悪魔のささやき   作:田辺

7 / 8
あらすじ

トブの大森林を支配したナザリックは、その地で生息する様々な生物を
ナザリックの第六階層に招いて地上の楽園を作ることを模索し始めた。
アウラはともかく、弟に外部の存在の教育なんてできるわけがない。
アウラの運命は如何に

※マーレは一切出てきません

誤字脱字あればおしえてください



悪魔と闇妖精 その②

 ナザリック地下大墳墓 第六階層――ジャングル

 

 至高の41人に自然をこよなく愛する男がいた。

 彼の自然への飽くなき情熱、汚染した現実世界への怒り、緑への渇望ともいえる感情を体現した世界が、第六階層の天と地の全てに広がっている。ナザリックで最も広く大きいこの階層には、深い森と湖、美しい星空、地下とは思えぬ吹き抜ける爽やかな風、ローマのコロッセウムを模して作られた円形闘技場、そしてそれらを一望できる巨大樹がそびえ立っていた。

 

 アインズがナザリックと共に、別の世界に転移してしばらく経ってから、第六階層には新しい建設物が出来ていた。それは村である。緑深い森の中で、ぽっかりと穴が空いたような区画があり、完璧に整地されたその場所で、伐採した木で作ったのであろうログハウスが10軒ほど綺麗に並んでいる。村の右側には畑が、左側には畑の数倍の面積がある果樹園が広がっていた。

 

「……んっ、うん!」

 

 畑には栽培されている植物が、種類ごとに畑を分けて、綺麗に並んでいる。

 土から青々とした葉を広げて見せている植物――マンドレイク畑の前で、期待に胸を膨らませる4人の人物がいた。スーツを着た悪魔、巨大なハルバートを持った水色の蟲、ワインコルクに赤い斑点をつけたようなキノコモンスター、そして、褐色の肌に金髪の闇妖精(ダークエルフ)の少女が並んで立っている。緊張しているのか、少女は軽く咳払いをすると、すぅと息を吸い込む。着ている白地のベストの胸の部分が少し膨らんで、黄金色のドングリのネックレスが揺れた。

 

「――アインズ・ウール・ゴウン万歳!」

 

 突然、畑に異変が訪れる。

 その言葉に反応したのか、目の前の植物たちが一斉に、もこもこと自ら土を掘り起こして全身を露わにする。朝鮮人参を髣髴とさせる姿は、葉の付いている茎――頭部を大きく揺らしながら、根の部分である太い胴体と手足を使って、埋まった状態から、文字通り抜け出してきた。

 

「アイゴー!」

「アイゴー!」

「アイゴー!」

 

 人参のような姿をしたマンドレイクたちは、合図を出した者の前に次々と整列しながら、教えてもらった言葉で鳴いている。その声を聞いて、4人の期待感が一気に無くなり、雰囲気が暗いものに変わった。

 

「……アウラ、これは」

 

「あーもう! デミウルゴス、違うんだって! この前は上手くいったんだよ」

 

「……酷イモノダナ」

 

「ちょっ! コキュートスまで!?」

 

「アウラ様、これは……一番出てはいけないケースが出てしまいましたね」

 

 群がるマンドレイクたちを前に、アウラは片手を腰に手を当て、目頭を抑えながら「うー」と唸った。せっかく珍しい顔ぶれが揃って、初のお披露目だというのに、練習――教育の成果を出せなかったアウラは赤っ恥だ。恨めしそうにマンドレイクたちを睨むがどうしようもない。なんとか取り繕いたかったが、「最初の頃はアゴだったんだよ。成長したと思わない?」とは言えない。惨めすぎるので流石にやめた。

 

 そんな彼女の気持ちを全く考えれないマンドレイクたちは、甲高い声で「アイゴー」「アイゴー」と鳴き続ける。己の恥を丸出しにしてるような気分になり、アウラは両手で顔を隠しながらしゃがみこんだ。褐色の耳の先まで真っ赤になるほど赤面してしまう。

 

「アバババババババ!」

 

 アウラの気持ちを知ってか知らずか、デミウルゴスが、人参を持ち上げるように一匹捕まえて、まじまじと観察する。すると、整列していたマンドレイクが列を乱して、デミウルゴスの足元に集まり、悲鳴をあげるように全員が鳴き出した。

 

「アイゴーーーー!」

「アイゴーーーー!」

 

 ――なんの拷問だよこれ!

 

 アインズの命令で、トブの大森林からナザリックに移住したものは多い。

 その条件は、『温厚であり、食費がかからず、異形種であること』この条件を満たす者の筆頭は、光と水さえあれば増える植物モンスターや、妖精(ピクシー)などの低位の精霊族が該当する。実際、畑の反対側にある果樹園では、木のモンスターのトレントたちが、ドライアードと一緒にリンゴ農園の世話をしていた。例外として、蜥蜴人(リザードマン)が10人暮らしている。

 

「『静かにしたまえ』」

 

 騒いでいたマンドレイクたちが、一斉に静まる。

 デミウルゴスは、自分の<支配の呪言(スキル)>が通じることを確認すると、更に命令を出す。

 

「『「アインズ・ウール・ゴウン万歳」と言え』」

 

「アインズ・ウール・ゴウン万歳!」

「アインズ・ウール・ゴウン万歳!」

 

「……わーすごーい」

 

「……ホウ」

 

「おお、流石ですね」

 

 先程までとは打って変わって、一糸乱れず「アインズ・ウール・ゴウン万歳」を唱和するマンドレイク。その見事な動作を見て、アウラたち3名は感嘆の言葉を漏らす。自分がやりたかったのに。と、アウラは顔の半分を両手で隠しながら質問する。

 

「……ねえ、そのスキルずるいよ」

 

「いや、そう言われてもね……。まず、彼らは言葉を理解して発声できている。しかし、あくまでも音として認識しているだけで、これは鳴き声と同じなんだろうね」

 

「ふーん。やっぱデミウルゴスもそう思うんだね。まあ、それはわかってたけどさ……。とりあえずもう戻していい?」

 

 一刻も早く恥の原因を穴に仕舞いたいアウラに、デミウルゴスは頷いて答える。

 

「『自由にしろ』」

 

「よーし、戻れ!」

 

 スキルによる支配が解かれ、アウラの合図で畑の元いた穴に向かって走りだすマンドレイクたち。

 ダバダバと穴に入って、自分の周りを土で覆っていく。あっというまに葉が出ているだけの状態に戻っていった。

 

 状況が落ち着いて、ひと安心したアウラは、ため息を漏らした。

 風で揺れるマンドレイクの葉を眺めながら、畑の柵に腰掛けて頬を膨らませる。そばに居た副料理長が、頭をブヨブヨ動かしながら「残念でしたね」と言ってアウラを慰めた。第六階層という自分の領域で失敗してしまったことに、バツが悪くなる。

 

「アウラ、私ハ果樹園ニ向カワセテモラウゾ」

 

「え? あ、わかった」

 

蜥蜴人(リザードマン)ハ果実モ食ベル。養殖ハ順調ダガ、別ノ食料生産モ考エタイカラナ」

 

「そうなんだ。木が必要になったらまた言ってね。余分なのはまとめてあるからさ」

 

「……助カル。今日ハ面白イモノヲ見セテクレテ感謝スル。デハ」

 

「……うん。いってらっしゃい」

 

 コキュートスは下顎を鳴らしながら、果樹園に向かって歩き出した。

 手をヒラヒラと振りながら、コキュートスを見送ったアウラだったが、どういう感情表現をしようかと怪奇な表情を浮かべる。

 

「あー、アウラ。コキュートスは本当に感謝しているんだよ」

 

「うん。わかってる。わかってるよ」

 

 柵の上でこくこくと頷くアウラ。

 コキュートスに助け舟をだしたデミウルゴスに対して、この二人は仲いいよな―と、ちょっとうらやましく思った。足をぶらつかせながら、次の機会までに何とか覚えさせようと決心する。

 

「ところでデミウルゴス様、マンドレイクが言葉を理解しないのは何故なんでしょう?」

 

 キノコの頭部で、キラリと光る赤い斑点がデミウルゴスを映す。

 全く表情の読めない副料理長との質問に、アウラも興味を示す。それは今後の特訓内容に関わる重要なことだ。……と言っても、ひたすら呼んでは戻すの繰り返しに変わりは無いのだろうが、アウラはデミウルゴスをじっと見つめる。

 

「推測の域を超えないが、単純に知性が足りない可能性が高いね」

 

「それって頭悪いってことなんでしょ?」

 

「というより、知性(インテリジェンス)の数値が低いんだと思う。どのくらいの数値から言語理解が働くかはわからないが、彼らを見る限り、教えられた音をオウム返しに発声しているだけで、言葉に意味があることは理解していないのだろう」

 

「……オウム返しもしてくれないんだけど」

 

「それは彼らの知性が、言語理解力ギリギリのラインなんだと思うよ。私も牧場の羊たちで検証してみるよ」

 

 デミウルゴスの説明を聞いて頭痛がしてくる。

 トロールでさえ、片言で会話が可能であるにもかかわらず、マンドレイクたちの反応を見ると、犬や猫程度か、それ以下の知性しか持っていないということになる。つまり、殆ど知性のない動物と同じだったということだ。オウム返しというなら、オウムと同じくらいなのだろうか? エサを与えながら訓練しようか? そう考えたアウラだったが、右手にムチ、左手に腐葉土入りのバケツを持ってる自分を姿を想像して、バカバカしくなってきた。

 

「……そうなんだ。なるほどねー」

 

 またしても深い溜息をつくアウラ。それを慰める副料理長がいた。

 そんな二人を眺めながら、デミウルゴスはメガネの後ろで目を細めた。これ以上、知性(インテリジェンス)ポイントの話をすると、地雷を思い切り踏み抜いてしまうかもしれない。それを回避するために話題を変える。

 

「アウラ、トブの大森林に近親種のガルゲンメンラインやアルルーナ、アルラウネはいなかったのかい?」

 

「いなかった……と思う。あの森かなり広いんだよね。洞窟とかも結構あって、まだ大雑把にしか把握出来てないんだ」

 

「早めに全容を解明したいところだね。大変だろうが、君にかかってるよ」

 

「あたしを誰だと思ってるのよ? 任せて。で、今後の教育方法は何かオススメがあったりするの?」

 

 アインズを除けば、ナザリック随一の頭脳を誇るデミウルゴスに淡い期待を抱く。

 デミウルゴスは、クイッとメガネの位置を片手で直しながらそれに答える。

 

「非常に言い難いのだが、いままでと同じことの繰り返しがいいね」

 

「――うん。わかってた。わかってたよ」

 

 微笑みながら空を見上げるアウラ。

 馬鹿な子ほど可愛い。ビーストテイマーとして、そして、双子の姉としての矜持が、彼女の心に悟りを開かせた。というか諦めた。心を無にして、一心不乱に続けるために邪念を振り払った。

 

『時間ですよ―』

 

 少女のような可愛らしい猫なで声が突然鳴り響いた。

 その声を聞いたアウラは、悟りの世界から帰還し、柵から降りてピンと背筋を正す。デミウルゴスと副料理長は、姿勢を正し、頭をゆっくりと下げ、高貴な存在に敬意を示した。

 

「はい! ぶくぶく茶釜様!」

 

 元気よくアウラは手首のバンドに返事をする。

 

「じゃあ二人共、あたし、食事の時間だから!」

 

 下げた時と同様に、ゆっくりと頭をあげる二人の顔は、何処か満足そうな表情を浮かべていた。

 

「もちろんだとも。私もそろそろ職務に戻るとするよ。副料理長はどうするんだね?」

 

「私はもう少し畑の作物を採取していきたいと思います」

 

「じゃあさ、次までには完璧にするからまた見に来てよ」

 

 二人に別れを告げて、アウラは昼食が用意されているであろう巨大樹の元へ駆け足で向かって行った。妙な空気が残った者たちに流れる。アウラの走り去った方向を眺めながら、副料理長が沈黙を破った。

 

「しかし、デミウルゴス様がこちらに来るのは珍しいですね」

 

「新しいものたちが入ったというから、様子を見てみたくなってね」

 

「そうなのですか? 私はてっきり――」

 

 言葉を続けようとした副料理長を、デミウルゴスは片手を上げて止めた。

 

「――副料理長、お喋りなバーテンダーは好かれないよ」

 

「これは……失礼いたしました。では、デミウルゴス様、バーでお待ちしております」

 

「ありがとう。コキュートスと一緒に、と言うのは難しいだろうが、時間が取れた時は必ず寄らせてもらうよ」

 

「はい、楽しみにしております」

 

 




活動報告で、次回はブリタさんの話と書いたんですが、
考えていたらアウラの話ができてしまいました。すいません。


六階層の青い人の話はオリジナルというかパクリというか参考というかインスパイアです。
はい。

マンドレイクたちの「知性ぽいんとが~」はステータス的なものだと解釈しております。
つまり物理職の人達よりも、魔法職の人たちのほうが頭いいという解釈です。
頭がいいと、給金の計算が一瞬でできたりします。

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