この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

97 / 97



時流れるのはやいて


九十五話 勧誘者

 騎士団がいなくなればこちらのものと、一個師団にも匹敵するのではと思わせるアクシズ教徒の雪崩がイリスへと押し寄せる。これで球磨川の思惑どおり、イリスを入信させて信頼を勝ち取れば情報収集も捗りそうだ。

 球磨川達にもっとも近い位置にいたアクシズ教団のプリースト、セシリーという名の女性は球磨川とクレアのやり取りに聞き耳をたてていた。我先にイリスに申し込み用紙を差し出したセシリーには、正直余裕すらあった。なぜなら、最近アルカンレティアの源泉が汚染されつつある問題を調べる為にアイリスを入信させる球磨川の作戦も把握していたからである。

 

 アクシズ教の貴重な財源である温泉の汚染問題。専門家を呼んだりして調査しているものの、未だに原因が判明しないこの由々しき問題も、こうして探偵のような輩がやってきて情報と引き換えに入信してくれるのなら、ある意味好都合かもしれない。セシリーは人としてどうなの?と言われかねない思考に耽りつつも、アイリスの真ん前は譲らなかった。

 

「お嬢ちゃん!お姉ちゃんが最近温泉に起こっている問題について色々情報を教えてあげるから、代わりにこの入信書にサインをしてくれるかしら」

 

 グイッ!とダメ押しのようにイリスの眼前に入信書を近づける。

 

「あ、はい。ミソギちゃん、これにサインしてもいいのですね?作戦的に」

 

 一応、気持ち的にはパーティーのリーダーをやっているらしい球磨川にわざわざ振り返って確認してあげるアイリス。もっとも、球磨川がそういう作戦を練っていたというのはさっき判明しているのだから、これはあくまで念押し。

 もう、セシリーから用紙を受け取ったイリスは球磨川の返答を待ちつつも名前の記入をスタートさせている。カリカリと音をたてながら、滑らかに達筆で空欄を埋めて行く様子は、勧誘していたセシリーからすれば極上の光景である。

 

(またこれでノルマを達成してしまうわね…!)

 

 この世にアクシズ教の素晴らしさを広げたい彼女からすれば、一人でも信者が増えるのは最上の喜び。彼女に遅れをとった他の信者達も、自分の手柄では無くなった事には不満げではあるが、信者が増える事自体は嬉しいようで。イリスが一文字書くごとに「ッシャアッ!!」と歓喜の雄叫びをあげていた。隣の信者とハイタッチしたり握手したりハグしたりと、さながらサッカーの試合が行われている日の渋谷のような光景。

 

「これが…アクシズ教徒の勧誘風景か。なんとも、熱狂的だな。いや、狂気的とでも言うべきか」

「私には矛先が向いていないのが幸いです。これがもし自分に降りかかったらと思うと、あまりの恐怖心で爆裂したくなってしまうかもしれません」

 

 エリス教徒でも無いのに、意外にもスルーされているめぐみんは心底安堵し、そこらの屋台でいつの間にか仕入れたであろうジュースをストローで吸う。無論、今の発言が教徒の耳に入ろうものなら爆裂してしまいかねない事態になるので、会話相手のダクネスですら聞き取れないレベルの小声だったのは、至極当然。

 

「書き終わりました。これで良いですか?」

「どれどれ?……うん、問題ないわね!これで、貴女は今かられっきとしたアクシズ教徒よ!おめでとう!!」

 

 パチパチパチパチ!!

 

 セシリーのチェックが無事に終わると、周囲から拍手喝采が巻き起こる。皆が今にも「Congratulations…!」と言い出しそう。

 

 これほどの歓喜に包まれると、さっきまでより遥かに温泉汚染について聞きやすい雰囲気となる。球磨川の作戦はこれが第一の狙いだった。クレアがアクシズ教徒とバチバチに火花を散らしていては挨拶ひとつ交わすのも気まずかったことだろう。

 

『……さ。これで契約は完了だよね?人の会話を盗み聞きしていたお姉さん。お望み通りイリスちゃんはアクシズ信者となったわけだし、ここ最近起こっている温泉問題について知っていることは全て話してもらおうか』

 

「アナタは……お嬢ちゃんのお仲間さんね。いいわよ。可愛いお顔に免じてセシリーお姉ちゃんが事細かく、手取り足取り教えてあげる。あと、私のことはお姉ちゃんって呼んでくれるとなんだか貴重な情報も思い出せそうなのだけれど……」

 

 自分の名前に「お姉ちゃん」とつけてくるセシリーに、球磨川では無くダクネスとめぐみんが眉を一度、ピクリと動かした。というのも、どことなくセシリーの発言がねっとりと色気を帯びていたのを感じ取ったからだ。何故か。口を開かなければ可愛らしい顔立ちの球磨川に、まんまと騙されているのか。はたまた、この勢いで球磨川をも改宗させようという腹づもりなのか。

 

「セシリーお姉さん。貴女はミソギの外見に騙されない方がいいですよ。この男は、可愛い顔してする事言う事、全てが終わっているのですからっ!」

 

 腰をくねらせて球磨川ににじり寄っていたセシリーを、杖でぐいっと押しのけるめぐみん。腰付近に杖を当てられ、「んっ…」と悩ましげな声を出した後で、その相手を目にするやセシリーは

 

「あらっ!?まあまあ!もしかして、めぐみんさん!?お久しぶりね。すっかり大人びちゃって、お姉さん嬉しいわぁ。どう?ご無沙汰な再会なことですし、今晩もいつもみたいに一緒の布団で熱い夜を過ごす?いきなり硬い棒を押し付けてくるなんて、完全に誘っていますよねっ!?」

 

「相変わらずですね、お姉さんは。もう察しがついてはいると思いますが、今日は真面目な用件でやってきたのです。というか、アクセルにいたのではないんですか?」

 

「ええ。今だけ、めぐみんさん達も調べに来てくれた、汚染された温泉の件で戻ってきているのですよ。でもこうしてめぐみんさんと再会出来るなんて!一緒に温泉に入って身体を洗いっこして、イケナイところについつい泡まみれの手で触れてしまったりするイベントのためにも、一刻も早く温泉を綺麗に戻さなきゃいけなくなりましたね」

 

「……そのイベントを回避する為なら温泉もこのままでいいんじゃないかと考えてしまうので、あまり変なことを言うのはやめてくれませんか?」

 

 いきなり距離感ゼロのめぐみんとセシリー。球磨川の知らぬ所で顔を合わせたことがあるのか。

 

『おやおや。まさか、めぐみんちゃんがアルカンレティアに知り合いを作っているとはね。これは嬉しい誤算だな。というか、そうとわかっていればアイリスちゃんをむざむざ入信させる必要も無かったのに。あ!さてはめぐみんちゃんもお姉さん側の人間だったのかな』

 

 ここに来るまでセシリーの話題を一切出さなかったあたり、そう疑われても仕方ない面もある。

 

「ち、違いますよっ!ミソギの事だから、てっきり難癖つけて入信前に情報を聞き出して、用が済んだら入信書を出さずに終わるかと思ったのです!何をあっさり入信させているのですかっ」

 

『えっ、なんで僕が怒られてるのっ!?でも、その理不尽さ、嫌いじゃないぜ』

 

 ワタワタと手を動かす球磨川。イリスの入信とめぐみんのコネクションで、想像以上に事はスムーズに運びそうだ。これで、ハイデルのお世話付き王城生活へ舞い戻るのが早まりそうだと、内心ガッツポーズをキメる。

 

「ねぇ、セシリーだか言ったわね。ここ最近の温泉は危険が危ないって話、早く聴かせてちょうだいな!解決しないと、せっかく温泉に入りに来てくれた人たちがかわいそうだもの」

 

『アクアちゃんの言う通りだ。ほら、セシリーさん!僕たちも暇じゃない。要点を纏めて話してくれる?めぐみんちゃんと今晩一緒に寝られる権利をあげるから』

 

「ミソギ、その手の冗談はやめてください…!セシリーお姉さんが本気にしてしまうじゃないですか!」

 

 いつもの球磨川の軽口。セシリー相手には命取りでしかない。球磨川の口を塞ぐ為にも、この男に発言する隙を与えるべきではないと判断し、めぐみんはテンポの良い会話を目指す。セシリーとは今日が正真正銘初対面な筈の球磨川は、もうセシリーとの距離感が近い。というか、扱い方を心得たらしい。

 

「皆さんはめぐみんさんのパーティーメンバーでもあるし、稀代の可愛さのロリッ娘も入信してくれた事だし、勿論お安い御用よ。でも、その前に場所を移しましょうか。教会に戻れば温泉汚染に纏わる資料が時系列でまとめてあるの」

 

 ウインクして、胸元を拳で叩くセシリー。どことなくアクア様に挙動が似ているのは流石信者といったところか。

 

「あと、付け加えるならアクシズ教団の幹部しか閲覧できない資料も存在するのだけど。普段は一般の信者でも入れないよう厳重に施錠されてもいるのだけれどっ!……これは私とめぐみんさんが一晩床を一緒にすれば、明日皆さんが書庫に赴いた際、何故かたまたま鍵が開いてそうな気もするわ!」

 

『斬新な解錠方法だね!それはもう、喜んでめぐみんちゃんが裸エプロンでセシリーお姉さんの寝室に自分の枕を持参して現れるってもんさ』

 

「め、めぐみんさんの裸エプロンですって……!?!しかも、枕を小脇に抱えて!?」

 

 その姿を想像したのか、セシリーお姉さんは鼻血を垂らし、慌ててそれを拭う。球磨川はめぐみんを全力で犠牲にしていくスタイルのようだ。

 

「いや、だからっ!私をダシにするなと言っているだろう!」

 

 ついには、我慢の限界が来ためぐみんが球磨川を杖で突く。

 

『や、でも考えてもみてごらんよ。数年かけてアクシズ教徒の幹部になるよりかは、少なくとも見た目だけは美しいセシリーさんと一晩一緒に寝るだけで教団の書庫を見せてもらえる方が楽じゃない?』

 

「それは確かに……いや、ですが!裸エプロンなんて着ませんよ私はっ!」

 

『めぐみんちゃん。恐らくはセシリーさんなら、手ブラジーンズでも、全開パーカーでも許してくれるぜ?』

 

 それはお前の好みだろう、と。セシリー以外のこの場の女性は思った筈だ。

 

「ねぇ、セシリーも教会に来いって言ってくれてることだし、早く行きましょう。アルカンレティアのお水で淹れた紅茶って凄く美味しいのよ?喉渇いちゃったから、早く飲み物を飲みたいの。なんなら、シュワシュワでもいいくらいなの。」

 

 アクア様が、勝手知ったるといった感じに教会まで一同を先導するよう歩き出した。

 

「イリス。アクシズ教徒の全員が全員、セシリーのような人物では無いと思うぞ」

「え、ええ。そうですよね?イリスとしては、アクシズ教徒に入信した手前あまり悪くは言いたくありませんが、信者の皆さん全員があんな感じだとしたら、私……」

 

 ついていく自信がない。イリスは、脳内でアクシズ教徒による集会をイメージする。そこでは、めぐみんの裸エプロンを想像した際の眼を血張らせたセシリーの集団が、幼い少女にセクハラしまくっている地獄のような光景があった。

 

「今ならばまだ、入信書を取り返せば仮初とはいえサインを無かった事にも出来るが……どうする?」

 

 ダクネスは剣の束を握りしめて、セシリーの無防備な背中を細くした目で見つめる。アイリスの為であれば、アクシズ教徒の一人や二人屠ることも辞さない覚悟だ。

 

「いえ!!何も、そこまでして貰わなくてもいいですから、剣から手を離してください」

 

 アイリスは慌ててダクネスの手を剣から引き剥がす。

 

『そうだよ、ダクネスちゃん。イリスちゃんが自らの意思で入信したんだから、それについて今更部外者がとやかく言うもんじゃないぜ?』

 

「それは全部ミソギちゃんの作戦の為ですけど!?」

 

 いつの間にか先頭から最後尾にいるダクネス達のところへ来ていた球磨川。王女をアクシズ教徒にさせるといった、人によっては大罪だとさえ考える行いの責任を、しれっとイリス本人に押し付けようとしてきた。

 

『ていうかさぁ、めぐみんちゃんがセシリーお姉さんとあんなにも仲が良かったなら、そもそも入信作戦だって考えなかったんだぜ?つまり、イリスちゃんがセシリーさんに詰め寄られてる間、勝手に一人でジュースを買いに行ってためぐみんちゃんが悪いわけであって、僕は悪くないよね!』

 

 今度はめぐみんを悪者に。それについては、金髪少女二人も賛同する部分はあるが、『僕は悪くない』を肯定はしたくなかったので、ここはスルーして歩を進めることにした。

 







ハルヒまだ読んでないから読みたいのに、なんでか読んでない…

歳か?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。