売れたなら、彼にクロッゾだと名乗ろう。そんな決意を胸に秘めた。
●○
チルチャックは夜道を歩く。ミアハ・ファミリアの本拠ではなく、かつて住処としていた路地裏を目指していた。
深い意味があったのではない。なんとなくだ。
決して、此処に置き去りにしてしまった彼女が心配だったからではない。彼女は自分からチルチャックを拒んだのだ。本当の意味で独りになった彼女がどうなっていようが、関係ない。
小さな悲鳴が聞こえた。
か細くて、聞き逃しそうな悲鳴。そして、下卑た笑い。
気配を消して近寄れば、思った通りの光景だ。
カヌゥ・ベルウェイと取り巻きの2人が、パルゥムの少女から金を巻き上げていた。
4人はソーマ・ファミリアだ。
あの連中には金を稼ぐ理由がふたつ。『酒』が飲みたい、自由になりたい。そして、稼ぐ方法もふたつ。自分で稼ぐか、他人から巻き上げる。
とくに小柄なパルゥムが狙われる。逆らえば、命を取られてしまう。
注意深く観察すれば、少女は彼女である。階段から突き飛ばされていたが、彼女は無事だ。少々の打ち身で済んでいるだろう。
助ける義理はない。ここでチルチャックが飛び出せば、彼女の立場は悪くなる。そして、ミアハ・ファミリアにも迷惑がかかる。
ベルウェイどもが銭の入った袋を大事そうに下げ、去って行く。
彼女は慣れたように乾いた笑いを浮かべていた。
ここで慰めてやるのが人情かもしれないが、彼女は喜ばない。同情するなら、金をくれという名言のままに一蹴するだろう。
一先ず、彼女が生きている確認が取れた。
それだけ満足して、チルチャックは本拠を目指す。そして、あの集り屋の3人を如何に自然な方法で抹殺するべきかを考えていた。
マルシルの紹介でロキ・ファミリアの冒険者とパーティーを組むことになった。
同じLV.3で、一日組んだだけで腕もそこそこ良い連中だとわかる。お互いの戦闘に馴染めてきたので、そろそろ中層に降りる事になった。
チルチャックは噴水で面子を待つ中、ライオスと出くわした。
軽い世間話から、ライオスは急に真剣な表情へと変わる。
「リリルカ・アーデを知っているか?」
彼女の名に、チルチャックは噴き出しそうになった。
「今、その子をサポーターとして雇っているんだ。知っていたら、どんな子か、教えてくれないか?」
用心深い彼女が【ただのライオス】と組むはずない。彼女らしからぬヘマをしたのかもしれない。
「知ってはいるけど、俺が会わない間に変わったかもしれねえし、変な先入観は与えたくないから、あんまり言いたくない」
これは本音だ。
性格や思考は、変えられる。変えられない部分もあるが、それを言っては話は進まない。
「そうか、それなら質問を変えよう。リリは他人の為に貴重品を使える性格か?」
「なんだ、それ? それはねえな。自分の命が危ないならまだしも、他人の為なんて、自分の命を捨てるようなもんだ」
他人の為に命を落としては、意味はない。ただ、チルチャックは自分も助かる前提で仲間を助ける。しかし、彼女にはそんな考えも実力もないはずだ。
「ありがとう、それで十分だ」
納得したライオスは、礼を述べて迷宮に向かおうとしたので引き留める。
「それだけ警戒しているのに、なんでパーティ組んでんだ? 追い出せばいいだろう?」
「パーティーの判断はベルに任せてある。彼がリリと組みたいなら、俺に異論はない。異論はな――」
語尾から冷徹な印象を受ける。ライオスは温厚だが、融通のきかない事がある。迷いのない分、リーダーとして決断力は大いに信頼できるから、逆に困りものだ。
チルチャックの渋い顔から、何かを察したライオスは普段の笑顔を見せた。
「俺はいいんだ。俺は何かされても、大概は対応できる。でも、ベルはあらゆる意味で日が浅すぎる……。出来れば、リリとは穏便に済ませたいよ。諍いを起こしたいんじゃないぜ」
まるでチルチャックへの配慮するかのような口調だ。
「いや、別に……俺にそんな話聞かせなくていいって、別にあいつがどうなろうが、俺は気にしないし」
ライオスは妙な誤解をしている。そう感じたチルチャックは、しっしと手で追い払った。
去って行くライオスを見ながら、疑問が浮かぶ。
(ベル・クラネルとリリがいるのに、なんで独りで降りて行くんだ?)
既に下で待ち合わせしているのかもしれない。
ちょうど、面子が揃ったのでチルチャックはそれ以上考えなかった。
●○
リリはファミリアの集会で本日は休み。それに合わせてベルも休み。
久しぶりの独りでの狩りだ。
理由はドロップアイテムの確率を調べる為である。ベルと組んでから起こり始めた現象だったが、リリを雇ってから一度もドロップアイテムがない。
人数の問題か、あるいはベルの持つスキルが関係している。ライオスはそう推測した。
ステイタスの詮索はご法度だが、もしもベルの力だとすれば、今後の方針は大きく変わって行く。
試しに日が暮れるまでコボルトを狩りまくった。
普通にドロップアイテムとして、耳や尻尾、太ももが残った。
「……ベルのスキルじゃない。これは確実だな。やっぱり、ダンジョンが変化しているのか?」
自分の背丈の倍まで積み上げた部位を見上げ、ライオスは自分なりに推測する。
ダンジョンとは想いに応える場所である。
強さを求める者には、より強さを。
自らを卑下する者には、より屈折した弱さを。
ライオスとベルの共通点は、魔物の食う意思を持つ。故にダンジョンはそれに答えた。
しかし、リリは違う。興味があるのは、冒険者の稼ぎだ。
「……となると、リリにも魔物を食いたいって思ってもらうしかないのか、……バトルボアの肉はもう残ってないし……いきなりコボルトの脚を食ってくれるかな?」
リリが聞いたら、卒倒しそうな事を考えている内に足音が二つ近付いてきた。
冒険者の足音だ。靴と地面が当たる音と歩幅と速度から、女性が2人近づいてくる。屍累々の状況を見たら、またアスフィに苦情が行く。
胸中でアスフィに謝りながら、ライオスは持ってきた袋に部位を詰め込んでいく。
「なんだ、これは? 魔石が散らばっているぞ。……ライオス、トドメを刺していないのか? 散らかすんじゃない」
リヴェリアとアイズだ。
アイズは激戦の後らしく、鎧に少々ヒビが入っている。リヴェリアは基本、後衛のせいか汚れひとつない。そういえば、マルシルから下層に降りていると聞いていた。
「やあ、久しぶりだね。ちょっと、片付けに手こずっているんだ。手を借してくれ」
「断――」
「いいよ」
冗談じゃないとリヴェリアが断る前に、アイズが無表情に楽しさを含ませて魔石を拾い出した。
アイズが動き出した為、リヴェリアは反応に困りながら魔石拾いを手伝った。
「アイズ、何故、私達がこんなことを……」
「普段は人に拾って貰うばかりだもの」
黙々と拾い続けるアイズにリヴェリアは苦笑した。
どうにか、全てのドロップアイテムを詰め込めれた。血の滲み込んだ袋を背負い、ライオスは2人に感謝する。
「それは、ドロップアイテムなの?」
「ああ、そうだ。こんなに手に入ったのは初めてだ。ギルドの連中も喜ぶだろうな。ついでで悪いんだが、上まで送ってくれないか? 今の俺って無防備なんだ」
リヴェリアは溜息をついたが、急きょ、ライオスを護衛してくれることになった。
3人で上りながら、世間話程度にライオスは話しかける。
「マルシルが会いたがっていたぞ」
「ほお、帰ってきたのか。それなら、君の妹御も一緒だな。ちょうど、ファリンのような実力者が欲しいと思っていたところなんだ」
アイズは怪訝そうに微かに眉を寄せ、ライオスを見上げた。
「ライオスはいつまで、ここにいるつもりなの?」
唐突な問いかけは、ただ聞けば早く地上に上がれという意味に聞こえる。だが、ライオスはアイズの言わんとする事は理解出来た。
アイズはいつまで上層で燻っているつもりかと聞いているのだ。
「納得できるまでだよ。多分ね」
今の一番の解答をアイズは不可解そうに息を吐く。
「……、遅くなるのに」
「早ければいいってもんじゃない。俺はそう思う」
アイズが口を開く前に、リヴェリアが気付いた。
視線の先に何故かベルが倒れている。しかも装備らしい装備を全く身に付けずいたので、ライオスはビビった。
「知り合いか、ライオス?」
「俺の相棒だ」
リヴェリアの診立てではマインドダウンらしい。
(魔法も使えないのに、マインドダウン?)
ライオスが疑問していると、アイズが驚愕の声を上げた。
ミノタウロスの一件をアイズはずっと引きずっていたらしい。それにライオスも驚いた。鍛練こそが人生の目標と掲げる【剣姫】が他人の心配をしている。
「私、この子に償いをしたい」
滅多に聞けぬ懇願の声、リヴェリアは優しくアイズにアドバイスした。
アドバイスのままにアイズはその場で正座し、ベルの上体を膝に乗せる。アイズファンが血の涙を流す光景だが、ライオスとリヴェリアは微笑ましく見守った。
「俺もベルが起きるまで……ぐえ」
「行くぞ、ライオス。後はアイズに任せてやれ」
リヴェリアに脛を蹴られ、ライオスは渋々と上を目指した。
「アイズがファミリアの仲間以外に、あんな顔をするんだな」
「……鈍感なおまえに教えておいてやるが、アイズはおまえの話をする時は同じ顔をしているぞ。……くだらん嗜好など捨てて、おまえも下層に降りてこい。希望があれば、ロキ・ファミリアの遠征にも着いてきて良い。その気があれば、私を訪ねろ。団長には私から話してやる」
これは一種の口説きなのだろう。光栄なのだが、ライオスの心は微塵も動かない。
「気持ちだけ頂いておく。マルシルを頼むよ」
「……おまえに言われなくとも、頼まれるさ」
それからお互い無言になり、ギルドに到着した。
リヴェリアの報告にギルドは騒然としていたが、ライオスは我関せずと換金を待った。
(ベルが魔法……。リリの魔剣に助けられた時、魔法は便利だとか言っていたのに? その後、すぐに発現したのか? もしそうなら……そろそろリリが何かしてきそうだな)
ベルが魔法を隠す性格とは思えない。魔法を覚えた冒険者は、陥れにくくなる。まだ覚えたてだが、達人となれば尚更だ。
そうなる前に、リリは動きだす。
これは冒険者としての勘だ。
(チルチャックもリリには一目、置いているようだし……。一度、俺が彼女に不信感を抱いている事はベルに話しておくか……)
裏切りや仲間割れなど、まだベルには知って欲しくなかった。だが、リリを雇い続けるなら対策しておかねばならない。
夜中である為、センシはいなかったが、相応の報酬を貰えた。
●○
リリは油断していた。
何故、油断していたのかわからない。今日もベル(おまけ付き)に会えると期待したせいなどとは思いたくない。
変身せずにうろついていたせいで、集り野郎のベルウェイに捕まってしまった。しかも奴がもたらした情報に、リリは激しく動揺してしまった。
――チルチャックが帰ってきた。
ライオスはすぐにでも、リリについてチルチャックから情報を得るだろう。既に得ていると言ったほうがいい。ベルに伝わる前に、本当に邪魔な彼には、消えてもらうしかない。
「さあ、アーデ。貯め込んだ物を出せって言ってんだよ」
上から目線のむさ苦しい獣人の声に、リリは我に返る。そして、閃く。閃いてしまった。
「ライオス様です。私の本当の取り分は、ライオス様が預かってくれているんです。チルチャックの時もそうやって、貯め込んでいたって聞きました。ライオス様は、リリに同情して下さったんです」
「ライオス? ……まさか、あのライオスか……。なるほど、そうか。そういうことかよ。よーしよし、大事な稼ぎを取り上げられて辛かったろうな。アーデ、今夜、ライオスを連れてきて欲しいんだが? なーに、ちょっと話し合うだけだ」
半分だけ、リリの妄言を信じてベルウェイは嘲笑った。
他のファミリアに手を出すなど、本来ならやらない。だが、リリの稼ぎだと言いがかりを付けて回収するなら、話は別だ。
実際、この方法で弱小ファミリアの冒険者から強奪する者はいる。
解放されたリリは、更に酷い光景を見る。ゲド・ライッシュがベルと接触してしまった。
リリの不手際で生き残ってしまった冒険者に何か吹き込まれたに違いない。もうベルにも、生きていてもらうわけにはいかない。
(一度に済ませてしまおう……)
リリの後ろを歩くライオスの視線がより一層、警戒を伝えてきた。
今日の分の稼ぎを均等に配分し、解散する。
しかし、リリはベルに気づかれないようにライオスを引き留めた。
「ライオス様に聞いて頂きたい事があります。2人きりで……チルチャックについて……、どうしても」
一瞬、目を丸くしたライオスは警戒を一切解かず、承諾してくれた。
(チルチャックが悪いんだ。帰ってきたりなんかするから、チルチャックもこいつもリリの嫌いな冒険者なんだから……)
リリは暗い気持ちでライオスへと微笑んだ。
閲覧ありがとうございました。
またシリアス回でもうしわけない。
笑いが欲しいなあ。
ファリンの二つ名は、本人の性格もあって【癒しの人】
チルチャックは【鍵師】しか浮かびませんでした。ソーマにいたせいで、原作より少々、根性が曲がっています。
マルシルはいつも叫んでいる印象があるので、痛い二つ名を貰いました。