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とても長い間、夢を見ていたように感じる。夢から覚めてもなお、夢の世界で目を覚ますような不思議な現象。嬉しくないオマケつきで、どれも内容が悪夢だったのは日頃の行いが悪いからだろうか。もしも夢見が悪い原因が、街の近くで爆裂魔法を放つ日課だとしたら、これからは控えても良いかなという気分になる。
「……ここは……?」
どれだけの時間眠り続けていたのだろうか。めぐみんが目を覚ますと、そこは瓦礫混じりの王都の一角だった。美しい街並みが、まるで自分の爆裂魔法で破壊されたかのように、岩の塊へと変貌していた。
『ようやくお目覚めだね。夏休みの大学生だって、もうすこし短い睡眠時間だろうに』
「ミソギ…」
『うん、おはよう!めぐみんちゃん』
朽ち果てた街で、いつもの顔が困ったように笑う。隣……というか、球磨川の足元には頬を紅潮させて気絶しているダクネスも発見出来た。何が何だか、状況がさっぱりわからない。が、少なくとも鉄格子の中で監禁されているような状況では無かったのでよしとする。
が、無視できない人物もこの場にはいた。そう、ベアトリーチェが。
ただ、めぐみんを拷問していた時のような笑顔ではなく、少女は無機質を体現しているかの如くそこに佇んでいるだけ。
これは一体、何が起きているのですか?めぐみんが球磨川にたずねるよりも早く、彼は数刻前までは美しかった街を寂しげに見つめて。
『この王都、僕の世界ではユネスコの世界遺産に認定されてもおかしくないぐらい綺麗なのに……どうしてディスターブさんはこんな破壊活動が出来るんだろうね?』
絵本から飛び出してきたような街並みとして知られる、エストニアのタリン。球磨川は何かの旅番組で見たくらいではあるが、とても美しいと感じた記憶が残っている。そのタリンを上回る規模で広がる王都はおよそ転生者にとって街全体が世界遺産と言えるのだが。
「王都の一部をこんな滅茶苦茶にしてしまうだなんて、これもギルド長の仕業なのですか?」
寝ぼけた頭でどうにか現状の把握につとめるめぐみん。長時間寝ていたことで、脳が喉の渇きを訴えてくるものの、街が瓦礫と化している今もっと優先すべき事がある。自分の、自分たちの置かれている現状の整理だ。
『そ。他の誰でもない、ディスターブさんの仕業だよ。あ!でもでも、めぐみんちゃんは二度寝を決めてくれても構わないんだぜ?』
「?……それはどういう意味でしょう。もう、ギルド長は捕らえられたと?」
『うん……正確には、今から捕らえられるよ!とでも言うべきか』
100パーセントの晴れ女にも負けない勢いで球磨川はディスターブの未来を予見する。
ベルゼルグ最高戦力の一角とタイマンしているのだから、ギルド長の敗北は誰にも止められない。
「すでに、完全に包囲されていたりするのでしょうか」
『うーん、惜しい!』
球磨川はグッと拳を握り、タメを作ってから
『……驚くなかれ、アイリス王女殿下が直々にディスターブさんのお相手をして下さっているのさ。一対一の真剣勝負でね。めぐみんちゃんに酷いことをされた僕がとるべき仇も、あと数分でってところかな』
「アイリス様が一対一で!?」
『驚いちゃうよね。王女を独り占め出来る人間なんて、世界にも数人なんじゃないかな?ディスターブさんも貴族のようだし、王族にタイマンの末殺してもらえるようなコネクションを持っているんだろうね』
そのようなコネクションは誰も欲しないだろうとめぐみんは考えるが、話の腰を折るのも面倒だと先を急ぐ。
「一対一……といいましたが、王女殿下の周囲に護衛はついているのでしょうか。実力を疑うつもりは無いのですが、万が一ということもあり得ますよね?……ミソギ、早く加勢しましょう。私が足を引っ張ってしまったようですし、これ以上は迷惑をかけられないのです」
『あ。その王女様なんだけれど、今は単なる冒険者にすぎないから護衛はおろかメイドも執事も連れ歩いてないようだよ?なんともフリーダムだね!まったく御転婆なお姫様だ』
かなり人ごとに聞こえる球磨川の言。アイリスが冒険者として振る舞っている責任は全て裸エプロン先輩にあるというのに。
聞き手のめぐみんとしては、アイリスが騎士団の護衛を突っぱね、わがままにも冒険者ごっこを楽しんでいるかのようにも受け取れてしまう。
「アイリス様……思いの外、奔放なお方なのですね」
『困ったものだね。うつけと言われた第六天魔王みたいだな』
球磨川は『さてと』と億劫そうに腰を沈めると、地面に倒れるダクネスをスキルで起こす。
「……ん?」
苦しみ(快楽)の渦から解放されたダクネスは、上体を起こしめぐみんが視界に入るや否や、目にも止まらぬ速さで華奢な体を抱きしめた。
「……めぐみんっ!よくぞ無事で!!」
「だ、ダクネス!再会出来て私も嬉しいのですが、少しばかり力が強いです…!」
年齢の割に高レベルなめぐみんは、そのステータスも人並み以上なのだが、腹筋の割れたダクネスさんが荒ぶり、感情任せに抱きしめたら流石に骨が軋むようで。
無碍に振り払うことは気持ち的にも物理的にも出来ず、ダクネスの背中を何度も手のひらでタップする。
「む、すまない。私としたことが」
「ダクネスは鎧を身につけているのですから気をつけてください。ゴツゴツとしたプレートに押し付けられるとそれなりに痛いんですよ?」
「ああ、以後気をつけるさ」
抱きしめるのは、一件落着して鎧を脱ぐまでお預けということで二人は離れた。
『あー、おほん。女の子同士が抱きしめ合っている光景は僕個人としても好ましいのだけれど……そろそろイリスちゃんのとこへ行こうかお二人さん』
めぐみんとダクネスへ、アイリスの元へ向かうよう促す。
一方で、この場にいるもう一人の女の子にも意思を問う。
『……と、いうわけだけれど。君はどうしたい?黒幕の片割れベアトリーチェちゃん。このまま僕らがギルド長さんの元へ行くと後はハッピーエンドに洒落込めると思うぜ?』
虚な顔で成り行きを無言のまま見守っていた少女、ベアトリーチェは先ほどからめぐみんも気になっていた。自分を誘拐し、拷問を加えて来た相手だ。闘志は微塵も感じさせない彼女だが、あのスキルは厄介極まりない。
球磨川の発言は、このまま自分たちを行かせてしまってもいいのかというもの。無論、ベアトリーチェがそれを拒めば戦闘は避けられない。
爆裂魔法を放つにはまだ回復し足りないめぐみんも、そうなればおとりくらいにはなろうとベアトリーチェを注視する。が、しかし。
「………行けば?」
返ってきたのはなんとも拍子抜けしてしまう一言だった。
「行けばって……。というよりも、貴女はどうして私にあんなことをしたのですか!!ギルド長の仲間だというならその態度はおかしいではありませんか!」
ベアトリーチェには少なからず思うところがあるめぐみんにしてみれば、言わずにはいられない。
ここでめぐみん達を見逃せば、仲間のディスターブを見捨てるも同義。ここで庇わない程度の人間に手を貸し、めぐみんにスキルを行使したとは考え難い。
「だってしょうがないじゃない。面倒くさくなっちゃったんだし。」
「面倒くさく……ええっ?」
「あぁ。めぐみんてば、アタシにスキルで拷問されたのを根に持ってるわけ?それもそうよね。ならビンタでもなんでもしていいわよ。抵抗もしないし」
「……この人、こんな性格でしたっけ?」
まるで別人。めぐみんをハイテンションで拷問していたドSロリータはどこへいってしまったのか。今ここにいるのは、球磨川に引っ張られて若干過負荷の名残があるだけの【普通】の少女。
『ベアトリーチェちゃんは少しばかりイメチェンしちゃったんだよ、めぐみんちゃん。』
「イメチェンはいいですけど、なんで今いきなり……」
『女の子がある日長かった髪をばっさり切ったりした時も、人格者なら理由を聞いたりしないもんだぜ?』
めぐみんの疑問は解消されることなく、球磨川は神妙な顔つきで腕を組む。大方、少女漫画で得た知識を思い起こしているのだろう。失恋をしてしまったロングな女の子が、翌日ショートヘアになって教室で騒がれるあるある展開を。
「めぐみんも、起きたばかりで辛いだろうが私はアイリス様が心配だ。一足先に向かっていてもいいか?」
『あ、お願いできる?』
「任せておけ!」
ダクネスはアイリスとギルド長がいる方角を向き、当たる可能性が限りなく低い剣を握りしめて忠義をアピールしだす。球磨川がそれに頷くと、金髪の騎士は重い鎧をものともせず、風のように駆けていった。
「で?アンタ達は行かないの?」
ベアトリーチェはもうほっといてくれと言わんばかり。目的も気力も、生きている理由さえ無くなってしまったのだから、せめてゴスロリ娘としては早く球磨川という存在から解放されたい。
『………あれ?僕はベアトリーチェちゃんが、仲間になりたそうにこちらを見てくるのを待っていたのだけれど』
某有名RPGでは起こりうる戦闘後イベントを球磨川は期待していたらしい。昨日の敵は今日の友。河原で殴り合いをした二人が和解して親友になる展開も、球磨川が好きな漫画や映画ではかなりの高確率で起こる。
ゆえに、ベアトリーチェもこの流れで「やる事もないし、アンタについてってもいい?」的な発言をするものだと思ったようだ。
「馬鹿?」
どんな脳味噌してたら、さっきまで殺し合っていた相手が仲間になると思えるのか。また、無能力となってしまったベアトリーチェがパーティーに加わっても役に立たず、仲間内での力関係も元々は敵だったということで一番低く設定されてしまう。めぐみんへ拷問した経緯から、わだかまりなく仲良しにはなれるとも思えないし、何より球磨川をリーダーに据えるなんて死んでもごめんだ。
上記の内容をすべて、馬鹿の二文字に込めたベアトリーチェさん。もはや口を動かすのも怠いようで。
「わ、私も彼女が仲間になるのはちょっと……今の状況だと受け入れにくいです。ミソギには何か考えがあるのかもしれませんが」
被害者の会を代表するめぐみんも、ここでは球磨川の肩をもつ事は難しく。
『あれー?近頃の若者は、初対面でライ◯IDを交換するんじゃないの?で、ノリで交換したは良いけど特に絡むこともなくテンション下がって連絡先を消すもんじゃん。殺し合いまでしたんだから、そんな奴らよりは既に絆を深められているとふんだのに』
「私の時代にはそんなもん無いわよ」
過去にスキル行使をして、転生者の記憶を覗き日本の成長ぶりを見てきたベアトリーチェがまたも切って捨てる。
『なんだか、僕は否定されてばかりだねっ!ま、慣れっこだけど。』
「ミソギはもうすこし常識を身につけた言動を心がけた方が良いと思うのです」
ロリっ子二人に手厳しく否定を重ねられた球磨川は、そこでようやくアイリスのところへと向かう気になった。
『仕方ないな。ダクネスちゃんにばかり良い格好はさせられないし、ベアトリーチェちゃん。僕らは君の元相方であるディスターブさんを葬ってハッピーエンドを迎えるとするよ』
「だから、早く行けば?」
『…じゃあ、また明日とか!』
球磨川が足元のおぼつかないめぐみんをサポートするように、アイリスのもとへ歩いていく。
………………………
……………
………
引き留めてもいないのに、随分長いことこの場にとどまった球磨川がようやく消えて、ベアトリーチェもやっと肩から力を抜ける。
「……あれだけ、凄いスキルがあるなんて。もしかしたら……」
過負荷を失っても。女神への恨みや、自身の人生への後悔が消えて晴れやかな心を取り戻しても。ベアトリーチェの中心からは両親に会いたいという気持ちだけは止めど無く溢れ出てくる。
球磨川禊。彼のスキルならば、もしかすると……
「ないわね。」
この世界での数十年。世界の至る所に言い伝えられていた蘇生の魔法や護符の類。そのどれもが結局は期待外れに終わったというのに。
希望が絶望へと変わる瞬間を、一体何度経験してきたのか。
身体の成長は止まっても、心は老いていく。なのに、幼い日に抱いた願いは変わらずに今もあるその事実。ベアトリーチェは鼻で笑い、女神にもらった時を止める神器をスルリとほどいた。
これで、肉体の時は動きだす。
この世界でやる事などとうに無かった。
ありもしない奇跡にすがり、みっともなく生き続けてきた今日までを、全て無駄だったとは思わない。だが、停滞はしていた。見た目も、中身も、魔導大国ノイズで両親と2度目の別れをしてからは変わっていない。
前に進む気にさせてくれたのは、球磨川が負の感情を一切合切無かったことにしたからだ。
自分でもほどくタイミングを失っていた、アクアに貰ったリボン。これを外すことが出来ただけで、球磨川には感謝しても良い気になる。
孤独を紛らわせてくれたディスターブ。
憎しみの渦から抜け出させてくれた球磨川。
後者に至っては別に望んでも頼んでもいなかったが、この素晴らしい世界とやらに未練が無くなった今、二人のどちらが勝ち、負けてもいいように感じる。
ベアトリーチェがめぐみんと球磨川を行かせたのも、その感情からだった。
球磨川禊という少年は、同郷のよしみでもある。
「ディスターブには、かなりキツイ状況だけどね」
少々、球磨川が有利過ぎただろうか。そう考えるも、最早自分に出来ることもない。
少女は、手近な服屋に入る。こんな騒ぎでも一応営業はしてるらしい。
両親を忘れまいと着ていた服も、ベアトリーチェという母親の名も、彼女の余生にはもう必要がなくなったのだ。
「すみません、服を一式ください」
白髪まじりの店主は、幼い買い物客に笑顔で接客する。
「お嬢ちゃん、こんな危ない時におつかいかい?大変だね。お名前は言えるかな?」
年端もいかない女の子に、まずは受け答えがしっかりできるかを確認する店主。その質問に対しベアトリーチェが名乗ったのは、大好きな両親からもらった、大切な名前だ。
ベアトリーチェはこれから、普通に年取っていきますのかしら。
なら、まだまだ生きそう。
ほどいた瞬間一気に老いるやつじゃなくて良かったね
まだ結婚出来ない男、やっぱ結婚後の夫婦のすれ違いとかにして欲しかった。