ダンジョンに飯を求めるのは、間違っているだろうか? 作:珍明
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・16.6.5、7.1
17.10.11に誤字報告を受け修正しました。
本日の犠牲……もとい、獲物はダンジョン・リザード。
縄でしっかり固定され、自慢の尻尾を切り落とす。簡単な血抜きをして、ライオスはハムのように薄くスライスした。
「……いくぞ」
緊迫した雰囲気で、ライオスはベルに声をかける。ベルもまた、緊張に瞬きを忘れて見守った。
――ガジッ。リザードの生ハムを齧る。
「……うえ」
舌には、血生臭い味しか広がらない。それでも、ライオスは尋常ではない不味さに耐える。耐えて、飲みこんだ。喉を通り、胃に落ちた感覚。
吐き気に耐えながら、ライオスは口を押さえて、ベルに視線で合図する。ベルは、リザードにトドメを刺した。
魔石が落ちると同時に、ライオスの胃に奇妙な違和感が来る。ただ、味だけが舌に残った。
「これは……ベルの推察通り、血以外は消えてしまうな。素晴らしい発見だ」
渋い顔をして、ライオスは舌をタオルで拭う。表情に合わず、声は明るい。
「良かった……ですか? これからは、どうやって……?」
「そうだな、単純だがアイテムドロップ化を狙うしかないか……」
ベルの質問に、水筒の水で口を濯いだライオスは思いつく。爪や牙は稀に落ちる。しかし、食せる部位がアイテムドロップさせる等、ライオスとて聞いた事ない。
「それなら、やっぱり中層か、深層に行くしか……」
ベルはまだ駈け出しだ。中層は勿論、深層など持っての他だ。別れの予感にベルは寂しそうに項垂れた。
「いや一層ずつ、ひたすら討伐していく。勿論、他の冒険者の邪魔にならないようにな。元々じっくり調べていく予定だった。ベルに合わせるよ」
今後の予定を話すライオスに、ベルは表情を輝かせた。
入口を目指している時、2人は『豊穣の女主人』で今夜の食事を約束する。
「今夜こそベルの神様に挨拶しないとな。先日は、それどころじゃなかったし……」
ベルを本拠(ホーム)まで送った際、ヘスティアは傷だらけの彼をみてライオスを責め立てた。反論の余地もなく、追い返された。
ライオスを知っていたのではなく、朝帰りで傷だらけのベルの身を案じたからだ。
回復したベルが必死に、ライオスを擁護した事も気に入らなかったらしい。
「いえ神様が今日から2・3日留守にするって言ってました。何処行ったんだろう?」
「……ああ……きっと神の宴に行ったんだろう。年に一度の怪物祭(モンスターフィリア)が近いんだ」
一般人向けの娯楽が少ないオラリオに、ガネーシャ・ファミリアが主催する祭だ。開催3日前には、神の宴を催し、祭りの成功への前祝い、地上に住まう神々との交流を図るらしい。
「闘技場での魔物の調教は見物だそうだ。屋台も増えるから、行ってみるといい」
「へえ。だったら、ライオスさんも一緒に行きましょう」
折角の誘いに、ライオスは苦笑する。
「俺はガネーシャ様から目を付けられていてね。闘技場へは行けないんだ。行くと団長にクレームが行く」
今度はベルが苦笑した。
「そういえば、……最初はガネーシャ・ファミリアにいたそうですね」
あの晩、ベートが大声で話した内容をベルは覚えていた。
「あれは俺が軽率だった。LV.2にランクアップしたからと皆で祝っている時に、泥酔いしてしまってな。ガネーシャ様に今後の目標を聞かれて、馬鹿正直に話してしまったんだ」
不意にライオスは思いつく。
「そうか、神の宴があるならヘルメス様も帰ってくるかもしれないな。やっとステイタスが更新できる」
「え? ヘルメス様って、そんなに帰って来ないんですか? いつからステイタスを更新してないんです?」
吃驚したベルに、ライオスは慣れたように教えた。
「ここ半年程、更新してないな」
「それでよくファミリアの皆さん、暴動を起こしませんね……」
反応に困ったベルは、当たり障りのない言葉で返した。
ライオスが本拠に帰ると、ファミリアの仲間が全員集合していた。面子を確認し、アスフィは告げる。
「ご存じの方もいるでしょう。3日後に怪物祭が開催されます。我らのヘルメス様も今夜の宴の為に、お帰りになられました。明日の晩、皆さんはステイタス更新を受けますので、必ず本拠に戻ってください」
何故だか、アスフィはライオスを睨んでいた。
●○
昼頃になり食事にする。ライオスは自分お手製のサンドイッチ。ベルも丁寧な作りの弁当だ。
「そのお弁当はベルが自分で作っているのか?」
「いえ……あのシルさんが用意してくれるんです……」
照れた顔で、ベルはモジモジと身を捩らせる。
「あのウェイトレスか……。あの子は君の事が好きなんだね。そうじゃないとここまで栄養バランスの摂れたお弁当を構えるなんて、ないよ」
ライオスの微笑ましい指摘に、ベルは耳まで真っ赤に染まり沈黙した。
「明日の祭は見に行くか?」
「はい、ちょっと見てみたいので行こうと思います」
つまり、明日の狩りは休みだ。2日分を稼ぐ為に、2人は各々の全力を出し切る。夕方には、ベルは肩で息を切らしたが、ライオスは平然としていた。
本日の稼ぎ、3万ヴァリス。
「ライオスさん今日は半分にしましょう! 僕、貰いすぎですって!」
必死なベルは、1:3で配当しようとするライオスを説得する。確かにベルは昨日より、確実に強くなっている。半月の駆け出しとは思えない強さだ。
強さに見合う礼儀を尽くすのも、パーティの信頼に必要だ。
「配分については、また考えよう。そのお金で今夜はシルにお礼をするといい」
再びベルは恥ずかしさで沈黙した。
●○
ライオスと別れ、ベルは備品の補充に商店を回る。しかし、備品といってもポーションなどの高級品は買えない。ナイフ用の研ぎ石、血止めの包帯、衣服が破れた時の裁縫道具を買い足すのだ。
(ライオスさんのお陰で稼げるようになったけど、いつまでも甘えられないし……。せめて、剣だけでも買いたいなあ……)
ショーウィンドーに飾られた剣は、短剣でも80万ヴァリスと高い。
ただ、眺めているとベルは知っている声を聞く。ヘスティアと親しい神ミアハだ。
「ミアハ様! こんばんは。あれ? ミアハ様は神様の宴には行かれないんですか?」
「ああ、声はかけて貰ったが、弱小ファミリア故に商品の調合に明け暮れていてな。遠慮したのだ」
神々には、それぞれ事情がある。察したベルは話題を変えた。
「そうだ、僕。最近パーティを組んだんです。ライオスさんっていうヘルメス・ファミリアの人で、とっても強いんですよ」
「……ライオス! あのライオスか……。 良い人選だベル。冒険者としての腕は私も保証できるよ、彼は」
『冒険者としての腕は』、そこだけ強い口調でミアハはベルの肩を叩く。だが、ベルは別に疑問を感じた。
「ミアハ様、ライオスさんを知っているんですか?」
「ああ、彼の妹御が私の眷族でね。彼女も優れた冒険者なのだが今は里帰り中で街にいないんだ」
まさかの繋がりにベルは心が躍る。今度、ライオスに紹介して貰おうと思った。そして、ミアハから良き隣人への胡麻摺りとパーティ結成祝いで、ポーションを2つも貰ってしまった。
●○
今夜のヘルメスは、ステイタス更新作業で大忙しだ。
まずは女性の眷族から順番に呼ばれていく。男性陣は退屈そうに呼ばれるのを待つ。ライオスも時間潰しに愛読書を読み耽る。
新しいスキルを発現させた者、魔法を覚えた者、ランクアップした者、皆、ヘルメスに感謝して自らの寝床へ向かう。それぞれ、満足そうだ。
最後の1人となったライオスも呼ばれた。
「やあやあ愛おしき眷族ライオス、君で最後だ。野郎の体なんてじっくり見たくないから、さっさと済ませてしまおう」
挨拶もそこそこに、ライオスは上の服を脱ぐ。ヘルメスに背を向け、椅子に座って前屈みになる。女性なら、傍の寝台で横になってリラックス出来るが、男性は雑い体勢を強いられるのだ。
ヘルメスの指先に、ナイフが刺される。一滴の血がステイタスに落ちれば、文字が淡い光となって、彼の前で変化していく。
この状態では、眷族にステイタスは決して見えない。なので、変化した部分を紙に写し込むのだ。
(……ん? んん? ランクアップ……だと!? ええ!! 半年前にLV.3になったばかりなのに!?)
ライオスは半年前、20階層で突然変異した魔物・赤竜をパーティで倒した際に、LV.3へと昇格した。メンバーだった他の5人も同様にランクアップしたという。彼の妹ファリンもその1人だ。
あの日から、上層ばかり狩り場にしていると、アスフィから報告を受けている。ランクアップの要因などひとつもない。
(しかも、またスキルが発現した!?)
LV.1の時、スキル『防衛の盾(ディフェンス・シールド)』を発現させた。誰かを護り抜くと宣誓した瞬間、全ての物理・魔法攻撃を無効化するスキルだ。重装戦士には、よくあるスキルで珍しくない。
だが、今回は……その名も『美食家(グルメ)』、本人が望んだ魔物の部位をアイテムドロップ化させる。
こんなスキル、聞いた事ない。まるでライオスの「魔物を食いたい」願望を叶える為にある。
まさにレアスキル。娯楽に飢えた神々が知れば、楽しく大惨事となるに違いない。
(おもしろい、おもしろいぞ! ライオス! ガネーシャが君を捨てた事を感謝しよう!)
ふつふつと高揚感が湧き起こり、知らずと笑みが零れるヘルメス。
「ヘルメス様」
(誰にも、渡さないぞ。俺の――)
「ヘルメス様!」
ライオスの声に、我に返ったヘルメスは動揺も見せずに笑いかける。
「寒いので早くして下さい。後、笑い声が聞こえています」
抑揚のない声だが、不気味に思っている。
「あはは、ごめん、ごめん」
眷族にもステイタスを読めるように、紙へと写し込む。本来なら、その前に発現した発展アビリティを選んでランクアップするのだが、ヘルメスは教えない。しかも、スキルの部分に細工した。
「はい! 上層ばっかりだからかな? あんまり、変わってないね」
ステイタス紙を見つめ、ライオスは不可解そうに眉を寄せる。
「魔力以外がオールGに上がっているんですけど……。バグですか? ずっと上層にいたのに……?」
「半年間も毎日、欠かさずやっていれば普通に行くんじゃない? 深層なら絶対Cだと思うよ。多分ね」
イマイチ納得し切れないライオスだが、最近はベルとの狩りが楽しい。その心の変化が影響している可能性も考えた。
「ありがとうございました。ヘルメス様は、いつまでこの街にいるんですか?」
「ん? もう行くよ? 義務は果たしたしね」
またアスフィの胃が痛みそうだ。ライオスは、瞑想して彼女を憐れんだ。自分も胃痛の原因の一つである事を棚に上げて――――。
感謝して退室していったライオスを見届けた後、ヘルメスは胸中で一人の少年の名を呟く。
(ベル・クラネル、ライオスを上手く使っておくれ。これだけは俺の楽しみだ)
愛想の良い笑みなのに、その目は飢えた獣のようにギラギラしていた。
●○
本日の狩りはお休み。そして怪物祭り。普段はない美味しい出店が多く出回る日だ。
なのに、ライオスはアスフィから治安巡回を命じられた。祭りは皆、ハメを外しやすい分、喧嘩やスリ、窃盗も絶えない。
ギルドからの万一の応援要請だ。勿論、臨時報酬も出るのだ。
ライオスは巡回しやすいように腰に剣を下げ、鎧を脱いだ状態で仲間とあちこちと回った。屋台のクレープやら、休暇を勝ち取った他の仲間がデートしている姿を恨めしく眺めたりした。
「ん? なんだ? これは……魔物の足音?」
街の喧騒から、ライオスは魔物特有の足音を耳にする。他の仲間は全く聞こえないので「幻聴だよ」と苦笑した。
「ライオスさん! ちょうど良かった!」
ギルド職員の女性ミィシャ・フロットが甲高い声で走り寄ってきた。彼女はライオスに小声で耳打ちする。
「あのね、闘技場から魔物が逃げちゃったんだって……、それでガネーシャ・ファミリアから応援要請が来てるの。出来るだけ、市民を怖がらせないように魔物を退治してくれって」
太陽の下で魔物を視認できる。滅多にない機会にライオスは返事もせず、疾走する。音から位置は判断出来る。
一番に現場へ着けば、バトルボアがいた。
猪に似た風貌は、食欲がそそる。きっとロースが美味いはずだ。
そんな場違いな考えを巡らせながら、怯える人々に突っ込もうとするバトルボアを背後から、強襲。一撃によって、魔物は真っ二つになり、魔石を残して霧散した。
だが、今日は魔石以外に残った物がある。バトルボアの肩から腰の部分だった。
「あれ?」
魔石を無視して、ライオスは落ちている肉を持ち上げる。この感触、猪とは違う独特な香りはバトルボアで間違いない。
追いついたミィシャと仲間が魔石を拾う。そして、ライオスの手にした肉に注目した。
「なんですか? それ?」
「……多分、バトルボアの肉だ」
「は!?」
ミィシャの質問に、素直に答えただけなのに、仲間が怪訝な顔をした。
(まさかアイテムドロップ?)
少々、疑問に思う。今までこんな事はなかった。半年前でも同じだ。昨日の今日で望みが叶うのだろう。偶然かどうかを確かめる為に、ライオスは他の逃げた魔物を追いかけた。
バットパット、インプと倒したが、それぞれ何も落とさなかった。もっと試したい。
「これで全部か?」
「他の冒険者にも、応援を頼んでいるから……えっと……」
「後は、シルバーバックだけです。なんでも白髪の少年を追いかけて『ダイダロス通り』へ逃げて行ったそうです」
追いついたギルド職員がミィシャに代わって説明する。
白髪の少年、それが誰なのかすぐにわかった。ライオスは真っ青になり、すぐに駆け出す。
仮にライオスがシルバーバックを倒し、また体の部位を手に入れたとしても、ベルが食われた後など冗談ではない。
ベルだけは魔物を食す話を馬鹿にせず、真面目に応援してくれた。絶対に失いたくない。
(ベル、俺が行くまで持ち堪えろ!)
ライオスは、久方ぶりに仲間を想って街を走り抜けた。
閲覧ありがとうございました。
いつ更新できるかわからないのに、ここで区切ります。すみません。
ファリンはミアハ様の眷属です。理由は、後の話にて説明したいと思います。
スキル『防衛の盾』、盾職らしいスキルを適当に作りました。
そして、スキル『美食家』!これがあれば、きっと、ライオスの願いは叶う!ちなみに『東○喰○』や『ト○コ』は関係ありません!
ランクアップを本人にすら、誤魔化せるのかは知りませんが、できない場合はすみません。あと、ヘルメスはホ○じゃありません!