日本に来たら、絶対に行こうと思っていた場所がある。
そう、あのとき行ったアメ横。
以前に行ったときに感じた、あの独特の雰囲気・・・忘れられない。
みんな楽しそうで、活気のある町並み。
そして嘘や武器の必要の無いところ。
いやアメ横だけじゃなく日本全体がそうなんだ。
日本では「嘘」はあまり必要無いよって言っていたのは中国人の友達だ。
彼は言っていた。
「日本という国はいいねぇ。山があって海があって。僕の故郷は農地と荒野だけだ。なにかを買おうとしても偽物だらけ、嘘だらけだ。日本は安心してモノを買える。清潔な食べ物もある。」
ふと、賞味期限の改ざんの話題を出したけど、逆に笑われた。
それは食べられるものだ。プラスチック米やダンボール肉まん等は別次元だと思わないか、と。
同感だと思う、そして逆に日本人はおひとよし過ぎるとも思う。
どうせ生活用品を買うなら、あの店で買おうと思っていた。
『ADIIN』
サキに声をかけたら、二つ返事で一緒に来てくれた。
駅で待ち合わせる。
迎えに行くといったら、サキがかたくなに駅での待ち合わせにこだわった。
よくわからないけど、サキの要望どおりにした。
駅の待ち合わせスポットで予定通りに、会う。
初めて見る白いワンピース姿。とても良く似合ってる。
率直にそう伝えると、満面の笑みで喜んでくれた。
そしてその後も楽しげに笑っている、何だろう。
「デートですね♪」
僕の腕をとって横に並ぶ。
こっちを見ているサキの笑顔が眩しい。
そうか、これがデートか。
言葉を控えめにしてるけど、なんかすごく楽しそうなサキだった。
エヘヘと笑ってるサキがかわいい。
自分も何度も同じような事を考えてる気がする。
サキがカワイイ病かな。
どうしよう、近すぎて困る。何かの戒律にふれてないだろうか?
ともあれ歩きながら目的地の説明をする。
アディーンっていうんですか?ブランドショップみたいな名前ですね。
との感想。
「オシャレなお店なんですか?」
ちょっとサキの顔が曇る。そっち系の店は苦手なんだろうか。
「・・・いや、そうでもないよ」
控えめな表現になってしまった。
かなり古い店だったように思う。ギャップに驚かないといいけど。
かつて一度だけ来たこの街、アメ横。
やっぱり人だらけだ。とまどう。
だけどサキはもうこの程度の人混みは、普通に慣れた日常のようだった。
そして当然慣れた感じで案内してくれる。
「はぐれないで下さいね」
デートは男性からエスコートするものだと勉強したんだけど。
現状はまるで逆だった。サキが生き生きとしてる、楽しげだ。
僕はうまくできてない。
つまり今はサキが僕の腕をとって先を歩いてくれる、エスコートされてるのは僕だった。
でも、今日はそれでいいのかも。
先達に任せるのが基本だとも習った。
僕は異国の地に来て、うかれているんだろうか?
あまりしっかり警戒態勢をとるとサキが心配するから、
不自然じゃない程度に警戒しながら歩く。
ふと、サキが先導してくれてることを疑問に思う。
「ADIINの場所を知ってるの?」
「はい、昨日調べておきました」
さらっと言われる。
頼もしいけど、やはり自分で案内できない不甲斐なさを感じる。
やれやれだ。
まぁいいか、目的場所も重要だけど、サキが楽しんでくれてるならデートも重要だ。
なんとか頭がそちらに回った。
途中でサキを呼び止めて買い食いを提案する。
少しおなかもすいていた。
買い食いがデートらしいかどうかは微妙だけど、他に考えが浮かばなかった。
そして浮かんだ食べ物、そう。
タコヤキ。
オマルの食べていたアレを試してみるのもいいと思ったんだ。
タコヤキを食べたいと言ったら、サキの顔が赤くなった。
なんでだろう。
とりあえず屋台のひとつに行って、買ってみる。
爪楊枝にさして、口に運ぶ。
結果。
とても熱い、危険な食べ物だった。
日本の食べ物の中には熱いとか冷たいとか極端なものがある。
特に飲み物は基本的に冷たく、氷が入ってる。
ラーメンといえば熱々で、しかも豚が入っているのが当たり前。
ムスリムにとってはこれも危険だ。
熱いタコヤキを口に入れて、あたふたしてる僕を見てサキが笑ってる。
これは食べ方があるんですよ、と言った。
そう言ってサキは、ぱくっと食べた。ほふっほふっとやっている。
コツがあるのかな。
「おいひぃですよ!」
ほふほふしているサキがかわいい。
今日はサキのそんな面ばかりが気になる。
そんなふうに見ていると、サキはもぐもぐしていたタコヤキを飲み込んだようだ。
爪楊枝の先に、次なるタコヤキをひとつ刺した。
ちらっとこちらを見ながら、それをふぅ、ふぅっと、ふいている。
これは知ってる、野生動物が獲物を見つけた目だ。
冷や汗が出てくる。
なんでだろう・・・今すぐここから撤収しないと困ったことになる気がする
いや、撤収とかいうレベルじゃなく撤退が必要だ、今すぐ。そう思う。
そんなこちらの心理を読みきったかのように、何かが迫ってくる。
サキはまっすぐ僕の目を見ながら「それ」を差し出した。
さっきとかわって満面の笑顔になっている。
「はいっ。これが最も正しい食べ方です」
目の前にはサキの愛情たっぷりのタコヤキが差し出されている。
こ、こうやって食べるのか。これがトラッドなのか? さらに汗が出た。
周りの人が見ている気がする。いや間違いなく見ている。顔が熱い。
食べさせてもらった。
「ほふっ」
ほどよい温かさになっていて、おいしい。
「おいしぃよ、サキ」
目を見て言う。
ちょっと恥ずかしかったけど、それ以上に気持ちが高揚したように思う。
お返しに、ひとつを爪楊枝にさして、サキに差し出してみた。
びっくりしたように顔が赤くなった。
サキはかわいい。
こんな章ばかりが書きあがって行く・・・。
次回「ADIINの店主」に乞うご期待!
来月になると思いますケド。