え?待ってない?デスヨネー(笑)
闇の中、豪雨の中、ジャングルの中。
あるはずの無い川の、川べりをひたすら走る。いや走ってるつもり、実際はあがいて進んでるだけ。
ミャンマーで北東に向かって流れる川なんてナンセンスだ。まぁ塹壕だけど。
あの中国との戦いの後、グウェンが追撃したいってのを支持してたらこなんなことにはならなかったのだろうか?
ランソンからの情報が入る。
「各員傾注。塹壕はどこかで切れる、川では無い。要救助者を見逃すな」
もちろんだ。こちらはとっくに移動を開始している。
各員にイルミネータで指示がくる。
こちらにはクロエが前衛になるような指示が来た。何を意図してるのかよくわからない。
とにかく川沿いを走る。
もう一度確認する。やはりイルミネータの指示ではクロエが先頭になっている。
なんで僕じゃないんだ。
そしていつまでたってもクロエが先頭に来ない、なにやってるんだ。
「ランソンだ。イブン指示に従え」
「従ってます、クロエが来ないんです」
「・・・イブン、きみの移動速度が速すぎるのだ、調整してクロエが先頭になるように」
豪雨のジャングルは、そんなランソンの言葉を吹き飛ばした。
ついでに僕の理性も少し吹き飛んだのかも。
「了解しました」
とかなんとかいいつつ、川沿いを探す足を速めた。
後ろからクロエの声が聞こえる気がする。イブン早い早い早い。
クロエも鍛えなおすか・・・アブドと一緒に。
大丈夫、大丈夫、この先にアブドとサキがいるはずだ。
どのくらい彷徨ったのだろう。
アブドとサキを見つけたときには二人とも憔悴しきっていた。
見つけられたのは、サキが振っていたLED電灯の光だった。
この状況なら、見つかるのは敵でも味方でもいい。
最悪でも捕虜になるんだ。それが父の教えだ。
今回は僕らが先に見つけた。サキもアブドも運がいい。
まぁ今回の敵はこの雨と闇なんだろうけど。
大きな木の根元でぐったりと座り込んだアブドを、サキが守るようにしてこちらに銃を向けていた。
こんな険しい表情のサキを初めて見た。
かける言葉は一つしかない。
「サキ」
ちょっと前からこちらのライトには気付いていただろう。敵か味方かわからなくて不安だっただろう。
サキの表情が険しいものから、やわらかくなっていく。
「来てくれたんですね、イブン」
そういって銃をおろした。
微笑んで頷く。
泣き笑いになったサキの表情は一生忘れられないものになった。
嬉しい気持ちを抑えて報告を送る。
「S1イブンです。アブドとサキを発見しました」
イルミネータの先でみんなの歓声があがった。
二人の怪我は足だった。骨折まではしていないがひどい捻挫をしていた。
塹壕の川から這い上がるのにかなり無理をしたんだろう。
ランソンに伝えて指示を仰ぐ。
「・・・B-1とB-2に合流しろ」
ちょっと間のあるランソンの指示だった。
躊躇するなんて珍しいな。
あぁあれか、そうえばB-1とB-2はラマノワとマブズナか。
命令違反コンビがベストな位置にいるんじゃ確かにアレだなぁと思う。
ふと見るとクロエはもうアブドに肩を貸していた。
そうしながらクロエはこちらを見ている。
「イブン早く二人を安全な場所に送りましょう」
悪いな、ドジっちまってよ・・・
そんなアブドの言葉がイルミネータに入ってくる。
クロエが肩を貸して立ったので、クロエのインカムがアブドの声も拾っている。
そうか・・・気をつけよう。
「S1イブンです。アブドとサキを保護しつつ、B-1とB-2に合流します」
そう報告して反応を待ち、問題がなさそうなのでアイスイッチでマイクだけオフにした。
サキはアブドをクロエに任せて自分の任務が完了したような様子だった。
きっとサキは歩いて帰ろうとするだろう。
しゃがんでサキの顔を正面から見た。
「サキ、ごめん」
一声かけて、問答無用で体をかかえた。
「イブン!!」
サキが恥ずかしそうな声をあげてちょっともだえてる。
マイクを切っておいて良かった。
「足を怪我している」
こっちも恥ずかしくなって、言い訳みたいに理屈をこねてしまう。
「歩けます」
サキの目を見る。
泣きそうなようでいて、しっかりと意思のある視線。
とても複雑な表情でこっちを見ていた。
でも、兵士としてのお互いの意思の疎通はできたと思う。
「救助する、これが最善だ」
と思う・・・。
もっと気の利いた台詞が言えればいいんだけど。
クロエとアブドがこちらを見ていた、うなずいてみせる。
行ける。
それをみてクロエが移動を開始した。後を付いて行く。
ようやくランソンの指示通りの陣形になったわけだ・・・あとで説教されるな。
雨は少し収まってきていた。
お姫様だっこの状態のサキは、雨をよけて顔を僕の胸にうずめている。
どうしよう、これが最善だと思って抱き上げてしまった。
はやまったかな?
僕はいいんだけど、サキに変な噂がたってしまったら困る。
つらつら考えながら、足は進ませる。泥にとられないように。
クロエが前衛にいるので楽ではあるんだけど、移動が遅い。
「B-1、B-2は安全を優先、合流を急ぐな。状況によっては待機だ」
ランソンの支持もいつもながら現実的だ。
まぁこっちとしては止まられるとしんどい、30分くらい歩く計算になる。
でもジムニーが沼にはまっても困るな。
これはホリー先生に教えて貰った二律背反ってやつなのかな。
いや、何を考えてるんだ。今はサキを守って歩くんだ。
「B-1ラマノワ了解です。全速力で向かいます!」
速度を上げるなと言ってるだろ!
マイクは切っているがサキに心配をかけたくないので心の中で突っ込む。
あー、ラマノワとマブズナにこの状況を見られちまうんだな。
口止めして了承が得られればいいんだけど。
何はともあれ全員が無事だったからだろうか、イルミネータが騒がしい。
「塹壕の水はおいしかったか?アブド」
「こけるなよアブド、バナナを用意しといてやるぞ」
「アブドさん、先に戻ってしまってすみませんでしたー」
様々な励ましの言葉が来る。なかなかの人気者じゃないか。
もちろん女子隊員からはサキへの激励の山だ。
二人とも人望があるなぁと感じる。
「早く帰って来いよ、オマル隊長がにっこり笑って待ってるぞ!」
中にはそんな厳しいコメントも。
黙って歩いていたクロエも声を上げた。
「そうだ、オマル隊長!アブドを叱って下さい。指揮がお粗末過ぎます、再訓練を提案します」
同感だった。
「いやぁ・・・カンベンしてくれよ、足を怪我してんだよ。治ってからにしてくれ」
もうアブドは涙目。いや後ろからだから見えないけど。
みんなの笑いがイルミネータに広がる。
「てか、足がいてーよ。俺もお姫様だっこしてくれよクロエ」
それはどうだろう、面白くはあるけど。
・・・
何か一瞬の違和感のあと、イルミネータ内の会話が静かになった気がする。
うん・・・「気がする」のは現実逃避だな、確かにしーんと静まり返っていた。
アブドくん、さすがだ。
それではまるで、誰かが誰かをお姫様だっこしてるのを見たかのようじゃにあか。
頭の中でかむほどのパニックになってるようだ。
冷静になるんだ、警戒しろ。いや違う、いまノーコメントは絶対にまずい。
接続数を確認するとこの救助劇にイルミネータを使っている人員は200人を超えていた。
ラマノワに口止めとかいう問題じゃない。
「B-1、B-2、速度が落ちてるというか、ほぼ止まっているがどうしたかね?」
ランソンが沈黙を破って言葉をいれてくれる。
個人的には天からの支援にも思える。
「B-1ラマノワです。前方に前方に濁流があります、これ以前進は不可能。待機してS-1を待ちます。頑張ってねサキ、応援するよ!」
いや、そんな濁流とか無いだろう・・・。
「B-2マブズナでっす。同様に前方に濁流はっけーん、待機します。サキちゃんうらやましーなー」
だから、濁流とか無いだろう・・・。
もう雨もだいぶ小降りになって来ている。
なんでこんな事になってしまったのだろうか。
わかってる。勇気の無い僕に神様が試練を与えたのだろう。
まだイルミネータのみんなは静かだ。
父を、オマルを、ランソンを、ホリー先生を思い出す。
そしてシュワさんやマフィアを。
彼らならどうするだろう、いろいろと教えて貰っていた気がする。
意を決してアイスイッチでマイクをオンにした。
雑音も入ってこなくなった・・・清聴モードかよ。
「S1イブンだ。みんな、一生懸命救助活動をしてくれてありがとう。おかげで全員無事だった」
抱いている肩をたたいてサキを見る。
気が付いてこちらを見たサキに目で謝る。
サキにはアブドの台詞は聞こえていない。あとでしっかり説明しないと。
「先ほどのアブドの言葉だが・・・皆誤解の無いように」
一瞬だけためらう。
でも、もうこう言うしかなかった。
「お姫様だっこされてるのは僕じゃないからな?以上!」
サキにも聞こえるように、少し大きい声でそう言った。
そしてそれ以上のコメントはしないという意思表示のため、またマイクを切った。
数瞬して・・・
イルミネータ内は大爆笑の渦になった。
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次の日、僕は部隊に申請をした。
もちろんサキの同意を得て。
ラマノワのジムニーに着くまでの30分、サキと何を話したかは内緒だ。
あっちのほうがアレでして。
具体的に言うと「甲乙乙甲丙丙丙」なわけです。
遊んでただけですね、ハイ。
また一月以上更新しなかった自分に、プレッシャーがかかるという新事実も発見しました。