新月の下、暗闇をさまよう。
銃弾を受けた体を抱え、片手で道脇のブロック壁を掴む。
足取りは重く、歩いてるというよりは引きずってるかんじ。
それでも、動かないといけないんだ。
街灯の少ない路地を選び、のろのろずるずると逃げ続けてきた。
バイトの帰りに急に襲撃を受けたんだ。
相手の数人を行動不能にしたと思うけど、こちらの弾は尽きていた。
だいたいなんだ、強弾装の拳銃で襲い掛かってきたヤツもいた。
おかげで防弾ベストの上から『アバラヲオリヤガル』
マジ痛い。
ぶっちゃけ、いま生きてるのも、追っ手をまいたのも奇跡的だ。
左手にはブロックの壁、右手には弾尽きたSIG。
ナックル代わりには使えるかな。
夜空は新月、歩く先にはゴミ置き場・・・か。
ふと思った。
うんゴミ置き場、いいかもしれない、あそこに隠れよう。
逃げるしかないと思ってあがいていたけど、どうも相手も僕を見失ってるようだ。
ゴミために近づくと、ネコがいて目があってしまった。
ここらの野良ネコだろうか。
どうしよう、騒がれるとまずい。
そうだ、こういうときは、まず挨拶だ。
「すみません、ちょっと事情がありまして、ここで休ませて頂きたいのですが」
ネコの目を見ながら、日本語で言ってみた。
後から考えるとだいぶテンパってたんだと思う。
ネコは訳知り顔でうなずいてくれた。
もしかしたら僕の気のせいかもしれない。
でもいいネコだ。
そのまま、くるっと壁の隙間へ消えていった。
そして僕はゴミために身をうずめた。
まぁ臭い。
そして妙な安堵感。
どうせ死ぬときはこんなもんだ、と思っていた。
その通りのカンジになっているのが、いっそ愉快だったのかもしれない。
が、せっかく彼か彼女か不明だけど、あのネコが譲ってくれたんだ。
生き延びることが出来たら、恩を返そう。
そう、サキにも。
それがそのとき、最初に頭にうかんだことだった。
父・・・そして、きょうだい達が後になってしまったことに申し訳ない思いを感じながら、意識はヤミの中に落ちていった。
川が流れている。いつもどおりだ、そりゃ川なんだから当然だ。
僕はその流れの中に立っていた。切り開いたジャングルの中。
ここはキャンプハキムの川の流れか。それにしては、なんだか冷たい気がする。
あの密林はもっと暖かかったはずだ。
ふと見るとランソンがいた。
上着を脱いで、川を渡ろうとしていた。いつもの水浴び準備だ。
それを見てイヌワシの子供たちが群がってくる。
ランソンが笑っている。きょうだい達を引き連れてゆっくり川に入り、対岸に渡り始める。
途中でみんなの頭を洗いながら、みんなから水をかけてもらいながらの、一種の渡航劇だ。
良き友オマルも、それをニコニコしながら見守っている。
対岸ではシャンプー大会になっていた。
実際使ってるのは石鹸だけど。石鹸は髪に使ってヘタに目に入ると痛いのに。
ランソンも子供達も泡だらけになっていた。
石鹸なんて高価なものだと思っていたけど、日本ではあり余ってるとか。
そしてみんなで手をつないで、川を渡りながら帰ってくる。
泡を洗い流しながら。
みんな笑っている。
そして戻ってきたらみんなでメシだ。
もう、ずっとこれでいいじゃないか。
そう思ったことがあった。
今でもそう感じた。
旅立つ前にカンナが言っていたことは、こういうことだったのかなとも思う。
だけど、対岸にはふたりが残っていた。
僕を見ている。
ニルファは黙って笑っていた。
ハキムも笑っていた。
そうだ、僕は守れなかった。
ごめんニルファ、ごめんハキム。
川の中から対岸に踏み出そうとした。
ニルファが両手をあげて振った。
ハキムは胸の前に右手あててから振った。申し訳なさそうに苦笑いした。
二人の周りに人が増えていた。
あれは、、、シェラル、カハリ。
ほかにも死んで行った仲間達。
不気味なほど冷たい川の中、どれだけ足を動かしても進まない。
イブン・・・なら・・・だいじょうぶ。
対岸からそう言われた。
「・・・イブン!大丈夫ですかっ?」
そんな声で意識を取り戻したようだった。
だいじょうぶ、だいじょうぶだ。
でも心臓がばくばくいっていた。体中が硬く冷たい。
「イブン!」
目の前にサキの顔があった。
泣きそうな顔で僕を見ている。
これは夢だろうか。
いや、違う。
新月のはずなのに月がある・・・てかありゃ街灯か。
「サキ・・・」
少し気がはっきりとしてくると、寒さが教えてくれる。
ここは暖かいジャングルじゃないのだと。
「もう!バカっなんでGPS切ったりするんですか!?」
そういって抱きついてきた。
僕はゴミの中なんだけど。
嬉しい。
「抱きしめられると、マジで痛い。折れてるから」
照れ隠しにそう言ってみる。痛いのはホントだけど。
サキがあわてる。
「今回はヤバいと感じたんだ。巻き込みたくなかった」
そう言い訳するして、抱き包んだ。
実際マジヤバだ。周囲を警戒する余力も無い。
多分、相手はそこらの傭兵じゃなく、専門的な訓練を受けた特殊部隊だ。
そして現実って凄いなと思った。唐突に色々な事がおこるんだ。
GPS切ったのになんでサキがここにいるんだろう。
目で問うと、すぐに答えてくれた。
「ユキさんに頼んだの」
あぁなるほどなと思った。
ユキさんのスキルなら、オンライン化されてる監視カメラなんてお手のものだろう。
でもいつの間に仲良くなったのやら。
それによく協力してくれたなと思う。
サキの表情もほっとしてから、少し陰りが見える。
「動けそうならセーフハウスに移動しましょう」
でも
「ダメだ。どうせ全て抑えられてる」
当然サキもわかっている。
「そうですね」
ちょっと哀しそうに笑った。
そしてもう一度優しく抱きついてきた。
合流できたけど、今回のパターンは詰んでる。
今は台風の目の中にいるようなもんだ。
「ユキさんの情報があったら、わかってだろう・・・何故来たんだ」
明らかに脱出・生還の目は薄い。
ユキににらまれた。ぷくっとしてる。
「命がけで来たんですよ、理由を聞くなんてヤボです」
叱られた。そして口をふさがれた。
正式に申し込む時に、こちらからする予定だったのに!
「それに・・・イブンだって同じ事するでしょ?」
しばらくしてからサキが言う。
ぐぅのねも出なかった。
お互いに抱き合いながら、この後どうなるかわかっている。
隠れているつもりでも、もうすぐ発見されて死ぬのだと。
仮に、どこをどう逃げても狩られて終わりだ。
このとき僕ひとりなら、どうしただろう。
でもほんの少しの抜け道を使えば・・・
「ジェルかポカリあるかい?」
行くなら即エネルギーが必要だ。
あります、とかいってサキがあわててパックを探っている。
「相手の調査が届いてない隠れ家に行こう」
そんなのあるわけがないとサキの目が言っている。
「最近、ゴローさんに貰ったんだ」
そうサキに伝える。
あの人には迷惑をかけるだろう。
でも二人で生きるために僕はその道を選んだ。
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「自分が納得できるまで書き直す」と「ここらでいいか」の間を行ったり来たりしてます。