俺の名はハサン。父の名はアラタ。
名乗るときは、アラタの子ハサンだ。
今はキャンプハキムにいる。休暇で帰ってきたはずなのに色々疲れた。
さっきまではリングの上で格闘していた。
生意気な後輩を相手にするのも前任の役目だと思う。
帰ってきてあらためて見ると、ここは軍事組織としてはゆるかったんだなと感じる。
まだ新しい組織だし当たり前か。
少し疲れたので、息抜きにランソンの所にいく。
「じーさん、じゃましていいか?」
返事は待たず、ランソンの部屋に入る。
夜もふけて誰も居ないと思ってたけど、先客があった。
ジニだった。
まぁちょうどいいか、聞きたいこともある。
「チャンピオン。見事な闘いだったね」
ランソンは愉快そうに笑って、椅子を勧めてきた。
俺も、あざっすとか言って、遠慮なく座る。
「じーさんも惜しかったな。ていうかオマルに花を持たせた感じがしたんだけど」
と言うと、どうだろうね?とウィンクが帰ってきた。
みんなに人気のあるこのじーさんは、自らの影響力について考えてるとか言ってたな。
要するにオマルファンを増やすために、勝ちを譲ったんだろう。
ジニがどこからともなく三角形の物体を出す。なんだ?
「オレンジジュースよ、どうぞ」
ふーんと思いながらジニに言われるままに、ストローをさして飲む。
「うまいな」
素直に感想を言ってジニを見ると笑顔になった。
「良く勝ったわね、褒めてあげるわ」
なんとも上から目線の賞賛だった。
上から目線なのにいやみとかは無い、さすがのジニだ。
「なんで俺を呼んだんだ?」
オレンジジュースを飲みながら聞く。
そう、ロシアから彼を呼び寄せたのは彼女だ。
この様子じゃ参謀はランソンかな。
「ハサンじゃないとどうにもならないと思ったから」
自然で真面目で、堅苦しくも無い、彼女らしい口調。
「オスロやカンナの事とかか?」
「そっちは別口。あいつらはスパイよ。最近増えたわ」
よく情報収集をしている。
「なんでそんなのをほっとくんだ、こんなにこじれて、俺まで呼んで」
「だから、そっちはハサンを呼んだこととは関係ないわ」
ジニがこちら挑戦的に俺を見る。
「スパイに関しては、みんなで話して存在しないことにしたの」
テストか。
「スパイ探しをしても手間がかかるだけで、例え確定できてもメリットもない・・・か?」
「Aマイナスね」
他にも何かあるのか。
ランソンが口を開く。
「いっそのこと宣伝に使おうかと。我々がいかに無害かってことをね」
そういって笑う。悪い人の笑顔だ、でも妙に似合う。
「どうせ我々の組織は雛のようなものだ。常に変化している。情報の劣化も速い」
俺もジニもすっかり生徒状態に入ってしまう。
逆に、と前置きして
「男女交際についての軽い枠組みくらいは良いとしても、スパイの摘発などと言い始めたら疑心暗鬼になって作戦行動どころではなくなる」
そりゃそうか。
「そういうわけでスパイなどいない、ということにしよう結論だ」
そこまでは理解した、でもまだ気になることがある。
「イヌワシは正しい事をしてる。でもスパイはその情報をそのまま伝えて、雇い主は納得すんのかな?」
「しないだろうね。むしろ汚点を探してアラタを叩く材料にするだろう」
このところ何度か暗殺未遂があったという話を聞いた。
ジニが興味深そうにこちらを見ている。
「アラタは何でこんなに世界中から注目度があがっちゃったと思う?」
唐突に聞いてくる。
「んー、、、少ない戦力で中国軍に勝っちまったからだろ」
「それもあるけど、正確には違うわ・・・子供を救ってしまったからよ」
どういうことだ。俺も救って貰った。感謝している。ジニもじゃないか。
「そういう子供達を使い捨てにしてビジネスにしているやつらにとって、アラタは邪魔者なんですって」
頭にくる話だけど、表情に出ないように奥歯をかんで耐える。
「そんなやつら、叩き潰せばいいじゃないか」
あのタイで出会った敵みたいに。
「今そう動けば叩き潰されるのはこちらだ」
ランソンが静かに答える。
そんなバカな。
「いいかねハサンよく聞きなさい」
わざわざ前置きをする。
「この世界には、キャンプモリソンでの君達の生活を、うらやましいと思う子供達がいる」
なんだ・・・って?
毎日歩きずくめで、人を殺して殺されるのがいいのか?
「食料は与えられず、日の出から日没まで働かされ、夜は屋根も無い檻に入れられ虐待を受ける。そんな子供達がいるのだ」
絶句する。
「アラタが一度そのことを口に出してな。あまり深入りする前にシュワやオマルに相談したのだ」
そんな自分達のような子供を助けたいと思うのは当然だ。
「助けるのは難しいのか?」
「今は不可能だ」
即答された。
「そんなわけでイブンにはここを離れて貰いたいって事になったの」
訳知り顔のジニ。
どんなわけだ。どう繋がるんだソレが。
「イブンの仕事が完璧なので、アラタが自由になりすぎる。だが中東やアフリカに手を出すにはまだ早いのだ」
ランソンの表情が険しい。
なるほどそういうことか。俺もロシアで向こうの情勢は勉強したから、なんとなくわかる。
タイの自由戦士社程度の話とは規模が違う。自分がバカに思えた。
「ホントはね、先にハサンにこの話をしてから、イブンへの説得を頼むつもりだったのよ」
何故ジニは、俺が説得すれば何とかなるなんて考えたんだろう。
「そうなったら俺の決闘相手はイブンだったかもな。あいつ、わからず屋だから」
そうね、と言ってジニが笑う。
「チャンピオンのおかげで結果オーライというわけだ。よくやってくれたハサン」
「別に。それこそ偶然さ」
「オスロに勝ったのもかね?」
ランソンがにやりと笑う。
「それは必然」
にやりと笑い返す。
「コマンドサンボか。短い期間でよく修練したようだな」
さすがはランソン見抜いている。
「帰ってきたときにグウェンにバカにされないように頑張ったんだ」
「まったく何を勉強しに行ったのよ?ひこーきはどうなったの?」
ジニがお説教モードになった。
「ロシア語をマスターするまでもうちょいかかる、字が読めなきゃどうにもならないんだ」
会話はなんとかなっているが、文字は本当に苦労している。
「それまで出来る事はパイロットとしての体作りかなと思って。コマンドサンボはついでだ」
言い訳をしてたら情けなくなってきた。
「イブンの言語能力を分けて欲しい」
「まぁがんばんなさい」
といって肩を叩いてくる。
ふと。
ジニとこんなふうに普通に話すようになったのは、いつからだったけなとか思う。
そして聞きたかった事を思い出す。
「で、イブンとサキはいつから日本へ行くんだ?」
俺も休みがまだあるからタイミングが合えば日本経由でロシアに戻ろうかと思った。
何しろ日本は面白い。またアメヨコにも行ってみたい。
ロシアの同僚に連絡すれば日本での買い物をたくさん頼まれるだろう。
そんな風に考えていたら、ランソンンもジニも遠い目になっていた。
なんだ?
「ハサンあのね、サキはすぐにでも日本に行くわ。言語の壁は年齢が低いほど乗り越えやすいんですって」
なるほど。んでイブンは?
「・・・イブンが行けるのは、早くても10ヵ月後ね。」
な、なんだって?
ランソンも口を開く。
「アラタの仕事を請け負いすぎているのだ、後任選びから始めて、引継ぎに最低でもそのくらいはかかる」
それじゃぁイブンは・・・
「遠恋ね。ご愁傷様」
ぶっ。
「ちょっとひどくないか?」
「アラタの命を護るためだったのよ」
そう言われると何も言い返せない。
しかし10ヶ月とは。
「イブンはレジェンドクラスのスーパーボーイだが欠点もある」
欠点はたくさんあるな、俺も知ってる。
「その一つが、他人にモノを教えるのが下手だということだ」
・・・なるほど。
「しかし今回それがわかったことは、組織としては僥倖だった」
なんの話だろう。
「シュワが言うにはイブンに仕事を任せてから、業績が急に良くなったそうだ。ただ長期的に見るとこれは一時的なもので、イブンが抜けると一瞬で破綻しかねない状態だと」
・・・。
「というわけで、10ヶ月程度かけても他人に割り振って行くのが組織としてベターだという結論だ」
「俺はそっちの方の勉強もまったくわかんねーんだ」
「まぁ今回はファインプレーだったってことで。褒めてあげたじゃない」
ジニが微妙なフォローを入れてくる。
そんな俺らをランソンが楽しげに見ている。
俺は自分の翼を手に入れる。そして、翼の無いイヌワシを望む場所へ運ぶ。
イブン、お前はどうするんだ?
幹部の皆さんには、それぞれ苦労があるだろうなっていうお話。
アラタが「中東制覇する!」て言うと、イブンは「ハイ!」て答えてしまいそうで怖い。
ジニとハサンが仲良く話してると安泰だなって感じました。