更新遅くなりました…!
『イリスちゃんと、ディスターブっち。正面からぶつかり合えば、番狂わせが起きようとも王女殿下が勝つに決まりきってるよね。だからって、ベアトリーチェちゃんにギルド長を助けに行けば?って親切心から推奨してあげてるわけでも無いから、そこは勘違いして欲しくないんだぜ。だって、その助言がきっかけとなって君まで命を落としてしまったとすれば、責任が僕にあることになっちゃうじゃん。……ん?いや、その場合も結局命を刈り取るのはイリスちゃんなわけだし、やっぱり僕は悪くないな、うん』
「唐突に現れて、好き勝手喋らないでくれる?アンタのパーティーメンバーの命は、この私が握っているのよ?その気になれば、今すぐに精神を崩壊させる事だって出来るんだから」
球磨川は街の片隅を、ブロードウェイも顔負けとばかりに、自由に歩きながらベアトリーチェを言葉で撹乱する。というよりは、単に苛つかせただけか。めぐみんを人質にとられ、ダクネスまで毒牙にかけられている危機的ともいえる状況で、こんな能天気なリーダーがいていいものか。
ベアトリーチェも、ダクネス達に同情に似た感情がわき、敵ながらつい老婆心を隠せなかった。
だが……
『それってさ、機嫌を損ねなければ殺さないでくれるって意味にもとれるよね?なんだ、案外優しいんだね、ベアトリーチェちゃんは!もっと早く教えてくれよ。そうとわかっていれば、ご機嫌とりにシャンパンタワーの一つも準備しておいたのにっ』
お節介など焼こうものなら、即有頂天になるのが球磨川禊。単なる警告をここまで前向きに捉えられるだなんて、どんな思考の持ち主なのか。
敵に塩を送るなんて、らしくない真似はするべきじゃない。ベアトリーチェは軽く反省すると同時に重くなった息を吐く。
「そう。なら、理解してるってわけね。」
『…………なにが?』
キョトンと、首をかしげる球磨川。頭のネジが二、三本足りていない男をトップに据えてしまった少女達に、今度こそ確かな同情を覚える。
「私の機嫌を損ねたら殺されるってことをよ!」
ディスターブには悪いと感じるが、現状ベアトリーチェは三対一。あちらの相手がいかな王女だとしても、流石に自分だけで精一杯だ。
めぐみんは気を失っているものの、回復すれば爆裂魔法を放てる怖さがある。こちらも無力化させたけれど、ダクネスの硬さはベルゼルグでも屈指。先程見せた【精心汚染】への抵抗力は侮れない。
多勢に無勢。こういう時は各個撃破が鉄則である。真っ先に倒すべきは、ピンピンしている球磨川禊だ。残る2人は後回しでも構わない。最も避けたいのが、二兎を追いモタつく間にダクネスかめぐみんに回復されて戦線に復帰されること。この際、球磨川が何かしらの回復措置を行ったとしてもあえて妨害はするまい。回復と引き換えに、球磨川をノックアウトする気概。
初手から全力。
球磨川に、この世全ての苦痛を与えてやった。
女神さえ殺せる、人類には耐えられない地獄の苦しみを。
ベアトリーチェが生前、それから死後に経験した苦しみや嘆き、怒り。後悔、嫉妬。あらゆる負の感情を土台として構成されたスキルは、およそ人が正気を保てない、まさに心を【汚染】するものとなった。
平成の世に生まれた球磨川には、想像しか出来ない血塗られた歴史。いまや日本人の誰しもが、ともすればその時代を生きた人々でさえ過去として認識してしまっている出来事。実体験を語れる人間が次々と他界し、その子が、またその子供に【知識】として言い伝えるしか無くなる日が、もうすぐそこまでやって来ている。
だが、しかし。
ベアトリーチェだけは違う。死後の安らぎは無く、魔物が蔓延り魔王なんて輩が世界を征服せんと目論む物騒な世界に送られ、アクアから得たリボンは彼女に老いを克服させた。
死のうとも思ったが……ひとえに、何かの間違いでも良いから、両親にもう一度会いたいという願いが数十年の歳月を短く感じさせた。まさに、光陰流水の如し。魔法なんてものが存在する世界ならば、まだ術はあるのではと期待してしまう。もっとも、ここ数年はそんな淡い期待さえ持てなくなってきたが。
日々の中、戦後の高度経済成長を象徴とする輝かしい時代から転生して来た日本人を見知った際には、嫉妬で狂ってしまいそうにもなった。特に。
「アンタみたいな、平和な日本でぬくぬくと過ごして置きながら、さも自分は不幸ですみたいな顔してるヤツは大嫌いなのよ……!!」
腹が煮える。だから、ベアトリーチェはぶつける。自分が体験した苦しみを。死後の世界でさえ、両親の遺品としか再開出来なかった悲しみを。【過負荷】に乗せて球磨川へと。
【精心汚染】は行使者に同調するように、精神的苦痛にプラスして球磨川の肉体にも様々なダメージを蓄積させる。
間接的に、相手が自分と同じ苦しみを味わっているのだと思うと、不思議と彼女の気分も高揚してくる。
球磨川も、これには堪らずひれ伏し、涙を溢れさせるのたうちまわる。
……はずだ。
これまでのあらゆる相手は、実際にそうなった。神であるアクアですら。なんなら、以前の球磨川本人も。涙こそ流さなかったが、あまりの苦痛に戦闘不能にはなった。……なのに。
『どうやら、君の苦しみには底が見えたようだ。とても残念だよ。……君なら、きっと僕の理解者になってくれると思ったのに。』
汗ひとつかかず。全身全霊の【精心汚染】を受けても、球磨川禊は健やかな姿でそこにいた。長時間のスキル行使を受けていた名残で苦しむめぐみんの方が、よっぽど重症に見える。
「……え……?」
おかしい。こんなに平然としていられるなんて、ありえない。スキルは発動中だ。ベアトリーチェは焦ることなく、スキル行使の感触を確かめる。間違いなく、球磨川には【過負荷】が襲いかかっている。では、何故。
『ベアトリーチェちゃん。君はね、考え方が根本的にズレているんだよ。』
「ちょっと……アンタ、どうして……」
『これだけのスキルに昇華(劣化)させたのは、素直に褒めてあげたいところだけれど。君は不幸に対して否定的だ。自分の苦しみを他者にぶつける君の【過負荷】は、心で【どうして自分はこんなに不幸なんだ】っていう考えから生まれてるんだ。それじゃあダメなんだよ。……全然ダメさ』
地面にひれ伏すどころか、軽い足取りでベアトリーチェに近寄る裸エプロン先輩。
「なにを言ってるのか、全然わからないわよ!アンタに私の何が理解出来るっていうの!?」
『理解は浅いよ。パンツの種類くらいしか把握出来ていないさ。でも、君が不幸を憎んだのはこのスキルを見れば明らかだ。いいかい?不幸はね、否定するものじゃない。ましてや、他人にぶつけるものでもない。……それもまた自分の人生なんだと割り切って、【受け入れる】ものなんだ。』
さらっとおかしな発言をしながら歩き続ける球磨川とベアトリーチェの距離は、もう数メートル。咄嗟にナイフを球磨川に突きつけるが、止まる気配がない。
「と、止まりなさい!それ以上近づいたら……」
めぐみんにナイフを突き刺す。それを材料に制止を促そうとしたものの、めぐみんがいつのまにか球磨川の後ろまで移動していた。
「……うそ」
目を離したとか、そんなヘマをするベアトリーチェではない。球磨川が、なにかをしたのだ。スキルを喰らいながらも。
「アンタ、スキルを使えるの!?私のスキルを受けて、それどころじゃないはず……」
『僕は受け入れたんだ。君が与えてくれた、擬似的な不幸を。』
「受け入れた……?私の、苦しみを……!?」
ベアトリーチェにとって、聞き捨てならない発言を軽々しくする球磨川。
『たしかに、どうしてかベアトリーチェちゃんの受けたであろう苦痛はこれまで僕でさえ受けた事がない程の、絶大なものだったよ。だから、さっきまでは気絶しないようにするのが関の山だったんだ。でも、それももう終わった。君の苦しみも、僕にとっては愛しい恋人のように受け入れられるものとなったのさ』
「……うそよ。そんなの、認めない……」
苦しみを。不幸を。愛しい恋人に例えた球磨川。ベアトリーチェを【後天的過負荷】にしてしまうほどの痛みを、球磨川は数時間の間で自分の一部にした。そんなことは、断じて許容出来ない。70年経っても、ベアトリーチェは完全に折り合いをつけられてはいないのだから。
『それから、これは君へのお礼なのだけれど……【普通】だったベアトリーチェちゃんが過負荷になっちゃうほどの痛みを追体験させてくれたおかげで、僕もまた【新たなステージ】に進むことが出来たよ。本当にどうもありがとうっ!』
過負荷の中の過負荷が、更に一人分の【過負荷】を吸収した。背負い込んだ。これが意味するところを、生前の彼を知るものならば理解可能だろう。
『そうそう。ベアトリーチェちゃんには、めぐみんちゃんを痛めつけてくれたお礼をまだしていなかったね』
球磨川の靴が、街路とリズミカルに音を奏でる。
「……………ぁ、待ちなさい!私に、近寄ったら……」
『君が、【過負荷】を擬似体験させてくれたんだから……僕もまた、擬似体験させてあげるのが風流だろう?今時の若者は、なんでもシェアするものなんだぜ』
「ゃ、やめて……っ!」
【却本作り】。鋭く長く伸びたネジは、ゴスロリ幼女の胸に突き刺さった。
決着はあっさりめ。
ま、過負荷同士の戦いでスキルが通じないとどうしようもないわね。
ん…?ベアトリーチェも…クマーの過負荷を擬似体験するのか…?
友人の勧めで第五人格始めたけど、時間泥棒過ぎてヤバいね。いあ!いあ!
名前被り防止システムで、いたまえって名前ではないのであしからず。