モンスターイミテーション   作:花火師

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終始、右脳左脳(ブレイン)おじさん視点の回。
進まないですごめんなさい。


回旋曲

素晴らしい。

 

言葉では言い表すことが出来ないほどだった。

興奮によって溢れ出す脳内麻薬はとどまることを知らず、心の奥底。魂から震えるような感動を覚えた。

 

その姿に、本能から魅了された。

 

視界の先では複数の剣を手足のように扱う一流の魔剣士。六魔将軍どころか闇ギルドでも指折りの猛者たちでしか相手は務まらないだろう。

しかしそれを相手に、暴力の塊のような化け物が上空で踊るように(たわむ)れていた。

そこには余裕があり、子供の遊びに付き合う大人のような穏やかな仕草すら見せている。状況が状況でなければ、成長を見守る師弟や親子のようですらあった。

 

 

その男はまさしく異常。紛れもない異形。

背中から純白の翼を伸ばし、生き物を狂わせる毒を当たり構わず蒔き散らしている。それひとつとっても、闇ギルドなら喉から手が出る程に欲しい力だ。ニルヴァーナと天秤にかけても悩まされただろう。

だが、いま私がもっとも感嘆の息を漏らすのは、何を隠そうあの男の圧倒的な強さにあった。

 

あんなモノは初めて見た。

 

なんだアレは。なんだあの存在は。

 

兵器だ。化け物だ。異常だ。明らかに世界の理から逸脱している。あんなもの、例え私の魔法で異空間へ送ろうと容易に空間ごと破るだろう。いや、そもそも空間魔法で干渉できるかどうかも怪しい。

いくつもの超常的魔法を扱うあの力量もそうだが、何より異質さを醸すのはあの翼だ。接収魔法(テイクオーバー)だとして、あれはいったいなんだ。

あんな翼を持つ生命なぞこの時代に現存していない。

 

 

──まるで、古代の竜。ドラゴン。

 

 

……コブラのような猿真似とは天と地の差がある。

 

確信はない。本物を知らない私にはあれが本物だと断ずることは不可能だ。

それでも、あそこに内在する魔力も質もまるで桁外れ。次元が違う。それ故に仮定を断定しよう、あれはドラゴンである、と。

 

まさかこんな時代にドラゴンの接収を使う人間がいるというのか。高名な魔導の研究者も鼻で笑いとばす荒唐無稽な話だ。

ただでさえ稀少中の稀少である滅竜魔法の存在価値すら、根底から覆している。

 

だがどうして否定できよう。現に私の熱視線の先に間違いなくそれは実在するのだ。

 

「あぁぁ。私の探していたものは……あったのだ。絶対の力。絶対の魔法。絶対の存在。絶対の力ッ!!」

 

膝まずいた私の頬を、涙が伝う。

 

「あの力があれば。あの方がいれば。私は……『オレは、ハハッ、世界をぶっ壊せるッ……』」

 

まかれた毒の影響か。

ブレインとしての私の中から時おりゼロが顔を出す。 

仮説だが、人体を狂わせる毒。これによってゼロであるオレが浮上し始め、ふたつの人格が混ざり合おうとしているようだ。

人格が馴染んで来ている。ひとつになりかけているのかもしれない。

……原因は恐らくあの毒だけではないだろう。

 

生体リンク魔法。つまり術者と対象を繋ぐ魔法。

ノイズにかけた生体リンク魔法は、ノイズ本人の荒れ狂う強大な力で可笑しな術式に歪んだ。結果、こうして捩れた形で私にまで影響を及ぼしたようだ。

 

「……面白れえ。ブレインとしてのオレはチマチマしてて好きじゃねえが、だが効率よくぶっ壊せるンなら悪くねえ」

 

それに、あんなすげえ怪物を見つけたんだ。

思考を捨てて無闇に突貫だなんて真似をして簡単に死ぬなんて、そんなクッソつまらねえ事態になる訳にゃいかねえ。そんなへまは許されねえ。

アレをオレの傘下に加える。もしくは私が傘下へくだる。結論としてはどちらでも問題はない。

 

……あの化け物が作る闇ギルドなら、オレは手下として使われたって構わねえ。あの威光に触れることが出来るのなら。……そう思わせるくらいにあの存在感には惚れ惚れする。

 

「クカカッ。いいねぇ、面白くなってきたぜ」

 

ここで重要な問題がひとつある。

あの男が翼をはためかせ、毒を振り撒くまでに至ったのはニルヴァーナの影響と見て間違いないだろう。

だが問題は、そのニルヴァーナの効果時間、そして効果範囲。

情報通りならばニルヴァーナの効果は永続的である。

 

しかし、もしニルヴァーナを稼働可能のまま保存、ないし放置したとしよう。それを狙う他の輩にニルヴァーナを奪還された場合、あの怪物(ノイズ)悪性(あくせい)から善性(ぜんせい)に戻される危険性が常に孕む。それはあまリにリスクが高い。

例えあの悪性のノイズが私の思い通りに動かなくとも、敵対視されようとも、あの破壊は魅力的に過ぎる。あれは悪であるべき存在だ。破壊の王として崇めるべき存在だ。

だから、オレのするべきことは……。

 

 

「ノイズを善性に転換させられる前に……。このニルヴァーナを、ぐちゃぐちゃにブチ壊す!」

 

 

 

まずニルヴァーナを破壊、つまり機能停止に持ち込むには、六つの足の付け根にある魔力炉の魔水晶を全て同時に壊す必要がある。

 

本来の六魔将軍が揃っていたならば、一人ひとつに配置し破壊までスムーズにいけたのだろうが……今じゃそうはいかない。となれば、無難に思念体に魔力を分配させて各個破壊させる。という手が無難か。

 

……いや。正規ギルドの連中がオレの思惑にたどり着いた場合、奴等はどう動く?

先の戦闘であちらに私と同じ古文書使いがいることは知れた。あちらにニルヴァーナを操れる人材がいるということになるが……しかし、私のかけたプロテクトがそうそう破られることはないだろう。

奴等がニルヴァーナを扱い、ノイズを早々に反転させられる心配は暫くの間ない。

 

……思念体を創らず一人一人潰していくという案もあるが、あまり悠長にしていては古文書使いにロックを解除されかねない。そうなってしまえば元も子もない。私が善性に反転されてゲームセットだ。

 

 

「さァて、どうしたモンかなァ。ったく、所詮作りモンの人格か、使えねえ。タラタラ考えた挙げ句なんにも解決法を出せねえとは。同じオレとして溜め息が尽きねえよ。簡単な話だろうが、手始めにニルヴァーナを動かせる古文書使いをぶっ壊せばいい」

 

「だが古文書使いの警護にあの魔剣士級の魔導士が複数いた場合、私たちは不利になる」

 

「ハッ。オレ様の声で臆病風ふかしてんじゃねえよ殺すぞ」

 

「岩鉄のジュラが傷ひとつなく動く姿は先程見た通り。奴等の中に失われた魔法、治癒の魔導士がいることは明らかだ。後衛である治癒士が魔水晶の防衛に回るとは考えにくい。もし聖十大魔道士の二人と治癒士で古文書使いの防衛を固められていた場合、我等に勝ち目はない」

 

「じゃあどうするってんだ?分裂して愉快に一人で六魔将軍ごっこやって雑魚に返り討ちにされるのか?だったらオレァ自殺を選ぶね!!」

 

「急かすな!……少し整理をさせてくれ。最善はどれか」

 

「この期に及んでゴネんなよ。虚しいなァおい。ったくよォ、オレにてめえを消せるならもう消してるぜ。なにがブレインだ。てめえなんざカニ味噌で十分だ」

 

そこへ本来杖としてしか脳のないクロドアが声を上げた。

 

「ゼロ様!ぜひ!ぜひ!このクロドアにお任せ下さいっ、見事解決してみせましょ──」

 

「うるせえ。杖は黙って杖してろ。できねーなら壊すぞ」

 

「…………はい」

 

ここにあるものは。いま私にあるものはなんだ。

ブレイン。ゼロ。クロドア。ニルヴァーナ。古文書。闇魔法。破壊術式。傘下闇ギルド。魔水晶。狂わせる毒。化け物。生体リンク──。

 

 

 

「……生体リンク……そうか。生体リンク魔法ッ!!」

 

「あ?」

 

歯車が音をたてて噛み合った。

脳のなかで組み上げたカラクリが動き出すような快感を得ると共に、拾った石材で床に術式を書き出していく。

 

「生体リンク魔法。本来、術者と対象の魔力を繋ぐ念話の近縁種に相当する特殊な魔法だ。魔力を繋ぐことで傷を請け負うことも同調させることも可能、いわゆる一なる魔法の派生(・・・・・・・・)とまで呼ばれる『繋ぐ魔法』。私の場合は生体リンク魔法でゼロの人格を押し留め、『ブレイン』と言う仮初めの人格を被り物として縛るもの。だが今やそれは破綻し、術式は歪んだ。だが少なくとも私の人格が残っている以上、生体リンク魔法はまだ効力を残しているということ。つまり我等は現在進行形であの化け物と繋がっている。ここに残っているのは人格形式と人格抑制という特殊な術式だが、術式の大元の機能はラインを繋ぐこと。術者はあくまで私、発信源が私であり現在も繋がっているのらば出来るはず。不幸中の幸か、六魔将軍の残るリンクはノイズとの導線(リンク)唯一(ただひとつ)。仕組みは可能な限り単純化されている。これならばいける!私ならばできる!私は──」

 

 

用済みとなった石材を後ろへ放り投げた。

 

 

「──ブレインだぜ、私は」

 

 

繋がった。

 

書き終えた夥しいほどの数式と術式が、床や壁を複雑に彩っている。

イコールは見えた。

 

「なるほどなァ。理論は知らねえが、流れ込んでくるぜ。てめえの思惑。オモシレエこと考えるじゃねえか。まさか──」

 

 

──あの化け物から、魔力をブン盗ろうだなんてよ。

 

 

「いや、盗む訳ではない。少し借りる程度だ。もしあんな膨大な魔力が全て流れこみでもすれば、我等は空気を入れすぎた風船のような結末をたどるだろう」

 

「だろうな、あんなもん人間の許容範囲を軽く越えてやがる」

 

「しかしそうでなくとも、あれほどまでに異形の魔力だ。少量貰うだけでも我等は生命活動を終える危険性がある」

 

だが、それでも私は見てみたい。あの力をこの身に宿したとして、いったいどんな景色が見えるのか。

 

「それは同意だぜ。オレも構わねえ。あんな破壊の力を味わえるってんなら乗らねえ手はない。例えオレが壊れようと、お前が壊れようとな」

 

「意見が合うようでなにより。私も研究者としてあれほどの研究対象を前に、死の危険性があるから等と宣い縮こまるつもりなど毛頭ない」

 

術式を書き換える時間はそう長くはかからない。

クロドアに見張りをさせ、上着を脱ぎ捨て素肌に直接術式を刻んでいく。

 

「……あり得る未来として。私の人格が消えたら、あとは好きに生きるといい。暴れるも壊すも、死ぬも」

 

「るせぇ。言われなくてもそうする」

 

思えば、私がゼロとこうして会話をするのは初めてか。

私がゼロという男を知っているのは記録上のみ。入れ替わりが常である我等に言葉を交わす術はなかった。

実物の感情をこうしてダイレクトに味わうと分かる。この男の身を焦がすほどの欲求が。

破壊衝動。この飢餓にも近い破壊衝動は、生まれながらの体質による影響だ。普通の人間ならば、体内から生まれた魔力を無意識に体外へ散らすもの。だがゼロはそれが出来ない。魔力を溜め込んでしまい、本能的に発散するために強烈な破壊衝動が付きまとうのだ。

それを抑えるのが私の生まれた理由。私がいる限り、破壊衝動は生まれることはない。私が破壊術式を作った理由も、自らの魔力を破壊し調整するための手段として。

 

私という……。

ブレインとしての人格が生まれるまでに……。

 

あの御方(・・・・)ブレイン()が創られるまでに、ゼロがどれほど窮屈な生活を強いられてきたのか。想像に難くない。

 

「おい寄生虫。オレ様に同情しようだなんて思うな。殺したくなるだろうがよ」

 

「同情などしていない。お前は私だ。今更お前を理解したからといって、私の捉え方は変わらない。あるがままの事実を受け止めるのは研究者の義務だ」

 

「ケッ、てめえは話が長くて嫌いだ」

 

「そうか。私もお前の短絡的なところは嫌いだ」

 

「で、上手くいくのか?」

 

「確証はない。あんな歪な魔力をなんの濾過(ろか)もなく直接受け止めるのだ。死ぬか生きるか。結果は目が覚めたときにわかるだろう」

 

もしかしたら、私が魔法に触れるのはこれが最後になるのかもしれない。

……それもいいだろう。発動中の生体リンクを術者本人が書き換える。前代未聞だ。

そんな荒業を成し遂げて死ねるのならば本望というもの。

 

「オレはオレだけでいい。貴様は死んでろ」

 

「私も私だけでいい。お前は死んでいろ」

 

 

ついに、最後になった。

残りひとつの文字を書くだけでこの術式は完成、別の性能を発揮する。

 

「これより先は未知。覚悟は済んだか、ゼロ」

 

「ハッ。壊すのがオレの生き甲斐だ。結果自分が壊れるってんならそれも上等」

 

「そうか。では、いくぞ」

 

 

最後の一閃。

胸部に最後の一文字を書き終えたその瞬間、濁流のように異質な魔力が流れ込んだ。

吐き気を催し、目眩を起こし、その場に膝をついた。意識が飛ぶ。

だが、それも一時。

漲る力に私は笑った。

感覚が研ぎ澄まされている。まるでニルヴァーナの周囲全てが手に取るように理解できる。

 

 

「行こう」

 

 

自らの中に一滴の原液を垂らしただけ。

それだけで、やけに世界がちっぽけに見えた。

 

 


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