イブンもガンバレよ~。
「Hey!イブン頑張ってるね」
バイト先で店頭に立っていたら、入ってきた常連のお客さんに声をかけられた。
「いらっしゃいませ!」
顔見知りだけど、そこは普通に接客する。
他のお客さんの目があるからね、接客業の基本だ。
で、声をかけてきたお客さんなんだけど。
僕が日本に来てから色々と声をかけてくれた、通称ゴローさんという外国人だった。
本名はなんだったかな、ゴローノフ?ゴドフリー?とかだったかな。
見た目は、
短く刈り込んだ丸刈り、で碧眼。
スマートな体型で、妙に人懐こい笑顔が特徴の人。
まぁ日本では目立つ。
でもどこの国の人か聞いた事は無い。
今日はスリムなジーンズに、背中に『自宅警備隊』マークのパーカーだった。
外着ではやめといたほうがいいって言ったのに。
「暖かくなってキタネー。あ、いつもの頂戴」
日本に馴染んでいる、典型的なガイジンさん風。
「ケバブサンドとホットコーヒーのセットでよろしいですか?」
「おk!テイクアウトでねー」
と手でOKサインを作る。
厨房にオーダーを通して会計をしていたら、次の話がくる。
「ところでイブン今日の夜はあいてるカイ?」
口元でグラスを傾けるしぐさをしていた。
ゴローさんとは月に1~2回は飲みに行く仲だ。
今日の夜はあいていた、もちろんオッケーだ。
周りに他のお客さんがいない事を確認して返事をする。
「オッケーです。ただサキが学校の関係で旅行に行ってて、僕だけなんです」
サキもゴローさんのことが気に入っていて、飲みに行くときは一緒だった。
「OH!残念だな。まぁ久しぶりに男二人もいいかナ」
ゴローさんも、サキと日本の文化のことを話すのが好きみたいだった。
「仕事は18:00までです」
出来上がったケバブセットを渡しながら言う。
「んじゃ、6時半に『うなさか』でどうだい?」
何度か行った居酒屋の名前が出る。
「OKです。毎度ありがとうございます」
受け取ったゴローさんは、にこっと笑うと軽くウィンクした。
「待ってるヨー」
そう言うと、さらっと踵を返して店を出て行く。
そよ風のような足取りだった。
自然体でかっこいいなと感じた。
居酒屋「うなさか」
ある北国の名前だそうな。
二人で店に入るともう既に多くの客でにぎわっていた。
席はあいてるのだろうか。
「予約してあるから大丈夫」
こちらの心配を見透かしたかのようにゴローさんが言う。
カウンターやら座敷やらある広い店内の中で、少し奥まったテーブル席に案内される。
正直少しほっとする。
靴を脱いであがる座敷というのは、文化的になじみが無く・・・そしてそれ以上に、軍事的に不利だからだ。
襲撃を受けたときには靴をはくヒマなどないから、素足で行動することになるだろう。
何かの映画にあったけど、割れたガラスの上を靴無しで歩くハメになるなんてのはゴメンだ。
戦闘員は移動できなくなったらアウトだ。
「ちょっと先にオテアライ行ってくるヨ」
そういうと、ゴローさんはそそくさとトイレに行ってしまった。
とりあえず、非常口と厨房の位置を確認する。厨房の奥には通用口もあるはずだからだ。
何かあったら海兵隊上がりのコックが味方になってくr・・・
いけない、日本の文化を勉強しようとして、偏った映画を見すぎてるんだ。
現実を見よう。
壁から離れてるから、外からの狙撃の心配も無いだろう。
これだけ騒がしければ、盗聴もあまり心配ない。
あとは店内が見える席か、店内を背にする席の二択だった。
普通に考えれば店内が見えたほうが安全だろう。不審者の行動に目を光らせることが出来る。
まぁ・・・こんなことを考える必要性が無い程、この国が安全だってわかってはいるんだ。
自分が滑稽に思えて少し笑えた。
そしてあえて店内に「背」を向けて座った。
メニューを取って、店員さんを呼ぶ。どうせゴローさんはナマチューだろうから頼んでおこう。
さて僕はどうしようか。
席に戻ってきたゴローさんは、僕を見て一瞬だけ表情が曇った気がした。
あれ?っと思う。
「生チューお待たせしましたー!」
でも、すぐ来た生チューに素直に喜んでくれた。
「気が利くねーイブン!ナイスだよ」
さっきの一瞬の表情は消え、満面の笑みだった。
「料理も少し頼んどきました」
牛モツ煮、焼き鳥、豆腐サラダなど、ごく普通のものだ。
それも喜んでくれた。
「あと、メバルフライ4つネー」
「いや、ふたつで充分ですよ!」
アイコンタクトして、ふたつにしてもらう。
店員さんもすぐうなずいてくれた。よく訓練されている。
「で、酒は相変わらずソレかい?」
僕のグラスを指差して突っ込んでくる。
テーブルの上にはバドワイザーの缶とウィルキンソンの辛口ジンジャーエールがある。
『シャンディーガフ』という軽いカクテル。
「まぁそうですね」
今の日本では飲酒の年齢制限が18歳に引き下がっていた。
合法であるとはいえホンネで言えば、戒律的にも警戒的にも飲酒というものはしたくなかった。
でもいつまでもオレンジジュースで通せない、日本の文化もある。
のみにけーしょん?
強行に回避する者もいれば、僕みたいに妥協する者もいる。
そう、薄いアルコールで仲間に入れてもらう、まさに妥協の選択だった。
そして今日のゴローさんは、そういう話から入ってきた。
何故日本人はカラオケが好きか。
自国を愛してないのか。
海外に出ようとしないのか。
イエスノーがはっきりしないのか。
隣国との関係をどう思っているのか。
そして普通に仕事の話、上司への愚痴。
「あの、クソヤローめ。○○ばいいのに」とか。
部下についての悩み。
「あいつのためを思って言ってやってるのに、なにもわかってナイ!」とか。
具体的な名称が出るわけじゃないのはお互い様だ。
いつもどおりに続いていく。
・・・
・・
・
が、いつものゴローさんとは様子が違うと確信したのは、もう2時間近くも飲んでしまってからだった。
「ねぇイブン、ちょっとかわった話をするけどいいかい?」
僕はうなずいた。
そう前置きしてからゴローさんは話し始める。
昔の日本には帝国軍というものがあった、100年くらい前だ。
当時は優秀な軍人というか、志を持った軍人が多く居たものだそうだ。
だが日露戦争が終わると、一部の軍人は口減らしの対象になった例もある。
スパイの容疑をかけられた、とある陸軍大尉などは、浮気をした内縁の妻を捨て、自分を頼ってきた外国人女性と海外逃亡したとか。
「こういう極端な行動をする人間を、キミはどう思う?」
やれやれだと思った。まぁ付き合うか。
「ゴローさん、酔っぱらってるんじゃ」
目を見て言う。
「どう思う?」
目を見返されて更に問われた。
どうしよっかな。
「その質問に答える前に僕の話をしてもいいですか」
まぁ、そろそろ色々と限界かもしれないし仕方ないか。
「イイヨ。てかキミは自分の気持ちをあまり表に出さないから、この際ゼヒ聞きたいね」
ゴローさんが、にやっと笑う。
なんとなく、うまく誘導されたような気もする。
「僕の名前ってヘンなんです、これは前も話したことありましたよね」
ゴローさんが頷く。
『イブン』だけなんて、ありえないんだ。
英語で言うと、『ジュニア』だけ、みたいになるのだろうか。
「でも、自分の生まれ育った土地を離れて生活してる間に、わりとどうでも良くなっちゃって」
一呼吸おいて続ける。
「つまりイブンていう元の意味がどうとかよりも、もう僕の名前だって受け入れてしまってたんです」
そうだった。それは日本に来てから確定的になったのを感じる。
『イブン』と呼ばれると、僕のことだと感じるのが自然になっていた。
そのことを改めて実感した。
「で、逆に興味がわいて、いろんな国の名前の研究とかを始めたんですよ」
「面白いな」
ゴローさんも興味を持ってくれたようだ。
手始めに日本の名称から勉強し始めた。
「日本では子供が生まれると、太郎とか次郎とか順番につけるんです」
今風ではないですけどね、と付け加える。
ゴローさんの表情が何やら楽しそうだ。
さて、ここからだ。
「でも上司が四郎だからって、部下が五郎だなんて話、聞いたこと無いですよね?」
兄弟じゃないんだから当然だ。
そう言って少し笑みを浮かべてみた。
ゴローさんも少し笑っていた。
「やっぱバレてたか、面白い」
この面白いというのはゴローさんの口癖だ。
「で、さっきの話の感想をまだ聞いてないんだが?」
ゴローさんの口調は完全に日本人になっていた。
やっぱりカタコト日本語は擬装だったんだ。
「そうですね。その彼女が浮気とかしなければそんな事にならなかったのでは?」
そもそも論で一応言ってみる。
「だがそれは発生した」
ホントにそうかな。
「誰かが変装して、その軍人さんを誤解させたって可能性もありますよね?」
ゴローさんは無反応。
続けて言う。
「自国から危険分子を排除したかったら、『なんでもアリ』なのが国家というシステムというのも学びました」
ゴローさんはもう笑っていなかった。
ここからが肝心だ。
「マジメで不器用な人だったんじゃないでしょうか?」
ゴローさんの目を見て続ける。
「祖国に疑問を持ち、恋人に裏切られたあと、唐突に現れた外国のお姫様に頼られ、手を携えていつか夢見た『良き国』を創るため旅に出る」
どういう経緯があったにしろ、その人は信念を持って行動していたと思う。
ゴローさんは呆れたようにこっちを見て、そのあと両手をあげて笑った。
「それだけ調べあげたのか、たいしたもんだ。それに、いつから気付いてたのやら」
そういって最後に残っていたビールを飲み干す。
「いっそ、こっちに来ないカ?」
首を横に振る。わかってるだろうに。
僕とゴローさんでは求めるもの、守るものが根本的に違う。
「どうしちゃったんです?」
「転勤だ」
横を向いてぶっきらぼうにそう言った。
見たことの無い、無表情なゴローさんだった。
「コンリンザイ、会うことは無いだろう」
もっと激務になるんだろうなと感じる。
だからって。
「部下のサポートに『ロクロー』を用意しておきたかったんだ」
あーそういうことか。
でもさ。
「ユキエさんのこと、ずいぶんと気にかけてるんですね」
ホントは個人名にしろ、コードネームにしろ、口に出さないのはマナーなんだろうけど。
今のユキエさんに生半可なサポート役は要らないと思う。
ちょっとオカシイほどの諜報員スキルだと感じる。
所々抜けてる部分が、計算じゃ無さそうなのが輪をかけてヤバイ。
アレが読めない。
「部下のことを気にかけるのは、当然だ」
ゴローさんが怪訝な顔をしている。
なるほど、この人にとってはまだ新米部下な感じなのか。
人の印象や評価ってのは千差万別か。
「昔、この業界に慣れた頃に、キャベツを買ったんだ」
この業界・・・買い物・・・暗語か。
若い女性を暗殺した?
ゴローさんが、ちらっとこちらを見る。
嫌な予感がした。
「子供連れのオンナ・・・あいつの母親だった」
やっぱりね。聞くんじゃなかった。
「何年かしてから再会したとき、すぐにあの時の子供だとわかった。マジでクソッタレな業界だと思ったもんさ」
のんきにタコヤキなんか焼いてやがったな、とかナントカしばらく愚痴に付き合った。
「さて、今日はこのあたりであがるか」
伝票を持ってゴローさんが席を立つ。
財布を出そうとすると、いいと言われる。
「ごちそうさまです」
いつものパターンだ。
「ここ数ヶ月、トモダチが出来たみたいで楽しかった」
ゴローさんからの、おもいもよらない言葉だった。
僕はとっくに、
「僕はとっくに友達だと思ってました」
思った瞬間に口に出ていた。
違うんですか?と表情に出してみる。
その時のゴローさんの顔はよくわからない表情だった。
驚いたような嬉しいような、見たことの無い微妙な顔で僕を見ていた。
そしてくるっと後ろを向いてしまう。
「じゃぁなイブン」
会計を済ますと、さっさと店を出て行く。
本当はもっと話したいことがたくさんあるんだ。
彼はそれを望んでないかもしれない。
ただ、伝えたい事は言う。
「もっといっぱい話したいことがあるよ・・・だから、またね!ゴローさん」
店を出てからゴローさんに声をかける。
金輪際会わないと言ったゴローさんに、
『またね』と伝えるのが、せいいっぱいだった。
ゴローさんは一瞬立ち止まった。
「イブン、親しいと思ってる相手でも、壁は背にしろヨ~」
でも振り返らずにそう言って、後ろ手を振る。
するすると人ごみにまぎれて行く。
その夜の街に消えていく背中が、イヌワシの影姿と重なって見えた。
今回一番難儀したのはサブタイトルです。
サキ分少なくて(ゼロで)すみません。
後書き長くなりそうなので割愛させて頂きます。
別途活動報告にて。
なお、ご意見、ご指摘、ご批判、ダメ出しなど、遠慮なくお寄せ下さい。