モンスターイミテーション   作:花火師

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憧憬の魔導

彼と出会ったのはある日、僕が湖で水浴びをしている時だった。

 

遥か遠くから、なにやら邪悪な魔力が暴れまわっているのを感じた。それから数時間して魔力は消えたが、不思議な存在感を持った何かが凄い速度で近づいてきた。

 

そして彼は現れた。……現れた?

……うん、現れた。

 

まるでバルカンの投げた小石が水を切りながら水面を飛ぶかのように、人間が物理的に解体されかねない衝撃と速度で湖へ飛来してきた。

 

湖の水を盛大に撒き散らし、徐々に減速しながらもようやく止まり、僕の近くで水面へ浮き上がった彼と目が合う。

するとなぜか涙を流してとてつもなく落ち込んでいた。なぜなのかは未だにわかっていない。

 

彼のそんな登場の仕方に驚かないわけもない。僕は興味が湧いた。

水切りのように登場した上、死んでも可笑しくなかったというに元気一杯な謎の青年、気にならないという方が可笑しい。

 

 

それが彼との出会いだった。

 

 

頼む!

何度も何度も頭を下げて食料を要求してきたそんな彼が、僕へ心から向けた言葉は、『ありがとう』だなんてありきたりな、なんでもないシンプルなものだった。

 

その言葉はとても簡単で、誰にでも言えるものだが、それ以上にその言葉に嘘偽りはなく、本当の感謝が込められていた。

僕と晩御飯を共にした彼は終始楽しそうで、それが凄く嬉しくなった。

 

ゆえに。僕は彼の側にいてはならない。

 

彼と共にいたら間違いなく、彼は……トージは死んでしまう。殺してしまう。そんなのは嫌だ。

 

早々にその場を去った僕は、なぜ、彼へ自分から手を上げて別れを告げたのかわからなかった。

彼の陽気な性格がそうさせたのかもしれない。人を惹き付ける何かを持っていることは間違いない。

 

そんな彼とはもう会うことはない。そう思っていたし、願っていたけど、幸か不幸かそれは叶わなかった。

 

「おっす、また会ったな」

 

隕石が落ちてきた。

 

天体魔法。

まるでその天体系列の中でも、もっとも強力な隕石系統の魔法。そんなものを思わせる物体がこちらへ飛来してきた。

 

だが指向性のない力の波長は、僕を狙ったとも思えなかった。

その攻撃で空いた穴に何かを感じて覗いてみれば、そこに首から下が全部埋まった彼、トージがいた。

そして僕を見つけるなり、笑顔でそう言った。

 

あれは天体魔法ではない。彼が暴れていただけのようだ。そして飛んできたのは攻撃ではなくトージ。

 

ほんとうに訳がわからない男だ。

 

「元気そうだね、トージ」

 

「元気に見えるか?あー!ったく、なぁにが『ドラゴンは皆、滅する』だよあのクソ野郎。俺はドラゴンじゃねえよ!何度言えばわかるんだよ!」

 

うがー、と岩から抜け出した彼は地団駄を踏んだ。

いや、確かにドラゴンには見えないけど、それに並ぶ化け物クラスには見えるかな。最初の出会い然り、たった今の岩との激突然り。人間染みてないことは確かだ。

 

俺は一般の善良市民だなんだとヒステリックに喚き散らしている。

しばらくすれば治まるだろうと、僕はそこで休憩もかねて夕食をとった。

 

わけて置いた干し肉に、彼はお礼と共にかじりき、しかめっ面から笑顔に戻る。

 

「お前も元気そうでよかったよ、ゼレフ」

 

「元気……なのかな」

 

「元気元気。元気じゃなくてもそう言い聞かせるのは大事なことだぜ、病は気から。気分の持ちようでコロコロ変わるもんだ」

 

無理はよくないけどな、と付け足す。

 

「……そうかもね」

 

彼との会話は、なんとも無意義なものだった。とりとめのない会話。特に使い道などない生産性のない会話。だが、それが僕には楽しくて、そしてとても不思議だった。

彼と話していると、話さなくてもいいことまでも言ってしまう。これが話術と言うものだろうか。

その会話の流れのまま、最近、少女に魔法を教えていることをふと口から溢した。するとなぜかトージの雰囲気が少し変わった気がした。

 

「なー、ゼレフ」

 

「なに?」

 

「俺たち、友達だよな?」

 

すっかり暮れて夜空に浮かぶ星を眺めながら、トージは唐突にそう言った。

 

「友達?僕と、トージがかい?」

 

「なんだよ、童貞と友達はやらねえってか?」

 

「そうじゃなくて……。僕は君と二度しか会ってない筈だけど。友と呼ぶにはそこまでの関け」

 

「うるせえな!友達だろうがよ!何を今更言ってんだよ」

 

「……そっか、友達か」

 

僕には縁のないものだと思っていたし、これからも縁があるとも思っていなかった言葉。

手を伸ばすことすらなかったし、なんの魅力も感じていなかったものだが、それができたということに、僕の奥で何かが弾んだような気がした。

 

友達……か。

 

「おう、友達だ。一緒に飯食って、話した。充分だろう。友達じゃなかったってんなら、今から友達だ。いいな?」

 

強く、強いその言葉に僕は頷いていた。本当に、彼といるとわからないことだらけだ。

謎に包まれてる。

一緒にいると、僕は自身ですら自身をよくわからなくなってくる。僕を僕の理解できない方向へ揺るがすトージ。

 

……不思議だ。

 

「いいな?友達だ。だからその子も紹介しろよ。友達なんだから」

 

「う、うん。かまわないけど」

 

今日一番、力強いその言葉に僕は頷いた。

 

まぁ、いいんだけれども……。本当にわからない……。

 

けど、それでもいいのかもしれない。理解できないけれど、それでもいいと思ってしまう。

 

わからない。やはりわからないが……。

 

わかることはひとつ。

 

 

僕は初めて友達ができた。

 

 

◇◇◇

 

 

「えーと。この子に教えてたの?」

 

なんやかんや色々なことがあったりなかったりして、イケメン魔法使いゼレフくんの紹介により女の子を紹介してもらったのだが……。

 

「うん。彼女はメイビス」

 

「はい!メイビスっていいます」

 

元気よく手をあげる女の子に、俺は背を向けて木に手をついてもたれ掛かった。

 

「ま、まさかロリコンだったなんて……。俺はどうすればっ」

 

「ロリコン?ロリコンってなんですか?知らない言葉です」

 

メイビスちゃんがとてとて近づいてくると俺の顔を下から覗きこんだ。

可愛らしい。それは認めよう。だが、ロリだ。

 

だ が ロ リ だ 。

 

ゼレフ、お前はこの小さいボデー(ネイティブ)に興奮してしまうような性癖の持ち主だったのか!

確かに年下はいいよ?でも限度があるでしょうに!

 

「ねぇねぇ、ロリコンってなんですか?」

 

ええい、鬱陶しいな!そして可愛いな!

 

「それとお名前も教えて下さい。私はメイビス」

 

「俺は刀児。トージと読んでくれ、メイビスちゃん」

 

「そんなに露骨に子供扱いしないでください」

 

うーうーと抗議の声を上げているメイビスちゃんから視界を外して空を見上げる。

 

お、俺はロリコンじゃない!違うぞ!!

 

 

「メイビス。彼が困っている。さぁ、今日は昨日の続きだ」

 

昨日の続き?あの霊峰……ってところからここにくるまでかなりの距離があったけど、こいつあんなとこまで移動してなにしてたの?

 

……気にすることでもないのか?なんせ魔法使いだ。色々あるんだろう。

 

「はい!わかりました」

 

ゼレフの言葉にメイビスは表情を引き締めると、俺から離れてゼレフの前に座った。……前といっても二〇メートルほど間隔があるが。

 

……なんだその距離感は。心の距離感か?

い、いやまさか、この子!ゼレフのロリコン魂をキャッチして本能的に距離を取っているとでも言うのか!?

これが世に言うロリコンセンサー!

 

最近の子供って、進んでるのね(錯乱)

 

 

「それでは、『ロウ』について。お願いします!」

 

メイビスちゃんが座って魔法についての仕組みやなんやらを学び、ふむふむと頷き、ゼレフはそんなメイビスちゃんにどこか楽しそうにそれを教えている。

 

数式やら文字やらを教え、その組み方や発動条件など。そして一通り終わったのか、メイビスちゃんが瞑想を始めてゼレフはそれを見守る。

 

 

……なんだろう。思ってたのと違う。

 

もっとこう……。

 

『ここをこうして』

 

『こうですか?』

 

『違う、こうだ』

 

『きゃ、そんないきなり』

 

『これは授業だ。僕の言う通りに』

 

『あぁ、そんな』

 

『チョメチョメチョメ』

 

『チョメチョメチョメ』

 

 

みたいな。

 

ごめんゼレフ。俺が阿呆だった。(よこしま)なことしか考えてなかったわ。なんか凄い罪悪感が……。

 

童貞がどうとか、コミュニケーション障害に先を越されたとか、あわよくば俺にも女の子を伝って別の女の子を紹介してもらおうぐふふだとか……。

 

 

びええええええん!!ごめええええええええん!!

 

完全に俺に非がある。いや、本人は困惑してたし、多分俺の意図を汲めてないのかもしれないけど、それが余計に辛い。良心の呵責が……。

 

鼻炎鼻炎と泣き叫びたい。

 

 

それにしても、ゼレフが魔法使いって知った時は驚いた。

竜が存在していたとしてもモンハン世界じゃ魔法使いなんていないし。もしかしたら俺はモンハン世界に来たのかもしれないとまで思っていた。

使える能力からそんな推測をしてしまうのも当たり前だ。……確実に俺、討伐される側になりそうだから考えないようにしてたけど。

 

それがどうだ。ゼレフに猫と言えば?って聞いたのに、『僕は猫についてそこまでの興味はないんだよ』などとそんな返答だった。

メラルーもアイルーも伝わらなかった。あの伝統マスコットキャラクターがわからないなんて、なんてお馬鹿なのっ!?もう!なんて思ったが、なんのことはなく、単純に存在しないだけのようだ。

 

……それはともかくとして、なにやら落雷のような音が聞こえてくる。もしかして魔法を教えているのはこの子だけじゃないのか?

 

「うん、他にも教えている」

 

「マジで!?可愛い!?」

 

「皆男だよ。男三人」

 

くしゃみをひとつしてアクビをしながら、俺は柔らかそうな草の上で横になった。

距離的には届かないことは承知しているが、とりあえずゼレフに屁を一発かます。

 

「凄い興味の薄れ様だね」

 

「そんなことないよー」

 

「……君は不思議だよ」

 

俺からも言わせてもらおう。お前も不思議だ。

なぜ伝わらん。女の子が大好きという俺の気持ちがなぜ伝わらん。どんだけピュアなんだこいつは。

 

うーん。下ネタすら通じなさそうなこいつにイロイロと教えてやるべきか……。後々こいつが苦労しないよう教えてやるべきか……。

 

だがこんな純粋なやつを阿呆丸出しの知識で汚していいのか?

 

「……?」

 

いいやダメだ、こんなつぶらな瞳で見つめてくるこんなピュアボーイを汚してしまうのはダメだ。

 

「苦労するかもしれないけど、頑張れよ」

 

「えーと、どういう意味かな?」

 

「直にわかる」

 

うんうんと一人頷いている俺。

 

あ、そうだ。

 

「なぁ、俺にも魔法教えてくれよ」

 

「君はもう使えるんじゃないのかい?」

 

「……あー」

 

そういえば、あの能力は魔法なのか?

 

考えたことなかったけど、あれは俺の魔法なんだろうか。とりあえず模倣能力としか捉えてなかったけど、魔法という解釈でいいのか?

 

え?俺ってもう魔法使いだったのか?

 

なんかショックだなそれ。文字がなんとなくクるものがある。

 

「そ、そーだった、ははは」

 

メイビスに教えている今、俺がちょっかいを出してかき回す必要もあるまい。なにやら聞いてる限りだと、今教えてる魔法は代償が生まれるほど大きな魔法らしいし、尚更だ。邪魔をしたくはない。

 

今回は適当にごまかしてまた今度機会があったら聞くとしよう。

 

メイビスの瞑想は数時間続いた。

俺はそんなメイビスを見ながら色々なことを考えていた。

 

あー、女の子、女の子いいわー。

ちっちゃいけど女の子。女の子いいわー。

女の子に会えたってだけでもう幸せなのに、なぜ俺は文句ばかり……。

可愛い。可愛いよはぁはぁ。

メイビス!メイビス!メイビス!

 

 

……とまぁ、冗談は置いておいて、メイビスは将来美人さんになるだろうなぁ。今のうちに婚約の約束でもしておくべきか?『将来お嫁さんになるの!』的な。

 

いやいやいや、どんなロリコンだよ。ダメだほんと欲求不満過ぎてダメだ俺。なんかこれ以上ここにいたらいけない気がしてきた。

 

ふっ、困ったものだ。

 

 

 

 

「─……ジ!……トージ!」

 

唐突に俺の意識が引き戻された。

 

「……あれ?夜だ」

 

いつのまにやら夜になっているではないか。驚いた。まさかの寝落ちとは……。

久しぶりにお日様の下でゆっくりしたせいか、気持ちよくてつい寝てしまった。

 

「もうトージってば、私が修行している間に寝てしまうだなんて」

 

おおう。やけにフレンドリーだな。まぁやりやすいからいいけど。

 

「おうすまん」

 

「涎、垂れてますよ」

 

「なんと」

 

まさか幼女の前で涎を垂らしてしまうとは、まるで犯罪者のようじゃないか。いかんいかん。ジュルリ。

 

涎を拭いて辺りを見回すと、まだ日が沈んで間もないようだ。少し空にオレンジが残っている。

 

「あれ?あいつは?」

 

「黒魔導士さんですか?もう帰りましたよ?」

 

「なにぃ!?あの野郎置いて行きやがったのか!」

 

起こしてくれてもいいんじゃないの?俺たちの仲はそんなもんだったの?もう、アタシたち終わりね……。なんつって。

 

ていうかここどこよ。

 

「ここはマグノリアの近くの森ですよ」

 

「マグノリア?あー、マグノリアね、知ってる知ってる」

 

どこ?

 

……どこでもいいか。食い物がある場所なら。

あの遭難から食い物の大切さはよくわかった。俺はもう不毛の大地とか行きたくないし、作りたくもない。海などもっての他だ!!

 

などと内心で叫んでいると、メイビスちゃんのお腹が可愛らしい音をあげた。

そういえば普通なら腹が減る時間か。スーパーストイックな生活を送ってたお陰で燃費の良い体になったからなぁ。体内時計は狂ったけど。

 

「お腹すいちゃいましたっ」

 

てへっと笑顔を見せるメイビスちゃん。

 

お、おう。あざとい気もするけど可愛いいからいいや。

 

「よかったらご一緒しませんか?仲間も紹介しますよ!」

 

仲間……?

 

……うーん?あー、えーと。あぁ、男三人だっけ。興味ないな。

 

だけどご飯を貰えるならどこへでも付いていきましょう。

 

ということでホイホイと付いていく。

変質者のようにメイビスちゃんの後ろをニタニタしながら歩けば、焚き火を囲んだ三人組の元へ辿り着いた。

 

「あ?メイビス、そいつ誰だ?」

 

金髪の男が俺を睨む。

 

メイビスちゃんの紹介により、俺も晩飯を頂けることになった。やったぜありがとうメイビスちゃん。この恩義、忘れぬよ。そしてありがとう野郎共。

 

野郎の容姿なんて正直どうでもいいので簡単にまとめよう。

短気そうな金髪。常識人のモッサリ頭、銀髪の老け気味クール。以上三名。

 

「ありがとう、美味しく頂いたよ」

 

「お粗末様です」

 

はー。ご飯を出してくれる人がいるってすんごい幸せ。簡易的な食事で薄味だとかなんだとか言っていたが、俺からすれば素晴らしき食事。まともなご飯、幸せ。

 

飯をきちんと食べ終わった金髪は俺の元へ近づいてくると、視線を合わせて睨み付けてくる。

 

なんだね。発言してみたまえ。

 

 

「あんた、あの黒魔導士の仲間なんだろ?」

 

「仲間……つーか、友達」

 

「はぁ?なんだそりゃ。まぁいいや。あの黒魔導士のダチってんなら、強いんだろ?」

 

俺が強いかって?

 

おいおい突然何を言い出すんだ?勘弁してくれよ、チェーリーボーイ(ブーメラン)。

 

俺が強い訳あるかタコ。そりゃちょっとは戦えますよ?謎のパワーで戦えますよ?でもね、モンスター一体討伐できないんじゃザコでしょ?

 

俺、まだ古龍討伐どころか、レイア辺りで止まってる三流ハンターみたいなもんだよ?

 

「で、どうなんだ」

 

痺れをきらしたかのように、考え込んでいた俺に迫る。

 

「顔が近いんたけど」

 

「うるせえ。強いのか、強くないのか!」

 

あ、暑苦しい。男に迫られても全く嬉しくない。

 

「おいユーリ、やめておけ」

 

モッサリ頭が金髪の肩を掴むと宥める。

 

そうだそうだ!いいぞ!もっと言ってやれ!モッサリ頭もっと言ってやれ!

 

「いいじゃねえか。試してえんだよ、今の俺がどんだけ戦えんのか」

 

バチッと金髪の手元で雷が迸る。

ほほぅ、雷使いか。……あー、いや魔導士だっけ。

 

うわぁ、やりたくねー。負けるのがわかってて戦うわけないじゃない。

 

……だがしかぁしっ!!

 

食べ物を分けて貰った以上、何も返さないわけにもいかないし……ぐぬぬ。仕方あるまい。

 

「はぁ。わかった、いいよ」

 

承諾してやると早速その場で立ち上がりファイティングポーズをとる金髪。バチバチと拳に放電がいくつか発生する。

 

お馬鹿!ここで暴れたらダメでしょうが!

 

「ユーリ。やるなら別の場所でやれ。折角確保した魚の備蓄までダメにするつもりか」

 

俺と同意見だった銀髪のお言葉で、俺たちは水の流れ落ちる滝へと移動した。

もちろんその間、金髪は銀髪へぶつくさ文句を垂れていた。

 

「単純に殴り会うんじゃお前らの目的を果たすときに響くだろ?」

 

と、どうしても戦いたくない俺の苦肉の提案により、金髪のブーイングを受けながらも内容を一味変えることにした。

 

勝負方法は実にシンプォ。

 

水深の深いこの滝壺に、より強い攻撃をブチかました方の勝ち。

そして今回の判定には、解説に銀髪ことプレヒトくん!実況はメイビスちゃん!判定はモッサリ頭ことウォーロッドくんでお送りいたしまぁす!

 

わー!

 

「っへ!楽勝だぜ」

 

と、ニヤついているユー……金髪。

 

ふーんだ。どうせ俺如きじゃ勝てませんよーだ。

はぁ、仕方ない。晩飯を食わせて貰ったんだ。これくらいやってやろうじゃありませんか。

 

多少恥をかこうが構わん!

 

「じゃあ俺から行くぜ!」

 

「ちょいまち」

 

バチバチと元気に放電している金髪を止める。

 

「俺からやる。男が恥をかきたくないだろ?」

 

どうせ俺のほうが弱いのはわかりきってるんだ。所詮この世界に来て一ヶ月もたってない身。最近魔法を覚え始めたとはいえ、この世界に生まれこの世界で生きてきたやつに敵うとは思えない。

 

なら、さっさと俺がどれだけ弱いのか見せて、さっさと鼻で笑われて終わろうじゃないの。

 

こいつのとてつもないであろう雷を見せられてそのあとに俺の雷を見せても場が凍るだけだ。

わかりやすくいうとあれだ、カラオケで滅茶苦茶上手いやつの次に歌わされる気分だ。すんごく居たたまれなくなるあれだ。

だったら先に手の内晒して少しでもダメージを減らしてやる。恥は、かきたくないっ!

 

「んだと!!」

 

突っかかってきた金髪。なんだね何が許せないの?なんか勘違いしてない?俺、煽ったつもりで言ったわけじゃないのよ?

 

ちょっとホントやめて。今触られたら感電するから。ダイレクトアタックは禁止って言ったでしょうに。

 

「落ち着けって」

 

 

ウォーロッドが押さえてくれたので、二人から離れて俺は滝を見つめる。

 

うーむ。どうせなら全力でいくべきか?いやー、でも全力でやると一帯が炭化するしなぁ。この勝負方法言い出したの俺だけど、やっぱこんな滝壺じゃ小さかったかなぁ。

 

どうとでもなれ、出力は抑える。怒られたくないし、そこそこ出せばいいや。どうせ勝てないし。べ、別に悔しくなんてないもんねー!!ないもんねー!!!

 

雷なら雷で合わせよう。只でさえ殆ど見た目での審判なんだ。あんまり別の属性にすると判断が面倒くさくなりそうだし。

 

「『MODE:ジンオウガ』」

 

唱えると共に、俺の体に電気エネルギーが貯蓄されていく。

このモードだと発動までのチャージが弱点だなぁ。どうにかして克服したいものだ。

 

ふと、水に映った自分を覗き込んだ。

雷を纏い薄く発光している。それは段々と強くなり、伴うように電気が強まり、身体中でバチバチと騒ぎ立てる。

 

この変化の過程を監察できてるってのも、そういえば初めてかな。

 

 

よーし、溜まった。

 

 

「メイビスちゃん、もう少し下がってくれ」

 

金髪と並んでなぜか神妙な俺を見つめているメイビスちゃんに声をかけると、真剣な顔つきで頷き、金髪の手を引き摺るように離れた。

 

金髪はメイビスちゃんに引かれて後ろへ行ったものの、それを振り払うとまたしても近づいてマジマジと俺を見てくる。

 

 

な、なに?なんでそんなに見てくるの?

 

ハッ!ま、まさか!?させん!させんよ!俺は女にしか興味ないぞオ!!俺の貞操は守り通してみせる!!

 

これ以上金髪に接近される前に雷を落としてしまおう。金髪も雷を使えるんだ、多少近づいてきても耐性くらいあるだろう。

 

 

俺は空気中にまで漏れだした雷を体内へかき集めると、それを右手に集めて空へ投げた。

 

ふわーっと飛んでいった塊は、一定の高さで滞空すると、その場で強く光る。

 

「あ、耳塞いどけよー」

 

ふと思い出して後ろに声をかけた、正にその次の瞬間……。

 

 

塊は、一本の光となり滝壺へ落ちた。

 

 

爆音を轟かせ、水が蒸発し、地面に大量のヒビが作られる。

発生した衝撃に体を打たれて浮いたメイビスちゃんをプレヒトが抱えて抑える。

 

その衝撃はすぐに終わりを告げた。

うん、音撃と違って反響だとかで尾を引かないところが雷のいいところ。まぁこれはこれでうるさいけど、我慢できる範囲だ。

 

よかったよかった、森に引火とかしてないみたいだし。グッジョブ俺。

 

上流からの水は、もとより二回りほど大きくなった滝壺の中へと流れていく。

ま、まぁ大丈夫だろ。下の川は殆ど蒸発して大穴まで空いちゃったけど……うん。きっと。直に元の状態に戻るはず。

 

 

……メイビー。

 

 

「次はお前の番だ……ぜ?」

 

 

親指を立ながら振り返り、金髪にそう声をかけた。だが、金髪は泣きそうな顔をしなから膝をついていた。

 

ど、どした。

 

おろおろしていると、今度は高笑いを始める金髪。

なにこいつ、恐い。恐いよ。

 

「ハハハハハハ!!すげえ!!これがホンモノの魔導士か!!格がちげえ!!」

 

立ち上がり何故か俺に近づくと両肩を強く掴まれた。

 

「なぁ!あんた!!」

 

「へっ!?ちょっ!なに!?やめて!俺は違うぞ!!ノーマルだ!!」

 

ニッコニコで俺を更に強く掴む。

 

え、え、え、え。ちょっと助けてお願い。お願いします。

助けを求めるとメイビスちゃんは耳を押さえながら地面でのたうち回り、ウォーロッド、プレヒトは穴を見ながらボケッとしていた。

ダメだこいつら機能していない。

 

させんぞお!俺の貞操は奪わせんぞおおおおお!!

 

「トージ……あ、いやトージさんだな!俺は」

 

「はぁああなああせええええ!」

 

離してくれないなにこいつ!なにこいつ!?

 

「俺は、あんたを目指す!!」

 

……ん?目指す?なんの話だ突然。

も、もしかして衝撃で頭を打ったんじゃ!?打ち所がそんなに悪かったのか!?

 

アワアワしている俺などお構いなしに、金髪は続ける。

 

「俺は今、(いかずち)の頂点を見た……!この目でッ!ハハハハッ!俺はぁ、思い上がってたみたいだ。魔導って……すっっっげえ!!」

 

お、おう。

 

なにやら一人で興奮している金髪。

 

こいつ、何がしたいのかよくわからないんだけど……。

 

「メイビス!俺にもうちっと時間をくれ!色々試したくなってきた!!」

 

ようやく離してくれた金髪は興奮気味で喚いている。

 

え?いや、あのー。……お前の番なんだけど……。

 

 

「俺たちの魔導は、これからだ!!」

 

なにそれ。

 

打ち切り?打ち切りなの?

 

 

 

 

 

翌日。

 

朝になるとゼレフがひょっこり戻ってきた。神出鬼没なやつだ。

 

「おいこら!なんで先に帰っちゃうかな?俺を起こしてくれてもよかろう!」

 

「ごめんね」

 

と、適当に流された。

俺のことは置いてゼレフは早速メイビスちゃんの授業に取りかかる。

 

俺の扱いが雑だ。実に雑だ。

こ、これが倦怠期……というやつか。

 

今日も今日とてメイビスちゃんの瞑想を見ながらニヤニヤしている俺であった。

 

……なんだろう。

これ以上ここにいたら『メイビスたんはぁはぁ』とか本心から言い出しかねない。それはいくらなんでもまずい。

 

俺は、常識人だッッ!!!

 

よ、欲求不満では……ないッッッ!!!

 

 

それに、いつあの竜が来るかわからないんだ。巻き込むのも忍びな……あ!

そうだよ、俺より強いこいつらに代わりに討伐してもらおう!

 

……なんつって。流石にあのストーカーを押し付けるわけにはいかんよな。

文字通り、一飯之恩があるんだ。

 

 

「ん?どうしたんだいトージ」

 

「トージは誰にも気付かれずに、クールに去るぜ」

 

「……行ってしまうのかい?」

 

馴れて来てやがる。やりおる。流石ゼレフ!恐ろしい子!!

 

「あぁ、そろそろ退散するよ」

 

メイビスにも挨拶したいけど、今は集中してるし邪魔するのも悪い。そっとしておこう。

 

「メイビスによろしく言っておいてくれ。縁があったらまた、この格好いいお兄さんと会おうってな」

 

「そうか。わかったよ、伝えておく」

 

そこで背を向けようと思ったが、こいつ本人に別れをちゃんと告げるのを忘れるところだった。

 

「ゼレフ」

 

「ん?」

 

「俺の名を言ってみろッ!!」

 

「そうだね、トージ。また会おう」

 

別れの挨拶を遠回しに言っただけなんだが……伝わるとは思わなかった。

フッ。ゼレフは、儂が育てた。

 

「お前もな、ゼレフ」

 

森の更に深い道へ入り暫く進んでから足を止めた。

 

 

「『MODE:リオレウス』」

 

俺は背中に意識を集中させることで、体を変形させた。

形はレウスの翼。

 

既にボロボロの破れた服を押し上げながら翼を広げ、羽ばたかせることで空気の流れを一帯に作り出す。

 

飛び方なんて知らなかったが、あの黒い竜と戦ってるうちに覚えてしまった。

まぁ、文字通り死に物狂いだったし。

 

いろんな魔法とか使えたら、また違うんだろうなぁ。

 

そうだよ、魔法なんてなくたって空だって飛べるんだ。

 

 

「あ」

 

……そうだ、そういえば俺って凄い力持ってるじゃん。

これもそうだけど、今まで余裕がなくて全く考えてなかった。全く自覚してなかった。

金髪の時もすっかりそんなこと忘れて雷落としてたけど……。

 

 

さて、普通の日本社会にいた、どこにでもいるような普通の男が、唐突に空を飛べるようになったりブレスを吐けるようになったらどうなる?

 

 

そりゃあ、まぁお前……。

 

 

 

「ひゃっほぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

当然、はしゃぐだろ。

 

 


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