それより問題があります。
日本でサキに彼氏がいるとかなんとか。
何年ぶりだろう、日本の空港。
あいかわらず賑やかだ。混雑してるように見えて実際は整然としてる。
日本独特の雰囲気を感じる。
みんなで降り立ったときの、この場所を思い出す。あのときはハキムがいた。
そしてみんなで暴漢を撃退したんだ。
思い出しながら角をまがる。
すぐに見覚えのある女性が目にとまる。
あのての姿勢は軍人独特のものだ。
サイトウさんがまっすぐこちらを見ていた。偶然のはず無いよな、多分。
ため息をころして歩いていく。こちらからは声はかけない。
万が一偶然だったときにマヌケに見えるかもしれないから。
「久しぶりね、イブン」
サイトウさんに声をかけられた。万が一は無かった。
そんな考えこそマヌケだったのかも。
「ご無沙汰しています、戦友」
そういってジョークのつもりで敬礼した。もちろん笑顔は忘れない。
サイトウさんは少しびっくりた表情だった。
「化粧は薄くしたんですね、よく似合ってます」
勉強したトラッドな日本語で挨拶をしてみた。
「ちょっと背が伸びたのね。お世辞も言えるようになって」
「はい。父がしっかり食べさせてくれてますから。あと、お世辞ではありません」
「ありがとう、イブン」
サイトウさんは少し楽しそうだった。
なるほど、出るときに父が言ってた迎えってのはこのことか。
柔らかい笑顔のサイトウさんは初めて見る。
ジャングルでは見なかった表情だ。
あちらに車を用意してあるわ。といって歩き出す。
なるほど、ここはサイトウさんのホームなんだなと思い知らされる。
「助かります。正直うまく電車に乗れるか自信がありませんでした」
本音と言い訳が混じったような返事になる。
「すぐ慣れるわよ」
まぁついて行くしか無いんだけど。
周りを見るとみんなスマホを見ながら歩いている。
この国は変わってない・・・イヌワシならそう表現するだろうか。
車は白いCX-3だった。実用性重視なのは良いなと思う。
キャンプハキムでは、各国の色々な文化も勉強する。
特に自動車メーカーは男子兵の好むものだった。
察したかのようにサイトウさんが言う。
「地味でそこそこの性能のやつがこれしかなかったのよ。カーチェイスするわけでもないし十分よね」
なるほど、目だたない事も重要だ。
「カーチェイスは無いんですか?」
楽しそうなんだけど。
「ご期待に添えなくて残念だけど、実際には無いわね」
それは残念だ。
それはそれとして、この車は格好がいいなと感じた。
サイトウさんの運転で都内に用意された住居に移動を始める。
サキが学校の授業を終えるまではまだ時間がある。
食事でもして行きましょうか。
そうですね。
何か食べたいものは?
みたいな軽い会話を適当にしていく。
窓の外を流れるビルの景色が新鮮だ。
自然もいいけど、都会には都会の楽しさもある。
そういえば、
「ザクザクバーガーという店に行ってみたいです」
日本に来る前に調べておいた。
ハラールされた食材だけを使い、イスラムの教えに従ったものしか提供しないチェーン店。
「ファーストフードの店に思えるけどそんなものでいいの?予算はこちらよ」
「ムスリム用のお店と聞いています」
「・・・そうだったわね。ごめんなさい」
なんで謝るんだろう。
「ハラールの施されたものを正確に判断するのは、日本では難しいと聞いています」
「そうね。日本の文化の中でイスラム教徒は生活しにくいかも」
きっとサイトウさんの正直な想いなんだろう。
「でもそれは食事の話だけです。日本ではイスラム教徒もユダヤ人も差別を受けていないと」
サイトウさんは少し黙る。
「・・・どの神も信じていないだけよ」
そんな部族などありえるのだろうかと思った。
この国で勉強する項目がひとつ増えた。
斉藤さんがカーナビでザクザクバーガーを探してくれる。
サキの学校と、用意されてる住居の中間くらいの位置だった。
これは都合がいい。
「ファーストフードなんて何年振りかしら」
そういいながら少し楽しそう。
店に入った時間は2時過ぎ、店に客は少なかった。
サイトウさんがカウンターに向かうので付いて行く。
「いらっしゃいませ。メニューをどうぞ」
お店の女性が話してくる。
イブン何にする?斉藤さんが試すように聞いてくる。
こちとら日本のファーストフードも勉強済みだ、受けてたつ。
メニューを見るとたくさんのセットが写真つきで表示されている。
一番最初にあるセットを指差して、人差し指を立てて目を見る。
「これをひとつ」
「チキンのケバブセットをおひとつですね。ピタパンとバーガーがありますが、どちらにいたしますか?」
相手の発音が微妙でよくわからなかったけど、メニューの写真を見て見当をつける。
ピタパンで、と返す。
「お飲み物は何にいたしますか?」
「オレンジジュース」
「かしこまりました」
即座にお店の人は斉藤さんに向き直る。機械みたいだ。
「私も同じセットを、ピクルス抜きで」
相手に口を開かせずに斉藤さんが言った。
機械みたいだった。凄い国だ。
「結構おいしいわね」
ケバブを口に入れたサイトウさんが、目を大きくして言う。
おいしいは同感だ。ただ故郷の味を想像していたがこれは別物だった。マヨネーズとは。
そしてジュースが冷たい。失敗した。
「氷なしを頼めばよかった」
つい口に出る。
サイトウさんが笑っている。
ミャンマーのジャングルを思い出しているのかもしれない。
外の明かりがガラス越しに良く入ってくる。
いいお店だと思った。ここかな。
「サイトウさん、僕はここでアルバイトをしようと思います」
サイトウさんの目が丸くなる。
「あなた本気?立場がわかって言っているの?」
「わかっています。許可が出ないのであればやめますけど」
サイトウさんがつまる。
考えているようだ。
「あなたは今、留学生の身分です。アルバイトの選択は自由です。年齢的にも就労を制限する法律はありません」
あきらめたような笑顔で見てくる。
「バイトの募集はしてるみたいよ」
最後は投げやりにそう言ってくれた。
僕はサイトウさんより食べるのが早い。
食べ終わった後、早速カウンターに出向く。
「いらっしゃいませ」
「こちらでアルバイトしたいのですが」
店員の人は機械じゃなかった。
「・・・少々お待ち下さい」
そう言って奥に行く。てんちょーって呼んでた。
てんちょーと呼ばれた人が出てくる。
大柄で丸眼鏡が印象的なおじさんだ。
「キミかい?アルバイト希望ってのは」
「はい、ここで働かせてください」
てんちょーは、しげしげと見つめてくる。
「キミは外国人かい?」
「はい、外国人です。ダメですか?」
不安になる。
「いやダメじゃないです。確認しただけで」
そういって、てんちょーはちょっと笑う。
「じゃとりあえず面接が必要です。履歴書を用意してからもう一度連絡を下さい」
脇に積んであった店のちらしを1枚つまんで渡してくる。
電話番号はこれです。と言ってくる。
「電話はまだ持ってないんです。あと・・・リレキショってなんですか?」
初めて聞く単語だった。
てんちょーの顔がちょっと難しくなる。
「日本に来てどのくらい経ちますか?日本で他の店で働いたこととかは?」
どのくらい正確に答えればいいだろう?よくわからない。
「日本には今日来ました。1時間くらい前です。ひとつきほど前にも日本で働きましたが、リレキショは要りませんでした」
後ろでバシャっという水の音が聞こえる。チラっと見ると斉藤さんがオレンジジュースをこぼして慌てている。なにやってるんだ。
「そうか・・・うーん。電話を持つ予定はありますか?プリペイドの携帯でもかまいません」
「あります」
「履歴書について相談できそうな相手はいますか?」
もう一度、サイトウさんを見る。机の上を拭いている。
「まぁ・・・います」
「じゃあ電話が用意できたら、連絡を下さい。その時にまだ履歴書についてわからなかったら説明をします。OK?」
少し進展したようなのでほっとする。
「OK!」
笑顔でそう答えると、またちょっと、てんちょーが笑う。
「英語が話せそうですね」
そういって握手を求めてきた。良さそうな人だと感じた。
「イエス!」
握手をして僕は答えた。
てんちょーは、ヤギシタですと名乗った。
そして名前を聞かれた。
名のれるのはそれだけで嬉しい。父の誉れでもある。
「アラタの子、イブン」
胸を張って相手の目を見る。
てんちょーはOKイブンと言って興味深そうに僕を見ていた。
そのあとサキの学校の近くでおろしてもらう。
車の中で履歴書の説明は受けたが、あとはサキと相談することにした。
「ありがとう、サイトウさん」
勉強した日本語で、不自然の無い挨拶をしたつもり。
発音に自信はあった。
サイトウさんは静かに笑った。
「本気なのね」
「もちろんです」
じゃぁ協力してもいいわよ。そういって去っていった。
校門でサキを待つ。古風なレンガ造りの校門だ。
授業が終わったのだろう。サキが向こうから友達と一緒に歩いてくる。
久しぶりに見るサキ。
日本の制服というのだろうか、独特な服装だ。
女の子の友達としゃべっている、楽しそうだ。良かった。
まだ僕には気付かない。だんだんと近付いて来る。
5mくらいまで来て、やっとサキは僕に気付いた。
こちらも軽く手をあげる。
サキは持っていたカバンを落とした。手を口元にあてた。
こちらを見て驚いた顔をしている。
久々に顔を合わせたんだ無理も無い。
自然と笑顔になる。
「やぁサキ、やっとこれたよ」
それしか言えなくて、言う。
顔が赤くなってる気がする。
サキが小走りに走ってくる。
なんだ?
はて?あれか、もしかして狙撃の危険性かな?僕をかばおうとしてるのか。
キョロキョロと気になっている祖点を探る。
いや、どう警戒してもそんなターゲットは確認できない。
サキはもう目の前だ、両手を広げてる。サキは何やってるんだ。
抱きつかれた、全力で。いい匂いがした、ひなたの匂いだった。
抱きとめて、全力で抱き返した。
サキはただ僕を見て走って来てくれたんだ。
そう思うと嬉しかった。
「待たせてごめん」
「いいんです。あなたは来てくれました。イブン」
顔を上げてまっすぐこちらを見る。
かわってない笑顔。サキはやっぱり優しくて強かった。
はい、新しい彼氏の件は、飛行機の中でのイブンの悪夢でした。
すみません。
あ、石を投げないで下さいっ。