イラストあるよ…!苦手な人は注意してねっ!
陽の光が差し込まない、建物の隙間とも呼ぶべき路地。そこには、フード付きのコートを着た幼女に剣を向ける女騎士が一人。
「見つけたぞ。お前がディスターブ卿の仲間だな?めぐみんを引き渡してもらおうか。ミソギから特徴は聞かされていたが、まさか本当に子供だとはな」
いつになく凛々しい目つきでダクネスはベアトリーチェに鋭い剣を突き出す。パーティーメンバーを人質にとられていれば、内心穏やかではないだろう。球磨川への攻撃、遠く離れたディスターブ及び、めぐみん並びに自身の隠蔽。これだけの作業を並行して行えば、よほどスキルが強力か、或いは使いこなせていないと完璧とはいかないものだ。過負荷の第一人者とも呼べる球磨川が指摘した通り、ベアトリーチェは自身を認識操作で隠すのが疎かになってしまい、ダクネスに発見される醜態を晒した。それでも、冒険者ならかろうじて気配を察知出来る範疇で、一般人相手ならば悟られはしないのだが。
一度捕捉された状態からでは、姿を隠すことは出来ない。
「ぬかったわね。碌に索敵スキルも無さそうな脳筋女騎士に見つかっちゃうだなんて」」
「ぬかった……か。大した自信だな」
全力を出していれば、相手がいくら凄かろうと見つかるはずが無いという絶対的な自信が、ベアトリーチェには見て取れる。
「で。めぐみんを引き渡して欲しいんだっけ?いいわよ、別に」
ベアトリーチェはスクッと立ち上がって、めぐみんと思しきフードで顔が隠された横たわる人物から離れる。
「誘拐犯にしては諦めが良いのだな。拍子抜けしたぞ、正直」
顔が隠れているので、身代わりかもしれない。ダクネスは最小限の注意は払いつつも、めぐみんに駆け寄った。グッタリした様子は、長時間拷問を受けていたかのようだ。
「めぐみん、大丈夫かっ!!」
大きな粒の汗を顔全体に広げた、すっかりやつれたパーティメンバーに、ダクネスは焦り、すぐさま呼びかける。頬に触れ、体温を確認しつつ命に別状が無いかもチェックして。
息は小刻みなのに荒い。見てわかる外傷の類は無いが、精神が崩壊しかかっているような、弱々しく痛々しい印象に胸が苦しくなってくる。
どんなに声を荒げても、めぐみんからの返答はない。
「はい、めぐみんは返したわよ。これで満足かしら?」
涼やかに髪をかきあげ、必死なダクネスを嘲笑うゴスロリ。大切な仲間をこんなになるまで痛めつけた相手が、挑発的な態度をとった。これだけで首を剣で跳ね飛ばしてやりたいと振るいかけるが、相手の手の内は謎だらけ。弱り切っためぐみんをフリーにする危険をおかしてまで斬りかかるには、理性が残りすぎていた。
「安い挑発、ご苦労なことだな。せいぜい今のうちに粋がっておくと良い。数刻後、お前がいるのは冷たい地下なのだから」
「あー怖い。仲間を傷つけられてご立腹?」
「……幼い子供ならば、どんなに罪を重ねても死罪は無いと考えているのか?実行するかはともかく、我が家の権力ならばお前一人この世から【完全】に消し去ることも可能なんだぞ。」
美しい青い瞳は瞳孔が開き、細く整った眉は限界まで釣り上がる。深窓の令嬢だと、今のダクネスから見抜くのは優れた洞察力を持つホームズでも難しい。恨みのこもった陰惨な表情には、挑発した側のベアトリーチェも多少の恐怖を覚えた。
「冒険者ごっこを楽しむ道楽娘かと思ったら、案外気骨がありそうね」
「私には、犯罪者との会話に花を咲かせる趣味はない。めぐみんを治療しなくてはならないし、抵抗はしてもらいたくないものだ」
めぐみんを優しく地面に寝かせるダクネス。ふと、ベルディアを討伐した際の記憶が蘇った。漆黒のデュラハンに、力及ばず袈裟斬りにされたダクネスを、球磨川とめぐみんが救ってくれた時のものが。
「……今度は、私が助ける番だな」
怒れるクルセイダーはベアトリーチェを睨み、その姿を隅々まで観察した。
遠距離からめぐみんを攻撃するような武器は無いか。ダクネスが離れた途端、めぐみんを狙われてはお話にならない。どうやら、武器の類は持ち合わせてなさそうだが……
「お前の能力は精神干渉らしいが、私には効かないと思ってくれ。生憎、その手のダメージには強くてな」
なら、後はスキルを警戒すればいい。ベアトリーチェはスキルを舐められて、口を尖らせた。
「面白いことを言うのね。精神力が並外れていようが、私のスキルにかかれば5秒で廃人よ?アンタがこれまでに受けた事のない苦痛が襲うの。だから、効くか効かないかをアンタが決められるわけがないってわけ。自分が経験してないものを、推し量れるはずないじゃない?」
「経験したことのない…苦痛…だと」
「そう。恐ろしい?たとえ神であっても、耐えるのは不可能よ」
「では、めぐみんが苦しんでいるのも!」
「ええ。ご明察」
「あんなに、あんなに苦しんでいるスキルを、この私にも使うつもりなのかっ!?」
ダクネスが身をプルプルと振動させたのは、未知のスキルへの恐怖からか。
ベアトリーチェは、ようやくダクネスが弱さを見せたのだと思い、図らずも笑みをこぼす。
近接格闘の類では、体格差もあって圧倒的に不利。どうあれ、【精心汚染】を撃ち込むより他にないのだけれど。
「防御力が売りでも、それはあくまでも身体的なものよね?どんなに屈強な戦士であっても、レベルをいくら上げても。心までは鍛えられないわ」
ベアトリーチェが右手をダクネスに向け、突き出す。
ドクンッ!と、ダクネスは心臓が跳ねるのを感じ取った。心に負荷をかけたれた衝撃は、精神の枠を超えて生命活動にまで被害を及ぼす。並大抵の人間では、この瞬間にもショック死する程に。
「………なん……と……!!これほど…か!」
かつてない苦痛。この表現には誇張も含まれているのではと楽観していたダクネス。しかし、受けてみるとわかる。これは、大変恐ろしく、球磨川でさえ瞬時に戦闘不能にしたのが頷ける。
苦しみによって、頬を染め、呼吸を荒げるクルセイダー。身をよじらせ、剣も地面に落としてしまう。
「くっ…まだだ、まだ落ちはせんぞ……!!」
足をがくつかせ、立っているのもやっとの女騎士に、ベアトリーチェは素直に感嘆する。
「やるわね、お嬢様。でも、そろそろ苦しさは限界よね!?私が手加減無しでやったら、本当に死ぬわよ!早く気絶しなさいよっ!!」
「足りぬと言っている!!いいから……、出し惜しみせず、私を殺すつもりでやるんだ…!でないと、イリスがやって来てお前の逃亡は実現しなくなるぞ……!」
めぐみんと同じく、身体全体には大粒の汗を滴らせているものの、未だに受け答えはしっかりとしている。流石は、精神干渉は効かないと自負するだけのことはある。
「わかったわよ……!なら、お望みどおり。とっとと死なせてあげるわっ!!」
右手だけを突き出していたベアトリーチェが、遊んでいた左手もダクネスに向ける。全身全霊、アクアに対して行ったスキル行使を、普通の人間でしかないダクネスへ。
これだけやれば、いくらなんでも気を失う。生物として、尚意識を保つのは欠陥でしかない。
なんとか踏ん張っていたダクネスも、堪らず崩れ落ちる。
身をよじらせ、必死に抗っているらしい。
「どう?お嬢様っ、これなら……!」
【過負荷】の副作用。精神の昂りを抑えられなくなったベアトリーチェは、口角を上げて既に気を失っているであろうダクネスに問う。
返事など期待していない。感情がコントロール出来ず、自然と話かけてしまっただけだ。後はダクネスが気を失っているかを確認してスキルを解き、再度めぐみんを抱えて逃げればいい。
ベアトリーチェは慢心せず、スキルを発動しながらダクネスに近寄る。
すると。
「……ふっ……んっ…!んんっ……!まだ…たりな…い!」
ダクネスがまだ、苦痛のあまり声を漏らしているのに気がついた。
「ちょ、嘘でしょ!?なんでまだ意識が!?」
化け物かと、ゴスロリ幼女が判断する。人は、恐怖を感じると反射的に行動を起こしてしまうものだ。ベアトリーチェは、今この一瞬だけ、すべてを忘れてダクネスに渾身の力で攻撃を仕掛けた。
ディスターブの姿を隠すことも、球磨川への精神干渉も、既に意識の外。
ここまで、ダクネスへは約5割の力で攻撃していたものを、マックスへと引き上げて。
ダクネスからすれば、二倍。気を失わないのがやっとの苦痛が、一気に倍になって押し寄せたのだ。
「んっ……!?ぁぁぁああああっ!!!?」
クルセイダーの絶叫。それは、ベアトリーチェを正気に戻し、やり過ぎたスキル行使を中断させるに至った。
「しまった……!生きてる、わよね?」
ビクビクと痙攣するダクネスを見て、最低限の安堵を得る。まだ、息はある様子だ。
「あ!球磨川達の方は…!?」
あまりにもダクネスが粘るものだから、球磨川とディスターブの戦闘はすっかり蚊帳の外。慌てて、戦況を確認して加勢しなければと次の行動を決めたところで。
離れた地点で大きな爆発が起こった。南門の戦闘だ。
「ディスターブは、順調そうね」
ベアトリーチェの助けがなくても、相方はなんとか凌いだようだ。爆発の規模はやり過ぎなくらいデカかったものの、あちらには王女もいる。ああでもしなければ乗り切れなかったのだろう。アイリスはともかく、球磨川は粉微塵になったのではないか。イタリアという地名を知っていた、不気味な少年は。
「…それより、私はめぐみんを連れてかなきゃ…!」
ともあれ、ベアトリーチェは自身が為すべきことを実行する。あっさりめぐみんをダクネスに引き渡したのは、油断を誘う目論見があった。
まだまだ利用価値がある紅魔の少女を再び連れ去ろうと近寄ろうとした。
だが、そこには。
『僕から意識を逸らしておいて、万事うまくいくと思っちゃうだなんて、都合が良過ぎない?』
「……球磨川禊……!?」
いるはずのない人間がいる。ダクネスがスキルに耐えた時ほどではないが、ベアトリーチェを驚かせるには十分過ぎる。
『ビックリしたフリはよせよ。僕への攻撃をやめて、ダクネスちゃんに夢中だなんて。嫉妬しちゃうじゃないか!』
「ディスターブは何してるのよ…!!」
『……さあ?誰もいない所に【爆裂魔法】を撃っちゃうだなんて。ディスターブさんってばお茶目な一面もあるんだねっ』
めぐみんと、それからダクネスをベアトリーチェから護れる立ち位置に。
一瞬スキルが途切れたのを見逃さなかった、彼女たちのリーダーが参上していたのだった。
ディスターブはアイリスの相手で手一杯だ。次々と現れる敵に、ベアトリーチェが歯噛みすると。
裸エプロン先輩は不敵に微笑み、こう告げた。
『ベアトリーチェちゃん。やっぱり、女の子は笑ってるよりも苦悩の表情の方が可愛いよ』
ダクネスのところ、【苦痛】を【快楽】にかえても大丈夫そうだね!
どんだけダクネスが耐えようと、球磨川を放置しちゃあ……ねぇ?
ぐぬぬって感じのベアトリーチェは可愛い。ま、私は笑ってるほうが好きだけど!ふつうに!