モンスターイミテーション   作:花火師

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原作主人公の存在感……


UNMASK 後編

心配そうにカグラを覗き込むルーシィは、オロオロとして落ち着かない。

 

それも仕方ないだろう。フェアリーテイル(いち)、最強の女魔導士として名高いカグラがこの容態だ。

逃げている最中でさえ魔法を使い、ずっと気を張っていたのがここに来て押し寄せたようで、顔を青くしてぐったりとしている。

 

戦闘中に余程大きなダメージを食らったのだろう。ここまで消耗しているカグラを見るのは俺も初めてだ。

 

「クソッ!!」

 

普段手も足も出せず打ちのめされているナツは、カグラがバルカンに敗北してしまったことがショックだったのか、イライラとした態度を当たり散らしている。

仇討ちをするために飛び出そうとしたところを取り抑えたのは数分前のことだ。

 

「やっぱり納得いかねえ!!俺がぶっ飛ばしてくる!!」

 

またしても懲りずに出ていこうとしたナツ。だが、そんなナツにカグラが目線を向けたと同時に、ナツは木製の床にめり込んだ。重力魔法で叩き込まれたのだろう。

 

「……んがァっ!じゃま、すんじゃねえよっ、カグラ!」

 

魔法により重くなったその体を両手で持ち上げ、震える足を張ってナツは苦しそうに堪え忍ぶ。

許せない。そんな感情が生まれるのは当然だ。俺だってそうなんだから。フェアリーテイルの仲間がやられて悔しくない訳がない。

だが……。

 

持ってきた台車を引っ張り出す。

 

「のわぁあ!?……何しィ……やがんだジェラ……うぶっ、ぎもぢわるいっ……」

 

未だに魔法でプルプルとしているナツの足を払い、台車に無理矢理乗せる。すると急に顔色を悪くして大人しくなった。

滅竜魔導士の弱点。それは乗り物だ。なぜか滅竜魔導士は総じて乗り物に弱い。そこをついてナツを台車に乗せて無力化した。

こんなこともあろうかと持ってきて正解だったといえよう。

 

「悔しいのは当然だ。だがお前じゃあのバルカンには勝てない」

 

「ジェラール。なにもそこまでしなくても……」

 

「そうだよジェラール」

 

今になってようやく重力魔法を解いてもらったナツを見ながらルーシィとハッピーが意義を述べる。

 

「ナツが向かっていけば恐らく大変なことになる。いや、ナツ一人がコテンパンにされるだけならまだいい。だがあれが街に降りてしまえば大変な事態になる。これ以上、下手に刺激するべきじゃない」

 

「……ふざけんなぁ……お、俺がぁ、ぶっ飛ばしてぇ……おえっ……」

 

全く。頭が痛い。

あれに勝ち目なんてない。カグラでさえやられてしまったんだ、俺であっても善戦できれば御の字というものだ。

確かにナツは感情が昂る毎に力が増してく兆候がある。元々高い地力が押し上げられる現象は今までもたくさん見てきた。成長率で言えばギルド一だろう。

だが、それはあくまで昂る余裕があればの話だ。瞬殺されるのが目に見えている今、そんなナツの感情論の伴った戦力に合わせて付き合うことはできない。

……只でさえ、こちらには怪我人もいる。応急措置はしたがこれじゃ心許ない。早く医者に見せるべきだ。

 

「ルーシィ、そのまま台車を押してナツを運んでくれ。カグラは俺が担いでいく。ハッピーは空から周囲の監視を頼む。ナツ、今はクエストの達成よりカグラの安否が一番だ。わかるな?」

 

そう諭すように言う。仲間の安否が先と言われれば弱いようだ。流石のナツも、渋々といった雰囲気で了承した。

 

「話はまとまったな。荷物をまとめてくれ、ギルドへ帰る」

 

……出来ることなら、あのバルカンはカグラに討たせてやりたいと言う気持ちはある。ギルドへ加入してその当初からというものの、カグラは勝ちに拘ってきた。

 

どうしてもしなければならないことがある。その為に、諦めるのも負けるのも嫌なのだと。

どうしても、探したい人がいる。

どうしても、追いかけたい人がいる。

深くは追及してはいないが、カグラの事情は大きくその二つらしい。

後者の目的のために負けたくない、そんなところだろう。だが、これほど重症となるとそれは叶えられない。

見ただけでは軽症だが、臓器がやられている。これでは到底……。

まぁ、俺としては尚も意識があって魔法を使えるのに驚きだが。そんな規格外を感じるのも今更というものだろう。

 

……当のカグラと言えば、意識はあるようだ。だが一言も喋らず、動かず、目蓋すら開かず横たわっている。

まるで、体力を蓄えているかのような……。

重症の身だ、早く治すためだろう。はぁ、是非ナツにもこういう所を学んでほしいものだ。

 

ナツが了承した、とは言え安心は出来ない。こいつはそういう奴だからな。

ナツを台車から下ろしてやろうと歩み寄り、しゃがんだ。

 

 

──その時、屋根が吹き飛んだ

 

 

視界にちらりと映ったのは、独特の硬そうな白い毛。びっしりとその毛に覆われていて、まるで大樹のように太い豪腕。

それが小屋の屋根──否、上半分をへし折り、ぶち壊した。

 

あんなものに当たれば明らかにカグラの二の舞になっていただろう。

それでも、俺たちは奇跡的だった。

床に附したナツやカグラは当たることはなく、ナツの前でしゃがんだ俺にも当たらず、カグラに寄り添っていたルーシィとハッピーも意図せずその脅威から難を逃れたのだ。

 

「え!?な、なに!?」

 

「……ッ!ナツ!ハッピー!」

 

ルーシィの悲鳴に似た言葉にはっとすると、現状を理解しナツを台車から蹴り飛ばして二人に呼び掛ける。

 

手荒く蹴り落とされたナツは多少顔色の悪さを見せながらも着地し、その手に火を纏った。

 

驚愕すべきことに、ぐったりとしてした筈のカグラが立ち上がっていた。

カグラは不倶戴天を掴むと、喚くルーシィを猫のように持ち上げ、振りかぶり……

 

 

勢いよく──

 

 

「え!?ちょっとカグラ!?やめ、ぎゃああああああぁぁぁぁぁ──」

 

 

──空へと放り投げた。

 

 

「……ハッピー、ルーシィを連れて行って」

 

ハッピーは戸惑いながらも魔法で翼を産み出し、開放感溢れる小屋から出ていくと、打ち上げられたルーシィを空中で掴み、そのまま飛び去った。その速度はカグラの魔法により本来より速度を増して遠ざかっていく。

 

『ゴァ?』そう首を傾げながら阿呆面でハッピーたちを見上げるバルカン。

その腕に雷を帯電させると、躊躇いもなくハッピーたちへと射ち放った。

 

「火竜の咆哮ォオ!!」

 

ナツの口から放たれた火炎がその雷を打ち消そうと飛び立つ。

しかし多少拮抗したものの雷に破れてしまった。

 

「『流星(ミーティア)』!」

 

瞬間的に身体能力を最大まで引き上げて雷撃へ追い付くと、天体魔法でどうにか相殺することに成功した。

後方を飛ぶハッピーたちが距離を空けていくのを確認してバルカンへの意識を強める。

雷を使うバルカン。本当に何なんだこいつは。魔法を使うバルカンなんて聞いたこともない。

あんな簡易的に放った雷撃だというのに、ナツが押し負けた。これは相当な事態だ。

とんでもないモンスター。明らかにS級以上だ。評議院め、なぜこんなモンスターがいることを知った上ですぐに対処しなかったんだ。

 

……は、ともかくとして。

 

「カグラ。なぜ逃げなかった」

 

「なぜ?もう十二分に休息はとった。問題はない」

 

そんな強がりのような台詞を使うカグラはというと……。笑っていた。その整った容貌を歪めて笑い、バルカンを射抜かんばかりに睨んでいる。

その目は正に、勝利に飢える戦士のそれだ。

 

「私とてフェアリーテイルの魔導士。この程度で下がれる訳がない」

 

それを言われてしまっては、確かに下がれる訳がないな。

 

俺たちの間を通り飛び出していったナツが、バルカンへと向かった。

 

「火竜の鉄拳!」

 

ナツに反応したバルカンは、ニヤニヤと笑いながらその拳に応じて対するように豪腕を振るった。

 

「待てナツ!」

 

バルカンへ殴りかかろうとしたナツへと駆け寄り横から引き留めると、バルカンの攻撃の軌道上から離脱する。

 

「何すんだよジェラール!」

 

「こちらの台詞だ!見ろ、お前はあと少しで黒焦げになってた!」

 

腕から放射された雷撃によって、軌道上の木々は炭化し、地面は大きく抉れている。滅竜魔導士とはいえ、只じゃすまないことは目に見えている。

 

「ラクサスに勝てないお前じゃ、あのバルカンにも勝てない。頼むから下がっていてくれ」

 

「うるせぇ!なんでラクサスに勝てなかったらあのゴリラに負けるんだよ!つーか俺の方がラクサスよりつええ!!」

 

「はぁ」

 

始まった。これだからこの馬鹿は。

しかし、正直今はナツに構っている暇などない。例え刹那的でも警戒を解き目線を離せば俺たちはやられるだろう。

このバルカン、阿呆面でしかも攻撃の素振りを殆ど見せない。いや、悟らせないと言うべきか。予備動作がわからない。

関係のないところへ目線を飛ばしたり可笑しなポーズをとったりとわけのわからない行動をとったかと思えば唐突に攻撃へと転じる。

……端から見てる分には、何も考えずに気のむくままに暴れている暴れん坊のようにしか見えない。実に戦い難い。

 

手を出しあぐねていると、後方からとてつもない圧力に、一瞬背を押されたような錯覚に陥った。

 

「ナツ、ジェラール。屈め」

 

カグラだ。カグラが自身の愛刀に手をかけている。

なぜかカグラの持つ刀に視線が向いてしまう。いつもは封をしてあるその刀。

正直なところ、彼女が刀を抜くという行動に出たのを見ことがない。

だが、僅かだが、刀の構えが今までと違う気がする。ただ、どこがどう違うのかはわからない。気迫故にそう見えるだけなのか。

 

「のぉっ!?」

 

ふと我に返った俺は、ナツの頭を鷲掴みにして地面へと倒れこんだ。

 

 

「抜刀」

 

 

カグラによって放たれていた圧力が途端に弱くなったその瞬間。

鋭い風が吹き抜けた。

 

そして森は、視界で捉えることのできる木々の全てが、()()に分断されていた。

 

森は一撃で、切り株の群集地帯となり果てた。

 

 

果たしてこれを人間業だと言えるのだろうか。

 

「……凄まじいな。怪我をしているというのに、魔法なしの刀の一振りでこの威力か」

 

聖十という称号を甘く見たつもりはなかったが、これは流石に驚愕しざろう得ない。

……わかってはいたが、先はまだ遠いようだ。

 

──ムッホォオオオッ!!

 

こちらも驚くべきことに、バルカンは首と胴体がお別れしていることもなく、生きていた。

跳んでいたのだ。あの一瞬にも満たない速度で振るわれた剣戟を、跳躍することで回避していた。

本能故の危機察知によるものか……いやそんなことはどうだって構わない。跳んだ今こそが隙だ。空中じゃ身動きは取れない。

 

俺は両手を掲げて標的へ向ける。

カグラにばかり負けてはいられない。追い越すと決意したんだ。だから、

 

 

「──七つの星に裁かれよ」

 

強力な魔法の籠められた七つの魔法陣を引き連れ、その矛先をバルカンへと。

 

「天体魔法。『七星剣(グランシャリオ)』!」

 

宙でなす術もなく、隕石にも匹敵すると言われる魔力の塊をその巨体へ見舞った。

まともに食らってしまえば、例えそれが頑丈でタフな魔導士だとしても立ち上がることすらままならないだろう。

天体魔法という強力な魔法を生身で受けて、只で済むわけがないのだ。

 

「やったか!?」

 

「ナツ、その発言はやめて。嫌な予感しかしないのだけど……」

 

カグラの苦言を他所に、物言わぬ形になってしまったであろうバルカンが地面に大きな音をたてて落下した。

 

「……」

 

少しの静寂に包まれる。

 

「うぉぉおおおおおおおっ!!」

 

勝利を確信したナツがその場で雄叫びをあげ、明後日の方向へと火炎を放射し始めた。

 

……ふぅ。しかし、どうなることかと思った。まさか俺たちでここまで手間取る魔物がいるとは。

ナツに至っては殆ど何もできてないのに何故か大喜びしてはしゃぎ回っている。まぁ、その気持ちもわからなくはないが。

 

「ッシャアアアアアアア!!……ん?って、俺なんにもしてねえじゃねえか!ふざけんなぁ!!」

 

ようやくその事実に気がついたらしい。不満そうに地団駄を踏んでいる。本当に元気なやつだ。

 

しかしカグラだけは、未だに鋭さの抜けない双眸でバルカンを睨んでいる。

 

「……なぜ」

 

冷厳な態度のまま口を開いたカグラに、戸惑いを禁じ得ず言葉の続きを待つ。

 

「バルカンなら、なぜ宿主から分離しない」

 

そう疑問を口にした。

 

ゾワッと嫌な感覚が背中を撫でる。

 

その時、バルカンを中心に巨大な落雷が落ちた。

空に雨雲などない。まるで、バルカンが発生させたような……。

 

「まずいな」

 

カグラから漏れた危機感を煽る声に、俺は全力で同意した。

 

体毛を逆立てたバルカンはその場で四足で立ち、瞳を獰猛に真っ赤に染めていた。

こちらまでバチバチとした雰囲気に肌を刺され、呑まれそうになる。

 

そして気がついた。

 

俺の体が、震えている。

恐怖心からなのかわからないままに、震えるその両手を見つめる。

俺だけではない。カグラも冷や汗を垂らしながら後退り、ナツは完全に真っ青になって動けずにいる。

 

……本当に、まずいかもしれない。

 

フェアリーテイルだから勝つ、だとか。プライドが許さないから戦う、だとか、そんな馬鹿げたことを言えるようなレベルではない。

 

本気で、逃げるべきだ。

 

俺が。体が全力で逃げろと訴えている。

 

勝てる相手ではない。

 

 

「ッ!」

 

バルカンと目が合う。

 

あ、これは……。

 

まずい。そう思ったその時だった。

 

「なっ!?」

 

「ッオゥ!?」

 

カグラとナツの悲鳴が聞こえ、横目に彼らのいた場所を確認する。だがそこにはすでに誰もいなかった。

 

全身に嫌な汗がダクダクと流れ、呼吸が整わず荒くなる。

 

バルカンは動いていない。なら、いったい何が起きた。なぜカグラとナツが消えた……?

 

まさか……。

 

……いや、違う。そんなわけがない。カグラとナツがアイツにそうも容易くやられるわけがない。そもそも、それならどうして俺が無事なんだ?

 

訳がわからない!一体なにが──

 

 

「ッ!?」

 

唐突に体の平衡感覚が可笑しくなり、バルカンを捉えていたはずの目の前が暗転した。

 

そして身体中が何かにぶつかるような激痛に襲わる。もしかして、今俺はバルカンに襲われて訳もわからない状態になっているのだろうか。恐怖よりも、悔いが頭を染めていく。

頭の中を整理することも叶わないうちに痛みは終わった。

 

 

「よかった!ジェラールも無事だ!」

 

口の中にジャリジャリと入っている不快な砂を吐き出すと、目を開いた。

視界に映るのは長い金髪と紫の髪のメイド。

 

「……ル、ルーシィか?」

 

「うん!」

 

間違いない。精霊魔導士のルーシィとその精霊、処女級のバルゴだ。

 

笑顔で頷く彼女だが、状況を理解できずに辺りを見回す。辺りは真っ暗だが、遠くの壁に灯された松明が岩肌の壁、床、天井を仄かに照らしている。そして壁際に寄りかかっているカグラと、白目を剥いて気絶しているナツ、それを起こそうとしているハッピー。

ここは……洞窟か?

 

「なんか凄く嫌な予感がしたの。それで戻って来たんだ。助太刀しようとも思ったんだけどアタシたちじゃ足手まといになっちゃうし」

 

俺の怪訝そうな顔から察してくれたのか、ルーシィが話してくれる。

 

「それで離れたところから様子を見てたんだけど、なんだか凄くまずそうだったから、バルゴに穴を掘ってもらって、遺跡の地下空間に引っ張って来たんだ」

 

……なるほど、ここはあの遺跡の一部だったのか……。

何はともあれ、助かったと言うべきか。

 

「ありがとうルーシィ。正直危なかった。本当に助かったよ」

 

しかし驚いた。本当に二人が消えたときはどうなることかと思った。

何事もないようで何よりだ。だが、物凄く心臓に悪い。

 

「え?あ、い、いやぁ。いっつも付いていってるだけだからそういうの言われちゃうと……なんか恥ずかしいなぁ」

 

「そうだよジェラール!この場所を見つけたのはオイラだよ。それを横取りしてるルーシィはとてもズルいと思います」

 

「うるさい猫っ。横取りなんてしてないわよ!」

 

「逆ギレされたよオイラ怖いよ助けてカグラ」

 

「なんで私が悪者みたいになってるの!?」

 

「姫。お仕置きですね?」

 

「しないわよ!」

 

泣き真似をしながらカグラの足元に隠れるハッピーに、ルーシィは怒りの形相を浮かべた。

一方どこからかムチを取り出したメイド姿のバルゴはそれをルーシィへ手渡してなぜかお尻を向けると、さぁ姫お早く!と捲し立てている。

……そんないつも通りのやり取りを見ていて、自然と力んでいた肩の力が抜けていくのを感じた。

 

仕切るように手を叩いたカグラに、俺たちの視線が集まる。

 

「とりあえずこの場は早々に撤退しよう。あれは私たちが手に負える魔物じゃないわ。マスターへ報告するべきね」

 

カグラを先頭とし、ナツを担いで俺たちはどうにかこの依頼から帰還することに成功した。

その間『お仕置きを。おや?放置プレイですか姫。いいです、素晴らしいです。流石姫。お仕置きですね?』云々とひたすら謎の喜びを得ていたのが、ナツ以外の全員の耳に残ることとなった。

 

 

◇◇◇

 

 

森がざわめいている。

 

何かが近づいている。

 

そんな僕の予想は大方外れてはいなかった。

 

「バルカン、か」

 

珍しくもなんともない。バルカンといえば様々な地方で様々な亜種の見られる個体数の多い種だ。

……だがしかし、これは少し稀少かもしれない。

 

まるで雷を従えるかのように雷電を迸らせ、彼の意に沿うようにそれらが大地を走り回る。

稀少、とは言うものの、今更僕がバルカンに対して興味を抱くことなどもうない。

研究の対象として見るには議題として些か以上に興が沸かない。

以前は研究していたこともあった。バルカンは僕の呪いを受けて死ぬが、接収(テイクオーバー)された宿主は殺すことなく済むのだ。それによって生まれた研究結果もいくつかあった。が、僕の研究心は既にそこにはない。

 

今の僕が研究することにおいて、もっとも掻き立てられるのは、彼の力のみだ。

 

だから……。

 

「早く僕の前から去るんだ。そうしないと、君も死んでしまうよ?」

 

バルカンが僕の言うことを聞いてくれるとは到底思えない。しかし、命は命だ。尊い。いくら魔物といえど、気安く奪っていいものではない。この子はここから去ってくれるだろうか。

 

だが、そんなささやかな願いすらも、都合よく叶うことはない。

 

 

──グルゥウ

 

威嚇するように身構えたその瞬間。バルカンの命は意図も容易く、終わりを迎えた。

なんともあっなく、なんとも簡単に、儚く。その生に終止符を打ったのだ。

 

「ごめんね」

 

魔物が相手と言えど、馴れたくもない痛みが胸を尽き刺す。

 

「僕は……殺したくないのに」

 

立ち去ろうとする僕の背後で煙が上がった。

バルカンの接収(テイクオーバー)が解けたらしい。

宿主は運がない。こんな人気のない森のなかで、道具や食料のひとつもなく、目が覚めたら一人なのだ。最悪野生の動物に襲われることになるだろう。

だが、僕が関わって殺してしまう訳にもいかない。気をつけて森を抜けてくれることを祈ろう。

 

近くにいるわけにはいかず、僕はその場から足早に姿を消した。

 

 

そう一〇〇年前。

 

一〇〇年前、僕が彼を殺してしまったこと。それは今であっても悔いても悔いきれないままに自分の中で燻っている。

 

精霊界へ落ちていく彼の手を、どうして離してしまったのか。

 

『安心しろ。世界を飛んだくらいじゃ死なねーって』

 

最後に見たトージは、そう笑っていた。

笑っていた。だが精霊界は現界とは異なる世界だ。現界の生き物が世界を移動し精霊界へ行ったとなれば命はない。

 

恐らく、トージはもう……。

 

 

足元の草花は色褪せると、その頭を垂れた。それは波紋のように僕を中心として徐々に広がっていく。生命を奪っていく。死なせていく。殺していく。

 

「そう、こうやって、僕が……」

 

根の張り巡らされた鬱蒼とした森が、枯れて行く。

 

殺していく。僕が。

 

 

僕が

 

 

殺していく

 

 

僕が、僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が殺していく殺していく殺していく殺していく殺していく殺していく殺していく殺していく殺していく僕が殺していく僕が殺していく僕が殺していく殺していく僕が僕が僕が殺していく僕が僕が殺していく殺していく殺していく殺していく殺していく──

 

 

「あぁあ……あぁあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 

 

 

──いいじゃないか、命なんて。

 

 

「そんなすぐ散ってしまうものなんて、いらない。下らない。そんなものを数えてるだなんて、馬鹿みたいだ」

 

 

帰ろう。

 

 

帰って、ゲームの続きをしよう。

 

 

駒なら一杯あるんだ。もっとたくさん集めて、もっともっと駒で遊ぼう。

 

 

命という駒で

 

 

 

ゲームをしよう

 

 

 

 

 

 

 




数時間後


「らぁ……エロい夢がぁ、見たかったよ……フガッ。ん?ぬぁん?……ハッ!?ここはだれ!?わたしはどこ!?」




ということでオリ話終了です。
察しの良い方は、タイトルと前編の序盤の描写をなぜ入れたのか、で感ずいていたかもしれませんね。



では、次は幽鬼でお会いしましょう!

アデュゥ!

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