アメヨコで買い物してた時の話になります。
アメヨコ。
そこは別世界のバザーのようだった。
人。。。人。。。人。。。
ヒトがいっぱいだった。
楽しみではあったが、来る前から不安もあった。
いや、良くない状況になる確信があった。
僕の任された戦術単位Sにはアブドとハサンがいる。
要するに厄介者を押し付けられたんだ。
アイコンタクトを取っている、バレバレだ。
あいつらは絶対やる。用意スタートと共に僕を置き去りにして好き勝手を始めるに違いないんだ。
買い物スタートの時間は間近に迫っている。
こういう時はルーティンだ。周囲を警戒する。後方で視界に何か引っかかった。よしこれで警戒命令が出せる。脱走計画は防げる。
もくろみははずれた。
引っかかったのはオマルだった。
目を合わすとサングラスをはずしてにこぉっと笑った・・・さっきタコヤキを買ってイヌワシの所へ行ったはずだけどもう戻ってきたのか。
いや、お目付け役を頼まれたのかも。
・・・かくして拡散、脱出は発生しなかった。
さすがに周囲に人が多すぎた。
いかにいたずら好きなあいつらでも異郷の地のそんな場所で個別行動する危険は考えたらしい。
とりあえずまとまって移動し始める、いろんな店がある。
距離をとって後ろから「なんだツマラン」といった感じでオマルが付いてくる。
何やらやら串にさしたものを食べながら。
しかしどの店を見てもなかなか難しい。食品が多い上にやたらと声をかけてくる。文化が違う。
そういえば事前情報があった。
配給される資金額、制限時間。好みの層が異なるため班分けは男女別。などなど。
昨日の夜はミーティングで盛り上がった。
おおむね買い食い派と耐久品購入派に分かれた。
買い食い派は何を食べるかを相談し、購入派は今後の作戦にどういった物が有効か話し合った。
僕は購入派だった。
飛行機に持ち込めるもの、耐久性が高いもの、自分で手入れや修理が可能なもの、動力が必要かどうか、必要な場合はその動力の入手が容易かどうかなど話し合ってるだけで楽しかった。
僕とラスルは最初から決めてあり、話し合いの最初に言ってあった。
僕は腕時計、ラスルは散髪用のハサミだ。
この二つの論議の結果は、腕時計は故障や電池に問題点がおかれ、ハサミは飛行機に持ち込めるのかが微妙だった。
結局、ポーチだのなんだの支給品もあるのに自分好みのものが欲しいという流れになっていった。
買い食い派の輪の中で、アブドがバナナを食いまくる!と言ってる声が聞こえた。
それもいい案かもと思ってしまった。
そして腕時計。
欲しくなった理由は単純だ。
まだイヌワシに出会う前。
オマルが付けていた軍用時計が目に付いた。実用的で、しかもかっこいい、それだけだ。
一度じっと見ていたら、オマルが声をかけてくれた。
腕時計が珍しいか?と。
「珍しくて、かっこいいです。そして時の刻みを確認できるようになれば指示を正確に実行出来そうです。」
そう答えた。
オマルは少し目を丸くして言った。
「なかなか詩的な表現をするな。」
その時はまだよくわからない英語だった。
「キミはイブンだったな。」
ちょっと眉をしかめてそういう。僕の妹のことを思い出したのだろう。
「戦術単位のリーダーだと認識している。良ければ俺の予備の腕時計を貸し出してもいいが。」
そう申し出てくれた。とても嬉しかった。
でも受けるわけにはいかなかった。
「それは・・・ありがたいお話ですが、ダメです。不公平になります。」
オマルは両手を挙げて首を振って笑った。
「参った。OK、キミはフェアな人間のようだ。ではかわりに何か要望はあるか?喜んで聞くよ。」
良き友になってくれそうな教育係だと、このとき思った。
そしてオマルも僕らとの接点を探していたのかもしれない。
意を決して頼んでみた。
「では、兄弟たちに聖別された食事を。」
・・・
・・
・
あの時まで僕の心は半分死んでいたように思う。
親には疎まれていた。村からは捨てられた。そして人を殺して生き延びていた。
妹が生きていて、それを護るのが唯一の心の支えだった。
でも妹は死んだ。
何故世界はこんなにも暗闇に満ちているのだろう、怒りがわいた。
そのとき胸の奥で、何かが目を覚ました気がした。
少なくとも自分は死んでいない。まだ生き残ってる兄弟たちもいる。
オマルを頼ってみようと思った。
何のために生まれてきたかわからない僕でも、兄弟たちのために出来ることをしようと思った。
ハサンに肩を叩かれて現実に戻る。
アメヨコの雑多な音が帰ってくる。
「お前。警戒態勢ビンビンのまま無我の境地に入ってたぞ。」
よくわからない事を言われる。ちょっと昔の思い出に浸っていただけなんだけど。
「オマルが見えなくなったんだけどわかるか?」
と聞かれる。ハサンもオマルに気付いてたのか。チラッと後ろを向く。
「50m後方左でタイヤキを食べているようだ。隠れてるな。てか袋が大きい、いくつ買ったんだろう。アレは突っ込まれるのを警戒して距離をとったんじゃないのか?」
何故かハサンの顔がひきつる。
「・・・そか」
それだけ言った。
「そころで班長、我々はアブドをオマルにおしつけ・・・いや、合流させて、この店に入ろうかと思うんだけど。」
うさんくさい雑貨店を指して言う。食料品店ではなさそうだ。
アブドはこっちを見ていた。おなかがすいて悲しそうな顔。
別に禁止されてるわけじゃないからそこらの屋台で適当に買えば良かったのに。
そういえば班分けはイヌワシ指示だから、昨日の自主ミーティングは考慮されてるわけはなかった。
この班で買い食い派はアブドだけだった。
オマルにハンドサインを送ってみる。さすがオマル10秒で合流した。
そしてくだらない事にハンドサインを使うなとさんざんに文句を言われたが、事情を説明するとアブドは引き取ってくれた。
全部オマルのおごりになるだろうな。良い不公平があってもいい、なんて思った。
僕が昔の思い出に浸っているあいだに、みんなはひとつの店をターゲットにしていた。
実用的な雑貨や小物が店先に並ぶ。
店先で目に付くところは、ロープ、長靴、ポンチョ、帽子、柄の付いた網、懐中電灯・・・なんだろう。
まぁいいか入ろう。決めたくせに一番手に入るのは僕にやらせる。
まぁいいけどね、それが役目だともいえる。
中はもっと雑多でなんといっていいのだろう、生活雑貨のバザーみたいだった。
みんなは止める間もなく興味のある方面に拡散していく。ここでこうなるか。
僕は店の入り口近くにあるカウンターで情報収集をしようと思った。
年老いた店主らしき人はテレビを見ていた。客に対してまるで無関心。他の店と比べるとまったく異質だ。
英語が通じればいいなと思いつつ、声をかけてみる。
「すみません、英語は通じますか?ここは何のお店ですか?」
店主がこっちを向く。
目が合って一瞬、乾いた空気を思い出す。
どこかで会ったことのある感じのする人だった。
見分けのつかない普通の日本人の老人なんだけど。
「「すみません」てとこだけ日本語だな、おにいちゃん。うちは中古品屋だ。」
ちょっと笑いながら僕よりきれいな英語でそう返事をしてきた。
英語が通じてよかった。
「ぜんぶ中古ですか?すごく状態の良いものもあるようにみえますが。」
店主は面白くもなさそうに返す。
「いまどきの日本人にとっちゃ、人の手垢がついたものは全て中古扱いさ。」
「そうですか。」
よくわからないけど、店主の不機嫌さだけはわかった。
「おにいちゃん、どこの人だい?」
その雰囲気を紛らわしてくれるように聞いてくる。
正直に言う。日本は差別が少ないと教わっている。
「タジクです。」
「そりゃまた遠くから。」
店主はものしりのようだった。
「苦労してんだろう、安くしとくから気にいった物があったら言いな。」
僕は疑問に思う。
「特に苦労してるとは思ってませんが、どうしてそう見えたんでしょう。」
店主は面白そうに笑う。
「はしゃいでないのは、おまえさんだけさからさ。」
そういうとテレビに戻ろうとしたので聞く。
「腕時計はありますか?」
「あるよ、あのあたり。」
適当に指差して完全にテレビに戻ってしまった。
教えてもらった腕時計コーナーに行く。
そしてまず数に圧倒される。
あの時欲しいなと思った、そんな軍用時計もいっぱいある。
日本は豊かなんだなと実感する。中古だというがきれいなものばかりだ。
ずっと見ていたくなる。
・・・そしてまた肩を叩かれる。
さっき別れたはずのアブドだった。満腹顔。
「おいイブンいつまで見てるんだ、俺らはもう買い物終わったぞ。」
買い物じゃなくお前は食い物だろと思った。
どれだけオマルにおごってもらったんだろう。
そんな時間がたっていたのか。
よく見ると、いつの間にかみんなも入り口付近に集まってる。
「何を買ったんだ?」
反射的にそう聞く。
「そんなのは後で話せばいいだろ。お前はどうするんだ。」
「どうするんだって腕時計を買うんだけど。」
店の入り口のほうではハサンが戦術単位をまとめてこっちを睨んでいる。
珍しくまとめ役に回ってくれていた。なんかあったのかな。
「寝てんのか!制限時間まであと30分だ!買うんなら早くしろ、デナケレバカエレ!」
後半だけよくわからない。一回言ってみたかったとつぶやきながらアブドは満足顔。
でも前半はまずい、あと30分か。
と、見ると良さそうなのが見つかる。が・・・予算が足りなかった。
「うん、アブド帰ろう。」
アブドは動かない。
「あれ買いたいんだろう?金が足りないのか。」
「まぁどこでも買える。」
アブドはいきなり右手をあげた。
「今ここに、イブンに対する融資をつのる!」
ばかなことをわめきはじめた。
みんながこちらに来て残った金を出し始めた。
「お金を残すのはルール違反だ!」そう言った。
「なら全部残そうとしたイブンは重罪だな。」
誰かがそう言った。そうなるのか。
直後。
「あんま店の中で騒ぐな。」
静かな声が聞こえる。
ハサンの後ろに老人の店主が立っていた。
まったく気配がつかめなかった。
「何をもめとるんだ。」
そう穏やかに聞いてくる。
「僕はこの時計が欲しいです。でも予算が足りません。仲間がお金を貸してくれると言いました。僕はそれを断りました。」
そんなふうに伝えた。
「良い仲間じゃないか、借りておけばいい。」
店主はそういう。
ちょっと頭が熱くなった気がした。
断固として老人と、周りの仲間に言う。
「傭兵でお金の貸し借りは死亡フラグです。ですから僕は絶対借りません。」
しばらくの静寂のあと・・・爆笑の渦に包まれた。
誰かの声が聞こえる。
すまないイブン、誤解していた。そんなジョークを言えるヤツだったんだな。
笑いが収まるまで少しかかった。
「そういうわけで店主、我々は撤収時間がせまっているのでこれで失礼します。何も買わず騒いでしまって、すみません。」
「いやいや、お前さんの仲間はたくさん買ってくれたよ。ありがとよ。」
いいながら主は僕の目を見て何かを考えているようだった。
「おまえさん。名は?」
「イブン」
「タジクで、それだけか?」
「はい。」
あの周辺の文化に詳しそうな感じだ。
「父の名は?」
この質問は、驚いた。そして困った。言っていいのだろうか。
ありがたいことに兄弟たちはじっとしていた。
攻撃態勢になっていたけど、ハサンが抑えてくれているんだ。
でも答える。父の名は自信をもって言うべきだ。何よりも父の誇りのために。
「アラタ」
店主の顔が一瞬固まる、そして少し笑う。
「そうか、なるほど。」
何がなるほどなんだろう。
でもにっこりと笑ったその一言で場の空気が完全に和らいだ。
「うちも商売だ、金が足りないならそれは売ってやれん。」
それはそうだろう。
「ただし、腕時計と特定しないならこの懐中時計を譲ってやれるが。」
そういって差し出した手には、ヘンな銀色の円盤が乗っていた。
鎖が付いていて、表面には蝶の模様が彫られている。
よくわからない顔をしていると、親指を動かしてカバーをあけて見せてくれた。
時計だった。
「これは古くて手巻き式だ、電池交換はいらんぞ。今風の軍用時計とは比べ物にはならんが良ければ持って行きなさい。」
不思議と気に入った。
「わしの父は以前、軍人だったことがある。それは遠縁にあたる人のものだったらしい。父が徴兵されるときに本家から頂いた物だそうだ。」
難しくてあまり意味はわからなかったが、泣きそうになった。何故だろう。
言葉につまる。
「何故そんな大切なものを僕に?」
「お前さんら、空港で活躍してただろう。テレビで見ていた。」
そう言った。
「ほれ、時間が無いんだろう、行った行った。」
懐中時計を手に押し付けられ、追い出された。
確かに刻限は迫っていたの。
お金は要らないと言われたが、あるだけ置いて走った。
ハサンは変なものも売りつけられて・・・・とかブツブツ言っていた。
店を出て、振り返る。店主の姿があると思ったけど・・・無かった。
看板を見る。
「ADIIN」
何十年も前に作られたような古い板に墨でそう書かれていたように思う。
ずいぶん古ぼけた店なのに、英字とは。
でも、なんて読むんだろう。
空白の1年・上下を読了しました。
感想①普通におもしろかった。でも泣ける場面は無かった。
感想②遥カナ読を読了しておいて良かった。
感想③・・・おもしろければ整合性とか関係ないよね。
今後は、原作と矛盾があっても気にしないことにしました。