ユキさんをポンコツにしないと話がすすまなそうだったので、ファンの方すみません。
『後悔先に立たず』という日本の言葉はこういうことかと痛切に感じる。
つまり、ユキさんの話は続いていた。
祖父が死んで遺産を分けるときに、ひと騒動あったこと。
その中に僕が譲り受けてしまった懐中時計の話があったこと。
あの懐中時計には計り知れない価値があるのだとか。
「叔父さんたちが必死に探していたのよ」
確かに僕が持っている。
「正当な後継者の証なんですって。今時、わらっちゃう話よね」
言いながら、ユキさんの目が笑っていないように見える。
いやまぁ、この流れなら撤退の道は少し見えた。
心が落ち着いてくる。
僕らとイヌワシの関係を知ってるわけでは無さそうだ。
いや、落ち着いてくるとそれさえも問題じゃないことに気付く。
「あの、失礼かも知れませんけど」
彼女の話をさえぎった。
「この時計、大切な物のようですのでお返ししてもいいと思ってます」
文字通り、懐から時計を出して見せた。
ユキさんはびっくりした顔をした。
そして急に笑い出した。
「あはははっ、遠い国のイブンはほんとにいたし、時計もほんとにあったのね。おじいちゃんサイコーだわ」
ウケてくれるのはいい。
こっちゃそれどころじゃないんだけどね。
「で、返してくれるの?」
「はい」
面倒ごとになりそうな物品は手放すべきだ。
ジブリールの父がくれた装飾品も、厄介ごとのタネだった。
もちろんそのおかげで生きてもいるんだけど。
「この家紋、トリさんと同じですね」
唐突なサキの言葉で現実に戻る。
え?なんだって?
急にサキが英語で会話に入ってきた。
これはきっと援護だ。
「キャンプでアゲハチョウをスケッチしてたら、たまたまトリさんがいて」
まぁそういうこともあるだろう。
「私の描いてる絵を見て言ったんです。ウチのカモンだなって」
そんなことが。
「その後、家紋というものを説明してくれて」
「じゃぁきれいに描きますねって言ったら、サキの思うままに描きなさいって、言われました」
サキの表情は僕が見たことの無いものだった。
その時の状況を思い出して、うっとりしてカンジ。
モヤっとする。
この感情はなんなんだろう、と思いつつ別の事を思い出す。
以前、父の前でラスルと私物についてのやりとりをしたことだ。
あのとき父は、この時計が自分に関わりのあるものだとわかったんだ。
でも僕には言わなかった。
イヌワシには絶対、追求してやると心にきめる。
なんか、了見のせまい感情ばかりだな。
ちょっと心が傾きかけたところ、にユキさんから声がかかる。・
「まぁ、そのままイブン君が持っておいてよ」
こちらの返そうという決意とは裏腹に、軽い結論。
ユキさんの決定だ。
「今更見つかったって言っても、あの修羅場の再現だしねぇ、私も面倒事はゴメンだし」
そんなもんか。
「おじいちゃんがキミに渡したなら、そういうことなんでしょ」
妙に納得したように言われる。
そういうことって、どういうことなんだろう?
意味がわからない。
でも、じーさんの遺志も尊重したいとも思う。
「では、このまま預からせてもらいます」
「じゃそれでお願いします」
ユキさんは深く頭を下げた。
その日、僕とサキはなんとか撤収できた。
生活用品は手に入らなかった。
要注意人物を確認できた。
要注意人物からマークされてることを確認した。
環境が違いすぎて、プラマイがよくわからない。
『文化がちがーう』ってやつか。
ただ、何もわからない状況じゃない。
一歩、一歩。だ。
明日を目指して進もう。
心配そうにこちらを見てるサキに微笑む。
「大丈夫さ」
サキの手をとり、そう言う。
「知ってます」
妙な返事だと思った。
「でも、自分の身も大事にしてくださいね」
そういって僕の左腕をとって、身を寄せてきた。
嬉しい。
右側をあけてくれてるのはサキの配慮だろう。
より良い明日のために。
今日を、今を、大事にしようと思った。