マージナル・オペレーション 異聞録   作:さつきち

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毎週の日課の一幕。


カジタサン

今日は朝から憂鬱だ。

 

タイへ行く日・・・イヌワシが妖精のお見舞いに行く日だ。

 

他にも、リさんとの打ち合わせや、シュワさんのいる施設の巡回、お墓参り、いろいろある。

 

この護衛任務は僕とジブリールとジニに固定されていた。

 

任務が嫌なわけじゃないんだけど、任務が済んだ帰りの車内は、顔色の悪くなったイヌワシ、機嫌の悪くなったジブリール、無口になったジニとなる。

 

運転主の僕は気が重いんだけど、なにもしてない3人の方がもっと気が重いのかも。

 

タイでの滞在はまずホテル周辺の探索と警戒から始まる。

 

用心のためにと毎回違うホテルだからだ。

 

僕らが初めてタイに来たときのホテルが一番安全そうに思うんだけど、イヌワシは絶対にそこに泊まらないようにしている。

 

リさんとの朝の打ち合わせもそのホテルなんだから都合がいいと思うんだけど。

 

そんなことを考えながら今日のホテルの周囲を見回っていたら、黒くて大きな人影が目に入った。

 

一瞬で警戒モードに移って身を隠し、相手を観察する・・・カジタサンだった。

 

脇下に拳銃だけの装備で、のしのしと歩いてる。

 

あれで警戒のつもりなんだろうか。いやジニと同じタイプかもしれない。

 

自然体で、何も警戒していないように見える。

 

実際は敵の発見はかなり早く的確だったのを思い出した。

 

しかしイルミネーターをつけていない。

 

「カジタサン、イルミネーターを着けてください」

 

声をかけて、目あわせてからカジタサンの前に出る。

 

「イブンか」

 

近づいて上から見下ろされると、戦場とは異質な迫力がある。

 

あれの効果かな、皮ジャンとサングラスというセット。

 

「着けてるぞ」

 

「ただのサングラスに見えます。情報連結もされてません」

 

即座に突っ込むと、カジタサンはサングラスの端を押した。

 

「こうるせぇな、これでいいのか、あぁ?」

 

情報連結された。

 

あのサングラスはイルミネータ端末だったのか。

 

「イヌワシが来る日は起動しておいて下さい」

 

冷静に声をかけながらも少し気になる。

 

最新型だろうか、、、試験型だろうか、、、専用型だろうか。

 

「あんま好きじゃねぇんだよこれ」

 

とか言いつつ起動したら律儀にデータを入力し始める。

 

「あとな、カジタサンて呼び方やめろ。長いだろ」

 

良くわからないことを言い始めた。長いかな?

 

自分の判断に時間がかかるときはまず奇襲を警戒する。

 

周囲の観察をする。問題は無さそう。

 

落ち着いたので返事をする。

 

「なんと呼べば?」

 

沈黙するカジタサン。考えてなかったのか。

 

腕を組んで少し首をかしげながら考えたあとにようやく一言。

 

「マフィア・・・と呼べ」

 

「OKマフィア。あなたの方が地理に詳しい、しばらくツーマンセルでお願いできませんか?」

 

「いいだろう。俺は防弾装備だ、いざとなったら盾にしろ」

 

しれっと、とんでもない事を言う。

 

言いながらもう警戒を始め、歩き出している。付いて行く。

 

「ベストは内装してるんでしょうけど、ヘルメットは無いようですが」

 

ハゲ頭を見ながらそう言うと、彼は振り返ってこちらを見る。

 

どこからともなく工事用ヘルメットを出し、被った。

 

この人は指摘しないと装備を着用しないんだろうか。しかもどれだけ防弾性能があるんだろう。

 

「へんな顔で見るな。グラサンもヘルメットも試作品みたいなもんだ」

 

なんでそんものがマフィアの手に入るのだろう。

 

「この前意気投合した武器商と、たらふく飲んだ。装備もヤツから融通してもらったんだ。このヘルメットはシールズのより硬いらしぃぜ」

 

シールズが何か知らないけど、妙に似合ってる。

 

「ところでこのセットじゃ目立つから、護身より索敵を優先でいいな?先手必勝ってやつだ」

 

見かけによらず判断もしっかりしてる。

 

前を歩くマフィアは僕ら二人の周囲と、建物の影や、扉などを警戒をしている。

 

だから僕は少し遠めの、狙点になりそうな場所を重点に警戒する。

 

「条件付きで同意します。発見優先はいいですが、先制攻撃は自重してください」

 

「わかった。どうせそう言うと思った」

 

そして武器商人の事が気になる。聞こうかどうしようか。

 

「お前に聞きたい事がある」

 

あれ、先に言われた。

 

そして返事を待たずに、続けて言われる。

 

「クロード・ランソンてのは悪党に思えるんだがな。どうして誰も気にしないのかと思ってな」

 

急激に血が上るのがわかった。冷静になれという方が無理だ。

 

「祖父を侮辱するんですか?」

 

「武器商から話を聞いた。ボスがキャンプモリソンとかいう所に来るまでお前らを使い潰していたんだろう?」

 

マフィアの言葉は端的だった。しかも全く否定する余地が無かった。

 

・・・そしてその現実を無かったことにしていた自分に気付く。

 

「でも、それは・・・」

 

混乱する。こんな時こそ警戒だ。断固として警戒だ。

 

イヌワシから教えて貰った呪文を使い、口に出す。

 

『ヨロシイナラバ警戒だ』

 

強い意志を持って行動するときに付ける呪文・・・だったかな?

 

周囲に脅威が無いことを確認し、安心する。不思議と少し冷静になる。

 

ルーティンを行うと冷静になる法則は信じてる。

 

「あぁん?ちょっと言われただけでそんななって大丈夫かイブン」

 

「警戒を続けましょうマフィア」

 

軽めの深呼吸をしながら言う。

 

「祖父のその事は他の人にも話しましたか?」

 

「いや、お前が初めてだ。否定しないって事は事実だったんだな」

 

僕が初めてで安心する。更に冷静さが戻ってくる。そして言う。

 

「事実です。その話、ここだけにとどめて貰えないでしょうか?」

 

「わかった、誰にも言わない。悪かったな」

 

唐突に謝られた。

 

「武器商に乗せられてるのはわかったてたが、シュワさんとこの子供たちを構ってやってるとな。子供たちをないがしろにしてるヤツの事が気にさわるようになっちまってよ」

 

「結果的には祖父がイヌワシを評価して、間接的に僕らを助けてくれたんだと思っています」

 

「そうだな」

 

「なぜ僕にそんな話をしたんです?どう考えても不和のもとでしょう?」

 

「当事者に聞くのが一番早いと思った。だが一人は会話が成り立たん、一人はどう考えてもおじいちゃん子だ、一人は口を聞きたくない。消去法だ」

 

ジブリールとジニとイヌワシのことだろう。

 

「ボスはヤバイ立場にいるようだな。俺みたいな下っ端にも粉をかけてくるやつがいる」

 

僕は黙る。こんな会話をしながらの警戒は本当に神経を使う。

 

「そんな武器商とは手を切ったほうが良くないですか?」

 

「シュワさんからつなぎを取っとけと言われてる。装備は支給されてるが、個人的には新しい装備に興味がある。買うほどの給料も貰ってないしな」

 

嘘だ、子供に食べ物を配って散財してるんだろう。クロエから聞いてる。

 

「よし警戒終了だ。ホテルに行こうぜ」

 

なに勝手に言ってるんだろうと思ったらイルミネータに指示が出ていた。

 

「了解。ありがとう、マフィア」

 

怪訝な顔をしてこちらを見てから前を歩き始めるマフィア。

 

多分さらに広範囲にわたって警戒していた、イルミネータを付けてない兄弟たちが任務を終えたのだろう。

 

今はクロエがインストラクター役でシュワさんの所に詰めている。密林戦というか、戦争そのものに向いてない子供たちをシュワさんのところで市街戦向けに鍛え直している。

 

市街でイルミネータは諸刃の剣だとイヌワシが言っていた。

 

装備しているだけで警戒しているのが丸わかりだからだ。

 

そう考えるとあのサングラスはカモフラージュとして優秀なのかも。

 

そして祖父のことは考え続ける。もとの会社では高い地位に就いていたらしい。

 

でもイヌワシの所に来て僕らに良くしてくれてるってのは、つまりそういう事なんだと思う。

 

そしてマフィアの背中を見る。のしのし歩いてる。

 

「カジタサン、あなたは信頼できるマフィアだ」

 

そう告げる。

 

「あぁ?何か言ったか?」

 

振り向きもせずマフィアがいう。

 

この定期任務で少し気楽になった気がしたのは初めてだった。

 

 

【マフィア梶田の話】

 

ボスのガキ共はナマイキなのばっかりだ。

 

だが・・・イルミネータに表示された狙撃地点の警戒マーカーをクリアにしていく速度には驚いた。

 

イブンのやつはスマホでゲームでもやってるようにしか見えなかった。

 

遠くから見るだけで何故敵がいないか判断できるんだ、おかしいだろ。

 




やたらと警戒してる描写があります。
今後はめんどくさいんでいちいち書きませんが、警戒時はこんな感じです。

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