マージナル・オペレーション 異聞録   作:さつきち

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できれば週1と言いました。

だからといって章を割るのは詐欺・・・か?


雨とジャングルとイブン・前編

あるタイからの帰り道、パジェロミニの車内は僕とクロエだけだった。

 

先日、シュワさんの元部下さん達を、今部下さん達にするためにジャングルから涅槃に送り届けた。

 

引継ぎが終わってクロエを戻すことになったんだ。

 

イヌワシとジニ、ジブリールはまだシュワさんのところだ。

 

またランクルが調達できたので、明日の商談に立ち会ってからその車で帰ってくるとの事。

 

シュワさん的には、たいした取引相手じゃないから別にいい、と言っていたけど、

 

父としては「挨拶は大事」って事らしい。

 

「クロエは早く兄弟達に会いたいだろう?」

 

そう言って一足早く僕らを送り出してくれた。

 

護衛が減ることに少しだけジブリールが不満の表情だった。

 

街から出るのにはマフィアが手を貸してくれた。まぁ車を運転してくれただけなんだけど。

 

街から出てから運転をかわって、マフィアは車から降りた。歩いて帰るらしい。

 

雨が降り出していた。

 

僕は装備の中から白いポンチョを出してマフィアに渡そうとした。いらんと言われた。

 

「バカ野郎。テルテル坊主になっちまうだろうが」

 

今日は珍しく黒いジーンズにTシャツだった。グラサンは相変わらず。

 

テルテル坊主ってなんだろう?

 

よくわからないけど恥ずかしそうだった。

 

確かにちょっと面白い姿になるかもしれないと思って引っ込めた。

 

「たまには濡れて歩くのもいいさ。この国は暑すぎる」

 

挨拶もそこそこに踵を返して街に向かって歩き始める。右手をあげてひらひらと振った。

 

僕はため息をついて、ゆっくりと車を出した。

 

「いいんですか?」

 

少し走ってからクロエが聞いてくる。

 

「いいんじゃないかな。マフィアはいつもあんな感じだ」

 

クロエの頭が運転席側に傾いてくる、何をしてるのかと思ったらサイドミラーを覗き込んでいた。

 

僕もミラーを確認する。

 

マフィアが振り向いてこちらを見ていた。

 

心配そうな顔をしている。いや、もう表情が見える距離じゃないけど、そんな気がしただけ。

 

クロエが少し笑う。

 

「そうですね、いつもあんな感じです」

 

「良くして貰ってたんだな」

 

「はい、いつかしっかりと恩返しをしたいです」

 

声が少し震えていた。助手席をちらっと見ると顔をそむけて外を見ていた。

 

今度タイに行くときは何かお土産を用意しようか。

 

でもミャンマーの山奥で何が手に入るのだろうとか考えつつ少しスピードを上げた。

 

雨が強くなってきていた。

 

会話する雰囲気でも無くなっていたので部隊の事を考える。部隊、、、部隊、、、

 

考えないようにしていた事を思い出してしまった。

 

最近流行っている言葉だ。

 

「部隊に申請する」

 

最初聞いたときには何の事を言ってるのかわからなかった。

 

実際はちょっと前に決まった、新しい規則のことだった。

 

以前から問題なっていた、男女間の親交をどこまで認めるかって話だ。

 

仲の良い男女が同一部隊内にいると作戦行動に支障をきたす。

 

古今東西、男女混合部隊ならではの悩みのタネだそうな。

 

規制する、禁止するとかなんとか色々案が出てたようだけどイヌワシ達が色々話し合った結果、

 

ホリーさんの一言で決着したらしい。

 

「規制や禁止などナンセンス。ありえない!」

 

結局、部隊に申請する事によりオッケーとなった。

 

ホリーさんによれば、申請することによって自覚を促し、同じ部隊への配属を回避でき、なおかつ休暇は一緒に取れるように配慮できるとのこと。

 

メリットをしっかり強調した良い案だという事で採用された。

 

だけど、そういう仲を公開するするようなものなのに大丈夫か?と思ったのは杞憂だった。

 

つまり大多数はオープンだった。トニーの影響かな?

 

しばらくは申請ラッシュで僕も色々手伝わされた。特に部隊の再編成。

 

一週間で別れてるカップルとかの噂を聞くと、手間を返せと思ったものだ。

 

そして定着した、この言葉

 

「あなたとの事を部隊へ申請したい」

 

なんとも奇妙な告白の言葉だと思った。

 

「スラングなんてものはそうやって生まれてくるものさ」

 

オマルはそう言って笑っていた。

 

そして自分の不甲斐なさを恥じる。

 

少なくとも僕はサキとの事を部隊に申請したいと思っていたが、実行に移せないでいた。

 

不謹慎だと思っている部分も少なからず、ある。

 

そんなことより訓練とか勉強だろうと。

 

僕らはみんなどん底からイヌワシに拾われたのに、今まだどれだけ甘えているんだと。

 

しかし

 

ホリーさんは言う。

 

「年頃の子供達ですもの、あってあたりまえでしょう」

 

ランソンは言う。

 

「人間は慣れる生き物だ。悪い環境にも、良い環境にも」

 

イヌワシは言う。

 

「それも広がった選択肢のひとつだ」

 

 

 

ぐるぐると考えながら漫然運転をしていたらしい、ミャンマーのジャングルに入っていた。

 

いつの間にかクロエは寝入ってる。

 

雨はもうバケツをひっくり返したかのようで、全くスピードを出せる状態じゃなくなっていた。

 

道なき道を進むルートは控えて、安全なルートを選ぶ。

 

「固定されたルートは待ち伏せされやすいから気をつけるように」

 

父からは言われていたが、とても知らないルートを通れる状況じゃなかった。

 

神経を使うけど、思った以上にこの車に乗りなれていたようだった。

 

見知ったルートに乗って、無事キャンプまで後少しとなったところでクロエを起こす。

 

ううぅん。と目をこすりながら起きる。そして雨の状況に驚く。

 

「すみません、イブン。交代しながら運転しなければいけなかったのに」

 

クロエはまじめだ。しょんぼりしている。

 

「まぁこっちは慣れたもんだ。それにもうすぐ着く。気にするな」

 

そう言って慰めた。

 

「帰ったら何か暖かいものを食べよう。ラスルでも誘って」

 

今日の夜はラスルは非番のはずだ。

 

クロエには久々のイスラムの食堂だ。楽しく過ごしてもらいたい。

 

 

 

キャンプハキムにたどり着いて、さてどこの格納庫に行こうかと考えた。

 

少しだけ雨脚が弱い。まぁさっきまでのジャングルが異常なんだけど。

 

時間は19:00。

 

こんな雨の中で、スクランブル用のジムニー格納庫に明かりがついていた。

 

へんだなと思いつつ、まぁ稼動してるならいいだろうと迷、わずそこに向かった。

 

結構な人数が作業をしていた。主にジムニーのタイヤ交換などだ。

 

併設された装備倉庫の前にはオマルとラスルがイルミネータを装備して立っている。なんだ?

 

 

 

車から降りるとラスルが走ってきた。僕とクロエを見て少し焦っているようだ。

 

「ただいまラスル、どうした」

 

なるべく落ち着いて挨拶をしてみる。

 

だがラスルの焦りはかわらない。

 

「よく帰った、イブン、クロエ。だがイヌワシはどうした」

 

その質問にゾワっとしたものを感じる。定時連絡が取れてない?

 

「イヌワシはタイに残って明日の商談に参加する。滞在予定は1日延びた。連絡は取れてないのか?」

 

こちらも睨み付けるようにラスルを見た。

 

悠然と構えていたオマルも向こうから歩いてくる。

 

「定時連絡が来ていない」

 

焦るな落ち着け。タイでのことを思い出す。

 

そうだ。定時連絡の後で明日の商談の話になったんだ。

 

昼食が済んでいたから、父から言われるままに僕とクロエは街を出た。

 

その後の定時連絡から不通という事か。

 

ならば父も予定を再度変更して、こちらに戻ってきている最中だろう。

 

定時連絡の差分と天候を考えて、2~3時間後には戻ってくるはずだ。

 

外での連絡はイリジウムしかない状況だ。ぽんこつスラーヤめ。

 

数秒考えて、以上の話をまとめて話す。

 

その上で付け加える。

 

「今までも同じようなことはあった。この天候だけど車両もランクルだ問題ないだろう」

 

言い切る僕にラスルは少しほっとしたようだった。

 

「それはそれとして別問題がある、一緒に来てくれ」

 

こちらにイルミネータをわたしてくる。なんだか今日のラスルはせっかちだ。

 

非番だったはずなのに。

 

「データリンクしろ。ミーティングだ」

 

仕方ないからクロエのことはオマルに頼んだ。

 

イルミネータを装備して、データリンク。

 

表示されているのは僕とラスルとオマルの3人だけ。

 

「やぁイブンおかえり。」

 

指揮官である祖父の声が聞こえる。

 

「ただいま戻りました、何があったんですか?」

 

ランソンがため息をつく。

 

「パトロール隊が出ているのだが、この天候が気になってね。キミの意見を聞きたい」

 

このバカみたいな雨の中をパトロールだって?

 

「即座に帰等させるべきです」

 

「果断だな、だがイルミネータをつけていないのだ」

 

そういやそんな訓練もしていたな。

 

「イルミネータが無いと何も出来ない兵」ではいけない。

 

いやいや最新装備を使いこなしてこその兵。

 

言い合ってる人達を見ながら、これも賛否両論だなぁと思ったことを思い出す。

 

そしてパトロールは実戦だと思うが、訓練の一環という見方もできる。難しい。

 

まぁ多少でも危険を感じたら装備するだろう。

 

「隊長はアブド君なんだが、指示を誤解してしまったようだ。イルミネータを置いていった」

 

倒れそうになった。ラスルを見る。

 

「即座に迎えのジムニーを出すべきです」

 

スクランブル格納庫の近くには20人程の兄弟が待機してるはずだ。

 

「まだパトロールの帰等時間に達していなくてな、アラタに判断を仰ごうかと思ったんだが」

 

ランソンにしてはぬるい判断だと感じた。

 

あぁそうか、自分が走ってきたジャングルの中の状態をわかってないんだ。

 

「ジャングルの中は濁流のようでした。あれと比べたらここだけ例外に雨が弱いんです」

 

ランソンはしばらく考えたようだった。

 

「よし、お迎え隊を出そう」

 

そう言ってくれた、良かった。

 

待機所でベルが鳴った。まれにしか鳴らない緊急出動。

 

3人しかいなかったデータリンクに、待機要員が参加してくる。

 

「兄弟のために」

「兄弟のために」

「兄弟のために」

「兄弟のために」

「バカアブドのために」

 

頼もしい。でもなんか変な台詞が混ざったような。

 

「ジムニーは用意してある、1台1人だ。各員乗り込んだ順にOM1~OM20を割り振る。兄弟達を迎えに行け」

 

なんだ、ランソンもその気だったんじゃないか。よく見ればタイヤもしっかり交換済みだ。

 

1台のジムニーにクロエが乗っていた。クロエもやる気満々だった。

 

誰だイルミネータ渡したの。すっとにらむとオマルが置物になった。

 

おい、待機要員が一人あまっちゃうだろと思った。

 

まぁよし、これで迎えに出れる。

 

「おまえは出るなよ」

 

ラスルに釘を刺される。まぁいい、お迎えが出発できればオッケー。

 

 

 

だがそうはならなかった。

 

ジャングルからパトロール部隊が帰ってきたのだ。

 

一人、二人・・・・

 

「お迎え部隊の出発は中止だ、ラスル点呼をとれ」

 

みな、雨のジャングルでかなり消耗していたが、バックアップの女子隊員に付き添われて介抱されていた。

 

医療班も来ていたが、一応という感じで、重症の者はいなさそうだった。

 

胸を下ろす。

 

作戦時間を満たさず、隊長から撤収の命令が出たそうだ。アブドにしてはいい判断。

 

だが点呼を請け負った、ラスルの表情が暗い。気になって足を向ける。ラスルがこちらを見る。

 

「指揮隊の3人が戻っていない」

 

頭の中を整理する。

 

アブドは隊長で指揮隊のみ例外で5人。他はダチョウ編成各3人で10個。

 

総勢35人のうち32が戻ってきていた。

 

「指揮隊のアンナとモーリスは戻っていたな、あとはケルンとメーリムとアブドか」

 

ラスルに確認する。

 

ケルンはタイ募集の初期のメンバーで今となってはベテランだ。

 

あと、メーリムとアブドなら多少危なっかしいが心配は無いだろう。

 

「そんなとこまで覚えてるのか」

 

ラスルが驚く。

 

うん、まぁ編成の案を出したの僕だしな。

 

ラスルが少し黙る。

 

「メーリムはいない」

 

んじゃあと二人か?

 

部隊が帰ってきたことで僕の頭はお花畑になっていたらしい。

 

「メーリムは体調不良を申請してた、交代要員でサキが出ているんだ」

 

こちらの目をまっすぐ見て、ラスルはそう言った。

 




匍匐前進のようにお気に入りが増えている事が嬉しいです。

なによりの励みになります。

今までは、こういった後書きはあえて書かないようにしてきましたが、読んでくださってありがとうございます。

話の構成としては後半も出来上がっておりますので、それほどお待たせせずにお届けできるかと思います(遅くとも1週間後)。


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