マージナル・オペレーション 異聞録   作:さつきち

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内緒話って聞きたくなりません?


空白の30分とは

雨は小降りになっていたが、足元はぬかるみ闇も深い。

 

転ばないように気をつけないと。

 

今なによりも大切な人を、両手に抱えて歩いているんだから。

 

前を向き、足元を確かめ、サキの顔を見る。

 

さっきまでおとなしく顔をうずめていたサキが、優しくこちらを見ていた。

 

「サキ、心配してた」

 

とにかくそれは伝える。

 

「はい、イブン。心配をかけてすみません」

 

いつもどおり、簡潔だけど心根の伝わってくる返事が嬉しい。

 

ラマノワのジムニーまで、あと20分くらいだろうか。本気で動かないつもりのようだ。

 

雨で冷え切ったサキを早く暖かいところへ送りたいのに。

 

イルミネータの向こうのみんなは、大爆笑のあと少しずつ通常モードに戻っていた。

 

イヌワシとの連絡もついたという情報もランソンからあった。これで一安心だ。

 

今は擱座したジムニーの回収やら、二次遭難した捜索隊の救助やらで情報がとびかっている。

 

まぁイルミネータで居場所がわかってるから、問題なく救助できるだろう。

 

・・・問題。そう問題はまだ別にある。

 

頭を整理しようとする。そしてまず思い出したのは昔の話だ。

 

部族に追い出されイヌワシに拾って貰ってから、最初の作戦だったと思う。

 

なんかのひょうしに白人女性の裸体を見て鼻血を出してしまったことがあった。

 

『鼻血のイブン』

 

なんとも情けないあだ名が着いたんだった。

 

今回はどうだろう。

 

明日からは『お姫様だっこのイブン』て呼ばれるんだろうか。

 

語呂が悪いからそんなには広まらないかも。

 

いやどうだっていい。今考えるのはそんな事ではない。好きなものは好きだ。

 

問題は自分の気持ちをサキに伝えられるかどうかだ。

 

両手に抱いて、こちらを見ているサキに誠実にならねばならない。

 

雨にうたれながらも、ずっとこちらをみているんだから。

 

神の与えたもうた試練は偉大だ。

 

「サキ、情報を伝える。哨戒チームアブドは全員生還だ、軽傷者数名」

 

黙ってこちらを見ている。

 

そう、そんな情報はどうだっていいんだ。

 

男には「ケジメ」が必要だ。

 

まだ勉強中でよくわかってない日本語だけど、これがそうなんだと思った。

 

もうずっと曖昧にしてきたけど、

 

「初めて会ったときから好きだった、部隊に申請していいかな?」

 

抱いているサキの目をまっすぐ見て言った。

 

生まれて初めて使う言葉、結構かなりの勇気のいる言葉だった。

 

「はい、イブン」

 

即答だった、こけそうになった。

 

サキの顔が少し意地悪な顔になっている。でもかわいい。

 

「どれだけ待ったと思います?」

 

そう言われてグッと詰まる。どれだけ待たせてしまったのだろうか。

 

「待たせてごめん」

 

そうとしか返事が出来なかった。

 

こんな状況にでもならなければ、サキに想いを伝えられただろうか。

 

唐突にサキが聞いてくる。

 

「あとどのくらいでジムニーに着きますか?」

 

イルミネータを確認する。

 

「10分くらいかな」

 

「私もあなたが好きでした」

 

また唐突だった。そしてまたこけそうになった。

 

雨はもう、ほぼやんでいる。

 

一瞬このままサキを抱えてキャンプに帰りたい気持ちになった。

 

矛盾してるな。早く暖かい車の中に送り届けるんだ。

 

 

【後談】

 

B-1にたどり着くと、意外なほど冷静なラマノワがいた。

 

サキを車内に入れると、サポートの女子兵がタオルを出して救護を始める。

 

「兄さんはあっちね」

 

B-2のジムニーを見て指を指された。当然か着替えもあるし。

 

「頼む」

 

サキとラマノワを順に見てからドアを閉めた。

 

 

 

B-2に乗り込む。サポートはいなくて運転席にマブズナ一人だった。

 

「お帰り、兄ぃ。大活躍だったね!」

 

マブズナの1声。

 

「よしてくれ、大変だったんだぞ」

 

適当に装備をあさってタオルやらを出す。

 

「あはははっ、ところで儀式は済んだ?」

 

吹き出しそうになる・・・まったく。でも隠したところで今更だ。

 

「まぁね、明日申請するさ。ところでクロエとアブドは?」

 

気になってもいたし、話題を変えるつもりで振ってみた。

 

「アブゥへのペナルティってことで乗車拒否したったー、あははっ。他の車が見つかればいいけど」

 

アブドはともかくクロエも気の毒に。ため息が出た。

 

今日の事を思い起こす。

 

とにかく忙しい一日だった。そして疲れた一日だった。

 

「アブドのヤツ。いくらなんでも指揮が雑すぎないか?」

 

昔からの仲間に、少し愚痴も出てしまう。

 

「そうだねー、さすがにアレは無いよねー。どうかしてるっちゃどうかしてるよね。フフン」

 

意味ありげな言葉だった。だけど今は疲れて答えるのがめんどくさい。

 

まぁバックアップも完璧だったしーとかなんとか言ってる、マブズナの言葉がよく頭に入ってこない。

 

バックップを用意するのは基本だろう、今更何言ってるんだ。

 

そう、それでもだ。より良い明日を得るための重要な一日だった気がする。

 

「キャンプに着くまで少し寝させてもらう」

 

いろいろな事が無事とまでは行かなくても、大事にならずに済んでほっとしていた。

 

「アイサー兄ぃ。今日ばかりは絶叫運転は控えてあげるよっ」

 

遊園地を思い出すような言葉も控えて欲しかった。

 

イルミネータから聞こえてくるみんなの声が子守唄に聞こえる。

 

それに輪を掛けて車の揺れがいい感じだ。睡魔を呼んでくる。

 

意識が途絶える直前に聞こえた声はアブドのようだった。

 

(イブンのやつ、まったく世話が焼けるぜ)

 

意味がわからない。

 




私にとってもケジメの話でした。

書くのが重いけど、書いておかないと次が続かないかなと思いまして。

またマブズナのキャラ付けは1000%捏造ですので、ファンの方には前もって謝罪しておきます。すみません。

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