モンスターイミテーション   作:花火師

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彗星の尻尾

「うがー!頭打ったじゃねえか!いてえぞチクショー!!」

 

辺りはすっかり様変わりしてしまった。

 

武骨な石の塔が建てられた小島。その全てが、無機質な灰色から青々とした魔水晶(ラクリマ)へと姿を変えていた。

 

一瞬の巨大な衝撃波によって意識を飛ばされていたようだが、気がつけばナツが怒髪天をつきながら火を吹いて暴れまわっている。

 

何がなんだかわからないけど、可笑しなことになる前にハッピーを見つけられたのは幸運だった。

 

「どこのどいつだ!あれか!空の向こうから撃ってきやがった奴がいんのか!!降りてこいこのヤローーー!!」

 

空に向かって吠える凶竜を他所に、私は急いでグレイたちの姿を探す。

 

「ルーシィ!無事か!」

 

「グレイ!ジュビアも!」

 

元ファントムロード、エレメント4の一人。ジュビア・ロクサーを背負ったグレイが、私を見つけてくれた。

 

ジュビア。もとは敵だった彼女だが、何があったのか、今ではグレイにすっかり惚れてしまったらしく、ストーキングをした挙げ句に巻き込まれたという残念な少女なのだ。

ついでに、先程三羽鴉の一人を相手に共闘したのだが、なぜか恋敵だと敵対視されている悲劇のヒロイン可愛い私ルーシィちゃん☆であった。

 

「ったく、やっぱこうなっちまったか!ジェラールの野郎もっと詳しく説明しとけってんだよ」

 

「フフフグレイサマァ」

 

「グレイ、背中のそれ起きてるわよ」

 

なに、そうなのか?と声をかけられ慌てふためいたジュビアが落とされるのを横目に、三羽鴉との戦闘で落とした星霊の鍵を拾う。

 

「よかったあ」

 

鍵は無事だ。

……でも、次にアクエリアスを召喚した時のことを考えるととてもじゃないが素直には喜べないのがなんとも。

 

「コノコイガタキメェエエエ!!!」

 

「ちょ、怖いからその顔でにじり寄るのやめてェ!」

 

私に襲いかかろうとするジュビアをどうにか宥めながら、ふと引っ掛かった言葉が頭の中でリフレインした。

 

『やっぱこうなっちまったか!ジェラールの野郎もっと詳しく説明しとけってんだよ』

 

……えっと、なんか意味深なことを言ってたけど。

説明?説明ってなに?こんな事態になる説明なんて全く受けてないんだけど。私だけ?

もしかしてこれ、バカンスというのは名ばかりの正規の仕事だったり?

 

「グレーイ!手伝え!空の向こうの奴ブッ飛ばすぞコラァアアア!!」

 

「空の向こうにゃ何もいねえよバカ」

 

「あいー。いないよナツ~」

 

「なんだと!?じゃあ何がいんだ!?」

 

「だから何もいないってば」

 

空とグレイ、ハッピーを相手に交互に忙しなく頭を振りながら首を傾げるナツに、グレイが呆れたようにため息を溢した。

 

「お前、ジェラールの話聞いてなかったのか?」

 

「ん?ジェラールなにか言ってたか?」

 

「……このド阿呆(アホ)炎」

 

「誰がド()(ほのお)だとグレェエイ!!ド阿呆脳とかけてんのか!ちょっと語呂よくしてんじゃねえよおいい!!」

 

「語呂良くしたのはナツだよ。ていうか自分でグレイの意識してない新しい解釈産み出したよね」

 

「新しい解釈産み出しちまったじゃねえかアアアアアア!!」

 

「知るかよ!」

 

「責任とって喧嘩しろコラァ!!」

 

「責任だあ?」

 

「セセセセキニン!!?」

 

「ちょっとこの状況でワケわかんない喧嘩はやめてよ!」

 

「グレイサマガセキニン!!?」

 

どうにか殴り合いが始まる前に阻止できたのは奇跡と言ってもいいかもしれない。

トホホ、早く帰ってきてジェラール。もしくは助けてカグラ。

 

「で、えーとグレイ。そのジェラールが話してたってなんのこと?私、聞いた覚えがないんだけど」

 

「あ?そういや、ルーシィはいなかったな。あれだ、カジノに遊びに行く前に、男部屋で言われたことがあってな」

 

うーん、と顎に手を当てて考える仕草のグレイ。

……そしていつの間にか、今の一瞬で上半身を脱ぎ去っていた。服を着ていれば少しは様になる男なのに。残念な。

 

「ま、面倒くせえから一言で言うと、超絶ヤバイ魔法が空から落ちてくるかもだから気を付けろってよ」

 

「……超絶ヤバイ?」

 

何それ。いやまあ確かに何か落ちては来たけど。

でも、事実私たちにはなんら影響があった訳じゃないし。ダメージがあったわけでも、今のところ体調に異常があるわけでもない。ナツが空に炎を吐いてるのを見るに、魔法が使えなくなったとか、そういう異常事態が起きたという訳でもなさそうだし……。

 

「たしか、エーテリオン?……みたいな名前だったな。なんか、ここら一帯を海もろとも消滅させるような魔法だとかなんだとか」

 

「超絶ヤバイじゃないッ!!」

 

え!?なんで今更!?え!?なんでそんな超絶ヤバイものが落ちてくるのを教えてくれなかったの!!

 

驚愕に言葉も出ない私へ、グレイは軽く手を挙げながら爽やかに謝罪した。

 

「あ、そういえばルーシィにも教えとけって言われてたな。……うん。そういうことだスマンな」

 

「なんで事が起こってから言うかな!?」

 

この馬鹿は……!いやまぁ、そんな話をされてたとしても、特に私ができることなんて何もないんだけど。でもそれでも、もしかしたら灰になってたかも知れないんなら、せめて心の準備くらいさせてくれたっていいんじゃない!?

あとズボンも脱ぐな!

 

「キャーグレイサマダイタンンン!!」

 

「つーか、なんだこれ?全部魔水晶(ラクリマ)で出来てんのか?」

 

しゃがんで水晶になった鮮やかな床をコンコンと不思議そうな表情で叩く。

よくわからないけど、たぶんそうなんだろう。これほど巨大な魔水晶(ラクリマ)なんて見たことがないし、その件の超絶ヤバイ魔法がどこに行ったのかもよくわからないし。なんかもう、私のキャパシティーを軽く振りきってて何がなんだか。

 

「まったくもうっ。こんな時に事情を理解しているであろうジェラールはどこで何をしてるのよ!ていうか私たちはどうしたらいいの」

 

「あー、そういえば俺の造形魔法かそこの女の魔法で舟造って、なるべく早くここから避難しろって言ってたっけ」

 

「キャーグレイサマガワタシヲミテルゥウウ!!」

 

「だからなんでそれを早く言わないの!!」

 

「大丈夫だ。なんかジェラールの話によると、ギルドからき──」

 

グレイの言葉が続くはずだった。

 

だが、それは出来なかった。

 

グレイが体から血を吹き出し、青い魔水晶(ラクリマ)の床を真っ赤に染め上げる。匂い立つ血の香りと鮮やかな血飛沫が悲鳴もなく宙を舞う。

 

グレイの向こう、崩れた魔水晶の柱の影から、一人の女が姿を見せた。

 

 

──無月流

 

傷だらけの体の女。桃色の長髪を靡かせながら、(あで)やかな着物を揺らして現れた。

圧を持った呟きと共に、鞘に納めた刀をポンポンと叩く。

 

「背中、がら空きどすえ」

 

頬についた返り血が、まるで化粧のように映えるその女剣士。一歩前に出ると、居合いの姿勢で鋭く構えた。

 

斑鳩(イカルガ)言います。短い間どすがよしなに」

 

グレイがやられた。

それも一撃だ。この状況に対する動揺もあってか、まるで察知することができなかった。

 

「グレイ!」

 

「グレイ様!」

 

あの出血では、早く手当てをしないとまずいことになってしまうのは目に見えている。

 

「あなたとは恋敵ですが、またしても一時中断です。隙を作るのでグレイ様に避難と手当てを!」

 

「うん!」

 

恋敵じゃないけど!

 

「てめえ、よくもグレイをッ!!」

 

ナツが吠える。

三体一。この数的劣性なままでも尚、女は優雅に微笑む。だがその直後、どこか悔しそうに負けん気に似た色で、私たちではなく、大きな魔水晶(ラクリマ)の塔を睨み上げた。

 

「ダニがいつまでも小さく跳ね回るだけやと、そう安く思わへんどーくれやす」

 

 

◇◇◇

 

 

その連撃は苛烈を極めた。

 

「ハハハッ!!どうしたその程度か!?」

 

剣から繰り出される恐ろしい程の剣戟に圧されながらも、魔法を高速で可動させることでようやく手一杯な状況を保っていた。

線の暴力。点の一撃。まるで剣の嵐を相手にしている気分だ。

 

まさかここまでやるとは。正直、侮っていた。

長年塔に立てこもっていたというのに、それでもこの卓越した技術。

真の天才というものがどういうものなのか見せつけられているようで、心で乾いた笑いを浮かべた。

 

「言ったであろう!私はもう弱いだけの女ではないのだと!」

 

「そのようだなエルザ」

 

まずいな。身体中の出血が酷い。傷を造りすぎたか。頼む、もってくれ俺の体。

 

「ん"っ」

 

くっ!シモンにやられた傷口が。

 

痛みに呻き、全身全霊で張り合うも磨り減っていく俺の様を見て嘲笑うエルザ。

そういえば、と見下した笑みを携えながら俺へ語りだした。

 

「表舞台で華やかに活躍しているフェアリーテイル、そんな見出しだったか。一度流れ着いた雑誌を読んだ事があってな。実に滑稽だったぞ。その年になってもオママゴトが好きだとはな」

 

「意外だなっ。お前にそんなミーハーなところがあるだなんて」

 

「ほざけ。あんな生ぬるい場所で生きてきた貴様が、私に勝てる道理などない。楽しいのだろう?周りから称賛され、持ち上げられるのが」

 

また鎧が換わった。

 

「貴様らしいじゃないか。私たちから逃げ、置いていかれた者たちの苑嗟から耳を塞ぎ、甘美な響きだけを貪る。まるで好き嫌いの激しい畜生だ」

 

「違う!!」

 

剣と拳のみの一進一退の攻防から、魔法剣による中距離を交えた魔法肉弾戦へと移り変わっていく。

 

くそっ。どうにか対応していくのがやっとだ。

なんてスピードと火力。鋭さを一番として追い求めるカグラとはまた違った手合いだ。手数と圧力。表現しやすくいうならば、剣術というより形を変え続ける七色の暴力。

正直なところやりにくい。こんなもの、どうやって対策を立てろというのだ。何をしても豊富な鎧や武器のせいで後手に回ってしまう。常に後だしジャンケンをさせられている気分だ。

 

だが、こんなところで負けている訳にはいかない。

 

「俺はお前を連れ帰るんだ。エルザァ!」

 

「くどいッ!!」

 

その一撃は、今までの中でもっとも重く突き刺さった。

 

エルザの剣を防ぎきり魔法を全て無効化した直後に、彼女自身の強烈な蹴りが見舞われる。咄嗟に防御陣を発動させるも、研鑽されたその体術に易々に突き破られた。

 

「ッゲホッ……ぁ……」

 

魔水晶の瓦礫に打ち付けられ、座り込むように倒れる。

喉から血がこみ上げた。

力なく俯いたままに、せり上がったそれが口から垂れ流れていく。

馬鹿げている。なんて蹴りだ。

 

「おいおいジェラール。もう終わりではないだろうな?私をこれ以上失望させるな。長い間目をかけていた私に失礼だとは思わんのか?」

 

「それは、すまない」

 

「エーテリオンのお陰で楽園の塔は完成した。残るはゼレフの依り代のみか」

 

「……ハハッ」

 

困ったな。

元々、この島へエーテリオンが落ちてくるであろうことは予測していた。

シモンがあのとき、評議院で言った。

 

『海へ遊びに行くことで頭が一杯か?』

 

なぜ、やつは俺が海へ行くことを知っていたのか。どうやってエルザの元から逃げ出したのか。

俺とて無駄な八年を過ごした訳じゃない。あらゆる楽園の塔に関する資料と情報をかき集めていた。

その結果、楽園の塔には大陸中の魔導士全て程でようやく魔力が足りるのだと推測がいった。では、そんな魔力をどこから引っ張ってくるのか。孤島であるこの土地だ。辺りは海。そもそも運べるようなレベルの魔力量では到底たりない。竜脈も通っていない。周りも下もだめだというなら、残るは空。

 

答えに到達したのは意外と早かった。そして、評議院でシモンを見たとき確信に近いものを得た。

次いで、狙ったようなタイミングで届いたリゾートチケット。その時、情報全てが頭の中で合致した。

 

これは、俺の贖罪のためのチケットなのだと。

 

あぁ……。

 

ナツたちはもう、この島から逃げただろうか。

いや、そうでなくては困る。この島は今や時限爆弾のようなもの。濃密なエーテルを抱え込んでどうにか形を固形として保っているだけに過ぎない。

 

「特にナツは……危なっかしいからなぁぐぁっ!」

 

立ち上がろうとした俺の腹部が、エルザの足によって踏みつけられ、再び同じ形に押し戻された。

 

「なんの話をしている。今、貴様が闘っているのは私だろう」

 

刃のような眼。冷たい、感情の伴わない瞳だ。

エルザが俺の目の前で、右手に持った長剣を逆手に持ち変えた。

逆手に持った長剣が、なんのためらいもなく俺の左肩に突き刺さる。

 

「っ……ぁ……」

 

熱い。痛覚を忘れさせる焼けるような激痛に、声を出すことができなかった。

……血が。血がドバドバと、とめどなく流れ出ていく。

 

無理矢理吐き出された空気を取り戻すように呼吸をする。

肺が痛い。臓器にもダメージが蓄積され始めたか。血の回りも悪くなっているらしい。頭まで朦朧とし始めてきた。

いよいよ、限界かもな。

 

ハッ。なにが聖十だ。下らない。なにも出来ないじゃないか。出来てないじゃないか。

もうこれじゃあ、俺に出来るのはあいつらが上手くやってくれることを祈るだけか。

 

 

──グレイ

 

「服忘れるなよ」

 

「なに?」

 

──ルーシィ

 

「馬鹿たちを頼む」

 

「おい」

 

──ハッピー

 

「ナツの面倒よろしくな」

 

「ジェラール」

 

──ナツ

 

「馬鹿も程々にな」

 

「……貴様」

 

……それと。

 

「ジュビア……だっけ。グレイとお幸せに」

 

彼女も、あの馬鹿たちと逃げられるといいな。

 

「貴様、なんの話だ」

 

「……ははっ。さてな、なんの話だっけ」

 

強がる俺の左足に長剣が突き刺さる。

 

「あ"あ"あ"あ"ぁ"あ"あ"う"っ……」

 

痛みにもがく俺の腹部を、またしても足で強く押し潰される。

 

「黙れ」

 

救援は呼んだ。あとはフリードさえ来れば俺が状況を伝えずとも察して対処してくれる筈だ。伊達に雷神衆ではないというのを、ぜひ見せてもらおう。

なんて、この有り様じゃあ見れるかどうかはわからないな。

 

「はぁ…………はぁ」

 

……あれ?

 

ははは、視界まで霞んできた。エルザの輪郭がぼやけて見える。

全く情けない。助けに来た、とか。お前を連れ帰るんだ、とか。一丁前にカッコつけたこと言ってた癖にこの有り様だ。

 

あぁ、いや。でもまぁ。

 

お前に殺されるのなら、悪くはないよな。

 

「何だ。その眼は」

 

たった一度の。初めての感情だったんだ。

誰かを、本当に想ってしまった。こいつのためなら、命だって惜しくないなんて、そんな王道物語の主人公様みたいな台詞を……。

 

言ってみたかったんだ。でも、やっぱり似合わないってことなのかな。

 

……あぁ、でも……。

 

「ジェラール。なぜ、お前はまだ……」

 

言ってみたいな。

愛してるって。お前に伝えきれていないこの感情を。

 

「なぜ」

 

伝えてみたいな。

積もり積もった。この気色悪い、馬鹿で一途な恋心を。

 

「笑っていられる」

 

ここで、燻らせて、それだけで終わっていいのか?

 

「……この気味の悪い男め」

 

 

──ふいに

 

支えてくれた皆の顔が、浮かんだ。

 

 

 

「ッハァ!!」

 

ダメだ。

 

喉を押し開くように力み、空気を肺へ押し込んだ。

 

ダメだ!

 

許さない。そんなことは許さない。この長い八年間、俺はこんな瞬間のために生きてきたんじゃない。こんなところで、妥協で満足するために生きてきたんじゃない。誰に生かして貰った。思い出せ!

誰に育てて貰った。

誰に並んで貰った。

誰に愛して貰った。

誰に憧れさせて貰ったッ!!

 

マスター、ラクサス、カグラ、ナツ、ハッピー、グレイ、ギルドの皆。

 

そして、師匠。

 

彼らにしてもらった全て。注いで貰った全てを無駄になんて出来るわけがない。

 

 

俺は

 

 

──俺は

 

 

「お前を連れて帰るぞ。エルザ」

 

「ッチ。まだそんな気迫を出せるとは……どこまでも身の程を知らない馬鹿が。まぁいい。ここで終いとするか。ジェラール」

 

「あぁ、そうだな」

 

師匠。

俺は、あなたのように全てを笑顔にしたい。

俺は、あなたのように笑顔で生きたい。

俺は、あなたという理想(速度)を越えたい。

 

いつまでも、あなたの背中にしがみつくだけの、小さな子供でいたくない。

 

 

 

天体魔法

 

 

 

 

「『彗星(コメット)』」

 

 

 

 

──音を、越えろ

 

 

「なッ!?」

 

 

真下へ展開された加速(ブースト)用の魔法陣。単純な推進エネルギーにボロボロの体を弾かれ、エルザの顔を鷲掴んだままに上空へ飛翔した。

遥か真下に見える楽園の塔を見下ろしながら、一瞬の空中停滞。

視界全てが水平線。日が傾きつつある夕暮れの色彩に染められ、どこまでも続く海と空。いつか、誰かと見た景色そのものだった。一秒にも満たない刹那に様々な想いが駆け巡る。

棲んだ空気を、鉄臭い匂いと共に名一杯吸い込んだ。

 

 

彗星(コメット)オッ!!」

 

その刹那。宙で描いた魔法陣のエネルギーを、足に乗せてエルザへ全力の蹴りを打ち込んだ。

 

声もなく真下へ叩き落とされたエルザ。

あまりの威力に着地することも叶わずに楽園の塔を上層から下層まで。瓦礫を量産しながら落ちていく。自らによって築き上げた塔を破壊しながら落ちていく。

 

──瓦礫となって塔が壊れていく

 

──子供の積んだ積み木のように崩れていく

 

──俺たちの長かった八年という時間が、瓦解していく

 

かぶりを振って一瞬の感傷を打ち切った。

エルザを追うようにして、俺も縦に穿たれた塔の中へと追撃をかける。

 

「エルザ。すまない」

 

痛いだろうが、しばらく眠ってくれ。

 

 

「『換装:明星の鎧』」

 

流星の力を使ったその時、向かう先で(まばゆ)い光が灯った。

 

「焼き消えろォジェラール!光粒子の剣ッ!!」

 

強大な光の塊は、穿たれた建設物を更に拡張するように、その熱量を持って鉄のように溶かしていく。

膨大で殺人的な光は、あっさりと俺を飲み込んだ。

辺りを更に悲惨なものへと変えるほどの力。ドロドロになった魔水晶が飛び散り、衝撃で粉々になった魔水晶が砂塵と舞う。

 

焼け爛れそうな熱風に、静けさが舞った。

 

「……ハぁァぁ」

 

見上げたそこで全てが消し飛んだ様に、エルザは口角を吊り上げて歯を見せた。

さも楽しそうに、愉快そうに。星の堕ちた大空を仰いだ。

 

「アハハハッアハハハハハハハハッ!!!どうだジェラールゥッ!!所詮貴様などこんなものだ!!残念だったな!!ゼレフ復活の阻止は叶わず、私を連れ戻すことも叶わず、何も出来ないまま消えるとはァ!!」

 

剣を床に突き刺して、ふらつき崩れそうな体をエルザは支える。

だが、そんな体でも尚、彼女は叫ぶ。その声に昂りを乗せて。

 

「道中寂しいだろう、貴様の仲間たちもすぐにそちらへ送ってやる!安心しろ!!」

 

エルザは笑う。

 

「下らない……!下らない男だった。殺して正解だ。いやむしろ、なぜもっと早くそうしなかったのか」

 

笑う。

 

「だが大丈夫だ、ジェラール。新しい世界でまた会おう。生と死が自在な世界で、またお前に会いに行くさ。だから今は死んでおけ。お前の言う通り、お前の好きな笑顔で、私も笑いながらお前の死を見送ってやる!!」

 

 

「笑いながら、か」

 

驚愕の表情を浮かべたエルザに、俺は笑いかけた。

笑うとは、こういう笑顔のことだ。決して、今お前のしている顔ではない。

 

「そんな泣き顔は笑顔じゃないぞ。エルザ」

 

「……私が、泣いている?」

 

気がついていなかったらしい。両の瞳から、止めどなく流れている涙に。

凶器的に笑いながらも涙を流していることに。

 

「なぜだ……なぜだ。なんだこれは。……なぜだ。私は涙とは無縁の女だぞ。私は……そう、私は支配に酔って人の命を握って笑う存在だぞッ!!」

 

まるで体と魂がチグハグに見える。苦しそうに笑う痛々しいその姿。

エルザ。それは違う。人間が望む笑顔はそんな悼ましいものじゃない。

 

「それは笑顔じゃない」

 

やっぱり、そこにいるんだな。エルザ。

 

「なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだ!!なぜだッ!!!なぜだアッ!!!ふざけるな!!!私は、私はエルザ・スカーレットだぞ!!誰にも負けず、常に支配する側の人間で、誰よりも誰よりも誰よりも誰よりもォ!!誰よりも自由で誰よりも優雅で誰よりも強いんだ!!私はエルザ・スカーレット(新世界の支配者)なんだぞッ!!!」

 

「あぁ。お前はエルザ・スカーレット(弱い少女)だよ。昔も、そして変わらずに今も」

 

「ぁああぁあぁ。ぁああぁあぁああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

自由、か。

 

頭を抱えながら、涙を止められないままのエルザに俺は笑いかけた。

 

「自由ってなんだと思う、エルザ」

 

どこかの化け物染みた人に、教えてもらった。

どこかの化け物染みた剣士に、思い出させてもらった。

俺らしく生きる指標。妖精の尻尾らしく生きる指標。

 

魔法の言葉で、結局は道化のような馬鹿らしい自己暗示。

でもその教えは、俯いていた俺の顔を持ち上げてくれた。

 

「自由、自由……自由自由自由自由自由自由自由の自由が自由な自在な自分が自在な自由で自由自分自身自在な自由ので自分を自在な自由で……」

 

ふらついていたエルザが、ふと動きを止めた。

涙は止まらないものの、殺意の込められた瞳で俺を射殺すように突き刺す。

 

突き立てた剣を抜き、一息の間に俺へ斬りかかっていた。

 

「支配だ。命の掌握者だ」

 

右手に魔法を纏い、振るわれたエルザの剣を握り返す。

手から出血しているが、脳内麻薬で痛みを感じない今、それはどうでもよかった。

 

流星(ミーティア)

 

思い出すよ。あの時のこと。

 

「なんでもっと簡単に考えられないのかな、お前は」

 

エルザの剣を引き、崩れたその体の芯へと魔法で強化した握り拳を叩き込んだ。

 

ふっと一瞬だけ足の力が抜けた様子のエルザ。既に満身創痍だ、当然だろう。

波打つエルザの魔力。次の換装魔法の予兆を感じる。今すぐ離れなければ斬り殺されることはわかりきっている。だが俺は迷いなくエルザを抱き締めた。

 

 

拘束の蛇(バインドスネーク)

 

拘束魔法。我ながら勉強していた過去の自分を目一杯褒めてやりたい。

拘束され、動けないながらも魔法を放とうとしたエルザは、どうすることもできずに悔しそうに呻く。しばらくして落ち着いたのか、ようやく諦めて抵抗するのをやめた。

息苦しそうに、彼女の意識が徐々に沈み行く気配を感じた。

 

「じ……ゆう」

 

「まったくお前は」

 

 

 

──いいか、エルザ

 

 

 

「自由ってのは、フリーダムってことだ」

 

 

「ふざけた事を……言う…………な」

 

 

顔こそ見えない。

だが、意識と共に消え行く彼女の声はどこか優しげに笑っていた気がした。

 

 




トージへ対する好感度が上がった

好感度UP♪

ジェラール 100→1000


楽園編!完!!

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