僕の名はイブン。
「イブン」なんて名前はおかしいって言う人もいるけど仕方ない。
僕を捨てた親からはそう名付けられた。
今はイヌワシの子イブンだ。
だけどハサンにはアラタの子イブンと名乗れと言われている。
どちらにしろ、使う場はほとんど無いけど。
ちょっと前までは中国軍とやりあっていたけど、最近はあまり戦闘が無い。
今はキャンプハキムでいろいろな任務をこなしてる。
今日の午前中はあまり楽しくない任務だった。
部隊に馴染めない兄弟を送り出すんだ。
一生懸命色々教えた兄弟との別れはさびしい。
でも、体力的に、気性的に、適性的に、軍事に向かない弟や妹はいる。
訓練をすればするほどそれは明確に見えてくる。
今日もひとりスウェンてやつを見送った。
一生懸命色々教えた。教えたのを全部吸収していくような素質のあるやつだった。
でも、集団行動に向かず、キャンプの女の子には手を出し、訓練などをサボるようなヤツでもあった。ダメなとこが多かったけど、愛嬌があってにくめなかった。
そして自分から言い出して、出て行くことになった。彼は虫もダメだったらしい。
シュワさんのところで市街戦を主とした部隊を編成中だ。
スウェンがジムニーに乗って去って行くのを確認し、空を見上げる。
ハサンが旅立ってからもうどれだけ経っただろう。
実戦の少なくなってきた最近はグェンの練習相手が僕の日課だ。
それと狙撃の練習。毎日3発だけは欠かさず撃っている。
午前中はあとグウェンの相手だなと思い直す。
グェンは今、イヌワシの護衛役の責任者で、近接戦闘の腕前がとても高い。
少し警戒範囲が足りないのが気にかかるけど、顔に似合わず年下の仲間への面倒見がいい。
兄貴分としてみんなから人気があって、それでカバーしてもらってるように見える。
あれはあれでいいのかもしれないと最近は思っている。
そして練習・・・つまりは近接戦闘の模擬戦なんだけど、僕はもうまったく歯が立たない。
このところイヌワシの手伝いが多くて、戦闘訓練の時間があまり取れないからだろうか。
それとも体格のせいか。
まぁ自分より弱いやつにイヌワシの護衛を任せるわけには行かない・・・なんにしても言い訳だ。
でも男としては少し悔しい。
そんな事を考えながら訓練場へ向かっていた。
ちょうどむこうからグウェンが歩いてくる。
時間通りなんて珍しい。
楽しそうに二人で笑いながら話して歩いてる。
女の子連れなんて珍しい・・・ていうか、一緒にいるのはサキ!?
向こうもこちらに気づいたようだ、グウェンは手を挙げ、サキはペコリとおじぎをした。
日本風の挨拶を勉強してるのだとか。
「よう!イブン」
にこやかに声をかけられたが一瞬どう反応していいのかわからない、なんでこの二人が一緒に歩いているんだろう?
「よう、グウェン、それとサキも」
かろうじて答える。変な顔になってないだろうか。
「イブンさん、変な顔になってますけど大丈夫ですか?」
サキに瞬殺される。サキは観察するのが得意だ。
「あぁうん、午後はイヌワシとミーティングなんで少し緊張してるんだ」
また嘘をついてしまった。嘘をつくと地獄行きの確立が高まる。
まぁいいかイヌワシもいつも地獄に行くって言ってるから付いていけばいいんだ。
変な考えになってきた、混乱してるな。
「そうですか、頑張ってください!私も今からパトロールに出ます」
両手を握って励ましてくれた。
よく見たらサキは装備を整えていた。
戦闘は少なくなってきているが、キャンプから出ての任務は危険度が上がる。
「そうか、隊長は誰?」
心配になって聞く。
「ラスルさんです、ラマノワさんもいます」
サキはにっこり微笑んで答える、何故か近い。こちらの顔を覗き込んでくる。
いけないやっぱりヒジャブが必要だ。
ともあれ少しほっとする、その二人がいれば安心だ。
ラマノワは女性陣の中で頼りになる存在だ。
そして祖父ランソンによれば指揮官としての資質はラスルが一番だそうだ。
評価する基準によって違うだろうが、損害を出さないというイヌワシの指針に一番近いのがラスルの指揮、そういう資質だと言っていた。
ちなみに僕の評価は「戦果は期待できるが多少リスキー」
ラスルがうらやましい。
「気をつけて」
柔らかい表情・・・のつもりでようやくそれだけ口に出せた。うまく笑えただろうか。
「はい!行ってきます!」
サキはひまわりのように微笑み、グウェンと僕にペコリペコリとして走って行った。
後姿を見て、もうひとつ安心する。兵士としての走り方になっている。
ただ、担いだ銃がまだ重そうに揺れていた。
「お熱いねぇ」
グウェンがニヤニヤしてこちらを見ている。こういうところが気に入らない。
「なんで二人一緒になったんだ?」
少しにらみつける。
「サキが歩いてたんで声をかけたら、おまえのとこに出撃の前の挨拶に行くっていうからよ。ご一緒させてもらおうと思ってよ」
「どうしてそうなる?」
「そりゃぁイブンのその顔が見たかったからさ」
ニヤニヤが大笑いになって背中をバンバン叩かれた。ほんとうに気に入らない。
「トニーのヤツが農園に行っちまってから、逆にサキがかわいくなったって噂聞いてるか?」
グウェンがなにか知らない外国語を話しているように思える。
「あの子はとてもいい子だと思う、頼むぜ長兄」
グウェンは楽しげに去っていった。
そして僕はミーティングに遅れた。イヌワシに体調を疑われた。
誤解を晴らすための説明にミーティング時間の4分の1を使った。
失態だ。グウェンのせいだ。ランソンに教わった技をグウェンで試してみようか。
いやグウェンが怪我すると叱られる。まだ加減できるほど習熟できていない。
感情で軍事力を行使してはいけない。お金を貰って、計算して、加減して行使するんだ。
そして・・・
「それでも損害は出る」
悲しそうな顔をして父が言っていたのを思い出した。