この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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ふんぬらばっ!






九十三話  SET!HUT!

 道中魔物に襲われる、といった波乱も無くアイリス達の馬車はアルカンレティアへとたどり着いた。活発なモンスターが多数いるポイントを通ったというのに、だ。

 拍子抜けだと、一向は思う。数日に及ぶ長旅だ。何も脅威はモンスターだけでは無い。これだけ一目で高貴な人物が乗っているとわかる馬車は他に無く、夜盗の類も引き寄せてしまうのではと懸念していたのだが。

 

 全く襲われなかった、と言うと語弊がある。アイリスの護衛によって、モンスターや夜盗の類は葬られてしまい姿さえ見かけ無かっただけだ。

 加えて、女性が目的で馬車を襲おうと企て近寄って来た連中は、クレアによって完膚無きまでに切り刻まれたりもしている。けれど、それらはアイリス達の優雅な旅路に一ミリも影響を与えていない。災が降りかかろうものなら、王女を煩わせる事なく解決する。近衛騎士団はしっかりとその役目を果たしていた。

 

「すっごく、快適だったわねー!ささ、アルカンレティアの街に到着したわよ。みんな、早く降りなさい!」

 

 アルカンレティアが見え始めてからずっと、ハイテンションを維持してきたアクアが大地に降り立ちノビをする。凝り固まった身体が小さくパキッと音を立てるのが心地よい。

 

「ここが水と温泉の都と呼ばれる街ですね」

 

 めぐみんが手荷物から帽子を取り出して被り、見慣れぬ土地に顔を綻ばせる。アイリスもその隣で白い歯を輝かせて

 

「王都とは違う、趣のある街並み……これは温泉の匂いでしょうか?」

 

「街に入る前から既に楽しくなってきたでしょ!?さあ、街の中へはいりましょっ!私が案内してあげるわ!!」

 

「アクア様は、この街にお詳しいのですねっ!是非、お願いしますわ」

 

 ちびっ子達二人は目をキラキラとさせ、球磨川とダクネスが馬車を降りるのも待ちきれずに、ガイドと化したアクアについていってしまう。

 至る所から白い煙があがっているのは、温泉がある証拠。アクセルや王都では見慣れない光景に心動かされてしまっては、一秒でも早く観光してしまいたくもなる。アクア達がスタコラ走っていっていくのを、球磨川らは慌てて呼び止める。

 

『めぐみんちゃん、イリスちゃん、僕らを置いていかないでよ……』

 

 酔っては誰かのパンツを思い出して治っては、また酔って誰かのパンツを想像する。

 そうやって、数日間乗り物酔いに耐えてきた球磨川は精神的に結構グロッキー。スキルを使えばこんなに消耗もしなかったのに、あえて使わなかったのには理由があった。乗り物酔いから逃げる目的でパンツをイメージすると、いつもより鮮明に脳裏に浮かべられるという発見をしてしまったのだ。こうなっては、【大嘘憑き】で酔いを治すなんて勿体ない。結果、球磨川は馬車を降りて尚、揺れ続けているような具合の悪さに悩まされていた。

 

「肩を貸すぞ、ミソギ。はやくめぐみん達に追い付かないとな」

『すまないね、ダクネスちゃん……』

 

 【パーティー内】では年長の二人は、球磨川の歩調でゆっくりとめぐみん達を追いかける。

 不慣れな土地だ。あまり悪目立ちしては、また面倒なやつに絡まれるかもしれない。イリスもいるのだし、万が一にも怪我とかされては大問題だ。年上としても、貴族としても。アイリスは守り通さなければ。ダクネスは知らず歩調を早めた。球磨川が引きずられるように……というか若干離陸しつつあるのは気にもとめず。

 

「……むっ!?」

 

 そこを。自身の右側から鎧の軍団が先を越していく光景が目に入った。

 ダクネスが気を揉むすぐ横を、王女の近衛騎士団が完全武装で駆け抜けて、アイリスを護衛するべくいつでも飛び出せるように陣形を組み出したのだ。アルカンレティアの街の外に、完全武装の騎士団。側から見たら怪しさしか無い。

 

『クレアちゃん……?どうしたんだい、この街に極悪指名手配犯でもいるかのようじゃないか、まるで』

 

 ダクネスが貸してくれていた肩を自ら手放し、近場の顔見知りに何が始まったのか尋ねる。

 

「ふん……指名手配犯なんて、可愛いものだ。ここにいる連中に比べればな。」

 

 緊張した面持ちの女騎士は、最大限の警戒を。意識はアイリスの周囲。この街の住人達へ向けているようだが、一見、ナイフの一つも持ち合わせていない善良な市民としか思えない。

 

「そういうことか……」

 

 ダクネスだけは、この騎士達がどうして臨戦態勢なのか納得した様子。

 

『どういうことだい?ここって、アクセルの領土だろう?まるで、戦争でも始まりそうな雰囲気じゃないか。なんなら、今僕たちは魔王の城を前にしているんだと言われても信じられる空気だけれど』

 

「……いいか、ミソギ。この間の機動要塞デストロイヤーを覚えているな?アレは、通った後には草も残らないと言われるほどの、凶悪な破壊兵器だったな?」

 

『……うん。実際、アクセルの冒険者達の多くを自爆に巻き込んだりもしたしね。それが?』

 

「そのデストロイヤーが通過した後でも生き延びると言われている奴らが、この街にはいてな。」

 

『この街に、そんなに強い人たちが!?じゃあやっぱり、騎士団はイリスちゃんがその人達に襲われる可能性も考慮して、ここまで殺気だっているんだね。……なるほど、デストロイヤーからも生き延びる人たちとなると、厄介そうだ』

 

 球磨川は異様な雰囲気の理由がわかり、ようやくスッキリする。アルカンレティアにそれだけ腕利きの人たちがいるとは。もし可能であれば、温泉が汚染されている原因を探るのに手を貸してもらいたいところでもある。

 

「いや、そうではないのだ。」

 

『……ん?そうじゃないなら、この人達は何をそんなに警戒してるのかな』

 

 ダクネスはやや言いづらそうにし、そのまま黙る。球磨川に説明する言葉を選んでいるようだ。

 

 その沈黙中に。アイリス達に街の住人が近づこうと歩み寄った。住人は、懐から紙とペンを取り出すと、アイリス達に差し出す。サインでもねだられているのかと、球磨川は思った。王女の顔がこの街にも知れ渡っているのだなと、感心までする。

 

『ふーん。イリスちゃんはやっぱ有名人なんだね。どんなサインを書いてるのか見てあげよっと!』

 

 球磨川もよく隙間時間を見つけては、いつか芸能界入りを果たした時の為にサインの練習をしている。アイリスが四角い文字で自分の名前を書くだけのサインをしていようものなら笑ってやらうと、小走りで色紙(?)を覗き込みに向かうと……

 

 突然、クレアが背後で近衛騎士団に大声で命令を出した。

 

「アイリス様にアクシズ教徒が接触を試みているぞっ!!!全軍、警戒態勢っ!!イリス様を囲うようにし、アクシズ教徒から距離をとるのだ!!!!」

 

 屈強な男達は号令で一斉に走り出す。アイリス達はギョッとして騎士団が近づいてくるのを、目を丸くして見ている。

 

「クレア!?な、なにごとですか、これは!?」

 

 クレアには、アルカンレティアに到着後は自分達が帰路に着くまで待機を命じていた筈だ。それがどうして、全員がアルカンレティアになだれ込もうとしているのだろう。

 街に入るや、華奢な女性がボソボソと何かを呟きながらサインを求めてきたが、まさか気づかぬうちに暗殺者にでも狙われていたのだろうか。

 

 アイリスは慌てて周囲を警戒したが、殺気は感じられない。では、なぜ?

 

 ポカンと、口を半開きにしてしまっているイリスに、眼前の華奢な女性はにこやかに告げる。

 

「お嬢ちゃん、なんだかおっかない人達がこっちに来るけど気にしなくていいからね。お姉ちゃんが渡した紙は、お名前を書くだけで幸せになれるの。あのおっかない人達はお姉ちゃん達が遠ざけるから、このペンで名前だけかいておいてね」

 

 優しい声色をした、可愛らしい栗毛色のお姉さん。アイリスの正体には気がついていなさそうだ。頭をポンポンと撫でると、お姉さんは鋭い目つきで騎士団を見据えて

 

「あれは……王都にいる騎士団?なぜこの街に?まあいい。みんなぁっ!見るからにエリス教徒っぽい騎士様達が来るわ。何しに来たかは知らないけど、とりあえずこのお嬢ちゃん達が名前を書くまで近づけるんじゃないわよ!!!」

 

 イリスにサインを求めていた時の、慈愛に満ちた声はどこへやら。野太いしゃがれた声で、誰かに指示を出す。

 

 すると……

 

 周囲にいた住人たちが全員、イリス達と騎士団の間に移動して立ち塞がる。その姿は、まさしく壁。異様な光景にも騎士団は怯むことなく、アイリスを守るべく全力疾走。最初から、住人達が立ちはだかってくるのが分かっていたかのような躊躇いのなさだ。

 

 そしてついに、騎士団と住人達が衝突する。武器は使わず、アメフトのラインマンのように激しくぶつかり合う。

 

『いったい、何を見せられているんだろう……。ていうか、ガチムチの騎士団を真っ向から受け止めるだなんて、ここに住んでるのは太陽スフィンクスのラインなのかな?』

 

 あまりの情報量の多さに、球磨川は明らかに展開に追いついていない。

 

「アイリス様ぁぁあ!その書類にサインをしてはいけませんっ!!!」

「きゃっ!?」

 

 クレアが、体重の軽さを利用して、屈強な男たちの頭上を飛び越えた。アイリスのもつ色紙(?)を強引に回収すると、即座に破り捨てた。

 

『なんだかよくわからないけれど、面白いことが起こっているよ、これは……!行こう、ダクネスちゃん!!』

「あ、ああ。到着して早々、まさかこんな事態になるとは……」

 

 この街には何かがある。温泉の水質調査なんて面倒くさいし早く帰ろうとしていた球磨川だが、この謎のやりとりで、少しだけやる気が出てきた気がしたのだった。

 

 

 





クレアが決めたのはデビルバットダイブだね。
アクシズ教徒に進清十郎がいたら、死んでたね。

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