「起きろ、おい起きろって!」
誰かの声がうるさい、眠いときに限ってこれだ。
前にもこんな起こされ方をしたな、ハサンか?
なんだろう、ひどく悪い夢を見た気がする。悲しい夢だった。
「イブン起きろよ!」
「なんだよもう、うるさいな」
とりあえず起きた、部屋が薄暗い。
窓を見る。一瞬、朝なのか夕方なのかどうかわからない。
目の前にラスルガイル。無理やり僕を起こしたようだ。
昨日の夜にサキから告げられた話を思い出して、また悲しくなる。
ハサンが僕を起こすわけがないんだ。ロシアに行ってるんだから。
あいつの事を考えるのは、現実逃避に近かった。
だって、
思い出した事は、サキと離れ離れになるかもしれしないって話。
あぁもう考えがちらばって、何をしてるんだかわからない。
昨日の夜はいつもどおり、日本語の授業のあとでサキと話をしてすごした。
あのジャングルの夜のあと、お互いの雰囲気も自然になっていたように思う。
サキの事を気遣いずつ、話を聞いて、答えたりしているのは何よりも楽しかった。
ただ、サキの様子が少し変だった。元気がなかった。
元気付けようとして、こちらが話すことの方が多かったように思う。
結局何もわかっていなかったのは僕だった。
サキから学校に行くことになったと告げられたんだ。
ちょっと前から決まっていたのだけど言えなくてごめんなさいと謝るサキに、
気にするなおめでとう、と言うのが精一杯だった。
ショックだった。
休みの日には会いに行くよと思ったけど、口にして伝えられたかまでは覚えてない。
その後どうやって女子寮まで送ったかも良く覚えていない。
そのまま夜のパトロールの任務だった。
任務に専念しようとしながら、さっきの話が頭の中でぐるぐるまわっててしんどかった。
朝方帰ってきてして、泥のように眠った。
もういいや今日は終わりにしようって気分だった。
そして今、ラスルに起こされた。
「おい、聞いてるのか?」
ラスルがまだ目の前にいた。ようやく頭がハッキリしてくる。
「うん、おはよう」
挨拶は大事だ、なんとかして口に出すとラスルは呆れた顔をした。
「ハサンが休暇で帰ってきてる」
ハサンが帰ってきてる。ハサンが帰ってきてる。
オウム返しに何度が呟いて気付く。
「ハサンが!?」
「さっきまで食堂でメシを食ってた、今はみんなでいろいろ話をしてるぞ」
「なんで起こさなかったんだ!?」
さすがに文句を言う。
「疲れてるだろうから寝かしといてやれって、ハサンが」
ベッドから降りて、すぐに向かおうとするとラスルに止められた。
「とりあえずシャワーでも浴びて、着替えてからにしろ。帰ってからそのまま寝たんだろう」
そう言われた。
すぐにでも会いたかったが、我ながらひどい有様だった。
言うとおりにした。
食堂にはまぎれもなくハサンがいた。
こちらを見て、よぅねぼすけ兄弟久しぶり、と普通に挨拶してきた。
ハサンの笑顔はどこか大人びて見えた。
なんかくやしい。
でもそれより嬉しい。
よく帰った、ハサン。とだけ返す。
目をみて、手を握ってお互いの肩をたたく。
再会の挨拶はそれで十分だった。
任務の合間にイスラムの兄弟たちが集まり、ハサンに質問を浴びせている。
異国の話に興味がわくのは当然か。
ジニはもちろん、ジブリールでさえやってきて、ハサンと話していた。
ちょっと前はナイフを持ち出して喧嘩してたのになーとか思い出す。
まぁそれを聞きながら、僕は食事にありついていた。
ハサンからは後でゆっくり話そうと言われていた。
兄弟たちの会話を聞いているだけで、楽しい。
乾いた大地を、さまよっていたときの雰囲気を思い出す。
色々あったけど。あれはあれで楽しかった。
そしてサキのことを思い出す、そっちの問題を忘れてた。
気が沈む。良くないな不安定だ。
しばらくすると人数が減っていた、身近な兄弟達はみな仕事が増えていて忙しい。
ハサンの他はジニとジブリール、ラスルだけになっていた。
イヌワシはいいの?とジブリールに聞くと、
「今日は良いのです」
と、笑顔が返ってきた。
静かな笑顔でびっくりした。
そんな感じならイヌワシも反応が違うんじゃないかと思う。
でも何故だろう。
「後でハサンとの話を報告することになっていますから」
・・・なるほどね。
ジニが飲み物をもってくるね、と言って席を立つ。
その時、部屋の外が騒がしくなってきた。数人が話しながらこちらに来る音。
なんだかもめてる感じ。だがこちらへ攻撃を仕掛けてくる感じではない。
みんなが軽く警戒態勢になる。
一応。ごく冷静に。
戸をスライドさせて入ってきた相手はグウェンだった。
あとから来る2人は、その取り巻き・・・いや部下か。最近、父の護衛を受け持っているチームだ。
グウェンが護衛隊長をしている。
僕らが護衛をしているときには「護衛隊長」なんて役職など必要なかったんだけど。
優秀な人材から選ばれて配置されるようになっている。
東洋系の男はオスロ。今や部隊ナンバーワンの格闘のスペシャリスト。
小柄でストレートボブはカンナという女の子。
彼女は僕と同じように警戒が得意なタイプだ。
二人とも護衛役として索敵と近接戦闘を専門にしている。
オスロが険しい顔をしている。なんだろう。
「よう兄弟、おかえり。挨拶が遅れちまってわるかったな、任務があったんでな。」
グウェンが言う、早口だ。何かで少しテンパってる感じだな。
ハサンが立ち上がる。
「ただいま兄弟、また会えて嬉しい。イヌワシの護衛は一番重要な任務だ、気にするな」
任せてしまって悪いな、とか言って抱き合っている。
僕より近い関係にあるように見えた。ふん。
「で・・・な、帰って早々あれなんだけど、ちょっと話があってな」
なにか微妙な表情でグウェンが話し始める。
ジブリールやジニがわざと横を向いてる気がする。
あぁグウェンも色々あるんだろうなと思って僕も横で聞いている。
何かグウェンが言いづらそう、僕を見てくる、汗をかいている。なんだろう。
僕に相談があるなら気にすることは無いのに。みずくさい。
ハサンが旅立ってからは、それなりに親交を持ってたつもりだったんだけどな。
話があると言ったくせに話し始めない。逆に僕が居てはまずいのかな。
席をはずそうか?そう言った。
「もういいです隊長、自分で言います。」
オスロが口を開いた。
僕とグウェンの視線問答は中断された。
「ハサンさん、あなたはグウェン隊長より強いと聞いています。模擬戦をお願いしたいと思います」
グウェンが目を覆って上を向いた。
みんなびっくりしていた。「模擬戦」と言ったオスロのそれは決闘に近い申し込み方だ。
ハサンは怒るんじゃないかと思った。
ところが言われたハサンは予想外に薄反応。
「必要性を感じない。オスロ、おまえがイヌワシをしっかり護衛できるならそれでいい」
出て来たハサンの台詞はさらっとクールだった。
オスロは一瞬ひるんだようだ。
でもなんとか言い返してくる。
「私はグウェン隊長より強くなるよう鍛錬し、実際強くなったと思ってます。厳父のまもりに最もふさわしいしいと自負しています!」
そんな激熱なスピーチをしはじめる。
まぁオスロのがグウェンより強いのは確かだ。
僕も訓練で何度か相手して、かなりのものだと実感している。
ていうか普通にやったら。僕じゃ近接戦では勝てない。
3000人もいればより才能のあるやつが出てくるのは当然だ。
と、イヌワシの言っていたとおりだった。
「ですが、前任のハサンさんには及ばないと言われました。是非模擬戦をお願いしたいと思います!」
ジブリールは無関心、ジニは笑顔でわくてか、ラスルは置物だった。
ハサンは静かにオスロを見て黙っていた。
いつものアレか。
誰も口を開かないって事は僕がやればいいのかな。
「実戦から離れていたハサンには分が悪いだろう。フェアな申し込みじゃない」
そう口を挟んでみた。
「ではイブンさん、あなたが相手でもいいです」
オスロはこちらを見て、即そう言った。
しまった、そうきたか。
思ったときには遅かった。
兄弟たちの視線が集まってくるのがわかった。
ばかあほかんがえなしちょうはつだってわかってるでしょあたまつかえらんそんやおまるからなにもまなんでないのかあらたにいいつけますよ。
周囲からそんな意思が視線と共にが伝わってくる。
変な汗がが出てる気がする。
でもサキの事を考えて絶望してた気持ちよりはマシかも。
そしてまたサキの話を思い出してもっと落ち込む。
泣きっ面に蜂ってこれか。
・・・まぁ受けるしかないか。アレを使えば何とかなるかもしれない。
そう思った瞬間、追い討ちが来た。
「受けないんですか? 最初の24人とか、長兄とか言われても、実際は腰抜けですか?」
よくわからないことを言う。なんだろう?
ハテナと思いながらとにかく模擬戦を承諾しようとしたら、急にハサンが机を叩いてオスロを見た。
なんか怒っているような、あんま見たことの無い雰囲気のハサンがいた。
「いいだろう、俺が相手になってやる」
・・・え。いや勝ち目無いだろう。
オスロは少し安堵した顔で、訓練場を確保してきますと言って、カンナと共に出て行った。
ラスルはこちらを睨んでいる。
ジブリールは「イヌワシに報告してきます」と言って出て行った。
別に報告するような話でもないのに・・・ダシに使ったのかな。
気が付くとジニもいなかった。
僕は僕で、ハサンに言いたいことが山ほどできた。
「おいハサン無茶だろう。あいつは今部隊で一番の凄腕なんだぞ」
「そうか。でも世界最強ってわけでもないだろう。なんとかなるさ」
その返事に呆れ、グウェンに矛先を向ける。
「なんでこんなことになってるんだ、グウェン。統率が取れてないと思わないのか」
ほっとけば良かったのに。格付けなんて下らない。
グウェンは少し黙った。その後に話し出す。
「親父や祖父にも相談していたんだ。少しずつ派閥ってやつが出来てるのかもしれない」
そう言った。ハバツってなんだよくわからない。
「最初の24人て言われてる人たちだけが良い待遇を受けて、学校行ったり、戦場から去ったり。残ってるヤツもたいしたこと無いとか。そんで下っ端は苦労してるとか」
ばかな。頭が熱くなる。誰がそんなこと言ってるんだ。
そもそも、戦場から去って学校に行く、そして職につく。それがイヌワシの目標だろう。
「すまない、うまく抑えられないんだ、俺頭が悪くてよ。そんでハサンの事を話に出しちまったんだ。俺より強いって」
グウェンが泣き始める。
こんなに悩んでいるなんて、僕は全く気が付かなかった。至らない、こういうことか。
ハサンが泣いてるグウェンをがっつり抱いて背中を叩く。
「任せとけ、兄弟」
そういった。
ハサンがやたらと大きく見えた。
とりあえずハサンがグウェンを連れて行った。どこかで落ち着かせるのだろう。
ラスルが僕をにらんでる。きっとそう見えるだけだ。ラスルは目つきが悪くて損をしている。
「で、どうするんだ?」
唐突に聞かれる。
「まぁこうなったら仕方ない、ハサンを応援するさ。もし負けたら僕が相手になってやる」
勝ち目は無いかもしれないけど。
ラスルが盛大にため息をつく。
「そっちじゃない」
そっちはどうとでもなるとかなんとか言っている。
なんだ?
「サキのことだ。学校に行くことになったんだろう?」
「何故知ってる!?」
頭が熱くなる。
「ラマノワから聞いていた。どうするんだ?」
なんでラマノワがそんな。冷静になれ。そういやサキはラマノワと仲がいい。
「どうするって・・・応援して送り出してやるさ。たまには遊びに行ったっていい。サキも休みには帰って来るだろ」
強がってみる。
ラスルはしばらく目を瞑る。
「お前な。戦闘前に必要なものはイヌワシから教わらなかったか?」
なんだ急に。基本だろう。
「戦力と食料」
「その前だ」
「なら、情報だ」
「お前は情報戦が弱かったか? サキの行く学校は日本だぞ。気軽に遊びに行ける場所じゃない」
そんな遠くに! なんでサキは言ってくれなかったんだろう。
「それは・・・きいてない」
「聞いたのか?」
昨日の会話を思い出す。きいてない。自分が受けたショックでそこまで頭が回らなかった。
「サキは学校に行くことを伝えるのが怖くて、ずいぶん悩んだそうだ」
そうだったのか・・・。僕は自分のことばかり考えてしまっていた。
「それだけだ、支援情報は有効に使えよ」
そう言ってラスルは出て行った。
いろんな事が頭の中でも外でもぐるぐる回ってる。
日本の遊園地を思い出した。
今更ながら画集を買いました。
改めてコメント付きで絵を見ていると楽しいものです。