ダンジョンに飯を求めるのは、間違っているだろうか? 作:珍明
当方、ダンまちの原作を読んでません(ごめんなさい)。
●○は視点の切り替え、大きな時間の経過を意味します。
・16.7.1に誤字報告を受け修正しました。
今日から、冒険者だ。
洞窟にも見える迷宮一層、ベル・クラネルは初心者のナイフを手に歩く。まずは、初心者にお勧めのゴブリンを必死になって、1体倒す。ゴブリンは、絶命の証に魔石を落とした。
たった1体、それだけで呼吸が荒く肩で息をする。汗を拭い、魔石を拾う。その調子で5体まで倒した。
「よし、順調、順調。今日は帰ろう。エイナさんとの約束だし」
初日は5体まで倒せたら、お終いにするように注意を受けていた。
入口に帰ろうとしたベルは、絹を裂くような悲鳴を聞いてしまった。自分と同じ、初心者の冒険者が危険に陥っている。助けたい一心で、ナイフを構えて悲鳴を辿った。
そこには、重厚な鎧を着込んだ男が座り込んでいる。彼の手元には、ゴブリンが床に張り付けられていた。ゴブリンは尖ったピックで手足を突き刺され、激痛に悲鳴を上げている。間近にいる男は、微動だにしない。
しかも、男の手にあるナイフは、ゴブリンの皮膚を丁寧に刺し込まれていく。猪や鹿を解体する動作によく似ている。
――そう、男はゴブリンを生きたまま解体しようとしているのだ。
悟ったベルは戦慄した。そんな事、狂気の沙汰でしかない。
「あ……、あの」
痛ましい光景に思わず、ベルは弱弱しく男に声をかける。
応じるように男は無言を振り返る。その顔には、ゴブリンからの返り血で濡れていた。
「こんばんは? おはよう? 今何時か聞いてもいいかな?」
「ぎゃああああああ!?」
抑揚のない声に、ベルは恐怖で悲鳴を上げた。
この場から逃げ出したい。脳髄から来る本能に逆らわずベルは走り去った。
残された男はベルの悲鳴に少なからず驚き、手元を狂わせた。それがゴブリンの急所を突いてしまい、魔石が地面を転がった。
「失敗した……、最初からやり直しだ」
残念そうな声が自然と響いた。
●○
ギルド。迷宮管理、冒険者の稼ぎである魔石を現金化する役目を持つ。
ベルの担当アドバイザーたるエイナ・チュールは、受付嬢として冒険者を送り出し、帰りを待ちわびる。本日、初めて迷宮に潜るベルの帰りも待っていた。
「エイナさぁぁぁぁん!! 迷宮に変な人がぁ!?」
ベルは必死な形相でギルドへ突入した。そして、今見たばかりの光景をエイナへと伝える。白髪を振り乱し、赤い瞳を涙で充血させる彼は少々、滑稽に見える。
ハーフエルフのエイナには彼の声がキンキンと響く。粗方、説明するとベルはやっと落ち着けた。
「ベルくん、落ち着いてね。その人は悪い人じゃないから、怖がらなくても大丈夫よ」
丁寧な物腰で話され、ベルは拍子抜けしてしまう。
「いやいや、だってゴブリンを……というか、生きたまま解体って……」
場面を回想し、ベルは恐怖を蘇らせる。淡泊そうな男の表情から人間味を感じない。
怯えるベルに、エイナは困り顔で笑う。ショッキングな場面を目にした彼に、これ以上、何かを言うのは酷だ。
「あ、そうだ。帰ってきたって事は魔物を狩れたんでしょう? 換金してファミリアの神様に見せてあげましょう」
「そうですね! はい、そうします!」
自分が初日を無事に終えた。その事実に気づき、ベルは換金所へ向かう。
――本日の稼ぎ、1000ヴァリス。
これで、『ジャガ丸くん』が20個、買える。
自分だけで稼いだ金を慎重に受け取り、ベルは感慨深い思いに浸る。初心者丸出しの彼をエイナは微笑ましく見守った。
神ヘスティアは、収益よりも五体満足で帰宅したベルを褒め称えた。そんな彼女に、解体男の話は出来なかった。
話せば確実に心配され、もう迷宮に潜るなと云いかねない。
あれは初心者への洗礼だったのだ。あんなモノが亡き祖父の言う「ダンジョンの出会い」であろうかはずもない。
勝手に自分を納得させ、ベルはヘスティアに迷宮の感想を聞かせた。
●○
ベルがギルドを後にしてから、十分後。
エイナは1人の冒険者を出迎える。重厚な甲冑に身を包み、兜がなく短髪の頭が剝き出しだ。ベルが目撃した解体男だ。彼は丁寧に挨拶を返す。
「お帰りなさい、ライオスさん。聞きましたよ、第一層でゴブリンを解体してたそうですね。初心者の子に目撃されちゃってます」
「ただいま、エイナ。解体じゃなくて、調理だ。それにあんな朝早くに人が来るとは思わなかった」
眠気と共に欠伸の衝動が来る。ライオスは口元を隠し、欠伸をひとつ。
「いや、調理でも怖いですよ。普通に」
ベルが見た解体場面は、ライオスなりの調理を施していたのだ。何故かって、魔物を食べる為だ。何故、食べるのかって、食べたいからだ。
だが、皆さんもご存じ、魔物は絶命すれば、魔石を残して霧散する。時折、アイテムドロップとして、爪や牙を残して逝く。
――では、どうすべきか? 魔物に生きながら、食い付くしかない。
このライオスという男は、魔物を愛してやまないマニアだ。愛するが故に、食したいという願望にとりつかれている。そんなグロテスクな願望に付き合う仲間はおらず、彼は独りで細々と行う。
無論、エイナは何度もやめるように説得したが、ライオスは耳も貸さない。彼のストッパーである妹ファリンが里帰りで街を離れた今こそ、やり遂げたいのだ。
無駄に熱心な彼をエイナは、ファリンが戻ってくるまでならと期間限定付きで許した。何故なら、調理する姿は凄惨を極め、活動当初は他の冒険者からのクレームまで来てしまった。
ライオスが所属するヘルメス・ファミリアの団長アスフィ・アル・アンドロメダは、方々に頭を下げて回り、心労で胃を痛めたらしい。肝心の神ヘルメスが許可してしまったので、ギルドもそれなりに対応せねばならない。
「また夜通しで上層をウロウロしていたんですか? いくら実力があってもソロは危険なんですよ。本当に気をつけて下さい」
呆れたエイナは、厳しい声でライオスを注意した。彼は冒険者があまりいない時間帯である夜を基本に活動している。
「油断なんてしないさ。でも、心配してくれてありがとう。そうそう、今日の……白髪の子供に会ったら、謝っておいてくれ」
「一応、私からも言っておきますが自分からも言って下さいね」
エイナは人差し指を突き出し、ライオスに約束させる。彼は眠そうに承諾し、換金所に行く。徹夜して稼いだ魔石は八千ヴァリス。一層での稼ぎにしては、上々の出来だ。これを団長に献上して、少しでも機嫌を取る。いつも、雀の涙だと叱責を貰うが、無いよりはいい。
ギルドを出れば、眩しい光が目に入る。
「よお、ライオス! また徹夜で上層か!?」
低くしゃがれた声で、いかいも荒くれ者の風貌な男がライオスに挨拶した。モルド・ラトローとその仲間達だ。顔馴染みへ、彼はハイタッチで挨拶を返す。
「おはよう、モルド。今日は中層か?」
「あたぼうよ。もうすっからかんだからな。今日はちょいと、本気を出すぜ。おめえも律儀に妹との約束なんざ守らねえで俺達と来ねえか? てめえの腕だ。歓迎するぜ」
朝からハイテンションのは、自分の仲間に同意を求める。勿論、彼らもライオスなら歓迎だ。
しかし、ライオスは失礼のないように断わりを入れる。ファリンとの約束は、「自分がオラリオに戻るまで、中層以下に降りない」である。
モルド達はライオスを小馬鹿にした後、さっさと迷宮の入り口へ向かった。彼は口は本当に悪いが、ライオスの生存確認と小馬鹿にする為に、わざわざギルドへ足を運ぶのだ。
つまり、暇人である。
本拠(ホーム)に帰れば、団長アスフィが冷たい眼光で出迎えた。
「ああ、お帰りになったようですね。もう帰ってこなくても良かったのですが? またそんなハシタ金で私の機嫌が取れるとでも? 大体あなたは……」
今日も朝から、団長のお小言を貰う。自業自得だが、ライオスは反省しない。
愛すべき魔物達を美味しく平らげるその日まで、絶対に止めない。
――これが2人の出会いである。
閲覧ありがとうございました。
これを機会に増えよ!ダンジョン飯・二次小説!!