この素晴らしい過負荷に祝福を!   作:いたまえ

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この小説の三十二話くらいで半沢直樹ネタでキャッキャしていたのが、もう4年以上前なの…?


九十話  パンツはコーヒーの後で

「ミソギちゃん…!!ミソギちゃんっ……!!!どうか、目を覚まして下さいっ」 

 

 アイリスの悲痛な叫び。

 

 球磨川の身体は脱衣室の小上がりスペースに寝かせられていた。臨時執事、ハイデルによる心臓マッサージが続く中でめぐみんやダクネス、アイリスにアクアが心配そうに見守る。

 楽しく、仲良く女性陣でキャイキャイと入浴を楽しんでいたところに、切迫したクレアが球磨川の危機を知らせに飛び込んできたのだ。この際、クレアが主人であるアイリスに終始目線を集中させていたのは、やはり王女への報告が第一と考えていたからか。報告を終えてからもアイリスの裸体を見続けていたのは、気のせいだろうか。

 

「……ミソギに関しては生き返るだろうと信じてますが、やはり目を実際に開けてくれるまでは心配ですね」

 

 今まで幾度と無く死んでから蘇ってきた球磨川だ。放っておいてもそのうち目を覚ますのは明白ではあるが、万が一もある。ハイデルの心臓マッサージはあくまでも気休め。めぐみんは自身の服の裾を握りしめながら、彼が目を覚すのを今か今かと待ち続ける。

 

「元老院でのスキル行使は私もこの目で見ました。ミソギちゃんは、自分の頭を貫いても死なないだけでなく、即座に回復するといった離れ技まで見せつけてくれたのです。きっと、直ぐに意識を取り戻す筈ですわ!」

 

 アイリスはめぐみんに同調し、球磨川の手を握る。まだまだ、彼には冒険に連れて行ってもらうと約束したばかりなのだ。こんな事故で永眠させるわけにはいかない。王女殿下は涙目になっていることから、未だに球磨川が死から復活するのに半信半疑なのだとわかる。何度も目にしてきためぐみんとは違い、楽観的にとはいかない。

 

「いや。今回に限っては……」

 

 そんなロリっ娘二人の、球磨川生き返る説を懸念したのはダクネスさんだ。【大嘘憑き】という絶対的なスキルは、万全ならばこの程度の窮地も問題とはならない。が、気にかかるのは球磨川自身の発言だ。以前、日頃から突拍子も無い行動を取り続ける球磨川を注意する為、剣で斬りかかるフリをしたことがある。あれは、デストロイヤーを行動不能にして直ぐの会話だっただろうか。

 抜身の剣を振り上げたダクネスに対して、球磨川は『大嘘憑き』が使えなくなったと言ってきた。あの後も生命に関わらない、重軽症の類であれば問題なくスキルで治癒していたので「なんだ、使えることは使えるのか」くらいの認識でいた。しかし……

 

「もしかすると、生き返らないのか?というよりも、もう生き返れないのか…?」

 

 小さく、だが全員の耳には届く声量でダクネスは呟く。命が尽きてしまった場合、劣化によってスキルがオートで発動しなくなった可能性は残る。球磨川が過去に死んだ状況では、遺体が木っ端微塵になってしまったものもある。今回は遺体も綺麗なのでアクアのリザレクションも使えるかもしれないが、今後彼にはより慎重になってもらわないと、いよいよ不味いのではないか。もとい、まだ今回生き返るかすらわからないのだから既に手遅れなのかもしれない。

 

「生き返らないとは、どういう意味ですかダクネス!」

「いや、前にミソギが自分で言ってたんだが……

 どうやら例のスキルが劣化しているようでな」

「ミソギのスキルが劣化……!?」

 

 劣化。その単語は、どんなに前向きに捉えようとマイナスでしかない。球磨川のスキルは、恐らく弱まっているのだろう。ダクネスの神妙な顔から、冗談では無いのも読み取れる。

 

『そいつは大変だ!あの【大嘘憑き】が使えなくなった球磨川先輩なんて、イノセンスが使えないエクソシストのようなものだからね。もしくは、斬魄刀の使えない死神か!……あ、でも斬魄刀がなくっても鬼道があれば多少は戦えるんだっけかっ』

 

 むくりと、球磨川が目を開き上体を起こした。

 

「いや、極々普通に生き返っちゃったではないですかっ!!」

 

 安堵感に心を支配されながらも、かなりシリアス目に球磨川行き帰らない説を唱え出したダクネスへ突っ込まざるを得なかっためぐみん。ビッ!と指を球磨川へ突き出し、眉を吊り上げて声を荒げた。

 

「……生き返ったな。普通に……」

 

『ま、生き返らない要素が無いよね。いい加減学びなよっ!僕ごときの復活シーンなんて、そう何度も描写するもんじゃないぜ』

 

「何をいいますか。ミソギが生き返れるのかどうか不安だったのは、貴方の意味深な発言が元なんですよ?ダクネスに言ったと噂の、もう生き返れない発言とはなんだったのですか」

 

「そ、そうだぞ!お前があんな発言をしなければ、今だってどうせ生き返るのだからと、少しは気も落ち着いたというのにっ」

 

『あぁ、あれ?よく覚えていたもんだ。しかし、【あの時】は確かに生き返れなかったんだから、文句を言われる筋合いはないね』

 

 めぐみんにダクネス。この男とパーティーを組む2人の少女は、蘇生後すぐに軽口を叩き出した球磨川が【いつも通り】過ぎて、緊張で張り詰めていた糸を弛ませる。死んでいた当人を心配している様子は既に無く、球磨川の思わせぶりな言動を責める。

 球磨川の軽口に言及し、また軽口で返される。これが一種のコミュニケーションと化してきたパーティーだが、輪に加わったばかりのアイリスはそうもいかない。

 

「本当に、心配したんですよっ!?ミソギちゃん、あの湯船は入浴禁止だって書かれていましたよね!!」

 

 プンスカと球磨川を叱責しつつも、アイリスの瞳はまだかすかに潤んでいた。

 

『だからさあ、やるなと言われたらやりたくなるのが人間のさがじゃないか。あんな注意書きをするぐらいなら、結界の一つも張っておけば良かったんじゃないかな』

 

 右手を軽やかに操り、球磨川は結!滅!する。

 

「普通の人は、結界なんて無くても入らないんですっ!」

 

 身勝手な球磨川の言い分には、いかにアイリスでも普通のことしか言い返せずに終わる。

 

『よしんば結界が張ってあったとしても、まあ僕に限っては無かったことにして入浴しちゃうけどねっ』

「結界、意味ないじゃありませんかっ!?」

「アイリス…いや、イリス。この男には突っ込んだら負けだと思ってください。それよりもだ、ミソギ。そもそもなぜお前は入浴で死んでいた?」

 

 健気にもツッコミを入れ続ける王女殿下が忍びなくなってきたダクネスさんは、ここでなぜ球磨川が死んだのか、その原因にスポットライトを当てる。

 

「さっきから黙って聞いていれば、球磨川さんって改めてとんだチート持ちね。そりゃあ、転生特典を与えなくても良いって指示も来るわ……」

 

 更衣室の椅子に座り、恐らく日本人転生者によって設計されたであろう扇風機で涼みながら、アクアはひとりごちる。

 球磨川を転生させた時、具体的な効果はわからないものの強力なスキルを持った少年がやってくると聞いてはいたが、どうやら規格外だったらしい。

 

『いやいや、助かったぜアクアちゃん。もしもの時は君の蘇生魔法があるってだけで、僕も気楽にスキルを行使出来たんだから』

「あっそう。みんな、この女神である私の存在なんか忘れて球磨川さんが自力で生き返ってくるのを待っていたみたいですけどね」

 

 プクッと膨れるアクア様。

 

『で、僕が死んでいた理由だけれど!』

 

 クルリとダクネスに向き直り

 

『さっき死んでた時に聞いたんだけど、エリスが言うには、どうやらアルカンレティアとかいう街から取り寄せていた温泉が汚染されていたかららしい』

 

 球磨川は女神の間でエリスから受けた説明をなんとなく思い出してツラツラと述べた。

 

「ま、まて。そのエリス……というのは」

 

『ん?女神エリスちゃんだよ。死んでた時に聞いたって言ったじゃないか。ダクネスちゃん、いちいちチャチャを入れないでくれよ』

 

「エリス教徒の私としては、とっても大切なポイントなのだがっ!ま、まさかお前、今さっきエリス様に会えたというのか!?」

 

『……で、エリスちゃんの淹れた緑茶やらコーヒーを啜りながら聞いたところによれば、アルカンレティアの温泉は日に日に汚染が拡がっているようでね。一刻も早い解決が必要らしい』

 

「お前はっ!!エリス様にコーヒーを淹れさせたのかっ!?それは流石に、冗談だよなっ?」

 

 ダクネスが些細なことを、さも大事であるかのようにオーバーリアクションしてくるのが億劫になってきた球磨川は、顔を青ざめさせているアクアを気遣う。

 

『おや、アクアちゃん。顔が髪色と同じく真っ青だぜ?お腹でも壊したのかな。お風呂あがりのトイレは確かに嫌だろうけれど、我慢は禁物だし行って来なよ』

 

「ち、違うわよ!アルカンレティアの温泉が汚染されてるって聞いて血の気がひいたの!」

 

『それはまた、どうして?さては、アルカンレティア出身なのかな?君は。』

 

 当たらずとも、遠からず。

 

「……そうじゃないけど、あそこはアクシズ教の総本山なのよっ。私の信者達が沢山いるの。そこの水質汚染ともなれば、心配もするわよ」

 

『……なるほどね。』

 

 アクアが突然目を虚にしたので何事かと思えば。一応彼女にも女神らしい一面があり、球磨川も多少見直した。前にアクアから聞かされていたあの素晴らしい教えを守る、敬虔な信者達がいるのなら、球磨川も問題解決に尽力するのもやぶさかではない。

 

「アルカンレティアで、そのような問題が起こっていたのですね。……王城の男性浴室にそのお湯があったと言うことは、アイ……イリスは既に認識はされていたのでしょうか?」

 

 めぐみんがアイリスに尋ねる。長い昏睡状態から復活した途端仲間になっていたアイリスとの距離感を、まだ掴み損ねているらしく。若干、話しづらそうだ。

 

「ええ。基本的に、アルカンレティアからの温泉は届いて直ぐに泉質を検査されるのですが、ここ数日で毒性があると判断されたモノがあり、詳しく原因を調べる為に浴槽を立ち入り禁止にしていたのです。今現在、あの浴室を使用する人間がいなかったものですから、油断しておりましたわ」

 

 アイリスの父と兄は魔王軍と交戦中である為、あの湯船には誰も入らないので囲いも半端だったということか。もしくは、関係者が皆毒性のあるお湯だと認識していたのでそれ程厳重にせずとも良かったのだろう。

 入浴した球磨川が軽率過ぎただけで。

 

「アルカンレティアの温泉で汚染か。穏やかじゃないな。あそこには、国中から冒険者や観光客が湯治にやってくるのだ。早急に原因を突き止め、解決しなくては」

 

 ダクネスが、事が思いの外大きな問題であるとアピールする。アルカンレティアを目当てにやって来る他国からの観光客も少なくは無いので、このまま温泉がダメになればベルゼルクの経済的にも大打撃なのだ。

 

『あれ……なんか、みんな結構乗り気じゃね?僕たちってば、ギルド長事件を解決したばかりだったはずだよね。ここは一旦、日常パートを挟むのが少年漫画でもお約束だと思うのだけれど』

 

 エリスがメイド服を着て発破をかけるまでもなく、何やら女性陣は既にやる気に満ち満ちている。球磨川は疲れを癒すどころか、入浴して死んだばかりだというのに。何やら新たな冒険が幕をあけようとしていることに、やれやれと肩をすくめるのだった。

 

「ミソギちゃん。まだまだ沢山、私を冒険に連れて行ってくれるんですよね?もちろん、王族としてもアルカンレティアの水質汚染は見過ごせません。これはれっきとした王族の責務ですわっ」

 

 大義名分を盾に、アイリスは積極的に球磨川を面倒毎に巻き込んでくる。

 

『……わかったから、とりあえずパンツだけでも履いていいかな?』

 

 球磨川は依然としてタオル一枚であったことから、何はともあれ女性陣に丁重に退室を申し出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











藤井二冠?強いよね。序盤、中盤、終盤、隙がないと思うよ。
だけど、俺負けないよ。駒達が躍動する俺の将棋を、皆さんに見せたいね。



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