F3でもいいんですけど。
結局その日はそのあと、買い物しようって雰囲気にならなかった。
デートかなぁなんて浮かれていた報いかもしれない。
生活用品を準備してから、僕のアパートで夕飯を作る予定だったけど、そんなこんなで結局サキのウチでご馳走になった。
イスラム用の料理を勉強して、色々準備してくれてたことが本当に嬉しかった。
そして、僕のアパートへの帰り道。
色々考えながら一人、歩いていた。
と、
暗がりから声をかけられた。
「イブン君、久しぶりね」
裏通りのLED街灯に白い顔、ポニーがふわりと揺れる。
それは、唐突に現れたイトウさんだった。
とっさに身構えて近くの電柱を背にしてしまいそうになった。
過剰反応かも。
こんな近くに来るまで察知できなかったことに苛立ちを覚える。
だめだ、落ち着け。
父から教わった呪文を唱える。
『オンナ・ワルイ・イトウ』
当然心の中だけで、だ。
「こんばんは、イトウさん。お久しぶりです」
取りあえずその場を取り繕う言葉を出していた。
「ずいぶん唐突ですね」
そうでもしないと平静を保てない気がしたからだ。
「そんなに身構えなくてもいいのよ?」
そう言うイトウさんの笑顔が怖い。
感情の薄い笑顔だ。
数年前に会った時は、こんな雰囲気じゃ無かった気がする。
「以前、驚かされたときの仕返しが出来たわ」
初めて日本に来た時に行っていた早朝ランニングの時のことだろうか。
あれはそっちが勝手に自滅してただけじゃないか。
叫び声を、あくびっぽくして、ごまかしてたのはまぁ面白かったけど。
とりあえず時間かせぎだ。
「そちらが勝手にミスってたことですよね?」
今現在の距離感をはかるために、わざとそんなふうに言ってみる。
「あら、わりとクールな反応なのね」
つまんないわぁとかボヤいてる。
天然とか、天性のユニークとかじゃ表現できないんだよなこの人。
あの時の態度とかは全て欺瞞だったのだろうか。
まったく読めない。
そしてまたも唐突に話を始める。
「ところでイブン君、あなたイトウ家の食卓を手伝わない?」
意味がわからない。
「主な任務は買い物とかになるんだけど、どうかしら」
「意味がまったくわかりません」
思ったとおりに言う。混乱が収まらない。
呆れたような顔つきになって、イトウさんが軽くため息をつく。
「そのような暗語を覚えるとこからなんだけどね。つまりはウチの仕事の実戦部隊のバイトはどうかしらって話」
これまた唐突だ。
「ウチは諜報がメインなので、あなたのような実戦経験のある人が欲しいのよ。あなたの場合、特に狙撃手として」
だけど考える余地はありそうな話だった。
「アラタさんから自立権を認めてもらってるんでしょう?」
こちらの事情もお見通しか。
キャンプハキムを出た「子供」はイヌワシの庇護から離れる、というルール。
「これも必要としてるんじゃない?」
イトウさんがバッグから取り出した、それは拳銃。
「何かの本で読み知った知識だけど、銃を撃った人間はそれに囚われるのだとか」
訳知り顔で視線を送ってくる。
言ってることは経験則として理解できる。確かにそうかもしれない。
でもソレって・・・さすが日本と言うべきか。
知識のもとは、本は本でも漫画ですよね?
(漫画の知識で軍事を語ると、痛い人って思われますよ)
と言ってやりたくなった。
なんか真面目に相手してるのがバカらしくなる。
その瞬間、イトウさんはその銃をこちらに「投げた」。
バカな事を!
地面に落ちても、キャッチしても暴発するかもしれない危険行為だ。
なに考えてるんだ。
いやまて。きっと何か意図があるんだ。
もしかしたら、弾が入ってないんじゃないか?
その一瞬で思考がクリアになった。
冷静にキャッチして、銃口を下に向けてホールドした。
そしてちょっとした理由で少し笑ってしまった。
SIGに見えるけど、別物だこれは。
まぁ、詰んでるなこれは。
「その話、お請けします」
イトウさんの口元はわずかに笑みだったが、目はまったく笑っていなかった。
さっきまでの様子のほうが、よっぽど柔らかかったのだと感じる。
「あなた、今の一瞬で何を判断したの?さっきまでとは別人に見えるんだけど」
はて。
イトウさんの方も僕に対して同じように感じたのだろうか。
「別に。合理的に考えてみただけですよ」
そのまま続ける。
「どっちにしろ断れない話なんじゃないかと。自己分析したまでです」
「人を殺すことになるかもよ」
そんな事を念を押してくる。
「今更です。あぁ最低限の報酬はお願いします」
父からの教えだ。そう、最低でもお金を貰ってやるのだ。
「もちろん難易度に応じた報酬は用意するわ。ただし基本的に拒否権は無いという契約よ」
そんなもんだろうと思う。
「それと情報、準備期間、装備確保、その他充分なバックアップを要求します。あと、子供は殺せませんので悪しからず」
そう言うとイトウさんは、本当に笑った。
「あなた本当に興味深いわね。何を考えているの?」
「もちろんイヌワシのまもりですよ」
即答した。
「狂信者の言葉と同じに聞こえるんだけど」
以前、イトウさんが使ってた教団のことだろうか。
同じに思われちゃたまったもんじゃないと思う。
・・・だけど一瞬考えて、一面的にはそうかもしれないとも思った。
「リーダーを信じてるってとこは同じかもですね」
それに。
「あなたがたも、たいがいそんなモンじゃいですか?日本という国に振り回されてるように見えます」
イトウさんの目つきが険しくなる。
「今この国でコトが起きないようにするっていうのは大変なのよ。あなたにこんな話をもちかけてるのもその一環」
まーそうだろな。3000人の子供達ってのもそれなりに大変だが規模が違う。
でも。
「では僕達に限らずどこでも本質は同じじゃないですか。同胞を守って敵を排除する」
イトウさんはため息をついて言う。
「ゆえに、争いは無くならないのよ」
同感だった。
そして、そういうのを減らしたいとも思っている。
だけど今言葉にするのは憚られた。
今の僕にそんな力は無い。
「そうかもしれません」
そんな風に答えるしかなかった。
「週に2回、射撃訓練を含めて施設の利用を許可します」
学校に行かなくて良かった。
ていうか、施設を使わせてもらえるなら願ったりかなったりだ。
でもいっこだけ。
「サキには言わないでもらえますか」
イトウさんの表情は冷たかった。
「伝えておいた方がいいと思うけど」
「受ける条件です」
ここは譲れない。
学校に行く行かないでサキと喧嘩になった記憶が痛い。
こんな話でサキに心配をかけたくなかった。
「わかったわ、近いうちに一度ミーティングをしましょう」
そういって話を打ち切る。
「弾は配送してあるから」
この拳銃の弾丸か。宅急便かよ。
「犯罪起したら、拳銃所持を含めてヤバイことになるから気をつけてね」
おちゃめにウィンクしてきびすを返す。
飴と鞭というか、飴と鎖ですか。
終始こちらに選択肢がないのには脱帽だ。
確かに僕は武器を確保していないと不安だった。
イトウさんが去った後少し移動して、そこらの壁沿いの電柱の影に入る。
周囲を警戒するが、危険に感じるものはなかった。
少しほっとする。
だけど、しばらくそこから動けない。
今日は疲れた。
見上げると、やけに月が綺麗だった。
そしてイヌワシの教えを思い出す。
銃は人を殺さない。
人が銃を使って人を殺すんだ。
今回のネタは「ハルシオンランチ」etcです。
日系外国人が、学校で少女を守るだと?
俺のSIGが・・・問題ない。
どっちにしろ、劣化した学園ラブコメしか書けそうになかったので、イブンは学校に行きません。
今秋、フルメタがアニメ化されるそうですね。楽しみです。
ジーザスさんはアニメ化難しそうだなぁ。時代が早すぎた。