「ジェラール!勝負だァコラァァ!」
ギルドの扉が勢いよく押し開かれるなり、喧しくもそんな声が響いた。
ギルド内に響き渡り、大半は興味なさげにそれぞれ談笑やらクエストについてやら話し込んでいる。
一部のものたちは呆れの視線を当人へ。哀れみの視線を俺へと向ける。
「S級魔導士殿。お呼びだぜ」
恥じらいもなく上半身を衆目に晒しながら、氷の造形魔導士グレイは嫌みたらしく入り口を差した。
入ってくるなり、俺の了解もなしに、我らがギルドの暴れん坊こと問題児のサラマンダーは飛び上がると、勢いよく俺へと殴りかかった。
燃えたぎる拳を受け止めることなく、手を添えて力を逸らし、適当に壁へ放り投げる。
俺はためらいなく、そこへ魔法を三度打ち込みトドメをさした。
実に簡単にいなされた炎の竜滅魔導士、ナツは壁に体が埋め込まることで動かなくなった。
「遠慮ねえな」
引き気味にグレイは、壁に埋め込まれたナツを見る。
これくらいじゃナツに効かないだろう。あいつの頑丈さはよく知ってるつもりだ。
いや、俺だけじゃない。このギルドの者なら誰でも知っていることだろう。
「グレイ。服を着ろ」
いつの間にか上半身だけでなくパンツ一枚になっている。
いつの間にぃ!?と本人が驚愕しているが、それはこちらの台詞だ。
本当にここには騒がしい連中が多い。
もちろん嫌いではないが。
俺があの人に連れてきて貰ってから、すでに八年の月日が流れた。
あれからあの人は一度もこのギルドへ顔を出していない。
一九になった俺は、S級魔導士としてこのギルドの実力者の一人として扱って貰えるようになった。
一重に、練習環境を整えてくれたマスターや、ライバル心を刺激してくれたラクサスや聖十大魔道となった彼女のお陰だろう。
俺一人の功績ではない。
「にしても、本当に強いよなお前は。入ってきたのは俺の方が早かったのに悔しいぜ」
グレイは少し拗ねたように言う。
強い、か。
かつての記憶が甦る。
あの人の記憶。どこまでも鮮烈に瞼の裏に焼き付いてる。
空を舞いながら、暴君のように、王者のように、狩人のようにその威風を示していたあの人を。
それでもまだ、あれでもあの人の力の鱗片すら見れていないのだろう。
今の俺はまだまだ弱い。
こんなんじゃまだあの人には到底追い付けない。
「さてな。俺にはまだ上がある。だからそこに行きたい。そう思ってるよ」
「かぁーっ。立派だなジェラール。その向上心を俺にも分けてくれよ」
「目標があれば頑張れるものだ。グレイにもあるだろう?」
「……目標、か」
どこか遠くを見るように、手元のコップを弄る。グレイも色々なことを経験してきているはずだ。それなりに思うところがあり、苦労してきているだろう。似た者同士とでもいうのか。苦労してるかどうか、なんとなくわかるものだ。
その点、このギルドにいる皆がそれぞれ何かを抱えている。
グレイのその物憂いたような表情は美形と呼べる顔つきで余計に様になっていた。
……まぁ、服を着ていればだが。
「ジェラァァーールッ!」
唐突にビクンと動きだし、壁に炎で穴を開けることでようやく抜け出したナツが俺のもとへ再び飛びかかった。
が、
「喧しいぃ!」
カウンターに腰掛けていたマスターマカロフによって叩き落とされ、再び床と同化する結果となった。失敗から学ばないナツであった。
……フェアリーテイルに入ってからというものの、こんなのは日常茶飯事だ。日常だ。
楽しいギルド。このフェアリーテイルは皆が皆、それぞれ家族のようで温かく楽しい。
一人一人が、大切な仲間だ。
だから、こうしてそれを眺めていると考えてしまう。
俺がここにいるべきではなかった。
あの時、俺が拷問を受けていれば、ここに居たのはエルザの筈だ。皆に囲まれて笑顔でいれた筈だ。
あの人と出会い、ナツたちと出会い、マグノリアの人々と出会い。
俺はそれを奪ってしまった。
俺はそれがとてつもなく悔しい。
過去について俺が思うのは後悔ばかりだ。
俺さえいなければ……。
……エルザ。
「これ、ジェラール」
ふと、マスターに軽く頭を叩かれた。
俯いていた顔を上げるとマスターはやれやれとでも言うように顔をしかめている。
「そーう、しみったれた面するな。こっちまで酒が不味くなる」
顔は下げていた筈だけどね、と心の中で呟きながらも、微笑んでしまう。
ここには、優しい人が多すぎる。いつか、エルザも他の皆も、フェアリーテイルに迎えたい。
……ここに、俺は居ていいんだろうか?
……あぁ、それでいい。ここに居てもいいじゃないか。
俺は強くなる。そして絶対に皆を迎えにいく。ここに、皆を。
そうだ、今更うだうだと迷うな。過程を悔やむな。ここに居れるのは色んな人が俺に手を差し伸べてくれたからだ。それを軽視するような考えはするべきじゃない。
あぁ、ここは俺の居るべき場所なんだから。
「なんだいマスター。昼間っから酒かい?」
フェアリーテイルの一員、カナがワインの入った大樽を片手にカウンターに腰掛けた。
……やはり突っ込みどころが満載な人間が多い。
しかも樽の半分程はもう飲み干されている。うら若き花も恥じらう年頃の少女とは思えない暴挙だ。
このギルドの弱点……というか欠点は、常識人が少ないところだろう。
誰も彼も殆どが常軌を逸している。実力的にも、常識的にも。
少なくとも最低限の常識があれば、任務のついでに町を半壊させてくるようなことはしないだろう。
それで頭を下げるのは一体誰なのか……。
マスターの苦労を思いつつ、コップを傾ける。
当然、酒じゃない。オレンジジュースだ。
「たハァっ……!おい、じっちゃん!死ぬかと思ったじゃねえか!」
床から出てきたナツは、それでも元気ハツラツといった様子でマスターに文句を並べる。
「お前がそんなもんで死ぬタマかぁ?」
「んなわけねぇだろ舐めんなぁ!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる問題児。
あまり暴れられるとカウンターとかテーブルの修理代がかかる。ここいらで沈めた方がいいだろう。
そう思い立ち上がったところで、俺の視界に彼女が映り込んだ。
騒ぎ立てるナツの後ろに阿修羅像の如く仁王立ちする彼女に、俺は椅子に座り直した。
俺が手を出す必要はなさそうだな。
「わかったかじっちゃん!俺は最強だぁ!!……あ、忘れてた。ジェラール!勝負しろォ!!」
「ナツぅ。もうさっき負けたじゃん」
羽の生えた猫、ナツの相棒であるハッピーがナツを宥めるように言う。
ギルドのマスコットとして皆の癒しとなっているハッピーだが、最近になってナツの悪行に悪のりすることが多くなって困っている。
だが、そんなハッピーもナツの後ろに立っている彼女に気がつくと、手のひらを返したように黙り、気づかれないようにその場からスーッと離れていった。
なんとも保身的な相棒だ。
「ナツ。言った筈だ。ギルド内を破損させるような真似は許さないって」
「あぁ!?んなもん知るかっ……」
振り向いたナツは、彼女が誰であるか確認すると同時に脂汗を浮かべて固まった。
ガクガクと震えながらもどうにか言い訳を始めようとナツに、俺の隣からグレイが黙祷の言葉を贈る。
「ナツ。アーメン」
「やめてやれよ」
苦笑いでグレイに言う。
といっても、グレイの黙祷も尤もだ。ナツはこれからサンドバッグになるだろう。
「ナツよ。さらばじゃ」
マスターまで乗っかる。が、その視線は明らかに同情を込めたものだった。
まぁ……ナツ、骨は拾うよ。
フェアリーテイルにおいて最強の一角として謳われている女魔導士。聖十大魔道として名を馳せる使い手。
そんな彼女の前で全身汗まみれになり、助けを求めるように目玉をキョロキョロと動かすナツ。
当然、誰一人として目を合わせず全員に目を逸らされた。
こう言うところだけは白状なものだ。
……かく言う、俺もだが。
数分後。
鞘に納められたままの刀でボッコボコにされたナツは、見るも無惨な、原型を留めていない顔でテーブル席に倒れ伏していた。
ハッピーはそんなボロボロのナツに、大丈夫?と声をかけながらも木の棒でつついている。死体にムチ打ちとはこのことか。
彼女、カグラは刀を戻して体の向きを変えた。白を貴重とした服に、それに映える艶やかな長い黒髪を靡かせてカウンター席へと腰を下ろす。
「相変わらずねぇ。カグラは」
カウンターで受け付け兼支給、調理をしてくれているミラ。座ったカグラにドリンクを注いだコップを差し出した。
「相変わらずなのはナツだ」
「否定できねえな。あいつがギルドをぶっ壊さずに建物の形を保ててるのも、カグラやじいさん、ジェラールが抑えててくれてるからだぜ」
ナツを笑いの種にしているグレイに、カグラの鋭い目付きが向けられた。
「服を着なさい」
「あれぇ!?さっき着たばっかりなのに!?」
「……早く」
「了解ですっ!」
カグラが愛刀、不倶戴天に手をかけた瞬間にパンツ一枚のグレイは跳ねるように脱ぎ捨ててあった服に飛び込んで行った。
丁度グレイの着地地点にいたエルフマンがグレイのタックルを足に受けてバランスを崩し、テーブルに伏していたナツの頭に手をついた。
ウガァ!と復活したナツによりエルフマンが殴り飛ばされ、それがマカオとワカバの飲んでいるテーブルに突っ込み破壊される。
更にナツは鬱憤を晴らすかのようその場でテーブルに足を乗せて雄叫びを上げる。
酒と食べ物を粗末にされたマカオとワカバが怒りだし、エルフマンを拾い上げてナツへ投げ返した。
エルフマンのキャッチボールが始まり、そこから乱闘へと広がっていく。
腹を抱えながらそれを見てヤジを飛ばすカナ。
苦笑いでコップを拭きつつ、飛んできた物を華麗に避けているミラ。
困ったように頭を抱えるマスター。
初めてここに来たときと何も変わっちゃいない。馬鹿みたいに喧嘩して騒ぎ立てて。凄く賑やかで楽しい場所。
いつかのように俺の顔面目掛けて飛んできた酒瓶を、反射的に目の前でキャッチした。
手のひらを返してそのラベルを見つめながら……かつてのワンシーンに思いを馳せる。
あの時は、あの人に助けてもらったんだっけ。
脳裏に浮かぶあの人の顔。
俺はまだ、こんなところで立ち止まっている訳にはいかない。
俺も大魔道候補として名は連ねているが、まだまだだ。
聖十大魔道となったカグラを。まずは彼女を追い越さなければ話しにならない。
そこからだ。
気持ちを新たに、馬鹿共を眺めて立ち上がる。
タイミングを同じくして椅子を立ったカグラと頷き合う。
「俺は左半分を沈める」
「私は右半分を叩き伏せよう」
一部のものたちがこちらに気がついたようで、すぐに逃げの姿勢をとるが時既に遅し。
俺たち二人によって、フェアリーテイルのギルド内の床に全員の上半身が埋まった。
「お前らのぅ……」
穴だらけになった床に、マスターは泣きそうな声で鼻をすすりながら酒を一気に飲み干した。
ハハハ、気合いが空振りました……。
すいません。
原作
システムの完成のために尽くしたジェラールは聖十の称号を得た。
今作
フェアリーテイルと街の人々に愛されて育ったジェラールは、聖十の候補者として非常に有望視されている。