異世界カルテットばかり見てます、最近。
令和が令呪に見えて困りますね
廃人となっためぐみんに、第三者にそうとは見抜かれにくいよう深いフードのついたコートを被せたディスターブ。いくらなんでも、ゴスロリ幼女を引き連れ、廃人幼女をおんぶしながら王都を闊歩するのはあまりに目立つ。
「あ。なにやってんのよディスターブ。めぐみんにぶかぶかなコートなんか着せちゃって」
「お帰りなさい、ベアトリーチェ。さあ、貴女もこれを身につけて下さい」
アクアへの復讐(未遂)から隠れ家に戻ったベアトリーチェにもコートを着るよう促すと。
「別にこんなもの着なくたって、私のスキルで認識を操ればどうとでもなるわよ。顔が割れてるのはアンタなんだから、むしろディスターブこそ着るべきじゃないかしら。そもそも人質なんだし、めぐみんはぱっと見で判別可能にしておいたほうが良さげじゃないの?」
「ええ、判別可能にする方がメリットの多い場合も確かにあります。ですが、今日に限ってはあえてコートを着せた方が旨みがあるんですよ。」
「旨み…?」
「【精心汚染】は戦闘と認識操作をした場合、効力にやや陰りが見えますしね」
実際、戦いながら周囲の情報を操作するのは骨が折れる。強力なスキルも、過信は禁物だ。
「あのね、嫌味ったらしい遠回しな表現はやめて、パパッと言っちゃいなさいよ!時間は有限なのよっ」
思わせぶりなディスターブの発言に、結論を急ぎがちなベアトリーチェがほのかに不機嫌オーラを発し出す。指摘はもっともで、王都の北からローラー作戦をされてはひとたまりもない。今こうやって問答している間も、騎士団は着実に迫っているのだから。
「そうですね。我々は一刻も早く王都から脱出しなければなりません。旨みというのは、貴女とめぐみんさんの背格好が似ている点です。同じローブを着ていれば、遠目からだとどちらがめぐみんさんなのか判断もつきにくい。攻撃対象と保護対象が判別出来ないのは、攻守において騎士団の動きを抑制する効果が期待できます。」
「どうだかね。事がうまく運んだとしても、私たちが逃げ切れるだけの時間が稼げるかはわからないじゃない。いざ王都から離脱しかけたら、めぐみんごと強引に捕獲しに来る危険だってあるわ。そもそも、アンタに至っては背格好を似せようもないから蜂の巣確定なわけだけど」
「攻撃が私に集中するのは、望むところですがね。私が集中砲火される隙をついて、【精心汚染】をベアトリーチェが広範囲に発動させられたのなら……貴女だけでも街の外へ逃げ果せる。」
自分を犠牲にしてでも相方が助かればいい。ベアトリーチェにとってディスターブの自己犠牲は面白くもなんともない。アクアへの復讐が失敗に終わった彼女としては、もう一度復讐の機会を得ない限りは、自身が存続する必要性をそれほど感じていないのだから。
「アンタが生き残った方がいいに決まってるじゃないの。そういえば、逃げるにあたって、もう一つだけ注意しておく必要がありそうよ」
「……私如き老兵が生き残るよりは、貴女のような未来ある人材がこの国の未来のためになるでしょう」
「……アンタねぇ、人を茶化すのもいい加減にしなさいよ。」
若者扱いされて面白くなさそうにする幼女…というのは、他者が見れば訝しむ光景だが。咎められたディスターブは肩をすくめるだけにとどめる。
「ま、ジョークということで一つ。それで?注意しておく必要があるとは、一体何にでしょう?」
「私がアクアを襲撃してきたときに、横槍をいれてきた人物がいたわ。認識操作の及ばない遠距離から、的確に私の手をかすめた腕前をもつアーチャーが。」
「ほう……?」
ベアトリーチェのスキルが通用しない距離。だとすると、対象を目視出来るかも定かではないと思うのだが。そこから的確に矢を到達させた人物がいるならば……確かに、注意しておかねばなるまい。
「どんなスキルを使っているかは知りませんが、厄介この上ありませんね。アクアさんを助けたとなると、我々の味方であると期待するのも虚しそうですし」
「そうね。私も油断していたから、奇襲に焦って身を隠すので精一杯だったのが悔やまれるわ。あの場で始末してたら、逃走にあたって不確定要素を残さず済んだというのに」
「済んだことを言っても仕方がありませんよ。凄腕のアーチャーとやらを計算に入れた上で、どうにか王都から離脱する。我々がすべきことは変わりません」
「……随分と簡単に言ってくれるわ。で?これだけ長い時間を現状の確認に費やしたのだから、もう決まったのよね?」
面倒くさそうに、ディスターブが手渡したきたコートに袖を通す幼女。ぶつくさ言いつつも、有用性は認めた様子。
「決まった、とは?」
「逃走経路しかないじゃない。ローラー作戦がブラフかどうかはその辺の兵士を殺して、記憶を覗けば判明するけれど……生憎、もう時間が無いのよ。手間暇かけて情報を入手したとして、事実だったらアウトだわ」
兵士が南下してるとすれば、今すぐに南へ逃げなければ間に合わない。最悪を想定するのなら行動に移すべきだ。ベアトリーチェらが北へあえて進路を決めるなら、ローラー作戦がブラフであると天に祈りながらになってしまう。
「魔王との交戦中に、これだけ大規模な捜索活動を元老院のお偉方が迅速に可決するとは思えませんがね。しかし、南門突破の可能性が僅かでもあるなら、ここは敢えて敵の誘いに乗るのも一興でしょう。堂々とね」
南門を正面突破すればいい。爆発魔法を操る天才と謳われたディスターブ卿の判断を、ベアトリーチェは肯定も否定もしない。
「……アンタが決めたなら、それでいいわ」
「ありがとうございます。何も、勝ち目がない戦をするつもりは毛頭ありません。その為の切り札を手に入れたのですからね」
ディスターブはめぐみんを見て口角を上げる。彼女のもつ【爆裂魔法】を、南門突破の糸口としたらしい。
二人はめぐみんを連れて隠れ家を出た。認識操作で姿を隠しながら南へと進んでいく。そこに待つ、この国の最高戦力である王女が待ち構えているとは知らずに。
ディスターブの元老院への読みは正しかった。流石は元々王都で活動していただけのことはある。ただ、一つ誤算だったのは予測不可能過ぎる存在、球磨川禊だろう。もっとも、彼を予測出来るのは世界多しといえどただ一人。安心院なじみだけなのだから、責めるのは酷というものか。
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…………………
………
南門大広場では、球磨川達が今か今かとギルド長達が現れるのを待っていた。
アイリスがやけに張り切っているのが、ダクネスに申し訳無さを感じさせる。
「イリス、すまないな。こんな待つだけの状況に付き合わせてしまって」
夢の初冒険が中々地味で、王女殿下がご立腹ではないか。それだけが心配で先程から胃が痛い。
「気にしないで、ダクネス。これでも楽しんでいるのよ?いつもならお稽古やお勉強をしている時間だもの。 お城の敷地外でこうして過ごせるのは、私にとって非日常に他ならないのですから」
見るもの全てが新鮮だと、イリスは白い歯を惜しげもなく光らせる。厳かな護衛も、いつも一緒にいるクレアもいない。その身と剣一本だけ携えて危険の伴う状況にいる。それはまるで、初めて火遊びをした幼子のよう。高揚が抑えられないのも致し方無い。
「本来であれば、手頃なモンスター討伐依頼を見繕い、安全なルートを事前に調査してからイリスを連れて行くべきなのだが……」
非常に不本意だとダクネスは拳を握りしめる。
『おいおい!それのどこが心踊る冒険なんだい?モンスターの居場所がわかってて、レッドカーペットを敷かれた道を歩いて瀕死のモンスターにとどめだけささせる。そんなんでイリスちゃんの欲求が治まるとでも?』
球磨川は、そのような初めてのお使い的冒険をさせる為にアイリスを連れ出したわけではない。
「そうです!私は、一からみんなと情報収集をするところからスタートしたいの。だからダクネス、気遣いの一切は不要です。どうか、一冒険者仲間として接して下さい」
「う、うむ……。最初にもそう言われて、頭ではわかっているのだが」
18年間生きてきて、イリスを天上の人と位置付けてしまっている固定観念は簡単に拭えるものでもない。
未だ、パーティーメンバーとしての接し方を模索中の彼らの元にディスターブ達が奇襲を仕掛けてきたのはそんな穏やかな状況でだった。最高峰のステータスを持つイリスに気配を悟らせず、一撃目は炸裂してから皆の目に映った。
最悪な事に。ギルド長の洗練された剣が、球磨川の脇腹を貫通してからというあまりにも遅すぎるタイミングで。
『ぐぶっ…!?』
口腔へと血を逆流させながら、球磨川は後方へ跳躍して剣を引き抜く。突然の事態に三人は理解が追いついてこない。致命的な傷を球磨川が負ってしまったのも、それを手伝う。
現れたのはディスターブだ。それだけがフワッと脳内に浮かぶだけで、身体が追いつかない。イリスが抜刀したのはハイスペックな身体能力が故に凡人の目には止まらぬ速さではあったものの、達人の域であるディスターブから見れば、なんとか対応可能な範疇にとどまる。
混乱してなければ、いとも容易くディスターブの胴体を両断した筈のイリスの剣は、咄嗟のことで教科書通りの軌道を描いた。剣術の習い始めに叩き込まれた基礎の基礎が出てしまった。同じ流派を納めたディスターブにとって、防ぎやすい剣が。
見事に捌ききり、安全な位置まで遠ざかったディスターブは、思わぬ登場人物に驚きを隠せない。
「アイリス様……このような場所で、拝謁出来るとは思いませんでした」
「私も同じ事を思いました。貴方程の方が、何故このような愚かな行いを?」
「私なりにこの国の行く末を案じたまでのことです。恐縮ですが、この場は後にさせていただきます」
「逃げられるとお思いですか?」
「……む。」
ジリッ…
アイリスの靴が、地面を舐める。踏み込む為の予備動作は、先までの混乱混じりではない。ベルゼルグ最強の一角として、ディスターブにプレッシャーを与えた。1秒に満たない時間で自分を屠れる相手と相対しているのだ。ギルド長の剣が震えてしまうのも道理だろう。めぐみんの安全が確保されるまでは、命は取られないとわかっていてもだ。
一触触発の脇で、ダクネスが球磨川を抱えて懸命に呼びかけ続ける。
「ミソギ!……ミソギ!!大丈夫かっ!?早くスキルを使うんだっ!!」
この程度の傷、と言うのはおかしいが。球磨川は以前、これよりも酷い傷から回復したことがある。【大嘘憑き】を発動させればなんでもないはずなのだ。ダクネスが必死にスキルの行使を促す。
『……ふっ。今回の敵は、甘く……ないようだぜ、ダクネス、……ちゃん』
腕の中で朦朧とする球磨川に、いつもの飄々とした態度は感じられない。むしろ、余裕がなさそうだ。
「どうしたんだ、まさかスキルが使えないのか!?」
『ま……あ、そんなところ、……かな。』
脇腹を刺された。球磨川にしてみれば、致命傷でもなんでもない。それでも、スキルで治せないのには訳がある。
流石に、認識外から攻撃された際には一瞬の隙が生まれてしまった。そこを狙われたのだ。
この世界に存在する、もう一人の過負荷に。
『……ベアトリーチェちゃんも、来てるみたいだね。なら……めぐみんちゃんも、……どこかにいるはずだ』
あらゆる苦痛が球磨川を襲い、【大嘘憑き】の発動を邪魔してくる。脇腹からはドクドクと血が溢れ、視界が霞む。
脇腹の傷も、【精心汚染】も。単体では球磨川を殺すに至りにくいものでも、重なれば脅威。ディスターブの初手は的確だ。
「くっ、ディスターブ卿はイリスが抑えてくれている。私は術者とめぐみんを捜す!ミソギ、持ち堪えれるか!?」
『こんなもの……大したこと……ないぜ。ダクネスちゃん、頼んだ』
ダクネスは駆けた。ベアトリーチェに攻撃をしかけ、スキルの継続を不可能にする。それなら、球磨川も問題なく【大嘘憑き】で復活可能だろう。
球磨川は自らのネジを傷口に打ち込み、血を止めた。
『ベアトリーチェちゃん、まさか……こんな痛みで僕のスキルを…封じた気で、いるのかな?』
久しく喰らっていなかった、同じ過負荷からのダメージを、裸エプロン先輩は余さず堪能しながら、僅かに微笑む。
『僕にリソースを割けば……ダクネスちゃんにまで、手が…まわらない…よね?』
アンコントローラブルな過負荷を行使しているであろう、ゴスロリ幼女の顔を思い浮かべながら。
球磨川先輩はタダではやられませんな!!
感想貰ったら、やっぱやる気出るものですね…!